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第73話 かつての仲間

昼下がりの街路。真壁亮は、クラン《暁ノ追糸》の後輩である篠塚恭平と木野湊也のふたりと一緒に、ダンジョン装備の整備を終えた帰り道を歩いていた。


「真壁さん、これ、どういう組み合わせが一番バランスいいと思います?オレと木野さんで前後組むとして……」


「それなら、木野の氷魔法で削って、恭平の盾で詰める構成が王道だな。……でも一番大事なのは、敵を先に見つけること」


真壁は真剣な顔つきでうなずく後輩たちの姿に、どこか微笑ましい気配を覚えていた。以前の自分にはなかった感情だ。


(……仲間、か)


そう思った矢先だった。


道の先に、見覚えのある男の顔が見えた。


真壁の足が自然と止まる。気付けば、男の背後には二人の男女──かつて真壁が所属していたクラン《グラディアート》の同期メンバーたちがいた。自分を陥れ、クランを去らせた者たち。


「……よう。まだ“無所属の王子様”続けてんのかと思ったら、今度はお子様二人連れか」


真壁に気付いた彼らからの皮肉混じりの挨拶。だが真壁は表情を変えない。


「そっちはまだ三人でやってんのか。相変わらず、女に告って断られて崩壊しそうな空気出してるな」


軽く受け流すような一言で応じると、男の目が一瞬だけ鋭くなった。


木野が小声で問いかけた。


「……真壁さん、あれ……?」


「昔のクランの同期。……ちょっと因縁あるやつらさ」


気まずい空気に、篠塚が前に出ようとするのを真壁が制した。


「大丈夫大丈夫。ここで火種作ってもしょうがねぇ。……行こうぜ」


淡々とした声で告げ、背を向ける。


(過去の泥は、もう十分味わった。今の俺は、もう別の場所に立ってる)


そう自分に言い聞かせながら、三人は街の喧騒へと歩みを戻した。


***


数日後、真壁・羽鳥・柚葉の三人はD級ダンジョン攻略任務のため、都市南部の転送ゲート前に集合していた。


だが、運の悪いことに、出発の直前、またしても真壁のかつてのクランメンバーたちが現れた。


「よう、また“遊び”か?今度はお姉さん二人と、ハーレム冒険ってか」


軽薄な声が投げかけられる。前に街中で出くわしたあの男、そして真壁を陥れた男女──三人のチームが、無遠慮に道を塞いでいた。


柚葉の目が細くなり、羽鳥が眉をしかめる。その一方で、真壁は飄々と笑みを浮かべたまま応じた。


「心配してくれてありがとな。でも、今回はダンジョン探索だ。悪いけど、どいてくれ」


男は肩をすくめて嘲笑した。


「おいおい、真壁。お前みたいな“出来すぎる奴”は、結局どこ行っても浮くんだぜ?それ、今のチームでも同じじゃねーの?」


真壁は特に反応することなく、ゲートをくぐった。


「さっきの人たち……何だったの?」


ゲートを抜けた後、柚葉が訊いた。


真壁はしばらく無言で歩き、ふと空を仰ぐ。


「……昔のクラン仲間です。信じてた。でも、最後は背中から刺された。それだけ。まあ、今となってはどうでもいいです」


羽鳥はうなずき、少しだけ微笑んだ。


「……過去は過去ですよ。私、今は真壁さんのこと、結構信用してますよ」


「おう、信頼に応えないとな。俺の株、暴落しないように頑張るか」


軽口を交わしつつ、三人はダンジョンへと踏み込んでいく。


***


戦闘は、見事だった。


柚葉の《意思疎通》が全体の動きを統制し、真壁の風魔法が射線を作り、羽鳥の“多重風矢”──魔力で構成された透明な複数の矢——が敵を殲滅した。


『……右奥、二体。矢、五秒後』


『了解』


羽鳥の矢が、まるで風に導かれるように敵を正確に穿つ。矢が放たれた瞬間、魔物の体は無音のまま崩れた。


「……っ、すご……」


羽鳥が、自分の矢が放った威力に、目を丸くする。


「前に見たときより、段違いの精度。羽鳥、覚醒してんな」


「そんな……でも、ちょっとだけ、自分がこのチームに居ていいって、思えたかもです」


柚葉がにっこりと頷いた。


「いい実感だよ。それが“成長”ってやつ」


真壁もふっと笑みを浮かべ、剣ではなく“背”で支えるように後ろを歩いていた。


その刹那──不穏な空気が、深層から立ち上った。


(──これは、嫌な“空気”だな)


