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EP.15『黒いオーラ』

 第三騎士団長は実直で真面目。剣の腕も優れていて、親衛隊所属であっても良い地位にいておかしくない実力者だった。だが配属の希望はしなかったし、提案を受けても断り続けてきた。若い時からの古巣を大切に守り続け、お飾りと揶揄されても気に留めなかった。他の騎士団に比べれば新芽を大事にするので些か割り振られる任務も軽いものばかりだったが、それが特色だと自慢げに話していたのを思い出してアダムスカは少し寂しくなった。


「今でも夢に見るんです。七年前の夢を……」


 雪深い森の中、暗闇を照らす松明やカンテラが火を灯したままそこいらに転がって、目にするのも悍ましい光景を見せつけた。千切れ飛んだ腕。上半身のない体。飛び散った血と臓物が溶けた雪の海。光を失った仲間の瞳が自分を見つめている錯覚に陥り、恐ろしくて声も出ない。


 そんな中でも必死に叫んだ何人かの仲間の声。逃げろ、逃げろ、逃げろ。お前だけは生きろ、お前だけは、お前だけは。────お前のせいだ。


「────。アダム。しっかりするんだ、大丈夫か?」


 体をゆすられてハッとする。冷や汗がどっと噴き出して、全身が震えていた。ニコールが呼ばれなければ、そのまま気を失っていたかもしれないと安堵して、青ざめた顔でやんわりと微笑んでみせる。


「すみません、つい……。ありがとうございます、ニコール」


「ああ、よかった。私のせいで辛い事を思い出させてしまったな」


「そんな、違います! ただ、その……後悔してるんです」


 戦えなかった。自分だけが腰を抜かした。子供だったからなんて言い訳だ。何年も養父の元で訓練を積んできて、結局、何もできないまま。へたりこんで、恐怖心から身を護るための本能として剣を握りしめていただけ。


 最後の最後まで何もできなかった。凶暴な魔物を前にして、満足して去っていくのを見送って安心さえしてしまった。後悔してもしきれないのに、そのときの自分は壊れたように笑って、嗤って、現実から逃げ出した。


「あのときひとつでも何か出来てたら違ったんじゃないか。いまさらではあるんですけど、考えるのをやめられなくて。だから、今回は賭けたいんです。ううん、違う。今度こそ戦いたい。アタシ自身を取り戻すために」


 七年も人一倍の努力を続けてきて、実力は十分についた。後は自信を取り戻すだけ。大切な仲間を守り、かつての恐怖を振り払ってみせる。熱を帯びた決意を称えこそすれ、嘲笑する者はいなかった。


「しかしよ、いくらお飾りの第三騎士団つっても、そのへんの傭兵なんかよりはずっと腕もいいだろ。当時の騎士団長と俺のおふくろは親衛隊にいたっておかしくねえくらいの腕利きだったはずだぜ?」


「兄貴の言う通りだ。ゴアウルフが危険なのは分かるけど全滅なんて」


 にわかには信じ難い話に、アダムスカも同意するように頷く。


「アタシも驚いたんです。でも実際に現れたゴアウルフは、まるで突然変異でも起こしたみたいに体が大きくて、殆ど戦う事さえないまま全滅したんです」


 いくら指示を出しても間に合わない。次から次へと団員は死に、聞こえてくるのは怒号と悲鳴。それもまた短い間だ。あっという間に血の海は広がり、アダムスカの前には物言わぬ惨劇が残された。


「……でも、もうあのときとは違う。今度は絶対に戦えます」


 悪夢を晴らすために必要なものは揃った。アダムスカが手を仰向けにすると、黒い輝きが腕を纏った。ブレットには見て分からなかったが、剣術の腕を磨き続けてきたニコールとエリックはぎょっとした。


「君は黒いオーラが使えるのか……!」


「こりゃたまげた。んなもんが扱える奴なんてこの世にいたんだな」


 状況がよく呑み込めないブレットが除け者にされたように口先を尖らす。


「なんだよ、俺にも分かるように教えてくれよ」


 ついつい珍しいものを見て興奮したニコールが反省したように咳払いをして座り直し、自信満々に鼻を高くして説明する。


「そもそもオーラとは剣士の最高峰とも言われる実力者にしか扱えないんだ。数いる親衛隊の中でもたった数名のみ。それを騎士団所属の人間が扱えるなんて、即座に異動になっておかしくない。しかも黒いオーラは……うん。黒いオーラは過去に大きな怪我や痛みを経験したものだけが体得するという最も強力なオーラなんだ。皮肉な話だが、彼女の過去の痛みが、今の強さを作っているとも言える」


 良い事なのか、悪い事なのか。いずれにせよ黒いオーラの剣士は稀少で、その強さはソードマスターが数名で掛かっても敵わないと言われた。凶暴なゴアウルフが相手であっても問題なく戦えるだろうとニコールは力説する。


「アタシは大歓迎ですよ。今度はアタシもできるって事を見せるんです。ゴアウルフの首を、アタシ自身で刎ねる。全てを清算するにはそれしかない。だったら、この力を得た事は紛れもない正解ですから」


 どんな願いも、どんな復讐も、どんな祈りも。力がなければ届かない。力がなければ口にする事さえ許されない。這い上がるのに必要なものは得た。胸の中にあるのは後悔や苦痛だけではない。執念にも似た怒りと憎悪が滾っている。


「────絶対にやり遂げましょう。アタシたちで」

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