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第75話 国際大会(団体戦予選)

濁った水音が静かに響く。

D級ダンジョン〈煤の眠る谷〉第八層――視界は曇り、足場は不安定。壁面に淡く光る苔が、唯一の灯りだった。


『……前方、魔力反応ひとつ。距離、二十五メートル』


澪が低く告げると、前を歩いていた湊が剣を握り直した。


『一体だけか?』


『うん。でも、普通じゃない。……魔力の“癖”が強すぎる。多分あれが今回の討伐対象の“鼓動甲冑”』


“鼓動甲冑”――肉体の表層が鎧のように硬質化し、鼓動のリズムで防御と反応速度が変化する特異個体。

一撃で仕留めなければ、動き出した後は手に負えない。


『真壁、転移で背後から叩けるか?』


『ああ、タイミング合わせてくれれば飛ぶ』


『羽鳥、矢は二本。初弾で注意を引き、次を風で。柚葉さんはサポートを』


湊の声に、全員が頷いた。

仲間の配置が流れるように整い、空気に緊張が満ちる。


『癒糸、いつでも出せるよ』


夏希の優しい声が背後から届く。

湊は一度だけ深く息を吸い、静かに刃を構えた。


澪が指を二本、上げる――合図。


次の瞬間、気配遮断が展開され、真壁が転移。

弾けるように空間を裂いて背後に回り込む。


その直後、羽鳥の矢が一閃。


一射目――通常の矢が風を切り、敵の背に音を刻む。

敵がびくりと動きかけた瞬間、二射目の風矢が無音で滑り込み、右肩を貫いた。


そこからだった。


「ッガァア……!」


濁った咆哮とともに、個体の背面装甲が脈動し、鎧のような骨板が隆起する。

だが、それを待っていたかのように真壁の掌が胴体へと叩き込まれ、風魔法が炸裂。


「せぇいっ……!」


風が外殻を抉り、浮いた身体をそのまま湊が斬り上げる。


「――っ!」


鋼のような硬度に、刃が火花を散らす。

だが、剣術Lv5の一撃はそれを超えた。

腹部から胴体を断ち、魔核の奥まで到達する感触――


黒い血を撒き散らしながら、個体が崩れた。


「すごい……」


羽鳥が思わず漏らし、柚葉がすぐさま駆け寄って装備と魔核を回収する。


「魔核、大型。通常より強い波形。やっぱり変異個体だったね」


「これで依頼達成かな」


湊は一度だけ剣を振り、返り血を払った。


「全員、無事だな?」


「もちろん」


真壁が笑いながら風を払う。

夏希も、ほっとしたように微笑んだ。


「じゃあ、帰ろう。今回は完璧だったな」


***


地上へ帰還すると、久々の陽の光が全身を包んだ。

気温は高いが、湿ったダンジョン内に比べれば清々しい。


そこで湊たちを出迎えたのは、藤堂だった。


「ちょうど戻ったわね、神谷くんたち」


「あれ、藤堂さん? 受付じゃないんですか?」


湊が尋ねると、藤堂は書類を一枚、手にして見せた。


「今日はこっち。というのも、ギルドからあなたたちに直接伝えたい話があってね。……国際大会、興味ない?」


「はい?」


全員が一斉に藤堂を見た。


「香港開催。上級(B級以上)と中級(C・D級)に分かれて、個人戦と団体戦の両部門があるわ。地域ごとに予選があるんだけど、日本はダンジョン大国だから、各部門一組の出場枠があるわ。

