EP.26『突破口』
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静かな朝を迎える。幸いにも刺客に襲われるような事はなく、早朝五時頃にはアランたちがエリックを連れてきた。七時になれば皇帝の前で審問が行われ、その場で皇帝の権限で処遇が決まる。多くの場合、これまで罪を犯した者は──特に命に係わる問題の場合──容赦なく死刑が宣告された。
会う機会は今だけだ。審問では証人を呼ぶ事も許されている。任務以前は犬猿の仲とも言えるような間柄だったエリックだからこそ、ニコールたちを貶めようとする何者かの油断を誘う事も可能だろうと考えた。
「無茶言ってくれるぜ、まったく……。帰ってから捕まるなんざ笑い話にもなりゃしねえよ。このままじゃブレットが報われねえってもんだ」
「ありがとう、エリック。君がいてくれると心強いよ」
話も纏まったら、アランが懐中時計を確認する。
「そろそろ審問の時間だ。君たちを連れて行くのも我々の仕事になる。このまま出発になるが、本当に手はあるんだろうな?」
「ええ。少なくとも、魔法使いには何もできないと思います」
一晩のうちにニコールは頭の中で状況を整理した。捕まった自分たちには嫌疑が掛かっているが、押収された証拠品の剣を魔法使いが持ってくる事はできない。わざわざ証拠を出すまでもなく遺体から指紋が出ているのだから、それを証明する書類一枚で済ませようという腹積もりなのは見えている。
重要なのはアランとクロードだ。彼らが魔法使いの魔力を見抜ける以上、照らし合わせてしまえば容疑は晴れる。そうなると真犯人捜しが始まるため、魔法使いにとっては不利だ。となれば証拠品は当然、処分されると考えられた。
現物が用意できないとなると審議は中断せざるを得ない。その後、皇帝の心証を良くするためには、エリックの証言が必要不可欠だ。ニコールとアダムスカが騎士としてどれほど真摯に向き合っているかを説明するだけでいい。皇帝が首を縦に振りさえしてくれれば、少なくとも首が刎ねられる事はない。
「────と、まあ、有り体にいってこんな感じです」
「うわあ……ニコール、そこまで考えてたんですね」
「まあね。皇帝陛下には食事に招かれた事もあるから」
親衛隊で異例の出世を続けるニコールの活躍は皇帝の耳にも届いた。その労いとして食事に誘われ、同席した事があった。騎士としてするべき事をしたまでだと褒美は断ったが、それでは立場がないと言われて勲章を授与された。
父亡き後、まだ日の浅い若き皇帝として即位したばかりの男にとってニコールのように誠実な人間は味方に引き入れておくのが使い勝手が良いと考えたのだ。 だから何度か招かれた経緯もあり、人となりはよく知っていた。
「親衛隊の副隊長とは知っていたが、君がどうして出世が早かったのかがよく分かる。容疑は掛けられているが状況はまさに我々に優勢だと言っていい」
褒められるとニコールは嬉しそうに微笑んで小さく礼をする。
「ありがとうございます。この審問が終わったら、お二人はどうなさるのですか? 真犯人捜しをするのでしたらご協力でも……」
「そりゃできないさ。もちろん真犯人捜しはするけどな」
クロードが断ると、アランもうんうんと頷く。
「我々も騎士団長だ。かつてのフォードベリーほど調査任務に長けているわけではないが、君たちの手を借りるほどでもない。魔法使いは我々の手で捕まえよう。むしろ心配なのは君たちの方だよ。騎士をやめた後の事は考えているのか」
現役の若い騎士が辞めたとなると、うわさはすぐに広がっていく。皇都で働こうと思っても楽な話ではない。貴族たちの目と耳がどこにでもある以上、いくらキャリアがあるといえども信頼は完全に失われてしまうのだから。
「ええ、私たちは皇都を離れるつもりです。それなりに貯蓄もありますから、しばらくはのんびり旅行でもしようかと。その後は……」
「アタシたちで貴族ではなく民間で色んな仕事を引き受けてみようかなと」
皇都だけでも毎日のように巡回していれば、あらゆる問題が起きている。飼っている動物がいなくなったり、届くはずだった荷物が届かなかったり、小型の魔物に畑を荒らされたり。そういった困りごとの解決を引き受けるのを生業にして、いつかどこかに定住地を見つける。仕事が軌道に乗って名前を知ってもらえさえすれば、生活に困る事はないだろうと二人は楽しそうに話す。
まだ審問が終わってもいないうちから呑気なものだとは思ったが、自信に満ちた様子を見れば、どれだけ考えても問題はなかったのだろうと二人を信じる事にした。何を言ったところで、もう後は本番しかないのだから。
「緊張しますねえ」
皇帝が全てを決めるため裁判は行われない。審問会があって、皇帝がどうするべきかを最終的に判断する。いわば独裁的な一面ではあるが、今の若き皇帝は思慮深く慧眼を持つとも言われ、かといって明らかな悪人に対しては冷徹だ。正確な判断で裁きを下し、民を想う気持ちから貴族のみならず平民からの支持も厚い。
彼ならばきっと手を差し伸べてくれるとニコールは期待を高めた。
「じゃあ、いいかな諸君。俺たちは騎士団長の名に誓って、全力でお前たちをサポートする。だから好きなようにやってみろ」
眼前に待つ謁見の間への扉。アランとクロードは開くために手を置く。
「君たちに女神の加護があらん事を。では、行くとしよう」




