EP.19『襲撃』
別れを惜しみつつ、ある程度の荷物を持たせたらエリックたちの出発を見送った。保護すべき市民がいるというのに、魔物うろつく危険地帯でじっとするわけにはいかない。はやく戻って来てくれる事を祈って、ニコールはアダムスカと共に村へ残った。それ以外に方法はなかった、と。
「最初こそアタシたちだけで計画したとはいえ寂しくなりますね」
わだかまりがなくなって、やっと仲良くなれたばかりだ。もう少し一緒にいたかったとアダムスカはいっときの別れを惜しむ。
「良い兄弟だからね。……こんな形でとはいえ、エリックと仲直りができたのは良かったよ。こう言っては怒るかもれしないが、君のおかげかもな」
「あはは、怒りませんよぉ。むしろ巻き込んで申し訳ないくらいですから」
むしろアダムスカには感謝すら芽生えていた。これまで決して関わる事はないだろうと思っていた相手から理解を得られ、あまつさえ共に仕事をする仲になったのだ。他にどんな感情がニコールに抱けようか。
「それにしても、この方は全然起きる気配がないですね」
「心の問題だろう。村の惨状を見れば分かるが、目の当たりにしたのだから当然の事さ。一時的なものと信じて目を覚ますのを待つしかない」
女性の表情も眠っているとはいえ思わしくない。どこか苦しそうにも見え、もしかすると魘されているのかもしれない。もっと早く来ていれば、とニコールは些か歯痒い気持ちを抱えながら、窓の外を眺めた。
「ここは長閑な町だと聞いていて楽しみにしてたんだけどな……」
「アタシもです。このあたりはよく熊や普通の狼はいましたけど、魔物にここまで手酷くやられるだなんて。日も暮れて来ましたから不安ですね」
「エリックたちが戻って来てくれるまでの辛抱だよ」
そろそろ暗闇がやってくる。捕食者にとってはかっこうの狩りの時間。人々にとっては視界を奪われる厄介な時間だ。オーラを使えるニコールやアダムスカにとっては暗闇の中でも視覚を得る事は造作もないが、やはり暗いよりは明るい方が心情的には不安を払拭できるものがあった。
「一階にランタンとマッチが置いてあったから、それを使おう」
「取ってきますよ。ちょっと待っててください」
たったっ、と軽快に降りてランタンを探す。部屋の隅にあった小さい棚に、マッチと一緒に置かれているのを見つけた。
「あったあった。先に火を点けておきましょうか」
中の蝋燭にマッチで火を灯す。優しい温かみのある明るい火がゆらゆら揺れた。使ったマッチはシンクの中に捨てて、ランタンを手に持って眺める。
「これでよし。ニコールに報告を────」
途端、アダムスカは動きを止めて緊張の糸をぴんと張り詰めた。悍ましい気配と共に、外から足音が聞こえた。大きな足音だ。重たいものがずしっと土を踏むような力強い足音。────魔物だ、と直感する。
「(ただの野生の動物とは違う。まるで何かを探すみたいに動いてる。ひとまず二階へ行ってニコールに報告をしなくては)」
一階は壁が破られているので、回り込んで中を確かめられたら大変だ。足音を極力立てないように階段へ向かって────ぎい、と軋んだ。
「……しまった、最悪だ」
外から聞こえる足音がぴたりと止まり、フンフンと大きな鼻息が聞こえてくる。それから徐々に動き始めて、とうとう壁の穴から、顔が覗いた。間違いない。かつて対峙した魔物が現れた。血走った目。赤い瞳が、じろっとアダムスカを捉える。鋭く大きな牙を剥いて、唸り声を上げ始めた。
「(マズい、これは非常にマズい!)」
即座に腰に提げた剣に手を掛ける。オーラを籠めた瞬間、ゴアウルフの腕が壁の穴を広げた。巨体が家の中に入る事は難しく、かなり強引に入ろうとする理性のなさに、アダムスカはランタンをその場に捨てて斬りかかった。
『────────ッ!』
察して後退したゴアウルフの鼻先が、すぱっと切れた。悲鳴はどちらかと言えば咆哮で、外へ出ていったと同時に二階からニコールが駆け下りてくる。
「何事だ、アダム!」
「あれです、ニコール! ゴアウルフが現れました!」
アダムスカが指を差すとニコールはオーラを使って視界を強化する。確かにゴアウルフがいて、それは通常よりも遥かに大きい体を持っていた。アダムスカの仇であり第三騎士団とオールドサリックスを壊滅させた怪物だ。
「こんなにすぐ現れるとはな……。外へ出て広い場所で戦おう。私たちも此処では動きにくいし、二階にいる女性が危険だ!」
「わかりました、オーラ使用者が二人もいるのなら勝てるはずです!」
急いで二人が外に出たときは、もうすっかり夜だった。先ほどまでの夕暮れなど嘘のように暗闇がやってきて、ゴアウルフが最も活発になる時間だ。現れても不思議ではなかったな、とニコールは考えを改める。
「よし、二人しかいないんだ。ぴったりくっつくより攪乱して……アダム? どうした、何をぼうっとしている?」
アダムスカが顔面蒼白になって呼吸を浅くする。まさかトラウマでも起こしたか、と肩を掴むが、そうではなかった。震える手でゴアウルフを指差す。
「あ、あれ……あれって、まさか……!」
「何を言っているんだ、アダム。落ち着け。あれって────」
指が示す先を目で追いかけて、ニコールも気付く。気付いてしまう。
ゴアウルフの牙に引っ掛かるきらりと光った小さなロケットペンダント。オーラで視界を確保していなければ分からないままだった真実が目に映った。
「そんなバカな。エリックのペンダントが、どうして……?」