 国内で予選があって、そこで優勝すれば本選に行ける。ちなみに、代表に一人でも選ばれれば、所属クラン全員がギルドの費用で帯同できるっていう特典つき」


「……全員、ですか?」


羽鳥が驚いたように問い返すと、藤堂はにっと笑った。


「最大十五名だけど、あなたたちはそんなにいないから全員ね。旅行気分でも参加する価値あるでしょ?」


「やばっ、それ絶対行くべきです!」


「参加すべき理由、それか?」


湊が苦笑しながらも、藤堂の目を真っすぐ見た。


「つまり、参加自体は自由で、香港に行けるかどうかは実力次第ってことですね」


「そう。あとは、あなたたち次第よ」


情報が整理されるにつれ、湊たちの表情に微妙な熱が灯っていく。


剣を、弓を、魔法を――

ただの模擬戦ではない、世界を相手にする“実戦の舞台”。


その入り口に、いま手が届こうとしていた。


***


拠点の作戦会議室。

湊がモニターに大会概要を映し出すと、三条がその横で補足を入れた。


「藤堂さんから説明があったように、上級と中級で分けられていますので、我々が参加できるのは、中級の個人戦と団体戦になります。出場者が多くなりすぎるのを避けるため、同一クランから出場できるのは、各一組ずつです」


