EP.2『騎士団への配属』
「フォードベリー騎士団への配属……、ですか?」
薄青の瞳が受け入れがたい話だと言わんばかりに難色を示す。執務室でふんぞり返る上官の命令に背けないとはいえ、不服な態度は見せておかねばどんな汚れ仕事でもやると思われかねない。女の騎士は長い銀髪を指でくるりと弄ぶ。
「ニコール。何もそこまで嫌そうにする事はないだろう」
「しかし、これは左遷ではありませんか」
「君ほどの人材を左遷とは笑えん話だが、経験は必要ではないかね」
「ですが総隊長殿。第二親衛隊の副隊長の席はどうされるのです?」
ニコールは皇帝直轄にある親衛隊の第二副隊長として活躍してきた。あらゆる魔物を討伐し、その戦果から勲章をいくつも授かってきたが、些か若すぎるという点で副隊長の席に着いている。自分が抜けた穴は誰が埋めるのか気になった。
「君のように積極的で仕事熱心な者はそう多くない。今回の仕事は適任だ。君の不在を担うには荷の重い連中ばかりだろうから、私が代理をしよう」
「総隊長殿が……。それほどに重要な仕事なのですか、騎士団への配属は」
沈黙が流れ、総隊長の壮年の男は葉巻を灰皿にそっと置いて煙を吐く。
「さっきも言ったが、君を左遷など有り得ない。私も反対したが、事情があるらしく承諾した次第だ。なんでも第三騎士団で問題を抱えているとか。君もうわさに聞いた事はないかね、七年前の……」
うわさ話に疎いニコールもピンとくる。
「例の団員の事ですか。確か名前は、アダムスカ・シェフィールド。しかし、なぜ今さら七年前の事件との関連が?」
怪訝な顔をするニコールに、総隊長の男はニヤッとする。
「被害者のご遺族が入団されていてね。自分から志願して第三騎士団へ入ったとか。それと、うわさには続きがあってね。────どうも、第三騎士団を魔物に襲わせた者がいる可能性があるんだとか」
「はい……? 騎士たちを魔物に襲わせるなんて、それもまた第三騎士団のような滅多と出動要請のない小さな騎士団を。なんのメリットがあって?」
理解が出来なかった。皇室の抱える三つの騎士団のうち、第三騎士団であるフォードベリーはお世辞にも腕が立つとは言えない。他の騎士団が忙しいときに呼び出される程度だ。だからときどき『臨時の騎士団』などと揶揄された。
そんな騎士団が標的にされる理由が分からなかった。
「狙うなら普通は第一騎士団か第二騎士団なのでは」
「具体的な事も分からんうわさに過ぎんよ、ニコール。鳥のさえずりと似たようなものだ、耳心地に良い興味深い話ではあるが……まあ、気にするな」
また葉巻を吸って、窓の外に視線を向けた。
「深く考える必要はない。君は第三騎士団へ派遣され、そこで問題となっているアダムスカ・シェフィールドと、彼女を追い詰めている団員たちの間に立ってくれればいい。このままいけば精神的に疲弊して自殺する可能性もある。そうなれば皇室の名誉にも関わる。問題解決には君が適任だと考えた。うわさの真相についても気になるなら好きに調査をしてくれて構わない。問題解決の糸口になるやもしれん」
あまり気は進まない。だが総隊長の命令とあらば受けないわけにもいかず、ニコールは表面的に感情を出さなかったものの納得はできなかった。
執務室を出た後、深いため息を吐く。ニコールの夢は親衛隊のトップ、つまり総隊長の地位に就く事だ。純粋でひたむきに民を想う気持ちを抱くニコールが現状の些か気の抜けた地位だけの親衛隊を変えるには権力が必要だった。
そのために邁進し続け、確かに評価も受けてきたが、出る杭は打たれるものである。残念ながら評価はしても受け入れる者はいなかった。
「よお、これはニコール副隊長殿じゃないですか。随分と暗い顔をしてらっしゃる。まさか左遷の打診でも受けたんですかね?」
上官であるニコールに対してあからさまに横柄な態度を取る親衛隊の男は、身だしなみこそ小綺麗だが、性格は醜く身勝手に染まっている。ニコールの同期でありながら、伯爵家の次期当主であるのもあってか親衛隊の仕事には殆ど手を付けず、巡回だけしていれば十分だと言うほど程度の低い男。
「エリック・サンダーランド卿。此処は場末の酒場ではない。……が、今回は特別に許してあげよう。その傲慢さでいれば、君も左遷されるかもな?」
肩を叩いて、小馬鹿にした微笑みを向けて去った。背中に罵詈雑言を浴びせて呼び止められる声も無視して、ニコールは爽やかな気分になれた。
「(あんなのを相手にしているよりも、今はシェフィールド卿に会ってみなくては。確か今の時間は訓練場にいるはず……。ちょっと行ってみよう)」
考え事をしながら歩いていると、よほど気に入らなかったのかエリックが背後から駆け寄って来て肩を掴んだ。
「無視してんじゃねえぞ、ニコール! お前────」
ばしっと肩を掴む手を払い除け、振り向いて強く睨んだ。
「気に入らないのなら総隊長殿に頼んで皇宮を散歩する以外の仕事でも見つけたまえ。私も君のように暇な日があればいいんだが」
わなわな震えるエリックにふんと鼻を鳴らして、ニコールはいっきりした気分で訓練場に向かう。広大な皇宮の敷地内に設置された二つの訓練場の内、ひとつは親衛隊。もうひとつは騎士団が使う事になっている。今はフォードベリー以外の騎士団は出払っているので、確実に会えると踏んだ。
「アダムスカ・シェフィールドか。……仲良くできたらいいが」