***


D級ダンジョン第九層の一角。岩と蔓が混じる迷路のような構造の通路を、真壁、柚葉、羽鳥の3人が慎重に進んでいた。


「……この先、広間になってる」


風魔法による気流探査を終えた真壁が呟く。


「じゃあ、また見えない矢の出番かな?」


柚葉が軽口を交えながら、周囲を警戒する。


羽鳥は弓を構えつつ、少し照れくさそうに笑った。


「……あの、またお願いできますか?真壁さんの“矢”」


「任せろ。数は何本作る?」


「三本で大丈夫です!」


やり取りを終えると、真壁が風の矢を作り出し、羽鳥が遠見で狙いをつけて弓を引く。見えない魔力の矢が次々と放たれ、モンスターを瞬時に沈黙させていく。


連携は、かつてないほど滑らかだった。


「やっぱ強いわ、この連携」


そんな明るい空気が続くかと思った矢先──3人が、空気の震えを捉える。


「……誰かいる。奥の部屋で、戦闘中──いや、違う。“叫び”が混じってる。悲鳴……?」


3人が顔を見合わせ、急ぎ駆け寄ったその先で、信じられない光景が広がっていた。


ダンジョンに入る前に真壁に皮肉を言ってきたクラン《グラディアート》のメンバーたちが倒れていた。彼らは、異形のゴーレム系モンスターに蹂躙され、瓦礫の下や毒の霧に晒され、もはや動けない状態だった。


「……あの人たち、助かりませんよ。このままだと」


羽鳥が言った。だがその声には、ためらいが混じっていた。


「真壁さん、どうします?」


真壁は、その場で数秒だけ黙り込んだ。そして──


「……あんな奴らでも、一度は同じ釜の飯を食った仲間だからな。見捨てたら、目覚めが悪くなる」


背を向けたまま、一歩踏み出す。


その言葉に、羽鳥も柚葉も一言も言わずに続いた。


***


戦闘開始。


羽鳥が風の矢を連射する。真壁は《転移》と《瞬足》を活かして敵の視線を引きつけ、柚葉が間隙を突いて《格闘術》でモンスターの足元を崩していく。


三人の動きは、呼吸のようだった。


風矢が舞い、拳が打ち込まれ、転移が空間を裂く。


そして──数分後、ゴーレムは崩れ落ちた。


「……うし、終わったか」


真壁が肩で息をしながら、視線を倒れた元クランメンバーたちに向ける。


男のひとりが、擦り傷だらけの顔を上げて言った。


「……なんで、俺たちを……?」


真壁はしばらくその問いに答えなかった。だが、静かに──こう言った。


「恨んでないわけじゃない。でもな、あのことがあったから、今、俺はこうして“ちゃんとした仲間”に出会えた。それだけは、結果として──感謝してやってもいいと思ってる」


羽鳥がすかさず口を挟んだ。


「……あれ?さっき“目覚めが悪くなるから”って言ってませんでした?」


「言ってた」


柚葉がくすりと笑う。


「まぁ、嘘はついてないってことだね」


「うっせ、うっせ……。俺はもういい男になったんだよ」


真壁は悪態をつきながら、ふっと笑った。


その背中に、羽鳥の穏やかな声が重なる。


「今日の真壁さん、結構いい男だと思いますよ」


「……だろ?」


背中越しに、静かに応えたその一言に。


本当に少しだけ、昔の痣が消えた気がした。


***


帰還したクラン拠点。


3人は静かに装備を解き、ソファに腰を落とした。


「ふう……つ、疲れた……」


羽鳥が弓を横に置き、髪をかき上げる。その頬は赤らみ、どこか満足げだった。


「おつかれ。最後の矢、見事だったよ」


柚葉が水を差し出しながら、柔らかく微笑む。


羽鳥はペコリと頭を下げてから、ちらりと真壁の方へ視線を向けた。


「真壁さん……なんか、少しスッキリしてます?」


「……あぁ?」


真壁は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに目を細めて空を仰いだ。


「まあな。久々に、過去と向き合って、ちゃんと乗り越えたって感じがある」


「ふふ。神谷先輩じゃないけど、“前を向いてる背中”ってやつですね」


「柄でもねぇな……でも、今の俺なら言ってもいいかもしれん」


柚葉がそんな二人のやり取りを見守りながら、湯沸かし器の前で一人呟いた。


「……仲間って感じだな、私たち」


誰かの過去も、弱さも、赦すのではなく、受け入れて。


それでも明日を見ようとするその姿勢が、今の《暁ノ追糸》を形作っていた。


真壁亮。


かつて、信じていた仲間に裏切られた男は今──信じるに足る“場所”に、確かに立っていた。

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