EP.17『積み重なる違和感』
村の現状が回復できるかどうかを確かめるのも騎士団の仕事。復興が可能そうであれば、王都に戻って手続きを行わなくてはならない。過去に魔物によって町や村が大きな損害を受けたときに出来た制度だ。
とはいえ生き残っているのが老人だけでは、申請をしたところで保護止まりで終わる話だろう。あまりに残酷な現実が待ち受けているのは明白だった。
「嫌な気分ですね。自分と同じような経験を、それもあの年齢で」
「……年齢は関係ないさ。君もそうだが、本来あってはならない経験だ。これ以上、誰も悲しまないようにしよう。それが私たちの仕事だから」
相変わらず優しい事を言う、とアダムスカは横目にニコールを見て思う。痛みを伴う人生を過ごしてきて、なぜそうも前向きになれるのか不思議だった。いつも塞ぎ込んで自分の責任だと重たい荷物を背負い続けてきた自分とは違う。
羨ましくなった。こんなに自由だったら、どれほど気楽だろうか。
「アダム。聞こえているか、アダム」
「あっ、すみません。考え事をしてました。何でしょうか」
「調査だよ。そこの派手に壊れた家から見てみよう」
「わかりました。というか、これ家だったんですよね……?」
目の前にあるのは、壁も屋根もない、家だったであろう場所。まるで台風にでも吹き飛ばされてしまったようにぼろぼろで、子供が描いたらしき絵の入った小さな額縁が悲しそうに横たわっていた。
「三人家族で暮らしていたようだ。見ない方がいいかもしれないよ」
ニコールの視線が、部屋の片隅に倒れるクローゼットに向かう。背中から踏み潰されたような形で、周囲には血だまりが出来ていた。アダムスカにとってはトラウマが鮮明に蘇る光景だろうと気を遣った。
「大丈夫ですよ。アタシ、これでも見るのには慣れたんで……」
「そうか。ではちょっとクローゼットを動かそうか」
汚れるのも厭わず、ふたりで持ち上げてみて、そのままどすんと落とす。確認するまでもない。酷い臭いがしていたので、なんとなく想像は出来た事だ。
「子供、でしたね。さぞ苦しかったでしょう、可哀想に」
「惨いな……。はやく仕留めないと、また被害が出るかもしれない」
「ええ。既に獲物を喰らった後なら眠っているかもしれませんし」
ニコールは周囲をきょろきょろと見渡す。
「アダム、何か奇妙な気配を感じないか」
「えっ。まさか魔物が!」
「いや、そうじゃなくて。魔力の気配だよ」
「そっちでしたか。じゃなくて、魔力ですって?」
オーラを使用できる者は魔法使いでなくとも魔力を感じられる。自然と共に生きるゴアウルフには魔力が存在せず、崩壊した村に痕跡が残っているのは明らかに異質。ニコールとアダムスカは、すぐに痕跡を辿った。
「嘘でしょ……。ニコール、これはまさかとは思うのですが」
「ああ、紛れもなくゴアウルフの爪痕から発している」
「という事は、やはり意図的にゴアウルフを操る者がいるという事では」
「あるいは操ろうとして手に負えなくなった可能性もあるだろう」
魔法使いが過去に魔物を操ろうと実験して失敗した事がある。そのため魔塔では研究の全面廃止となったが、魔法使いも一枚岩ではない。誰かが今も研究を密やかに続けている可能性は否定できなかった。
「なんにしても討伐すれば分かる話だ。魔物を操る研究に関連する資料は私も読み漁った事はある。副作用的に凶暴性が増すとはあっても、結果だけで言えば死亡例しかなかったから今回がそうであるとは限らないけど、もしそうだとしたら制御するための道具が体に埋め込まれているはずだ」
魔法使いになれる人間は殆どいない。年にひとりかふたり、現れれば良い方だ。たった数十人しかおらず、魔塔には魔法使いの名簿がある。問題があった場合はすぐに調べもつく。やはり倒すのが解決への近道になるだろう。
「お~い! ニコール、アダムスカ! ちょっと来てくんねえか!」
離れたところでエリックの声がする。何かあったのか、と向かうと、エリックは険しい顔をして、草陰に隠れた腐った死体を見つめていた。ゴアウルフによるものだろうと思ったが、損傷は激しくなく、違和感がある死体だった。
「エリック、これは?」
「いや、実はそのへんで用を足そうと思って来たら見つけてよ。ちょっとばかし触って確かめたんだが、頭蓋の後頭部が割れてる。魔物に傷つけられたというよりは背後から誰かに殴られたっていうべきか。んで、隠された」
他の家にも少数の死体があり、エリックはそれらと比較して隠されていた死体に関しては『意図的に誰かが隠した可能性が高い』と判断した。魔物の、それも巨躯を持つゴアウルフではあり得ないほどの小さい傷だ。
「……ではこの方は殺されたという事ですか、エリックさん」
「ああ。腐敗が進んで分かりにくいが、こっちを見てくれ」
死体の腕をエリックは抵抗なく掴んで持ち上げた。
「手首に縛られた跡が残ってんだろ。って事は、やっぱりコイツは魔物に襲われたんじゃねえ。しかもこんな民家に近い草陰に……。奇妙な話だよな」
「うむ……。一度、御老人に見てもらうのはどうだろう?」
オールドサリックスの人口から考えて、顔を知らない方が不思議だ。あまり酷い状態の知人を見せるのは抵抗があるが、事件を負うのには証言が不可欠になる。一度くらいは我慢してもらおうというニコールの意見は皆で一致した。
「あっ、皆。ここにいたのか。お爺さんは一緒じゃないの?」
積み荷を降ろし終えたブレットが、きょろきょろと周囲を見渡す。表情は明るくなく、老人を迎えに行くと家にいなかったので困っていた。
「こっちには来ていないが……。仕方ない、調査はやめて御老人を捜索しよう。あの体では遠くへは行けないはずだ。怪我でもされたら困るからな」