第72話 器用貧乏
ヴァルグランとの決闘が終わって少し経ったある日。
暁ノ追糸のD級メンバー、羽鳥、真壁、柚葉の3人は、D級ダンジョンの探索をしていた。
それぞれがD級として十分な実力を持っているため、既に第五層。岩壁に囲まれた狭い通路が続くエリアで、順調に探索を進めていた。
敵は中型の獣型モンスター《デスファング》。動きは素早く、硬質化した前脚による連撃が特徴だが、真壁と柚葉の前では、さほど脅威ではなかった。
『左側からもう一体来る!』
柚葉が《意思疎通》で瞬時に情報を送る。仲間全員に届くその言葉は、音ではなく意識に直接伝わってくる。
『迎撃する!』
真壁が風魔法で敵の動きを牽制し、瞬足を発動して側面から一気に斬り込む。見事なタイミングで敵の頭部を切り裂いた。
羽鳥は、やや後方から弓を構え、仲間の動きを見守るように矢を一本射出した。狙いは正確で、別のモンスターの肩口を貫いた。
だが──止めにはならなかった。
「……さすがのお二人って感じですね!」
軽口を叩いてみせる羽鳥の笑顔は、どこか曇っていた。
目の前でモンスターを圧倒する柚葉と真壁。その動きは明らかに自分より速く、強く、洗練されていた。
自分の矢も当たってはいるが、致命傷を与えるほどではない。
直接的な火力もなければ、範囲攻撃でもない。支援職のようなバフも回復もない。
《弓術》Lv2と、《飛燕》で複製された二撃目の矢──それ自体は悪くないスキルだと自分でも分かっている。
けれど、それは“強さ”ではないのではないか。
派手さもなければ、前線に立つほどの自信もない。
なんとなく感じていた焦燥感が、今日に限って心にまとわりつく。
(今はまだ同じD級だけど……すぐに置いていかれちゃうかもなぁ、あたし)
思わずため息を吐きかけたところで、柚葉が小さく口を開いた。
「……羽鳥さん、大丈夫?」
「え?」
唐突な問いに、羽鳥は瞬きしてから笑って答えた。
「いつも通り元気ですよ!今日も神谷先輩のためにお役目を果たさないとっ!」
「その“いつも通り”が、ちょっと静かだったから」
柚葉は冗談を交えず、まっすぐな目で見つめていた。
その目が、羽鳥の心の奥をそっと突いた。
羽鳥は言葉を飲み込みかけたが、柚葉の前では不思議と強がれなかった。
「……実は、ちょっとだけ。真壁さんも柚葉さんも、ちゃんと“強い”じゃないですか?
スキルにしても、戦い方にしても。あたしって……こう、器用貧乏っていうか。何かに特化してるって感じでもなくて」
「……羽鳥さん」
「でも、いいんです!チームを後ろから支えるのがあたしの役目ですから!」
無理やり明るい声でそう言い切るが、柚葉は目を細めて言った。
「“支える”って、強さの一つだよ。特にこのチームにとってはね」
「……そうですかねえ」
そう言った羽鳥の表情には、まだ納得しきれない影が残っていた。
そのやり取りを聞いていた真壁が、ふいに立ち止まって振り返った。
「なあ、羽鳥。スキルって、飛燕と弓術、それに遠見だったよな?」
「え?はい、そうですけど」
「……ちょっと、試してみたいことあるんだけどさ」
真壁の目が、いつになく真剣だった。
羽鳥の「試すって……なにを?」という問いに、真壁はニヤッと片眉を上げて見せた。
「俺の《風魔法》で作った“矢”、撃てるかなって」
「……え?風魔法で矢なんて作れるんですか?」
「うん。まあ簡易的なやつだけどな。魔力を圧縮して形成すれば、ある程度の飛翔性は持たせられる。エネルギー体みたいなもんだから、実体の矢より威力はあるし──何より、風だから“見えない”」
