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EP.10『旅の始まり』

 ニコールが親衛隊に入ったのは五年前。当時の年齢は十九歳と若く、親衛隊の試験を受けた十数名のうち、同期となったのはエリックだけだった。


 しかし、入隊直後に待ち受けていたのはニコールの想像していた親衛隊ではなかった。剣の腕は確かなはずの親衛隊は平和な環境に身を置き続けたせいで怠惰に満ちていた。真面目な隊員もいたが、ギルテンブリッジは非常に平穏で、戦時や危険度の高い魔物が現れない限りは親衛隊に仕事は回ってこない。


 そんな環境を少しでも変えようと努力をすると疎まれた。何を張り切っているんだ。女のくせに図々しい。夢見がちな親衛隊員。真面目がゆえにあらゆる理由で嫌われた。規律も乱れ、栄えある皇室親衛隊は無様と言うほかなかった。


「改善しようとすればするほど空回りでね。だけど、私は鍛錬も欠かさなかったし、巡回だってずっとひとりでやってきた。総隊長殿はいつも褒めてくれたが、あの方もご高齢だ。引退も遠くないと自分で話されていたし……」


「……総隊長サンがいないとニコールには居場所がない?」


 そう言われると返す言葉がないな、と肩を竦めた。


「私が第二副隊長になったのも、総隊長殿がいたからだ。もう今より出世は望めないだろうね。親衛隊の本質を変える前に追い出されてしまいそうだよ」


 エリックのように、やめる事になったとしても伯爵家の跡を継ぐといった選択肢がニコールにはない。平民出身の人間だというだけで親衛隊に入る前もかなり苦労させられた。張り切った分だけ損をするのは納得がいかない事だ。


 町では知り合いが多く働ける場所もあるだろうが、目指した夢を簡単に切り捨てる事はできない。そうなるときっと何をやってもうまくいかないだろうと不安が押し寄せてきて、結局、引き返す道がない事に何度も気付かされた。


「でも今回の件で大きな実績を挙げれば変わるかもしれない。元々、第三騎士団への配属は今起きている問題を解決するためだったんだ。……と言えば君にとっては耳心地が悪いかもしれないけれど、君と友達になりたいという言葉に偽りはない。ひとりぼっちなのは変わらないからね」


 僅かに振り返ったニコールの寂しそうな横顔に、アダムスカは気を使わせてしまったと申し訳なくなった。ただ仕事で仲良くなりたいとでも言われていれば不満にも思ったし、裏切られたと考えたかもしれないが、本心で向き合われたのはむしろ好意的に受け取った。


「いいんですか、アタシなんかと友達になっても。お得な事なんにもないですよ。ただ面倒くさいだけで、付き纏う犬みたいにしつこいかも」


「言い争いになるよりマシさ。言ったろ、結局はひとりぼっちなんだ」


 どれだけ地位を得ても、気の許せる友人は得られない。ニコールは自身の立場がこれからより悪い場所に落ちていくであろう事は予想している。一人でも心を許して相談できる相手がいるとしたら、それはアダムスカになる、とも。


「ふふ、じゃあよろしくお願いします」


「もちろん。さあ、そろそろ着きますよ。エリックが待ってるはずです」


 王都の門前で、門番とエリックが談笑している姿が目に映った。すぐ隣には弟のブレットもいる。上手く連れて来られたのだとホッとした。


「よう、立派な荷馬車じゃねえの」


「意外と待遇が良くてね。君たちも乗りたまえ、私が────」


「何言ってんだ、御者は俺がやるから後ろに行け」


「えっ。どうしたんだ、君らしくもない」


 普段なら『副隊長殿が率先してやってくださるからありがたい』とでも言いそうなものなのに、と驚く。エリックはとてもバツの悪そうな顔をした。


「せっかくの大手柄になるかもってときに、お前に任せっきりだと何も変わらねえだろ。俺たちもそろそろ変わる頃だと思ってよ。な、ブレット?」


「……うん。俺もそう思うよ。だから、その」


 荷台に乗ろうとしたブレットが、乗る前にアダムスカを見て言った。


「本当にごめん。俺だって、あんたのせいじゃないってわかってたのに」


「いいんですよぉ、別に。アタシだけ生き残ったら、そりゃ責めたくもなります。逆の立場だったらきっと同じ事をしてたって自分でもわかってますから」


 ブレットの手を取って乗り込むのを手伝う。御者台からニコールも荷台へ移り、代わりにエリックが手綱を握った。


「うっしゃあ、出発すんぞォ!」


 馬車が門を潜る。車輪をがらごろ転がして、目指すはオールドサリックス。かつて第三騎士団を壊滅させたゴアウルフを討伐するために、たった四人の騎士はそれぞれの願いを胸に抱いて旅立った。


「なんか四人で旅って、ワクワクしてきましたねえ」


「おい、アダムスカ。こりゃ遊びじゃねえんだからな」


「ニコールさん、この干し肉貰ってもいい?」


「構わないよ。半日ちょっとの旅だから、余分に買ったんだ」


 旅行気分での出発。いがみ合った者同士が、今は楽しそうに馬車で心をひとつ。意外にも気が合うと分かって、四人の大きな旅の始まりは和やかなものだった。

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