EP.14『親睦を深めるには』
「さ、楽しい時間ばっかりじゃねえぞ。そろそろオールドサリックスに向かおうぜ。ブレット、お前が走らせろ。俺は疲れちまったから」
「ええ……? 仕方ないなあ、分かったよ」
面倒な仕事を押し付けられてウンザリした顔を浮かべたが、ニコールが代わりましょうかと言えば、それは違うと断った。そこには身内ならではの感情があるのだが、ブレットはあえて説明はしなかった。
仲間相手ならエリックは少しばかり粗野で勝手なところを持っているのだ。それも弟に対しては特に。ブレットはそれを面倒ではあったが嫌とは思っていないし、他の誰かにやらせるのは間違っていると思った。
「じゃ、出発するよ。ここからオールドサリックスってどのくらい?」
「道なりに一時間か二時間くらいだろ。アダムスカは行った事あるんだよな」
尋ねられて、アダムスカは干し肉を齧りながら答えた。
「ええ、七年前の滞在地です。村というより集落ですが落ち着いていて雰囲気も悪くないです。ここからだと一時間半くらいかと」
それほど遠くないと分かって安心する。あまり時間が掛かりすぎると、またどこかで休憩を挟まなくてはいけない。無駄になるかもしれないと食糧も奮発して持ってきたとはいえ、二日目もとなると夕食か朝食は抜く事になるからだ。
「じゃあ一時間は暇という事だな。せっかくだし親睦を深めるためにも、改めてお互いの事を知る時間にでもするか? 私もアダムの事を知りたいし、もっと知っておいてほしい」
「俺も賛成だな。特にブレットには聞かせておいた方が良い」
御者台でブレットがぴくっと跳ねた。ムッとして口先を尖らせたが、否定はできない。相手の事をよく知りもせずに批判的だったのは確かだ。たとえそれが昨晩に話し合って解決していた事だったとしても。
「ふむ、じゃあ、私から話を聞いてもらおうかな」
言い出したのは自分だから、とニコールは自分の生まれを話す。
「私は貧民街のすぐ傍で暮らしてた。生活は出来ていたが貧しくてね。両親ともうまくいってなかったから、ちょっと大変だったけど」
うんと幼かった頃は愛された。愛してもらえた。だが、大きくなるにつれてだんだんと両親には疎まれるようになった。こんなのがいなければもっとマシな生活をしていたとまで言われた。
何か悪い事をしたのかと言えば、それは違う。ニコールは極めて平凡に生きてきた。大体の事は自分ですぐ出来るようになったし、頼まれれば近くのパン屋で配達も手伝ったりした。だが、そうやって働いた事がよくなかったのだろう、と今にしてみれば思う。あとから聞いた話だが『あんな子供を働かせるなんて』と周囲からの心ない言葉に病んでいたのだと分かった。
「今はもう会いたくないと言われたよ。親衛隊にもなったし給与も悪くない。私は嫌われてても両親の事は好きだったから、違う場所に引っ越してやり直さないかって提案したんだ。でも、二度と会いに来るなって」
ただ、その話だけを聞けば両親が冷たく感じるだろう。しかしニコールは違う。両親がどんな想いで突き放したのかを知っていた。
「あの場所で暮らすのに慣れてしまうと、まともな仕事なんて貰えなくなる。与えてなんてなおさら。自分達みたいな人間が娘に頼れば苦しい想いをさせてしまうと、つい盗み聞きしてしまって。それから、まだ会いに行けてないんだ」
いつか出世して誰にも文句を言わせないくらいの地位を得たら、腐った親衛隊の改革をして、もっと貧しい人々にも目を向けるよう皇帝に進言もできるかもしれない。そう思って努力を続けているが思った通りに上手くは進まない。
だから今回の件で騎士団に配属が決まったときはひやりとした。事実上の左遷ではないかと不安になったが、改めて足を運んで総隊長の意思がそうではない事をハッキリと示した。騎士団に巣食う問題は、あまりに大きかったから。
「……今回のゴアフルフの件が片付いたら、もしかしたら総隊長補佐くらいには任命してもらえるかもしれない。前任者が病気らしくて空席だそうだから」
「お前、出世早かったもんなぁ。俺みたいな落伍者とは随分な違いだぜ」
茶化すエリックに、ニコールはくすっと笑って肩を竦めた。
「君だって真面目にやれば私と同じくらい昇進したさ。でも、お互いそうやって違う道を歩んだからこそ此処にいるのは悪くないだろう?」
そう言われると照れくさい、とエリックは頬を掻く。
「まあとにかく、何かを成すためには地位や名誉といったものが必要になる。たとえ興味などなくともね。だから今でも私は昇進を狙ってるよ」
「ご立派だこって。お前はどう思うよ、アダムスカ?」
貧民街出身のアダムスカも、その通りだと否定しなかった。
「本当にすごい事だと思います。私はただ、あんな場所から出られるならなんだってするという気持ちで貧民街を出たので……」
「君は貧民街で騎士団長に拾われたんだったな。どんな人だった?」
尋ねられるとアダムスカはとても嬉しそうな顔をして言った。
「最後までアタシを守ってくれた、勇敢で心優しい方でしたよ」