「団体戦は三人一組。個人戦は一人。事前申請が必要なので、今日中に決めてください」


「よっしゃあ!なら俺は団体戦、行っていいか?」


真壁が一番に声を上げる。


「はいはい、団体戦、私も出たいです!最近凄く調子がいいんです!」


羽鳥も元気よく挙手する。

その声に続いて、澪が一言だけ口を開いた。


「私も出る」


「なら、団体戦はその三人でいいかな?」


湊が周りを見渡すが、特に異論は出ない。


「じゃあ、個人戦は……湊くん?」


夏希が問いかけると、湊は頷いた。


「それでみんながいいなら」


「神谷先輩なら安心ですね。応援、全力でします」


羽鳥が笑顔で返す。


湊は夏希へと視線を向けた。


「夏希はそれでいいか?」


「うん、私は支援職だし、どっちにも出なくていいかな」


迷いのない声だった。


「わかった」


もう一人、湊が目をやる。


「柚葉さんは?」


「うーん、私もパスかな。限界突破は見せたくないし、そうすると、斥候の澪さん、前衛の真壁くん、後衛の羽鳥さんがバランス的にもいいと思う」


「了解です」


三条が端末に記録を残す。


出場者は確定した――

個人戦:湊

団体戦:澪、羽鳥、真壁


他のメンバーは帯同者として、あくまでサポートに回る。


「予選の日程、正式に出てますか?」


「ええ、今日ギルドから通達があったわ。国内予選は一か月後。その後、約二か月の調整期間を経て、国際大会本戦よ」


湊は静かに立ち上がる。


「……まずはあと一か月。模擬戦とはいえ、全力で挑もう」


誰も、異論はなかった。


***


迎えた国内予選当日。


澪、羽鳥、真壁の三人は、順調に勝ち上がり、次は準決勝。


対戦相手の名が読み上げられた瞬間、控室の空気が一瞬で引き締まった。


《カンバス》――バランスの取れた戦術で安定した戦績を誇る関西の実力派チームだ。


「……相手、知ってる」


澪が呟く。


「以前、関西遠征の時に一緒に任務した。リーダーのハルキは指揮重視。カズヤは盾役。斥候のハルカは感知系」


「俺と羽鳥は初見だな」


真壁が首を鳴らし、羽鳥は少しだけ身を乗り出した。


「でも、だからこそ通せる矢があります。読み切られる前に、決めてみせます」


***


開戦の合図と同時に、六人の身体が一斉に跳ねた。


澪は《遮断》を使用し、音もなく前に出る。


「敵斥候、右から進行。羽鳥、援護」


「了解です」


羽鳥はすでに矢を番え、真壁の動作に呼吸を合わせる。


「風矢、出すぞ」


真壁の指先を振るうと、羽鳥の手元に、目に見えない“風の矢”が形作られる。

それを掴むと、羽鳥は通常の矢と連続して撃ち出した。


一発目――通常の矢は、風を切って明確な軌道を描く。

実体のある矢で敵の注意を引いた直後、空気の中を滑るように二発目の風矢が走る。


斥候・ハルカが矢を避けたと思ったその刹那、風矢が左肩に突き刺さった。

羽鳥の矢はそれだけでは終わらない。

風矢がハルカに当たるとほぼ同時に、《飛燕》によって現れた第二撃が、下腹部をえぐるように刺さる。


「……いっ!」


ハルカは息を呑み、たまらず後退。

だが、矢に気を取られている隙に、澪がすでに回り込むように接近していた。


「回復される前に落とす」


澪が一瞬だけ姿を見せ、短剣の刃が閃く。


ハルカはギリギリで弾いたが、反動で足を取られ、そのままバランスを崩して転倒。

澪がその喉元に刃を添えた瞬間、審判が旗を上げた。


「斥候、戦闘不能」


観客席がざわめく。


「次」


澪の視線の先では、敵の盾役カズヤが真壁と戦っていた。ハルキが加勢しようとしているが、羽鳥の矢の妨害を受け、辿り着けていない。


真壁が転移で間合いを詰め、風をまとって真正面からぶつかる。

だが、カズヤの盾は重量と厚みを兼ね備えた重装型。


「くっ……!」


真正面からの一撃を盾で弾かれ、真壁は数歩下がる。

その場で反転し、風魔法を蹴り出すように地を吹き上げた。


足場を崩し、視界に砂塵を巻き上げる。

その間に羽鳥の矢が二本飛ぶ――先に通常の矢、続いて風矢。


だがカズヤは瞬時に構えを変え、盾を斜めに立てて矢を弾き、風矢の気配にも即座に反応して回避。


「……避けんのかよ」


真壁が顔をしかめた。

カズヤの反応は、まるで風矢も見えているかのような冷静さだった。


「読まれてる。けど、もう一手いけます!」


羽鳥が風矢を敵の死角に回るように射出。

それと同時に真壁が再び転移し、カズヤも視界を防ぐとともに、風魔法を広範囲に用いて風矢の魔力を紛らせる。


カズヤが風矢の魔力を見失った瞬間、風矢は斜め下から走り、盾の縁を擦るようにしてカズヤの脇腹を掠め――


「っ!」


《飛燕》による二矢目が腰の軟部に突き刺さる。


よろめいたその一瞬。

真壁が接近し、風を纏った拳を盾の外側から叩き込んだ。


鋭い音とともに、カズヤが後方へ跳ねた。

体勢を崩したカズヤが膝をつき、審判の旗が上がる。


「前衛、戦闘不能」


残るは一人。リーダーのハルキは味方二人が倒されたことにも動じず、視線を僅かに巡らせる。

視線は常に味方の立ち位置と相手の手札を読み切るように巡る。


背後には何もない。そう確信していた。


だからこそ、次の瞬間、聞こえた声に目を見開いた。


「……終わり」


冷えた刃の感触とともに、その一言が首筋に触れた。


「……っ」


澪の短剣が、ハルキの喉元に静かに添えられていた。


