EP.23『怪しい雲行き』
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ニコールたちの成果は大きく、オールドサリックスの事件は皇国全体を震撼させる惨事となった。凶暴化したゴアウルフの討伐は親衛隊並びに騎士団でも称賛の声が広がり、第三騎士団内で起きていた対立も小さくなった。
未だにアダムスカを恨む者もいる。当然ながら現実が受け入れきれておらず、自裁にゴアウルフの遺体を目の当たりにしても、どうしてあいつだけが運良く生き残ったのだと不満を口にする者だ。それ以外は『やっと悪夢が終わった』と家族を失った哀しみに再び苛まれるも、前に進むための涙を流す。
彼らが帰還して三日もした頃、勲章の授与が行われた。栄誉ある勲章『ルミナスメダル』が授与された。これを持つ者は『光輝の剣』と呼ばれ、これまでにニコールたちを除けば、たったひとりしか授与されていない。
しかし喜んでばかりもいられなかった。輝かしい実績の裏で、静かに息を引き取った騎士がいた事を忘れてはならない。ブレット・サンダーランドの葬儀は慎ましやかに家族のみで執り行われ、特別にニコールとアダムスカは参列を許された。最後に共に任務にあたった戦友であるとエリックの進言があったからだ。
「寂しくなりますね。親衛隊へ復帰されると聞きましたよ」
葬儀が終われば、いつも通りの日常に戻る事になる。二人は騎士の礼服を着て巡回もかねて皇宮へ戻る途中だった。アダムスカはブレットという仲間を失い、ニコールも任務が終わったと親衛隊に戻る事が決まったと聞いて寂しくなった。
「うん、その予定だ。でも君はもう寂しくないだろう。私の任務は元々、第三騎士団内で起きている問題を解消する事にあったから。それに、君こそ第三騎士団から第二騎士団への勧誘があったとか」
「行きませんよ。私は、親……お父さんの第三騎士団がいいんです」
養父といえども実の子のように接して大切に育ててくれた恩は忘れない。背負ったフォードベリーの名は、名誉ある勲章より大切にしていきたかった。
「君らしいな。それにしても、」
ニコールはアダムスカをじっと見る。片目とその周囲を覆い隠す眼帯に後悔を覚えた。自分のせいで酷い怪我を負わせてしまった、と。
「ふっ、似合いますか?」
「え。……あぁ、うん。よく似合うよ」
「なら良かったです。あまりにじっと見られるので似合ってないのかと」
「いや、なんでもない。はやく帰ろうか」
「そうですね。アービン団長にも今後の事を伝えませんと」
葬儀の後、エリックと、彼の父親の四人で話し込んだ事もあって、外はすっかり暗くなっている。今頃はアービンも首を長くして待っているに違いないと少しだけ急いで帰り、皇宮に着いた頃には月が高く昇っていた。
いつもは静かな皇宮の門は大きく開け放たれており、騒がしい声が聞こえてくる。夜に集まるのは何かあったのだろうと覗き込むように二人が顔を出す。
「集まっているのは第一騎士団か?」
「珍しいですねぇ。こんな夜分に集会とは」
せっかくだから声を掛けてみようと近付く。すると騎士たちは皆がニコールとアダムスカの姿を見つけて、些か険しい表情を浮かべた。
「こんばんは。私は皇室親衛隊及び第三騎士団所属のニコール・ポートチェスターです。こちらで集会をしているのは珍しいですね、何かあったのですか?」
ニコールの言葉に彼らはふん、と鼻を鳴らして攻撃的な態度を取った。それを制して前に出たのが、騎士団長のやや厳つい顔をした男だった。
「第一騎士団の団長を務めるアラン・ダービーだ。ちょうど君たちを探していたところだったんだ。……お前たち、門を閉めろ」
ゆっくりと大きな門が閉じられる。ニコールは事態を気楽に構えていたが、アダムスカは異様な気配を感じ取って剣の柄にそれとなく触れた。
「アラン団長殿。私たちはこれから第三騎士団のアービン団長殿に報告があるのです。そこを通してはいただけないでしょうか」
「それは残念だな。アービン団長なら、つい数刻前に遺体で発見された」
ぞろぞろと二人を取り囲み、あまつさえ今を待っていたかのように第二騎士団まで現れた。相手がソードマスターである以上は警戒する。アランはじろりと見てから『本当に彼女たちが?』と些か疑問を感じざるを得なかったが、これは仕事なのだと割り切って自分の感情は呑み込んだ。
「ニコール・ポートチェスターとアダムスカ・シェフィールド。君たちにはアービン殺害の容疑が掛かっている。話は後でゆっくり聞かせてもらおう、今は大人しくご同行願いたい。────手荒な真似はさせないでくれよ」
彼らが剣に手を掛けた瞬間、アダムスカが遠慮なく剣を抜いた。
「アダム、何を……! 私たちは何もやってないんだから話せば、」
「交渉するつもりだったんです? 無理ですよ、彼らには」
黒いオーラが剣に纏わりつく。滅多と見ない稀少なオーラに大きな驚きと緊張感が走った。アダムスカはすう、と息を吸い込んでゆっくり吐く。そして、普段とは違う様子で冷たく騎士たちを睨みつけながら────。
「ここで理由を話せないってんなら武力行使あるのみ。アタシはともかく、ニコールにまで疑いを掛けるだなんて許さないからな」
皆、尻込みして前に出られない。オーラを使えるソードマスターとなれば、ただの実力者と一括りにはできない。捕えるとなれば死人が出る事も覚悟しなければならないだろう。アランは困ったと首を横に振った。
そこへ騎士たちを掻き分けて、前に出てくる男がいる。無精髭の目立つ、赤いぼさぼさのミディアムヘアな男。黒い制服は第二騎士団のものだ。
「悪い悪い、通してくれよっと……。よう、アダムスカ!」
「クロード団長。これはいったい?」
「事情を説明してやりたいが、ひとまず剣を下ろしてくれないか」
第二騎士団の団長クロード・カーライル。アダムスカが第三騎士団に所属した際、養父の伝手もあって顔見知りになった男だ。普段から気楽に構えているが、ソードマスターとしては『赤い風のカーライル』として知られる。
ちら、とアランに視線をやったアダムスカは、状況は不利だと感じてニコールを後ろに立たせながら剣を下に向けて敵意がない事を示す。
「よし、良い子だ。聞き分けがいいな。じゃ皆も武器を下ろしてくれ、お互いに怪我をするなんてナンセンスだ。俺が交渉しよう。……それでいいよな?」
同意を求められたアランは興味なさげに頷く。
「好きにしろ。いずれにせよ、証拠はあがっている」
「ああ、そうだな」
こほん、と咳払いして場が落ち着いたのを見計らい、クロードは言った。
「ニコール・ポートチェスター、正確にはお前だけの容疑になる。アダムスカはいつも傍にいたからおまけみたいなもんだ。アービンは部屋に飾ってあった刀剣で殺害され、既に皇室専属の魔法使いが指紋も見つけている。とはいえそっちの話も聞かないのはフェアじゃない。今は我慢してもらえると助かるんだが、どうかな?」