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EP.22『みんなで帰ろう』

 エリックとブレットは予定通り王都へ応援要請のための帰路に就いていた。最初は特に何事もなく、森に入るまでは何も起きなかった。


 だが、夕暮れどきが迫った頃に、突然、何かが走ってきた。木々を器用に避けながら、途轍もない速さをして現れた。ゴアウルフだと気付いたときには近くにいたエリックが狙われた。それを咄嗟に庇ったのがブレットだった。


「馬鹿野郎が、俺なんかのために……。だけどよ、おかげで俺はこうして生き延びられた。悲しいっちゃ悲しいんだが、不思議と涙も出やしねえ。仕事、終わってないからかね。ここで泣きべそかいたら小言を言われそうでな」


「……だけど、どうして君は無事だったんだ?」


 エリックは残念そうに首を横に振った。


「ブレットに突き飛ばされた拍子に倒れ込んだんだ。目の前でかみ殺されるのを見た。そいつの傍に誰かいるのに気付いて、俺は咄嗟に隠れてな。今ここで隠れなきゃどっちも殺されちまうと思って」


 親衛隊に務めて、大した仕事はしてこなくとも、危険に対する嗅覚は鋭かった。弟のブレットが目の前で殺されたのを見て、泣き喚くのではなく正しい判断をするべきだと心を制御し、草陰に転がって身を隠した。


 そのとき、声がした。しっかり重みのある低い声。


『二人いたように見えたが違ったか?……まあいい、私もあまりうろついてはいられない。アダムスカ・シェフィールドの始末はお前に任せよう』


 きっと逃げた、老人に化けていた魔法使いだと分かる。だが飛び出せば殺される。意のままに魔物を操るような人間に誰が勝てるか、と息を潜めるしかなかった。そうして気配が消えるまで待ってから、ブレットの傍に駆け寄った。


 当然、それだけの時間が掛かれば助かるものも助からない。ブレットは既に血を流しすぎていて、助かる見込みはまったくなかった。だから、せめて連れて行こうと思った。帰るのではなく、アダムスカたちの無事も確かめるために。


「悪い。本当は帰るべきだったのかもしれねえが、こっちの方が近かったし、ブレットの事もあったから気が動転しちまってて」


「いいんですよ、エリックさん」


 傍に寄り添ってアダムスカが震える小さな背中を擦った。


「誰だって愛する家族の死を受け入れるのは簡単な事じゃありません。七年経っても傷なんて、塞がっただけで癒えてないんですから」


「……ああ、そうだよな。こんなに悔しくて最低の気分は初めてだ」


 救うべきはずの相手に救われて、どんな顔をして帰ればいいのか分からない。父親をいかほど失望させ、失意に叩き落すのか。想像もしたくない。母親の次は弟を失ってしまった痛みは、何も知らない父には、あまりに鋭い。


「すまない、エリック。私が君を誘いさえしなければ」


「お前のせいじゃねえ。ブレットは使える奴だと思って俺が選んだ。悪いのは俺の方さ。だから泣きそうな顔すんなって、いつもみたいにしてろよ」


 何も悪くない。そう、誰が悪いのかと、強いて言えば自分だとエリックは言った。もちろん最悪なのは魔物を操るといった禁忌に手を出した魔法使いなのだが、そこを責めても、ブレットは帰ってこないから。


 誰かを責めて、少しでも現実を受け入れたかった。自分が殺したようなものだとエリックは、泣き喚きもせずに戦う意志で心を崩さない。


「エリックさん、ここで女性の看病をお願いできますか」


「なんだ、まだ起きてこねえのか。別に構わねえけど、突然どうした?」


「三人揃って戻るより、誰かが王都に急いだ方がいいと思ったんです」


 幸いにも、村のなにもかもが駄目になっているわけではない。アダムスカはゴアウルフの討伐に際して、村が壊滅していても『食糧が見つかれば数日滞在できるはず』と考えて、あちこち探し回っていた。


「畑には根菜がありました。駄目になってるものも多いですが他の家にも保存食はあるはずです。外で襲われた人がいるからか無事な家も多いですし、王都が近いとはいえ理由があって出られないときのための保存食はあるかと。だからアタシとニコールで王都へ戻ります。エリックさんは此処にいて休んでください」


 オーラ使いの方が肉体のエネルギー効率が良く、長時間を歩き続けられる。今のエリックに任せるより、自分たちの方がブレットを早く連れて帰ってやれるだろうと提案した。当然、エリックもこれには同意見だった。


「わかった、任せるよ。頼むぜ、二人共。出来るだけ早くな」


「もちろんだとも。今回の件、君がいてくれて助かった。すぐ戻るよ」


「ではアタシたちは出発します。干し肉だけ少し頂いていきますね」


 二人はエリックを残して家を出た。荷物は最小限に、王都を目指して。


「……全員で生きて帰ろうって言ってたのに、辛いです」


「ああ。でも、まだ全員で帰る事は出来るよ。急ごう、兄弟(ふたり)の為に」


 傷は深い。外側ではなく内側を大きく抉られた。それでも、誰もが泣いている暇はない。ただ真っすぐに、やるべき事の為に決して俯いたりはしなかった。

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