EP.25『ふたりで騎士をやめたら』
クロードたちが立ち去った後、まだ納得のいかないアダムスカはベッドに座って、大きなため息をついて両手で顔を洗うようにゆっくりさすった。
「落ち着かないかい、アダム?」
「ええ。こんな事になるなんて思ってなかった」
今にも泣きそうな顔をして唇を噛み締めて、アダムスカはがっくりと項垂れてしまう。ゴアウルフ討伐に出た事は正しいと信じた。だが結果的にはそれが見ず知らずの魔法使いの謀略にはまってしまった。
「いくら容疑が晴れても、アタシたちは信頼を失ったも同然です。ニコールも、アタシも、騎士として生きていくなんてもう無理でしょう?」
どうすればいいのか答えが分からず、こぼれそうになる涙を両手で顔を覆う事で隠した。ニコールに情けない顔を見られるのが嫌だった。
「アダム……。すまない、私のせいで君には迷惑を掛けてしまったな」
隣に座って、丸まった背中を宥めるように優しくさすった。
「君が騎士団で少しでも皆に認められればいいと思ってやった事が、こんな結果を招いてしまった。親衛隊の騎士失格だよ。問題を解決するどころか、問題を起こして君の立場をより危うくしてしまった」
謝罪するニコールに、アダムは思わず顔をあげて────。
「そんな事ないです! ニコールはアタシに優しくしてくれた。アタシの初めての友達なんだ。迷惑だなんて思ってない!……でも、アタシ、自分が守りたかった第三騎士団に戻れないのが悔しくて……どうすればいいのさ、ニコール……!」
我慢できずに縋りついて泣く。そうするつもりはなかったのに。
「よしよし、優しい子だね。確かに、もう私も親衛隊には戻れないだろう。元々からあの場所には味方なんていなかったから」
ふう、と息を吐いて、ニコールはよく考えてみる。どうすれば一歩でも先へ進めるのか。ただ黙って従うだけでは首を差し出すのと変わらない。何か、ひとつ。たとえば騎士に戻れないとして、自分たちの無実を証明するためのひとつ。
「アダム、よく聞くんだ。おそらく明日、アラン団長たちがエリックを連れてきて今後の計画について話すだろうけど、その後に皇帝陛下の御前で審問が待っているはずだ。そこが最大のチャンスだと思うしかない」
審問に何の意味があるのか、とアダムスカは疑問を抱く。
「捏造された証拠は擬装魔法によるニコールへの変身で行われたのでしょう。だとしたら、アタシたちには反論する術がないんですよ……!?」
「そうだね。きっと明日もそうなるだろう。────だからいいんだよ」
きょとんとするアダムスカに、ニコールはまっすぐ語った。
「私はこれでも親衛隊副隊長だ。資料室に保管されている書物の多くは閲覧許可が下りているんだよ。そこで魔法についても詳しく学んだことがある。まあ、魔法使いの才能はなかったんだけど、色々と知識は蓄えている。だからアラン団長とクロード団長が専属の魔法使いを疑った理由も分かるんだ」
オーラ使いには魔力を感じられる。それは常識だが、特に熟練したオーラ使いであるのなら、時間さえ経っていなければ、その魔力が誰のものかも判別できる。だから親衛隊によって現場が封鎖された事に疑問を覚えざるを得なかった。
『なぜ同じ騎士団員である自分たちが現場に立ち入れないのか?』という違和感。だから実際に会って確かめてみたくなった。本当にニコールたちが起こした殺人であるのかを。そうでなければ、真犯人がいるはずだから。
「魔法使いにとって、オーラ使いの前で魔法を行使する事は下手をすれば団長たちの前で自分が犯人だと名乗り出るも同じだ。おそらく痕跡が消えるまでの間、接触を許さないつもりだろう。明日の審問では、どこまで通るか分からないが、その点を突いてみようと思ってる。魔力の痕跡はそう簡単に消えないからね」
自信たっぷりに語るニコールに対してアダムスカは不安な気持ちを隠し切れない。ぎゅっと抱き着きながら「上手くいくでしょうか」とお腹に顔を埋めて零す。ゴアウルフが全てを奪ったときの事が脳裏に蘇った。
「大丈夫だよ」
優しく温かな手が、ゆったりとアダムスカの頭を愛でるように撫でた。
「少なくとも、私たちが処刑される事はないさ。ただ……うん、きっと騎士には戻れないだろう。それだけはなんとなく、私でも否定できない。だから、」
信じたい。上手くいくと。これまでもそうしてきた。そういう生き方をしてきた。上手くいかないとは考えない。上手くいくと考える。常に前を向いて戦い続けてきたニコールなりの処世術だ。
今回も変わらない。まっすぐ自分の信じたものを見据えている。だが、それでも、それでも状況は彼女たちから騎士という称号をはく奪するだろう。
「だからさ、もし……もし、ふたりで騎士をやめたら────」
見上げたアダムに、優しく潤んだ穏やかな瞳で。
「一緒に旅にでよう、アダム」




