第76話 国際大会(個人戦予選)
国内予選、中級個人戦。
「続いて第三ブロック、第二試合。神谷湊!」
試合場に立った湊は、背筋を伸ばし、静かに剣を握った。
初戦の相手は、土魔法の籠城型。
地面から隆起させた壁を盾にし、じわじわと魔法で追い詰める戦術だったが――
(この距離なら、一撃)
湊は壁の出方を読み切り、崩れる直前の接点を足場に使い、踏み込み一閃で決着。
二戦目の相手は、戦斧使い。
攻撃を受け流すことで反撃の隙を狙う受け型だったが、湊は踏み込みを何度も外させ、カウンター狙いの“癖”を把握。
三合目のタイミングで、斧の軌道を封じる角度から正面を突き、当たる直前で剣先を止めた。
三戦目――剣士同士の対決だったが、湊の一手一手は格の違いを見せつけた。
相手が「誘い」を仕掛けようとした時点で、構えの細かな揺れからフェイクだと見抜き、逆に踏み込みを誘導。
剣と剣がぶつかる前に、相手の体勢が崩れ、そのまま試合を決めた。
そして迎えた準決勝。
対戦相手は、“光の術師”の異名を持つスピード系魔法職の男・白峰エイジ。
「光属性……?」
控室で対戦カードを確認した羽鳥が小さく眉を寄せる。
「魔法職なのに中距離戦がやたら強いって噂の人よ。反射と残像を利用して相手の視界を狂わせるって」
「厄介そうな相手ね」
夏希の不安げな声に、湊は首を横に振った。
「まあ、大丈夫。剣術って、“見て反応する”ってだけじゃない」
試合開始の合図が鳴る。
先手は白峰。足元を滑るような速度で間合いを詰め、手のひらから放たれた光弾が爆ぜた。
目眩まし――かすかに空気が揺れる。
(思ってたより速い……けど)
湊は一歩も引かず、前へ。
白峰はさらに加速しながら、分身のような光の残像を左右に残して翻弄してくる。
「……どれだ?」
観客席がざわつく。
湊は剣を水平に構え、深く呼吸を整えた。
(残像は“意図して動かす”ものじゃない。本体だけに最初に現れる挙動が必ずある)
左斜め――本体が一拍、剣を振るための“溜め”を取った。
そこに、湊は滑り込む。
「っ――!」
白峰の反応が一瞬遅れた。
湊の剣が、腹部手前でピタリと止まる。
審判の手が、即座に上がった。
「勝者、神谷湊!」
光が散り、残像が晴れる。
白峰はその場で息を呑み、膝に手をついていた。
「今の……残像、全部見破ったのか……?」
その呟きを背に、湊は静かにリングを降りる。
歓声が爆発し、観客席の夏希が思わず立ち上がった。
「やった……!」
澪はうっすらと微笑み、羽鳥は拳を握っていた。
「次は、いよいよ決勝ですね……!」
***
決勝戦の相手は、静かにリング中央に立っていた。
黒い格闘服に、鍛え抜かれた体躯。武器はなし。
「……素手、か」
湊がそうつぶやいたのと同時に、会場アナウンスが響く。
「中級個人戦、決勝戦!神谷湊 対 宍倉奏太! ――開始!」
鐘が鳴った直後、宍倉が指を鳴らした。
「《分身》」
空気が揺れる。
湊の前方、彼と寸分違わぬもう一人の“宍倉”が出現した。
「実体……!?」
羽鳥が観客席で思わず声を上げた。
ユニークスキル《分身》。
生成される“もう一人の自分”は実体を持ち、ほぼ同等の身体能力で動くという強スキル。
残像や幻術とは格が違う。
(なるほど、これは厄介そうだ)
湊は剣を抜く。
だが、その刹那――
「来るっ!」
左前から分身、右から本体。
左右からの挟撃を、完全に同じリズムで仕掛けてくる。
「ぐっ……!」
剣で片方の拳を払うも、もう片方が膝蹴りを放ってくる。
紙一重でかわすと、背後に回り込むような動きが連続する。
重ねるように繰り出される攻撃。
拳、肘、膝、踵。全方向からの連撃が止まらない。
(……完全に一対二だな)
しかも動きが精密で、隙がない。
分身は視界の外から攻撃を仕掛け、本体がタイミングを合わせて追撃する。
まるで、一つの意思を持った二人の使い手と戦っているかのようだった。
湊は徹底して防御に徹する。
剣を縦にして拳を受け、肘をかわして体を捻り、後退しながら呼吸を整える。
(だが――これは、悪くない)
《反復》が静かに作動する。
連撃を防ぎ、捌き、かわす。
湊の身体に、宍倉を対象とした蓄積が刻まれていく。
僅かに、剣先が速くなった。
初動でわずかに遅れていた防御が、追いつき始める。
「ほう、捌いてきたか」
宍倉本体が低く呟き、今度は動きを変える。
分身が前方から正面タックルのような突進を見せ、本体が高く跳躍。
空中から踵落とし。
剣を立てて軌道を逸らし、タックルを横に流す。
瞬時に転身し、追いかけるように反撃に転じる。
(あと少し)
湊は防御をしながら、分身と本体の動きをずれしていた。
(いま!)