さっきまで敵斥候を落とし、前衛の戦場を横目で見ていたはずの彼女が、いつの間にか戦場の外周を回り込み、遮断の死角から音もなく接近していた。


動けば斬られる。動かなくても、もう詰み。


審判が手を上げる。


「勝者、《暁ノ追糸》!」


控室に戻ると、三人は息を整えながら座り込んだ。


「……矢、よく通ったな。特に見えない方」


真壁がぽつりと呟くと、羽鳥が静かに頷いた。


「混ぜたからです。見える攻撃と、見えない攻撃。どっちかに意識が偏れば、もう一方が刺さる」


「決まると気持ちいいな、あれ。二本とも」


「澪さんはさすがですね……」


「羽鳥の矢と真壁の動きがあったから。私は、ただ隙を突いただけ」


三人のやりとりはどこまでも静かで、無駄がなかった。

だが、戦場で見せた呼吸と同じく――それは信頼の証だった。


***


団体戦の決勝に勝ち進んだ澪たちの決勝の相手は、実力派C級チーム《天牙の楔》だった。

盾役と斥候、そして高火力の格闘術士というバランスの取れた構成だった。


「敵斥候、澪さんと同等かそれ以上の感知精度。前衛の片方は明確なタンクね。もう一人はアタッカー寄り」


三条の情報に、澪は無言で頷く。


「私が斥候を抑える。抜けられたら、終わる」


「援護します」


羽鳥の言葉に、澪は静かに頷いた。

真壁も気合を入れ直すように拳を握る。


「盾役は俺が引きつける。羽鳥、前に出すぎんなよ」


「……はい!」


***


そして、本選出場がかかった決勝戦が始まる。


澪と敵斥候――二人の斥候が真っ先にぶつかる。

互いの気配遮断が交錯し、感知が張り合い、前線よりも緊迫した戦場が静かに始まった。


「……来る」


斥候同士の戦いは、刃を交えるよりも先に、視界と気配の奪い合いから始まる。


相手の斥候は、澪と同様に無駄のない動きで気配遮断の外縁を読み、すでに澪の側面を取ろうとしていた。

澪はそれを読み切って、さらに逆に背後へ回り込む。


その動きの“読み”までが一致する。


「……厄介」


一手遅れれば、真壁や羽鳥の背後を許す。

斥候としての仕事を果たせないことは、敗北を意味する。


真壁は敵の盾役――カイトと名乗った青年とぶつかり合っていた。


「おっそいな、準決勝の相手の方がキレがあったわ」


カイトの声は挑発的だったが、その構えには隙がない。


真壁の転移で背後を取っても、盾の回転が正確すぎる。

風魔法を使って強引に吹き飛ばそうとしても、敵は一歩も退かず、その場に構えを維持した。


「……硬すぎんだろ」


羽鳥がその後方から矢を放つ。


まずは通常の矢。

風を切る音を読まれて盾で弾かれ――次に風の矢。


しかし敵は、魔力を察知し、風の矢も回避した。

《飛燕》による二撃目も、既に知っているとばかりにしっかりと対応される。


(通じない……)


羽鳥の眉がわずかに歪む。

矢が通らないというだけで、戦場での“位置”が変わる。

後衛が狙われるリスクが、格段に上がるのだ。


その警戒通り、もう一人の敵前衛――格闘術士タイプの男が大きく回り込むように動き出す。


羽鳥は咄嗟に距離を取ろうとするも、敵の足が速い。


「っ、来る!」


「羽鳥、下がれ!」


真壁が叫ぶが、盾役がそれを追ってきて、前を離れさせない。

一歩でも後退すれば、その瞬間、打ち抜かれる。


澪もまた、敵斥候と一進一退の攻防を繰り広げており、羽鳥のカバーに向かえなかった。


羽鳥は弓を捨て、腰の短剣を抜く。

だが、明らかに分が悪い。距離を取る術がなく、体格も、筋力も違う。


「くっ――!」


敵の拳が羽鳥の腹部に突き刺さる。

空気が漏れるような声とともに、羽鳥が膝から崩れ落ち、追撃の拳に顎を撃ち抜かれ、そのまま意識を手放した。


「羽鳥、ダウン!」


審判の旗が上がる。

真壁の目が、わずかに揺れる。


「っの、邪魔すんなって!」


風の渦を巻き起こし、転移と瞬足で盾の外側に出ようとする。

だが、盾役は一歩も譲らない。足元を斬っても、下がらない。

そこへ、羽鳥を落とした格闘術士が合流してくる。


二対一。前方と側面から、殺しに来る。


「……ちっ!」


真壁は風で抵抗しながらも、押し返す余力はもうなかった。

盾の面で全身を弾かれ、格闘術士の膝蹴りが脇腹に決まる。


崩れたところに、もう一撃。

真壁も、地に伏した。


残るは澪一人。


斥候同士の読み合いは、まだ続いていた。

だが、澪はわかっていた。羽鳥が落ちた瞬間から、もう勝ち目はない。


三人がかりで来られれば、気配遮断も、感知も、意味を成さない。


それでも澪は、姿勢を崩さず、気配を切り続けた。

最後の一撃に、備えるかのように。


だが、足音が三方向から迫るのを感じて、澪は刃を伏せた。


「……降参。これ以上は無意味」


審判が右手を上げる。


「勝者、《天牙の楔》!」


観客が拍手と歓声を送る中、澪は静かに仲間たちの元へ戻った。


「……くっそ、悔しい」


「私も……すみません近接戦もできたら……」


「……悔しいけど、仕方ない。今回は相手が上手だった」


羽鳥と真壁が回復したあとに交わされた三人のやりとりを、湊は黙って見ていた。


その表情には、悲壮も落胆もなかった。

ただ、静かに、確かな炎だけが揺れていた。


(次は、俺の番だ)

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