剣が走る。
先に踏み込んできた分身の脇を抜け、腹部へ柄を叩き込む。
「ッ!」
分身が仰け反った瞬間、本体が慌てて軌道を変える――そこへ剣を反転。
“迎撃ではなく、誘導”による迎え撃ち。
本体の胸元ギリギリに剣先が伸び、寸前で止まる。
静寂。
数秒後、審判が手を上げた。
「――勝者、神谷湊!」
会場に大きな拍手が響く中、湊は剣を納めて一歩、息を吐いた。
宍倉が分身を解除しながら、笑って言った。
「……全部の攻撃を“見てから”捌いたのか?」
「いや。読んだのもある」
「……化け物だな」
控室に戻ると、羽鳥が飛びつく勢いで出迎えた。
「勝ちましたね!あんな強い相手に……!」
「本物の格闘家って感じだった」
真壁が素直に感心し、澪は小さく頷いた。
「……けど、湊の方が、上だった」
「さすがリーダー!」
夏希の笑顔で声をかける。
この瞬間、神谷湊は―
日本中級個人戦部門の頂点に立った。
***
「――藤崎リラ、勝利! 上級個人戦、日本代表決定!」
場内に拍手と歓声が爆発する。
リング中央で剣を納めたリラは、軽く礼をしてから観客に向けて優雅に手を振った。
その一連の動作は、剣技の精緻さと同様に洗練されていて、誰が見ても「別格」と思わせるだけの風格があった。
「リラさん、ほんと強いなぁ……」
羽鳥が感嘆の声を漏らし、真壁が隣で苦笑する。
「圧勝すぎて、実況も途中から困ってたぞ。あれ、どう褒めればいいんだって」
「……上級の頂点って、あんな感じなんですね」
夏希も感心しきりだった。
控室の一角でその様子を眺めていた湊は、自分の手のひらを見つめるようにして、呟いた。
「勝ったけど……全然まだまだ、だな」
その日の夜、ギルド本部から本戦の開催地と参加クランの一覧が発表された。
《暁ノ追糸》の拠点で、三条がホログラム端末を使って映像データを表示する。
「開幕は二か月後。開催地は香港。本戦には中級・上級合わせて世界十カ国から冒険者が参加予定」
次々と表示される国名と代表クランの一覧に、皆が真剣な眼差しを向ける中――
「……これ」
三条がある名前を見て、わずかに眉を寄せた。
「《セントエデン》《セレスティア》……?ヨーロッパの二大宗教系クランがこういうイベントに参加するのは珍しいわね」
真壁が腕を組んだまま首を傾げる。
「なんかの布教活動か? いや、でも教会系ってわりとそういうの嫌うよな」
「国際大会で見るのは初めてかも」
三条が表示画面を拡大しながら言う。
「ギルドにも正式なエントリー通知は来てるし、間違いじゃない」
***
同時刻、ギルド本部・応接室。
リストを確認していたギルド長・脇田は、端末を閉じると、静かにため息をついた。
「……参加してきたか。しかも、両方とはな」
隣で資料を読んでいた藤堂も、険しい表情を隠さない。
「セントエデンとセレスティアが同時参加なんて、普通ならあり得ません。目的がないはずがない」
「問題は、あいつらが何を探しに来るのか、だな……」
脇田は短く言った。
「最悪の展開も想定しとけ。絶対に情報を漏らすな」
「了解です」
***
石造りの広間に、深い静寂が降りていた。
聖堂の一角に設けられた《セントエデン》教会本部の会議室。
十数名の幹部神官たちが、燭光に照らされた長机を囲み、淡々と進む定例報告に耳を傾けていた。
その中で、感知系スキルを有する神官が、静かに口を開く。
「――ここ数か月の観測において、“聖属性に近い波長”を含む反応が三件確認されました。いずれも、ごく微弱。発生時間は数秒。波長の安定性も乏しく、断定には至っておりません」
一人の神官が眉を寄せる。
「波長の発生地は?」
「三件とも、東南アジア圏です。座標の断定はできておりません。範囲としては、同一プレート内に収まっていると見られますが……日本、中国、韓国、台湾、東南アジアの諸国のいずれか、という程度です」
「……偶然では?」
「その可能性も否定できません。ただ、三件ともに“光属性とは異なるゆらぎ”を含んでおり、いずれも短時間で消失。何かしらの“覚醒兆候”または“不完全な発現”である可能性も考えられます」
議場が静まる。
誰もが、確証のなさに思考を巡らせながらも、どこか胸の奥に引っかかりを覚えていた。
「……現時点で断定は不要。だが、仮に“器の兆候”であるならば、放置はできまい」
議長席に座る老神官が、低く呟いた。
「問題は、場所が特定できないことだ」
「はい。現地への派遣も検討しましたが、現状では候補が広すぎ、動きが目立ちすぎます。該当地域に自然に接触できる機会があるなら、そちらの方がよほど現実的です」
そのとき、別の幹部が一つの書類を取り出した。
「……国際模擬戦。香港開催。東南アジア圏からも複数クランが参加予定」
「接触の機会として、悪くはないな。あくまで“布教名目”での参戦であれば、外部への干渉とは見なされない」
議長がゆっくりと頷いた。
「セントエデンとして参加せよ。上層部数名に加え、感知系スキル保有者を帯同。あくまで“対象の特定と波長再検出”が目的だ」
「接触は?」
「対象が明確になった場合に限る。それまでは炙り出しに専念せよ。もし何か反応が出たら――そのときに動けばよい」
「了解しました」
重苦しい空気の中、議場には一つの“前提”が静かに共有されていた。
――それが“聖属性”であるという確証はない。
――だが、可能性があるなら、動かなければならない。
それが、教会の義務であり、存在意義であり――信仰であった。
遥か遠く、東の地では、湊たち《暁ノ追糸》の仲間が、静かにダンジョンへ向かう準備をしていた。
世界のどこかで生まれた揺らぎは、まだ、誰にも知られてはいない。
ただし――それは、確実に誰かの眼に映っていた。