「“見えない矢”……」
羽鳥の目がわずかに見開かれる。矢が見えなければ、敵は避けようがない。しかも風魔法由来の攻撃であれば、対物理防御を高めたモンスターにも有効だ。
「弓術スキルがあるなら、狙いをつけるのは難しくないと思う。問題は“矢の実体がない”ってことくらいかな。魔力制御がちゃんとできないと打つのは難しいかもしれない」
「でも……飛燕、発動するのかな。発動条件、矢を“放つ”ことだから……」
「やってみなきゃわかんねぇだろ?」
真壁の言葉に押されるように、羽鳥は一歩前に出る。
「矢、お願いできますか?」
「任された」
真壁が手をかざすと、空間がわずかに揺れ、淡く光る風の矢が宙に浮かび上がる。羽鳥は矢筒に手を伸ばす代わりに、その魔力の矢に集中を向けた。
(感知できる……魔力の“流れ”が分かる……)
《弓術》によって矢の“軌道”までイメージできた羽鳥は、迷わず弓に風矢を装填し──放った。
ひと筋の空気が、沈黙を裂く。
バシュンという微かな音とともに、風矢が壁を貫通した。
──それも、二か所。
「え、飛燕、出た……!?」
羽鳥が目を見開く。
真壁が口笛を吹いた。
「おお。風魔法の矢でも飛燕発動するのかよ」
「威力も、魔力がこもってるから普通の矢より明らかに強い……。しかも、“見えない”から、回避がかなり難しい……」
柚葉が頷いた。
「それ、すごく使えるよ。羽鳥さん、戦闘で試してみようよ」
「いやいやいや、そんな、あたしはまだ“ちょっと撃っただけ”で……」
そう口では言いながらも、羽鳥の頬は赤らんでいた。
だが、喜びの余韻に浸る暇はなかった。
通路の先で、澱んだ空気が渦を巻いている。
「……この気配、なんか嫌な感じするな」
真壁が眉をひそめる。
マップには表示されていなかったはずの部屋。
不自然に開かれた石扉。その先に、彼らは慎重に足を踏み入れた。
──そこは、いわゆる“モンスタールーム”だった。
壁際に並ぶ棺、中央に積み上げられた骨の山。そして、待ち構えるように出現する無数のアンデッド系モンスター。
「うそ、こんなに……!」
羽鳥の手が自然と弓に伸びていた。
だが、頭の中では、先ほど放った風魔法の矢の感触がまだ残っている。
(あれって……矢の“形”をしてるけど、魔力で構成された塊。弓から放つのはただの形にすぎない。つまり……“一度に一本”じゃなくても……)
羽鳥の心に、一つの閃きが灯った。
「真壁さん、風矢……二本ください!」
「え?なんか分からんが了解!そらよ!」
真壁が軽く指を振ると、空間に二本の風の矢が現れる。
羽鳥はそれを同時に弓に装填し、深く息を吸った。
「──っ!」
放つと同時に、飛燕が発動。
一回の動作で、風の矢が“四本”打ち出され、正確に四体のアンデッドに突き刺さった。
「……これ、いける!!」
羽鳥の目が輝いた。
部屋の奥から、さらにモンスターの影が迫ってきた。
骸骨兵、腐敗したゾンビ、長い舌を這わせるグール……二十数体以上がひしめいている。
「っ……距離を詰められる前に数を減らさないと!」
柚葉が前に出て、拳を構えた。格闘術スキルによって強化されたその一撃は、ゾンビの胴体を大きく吹き飛ばす。
「柚葉さん、左!」
「分かってる!」
真壁が即座に風の刃を飛ばし、飛びかかろうとした骸骨兵の首を刎ね飛ばす。
だが──次から次へと湧いてくる。
「これ、キリがないぞ……!」
真壁が舌打ちする。削っても削っても、背後の影が増えていく。思いのほか広い部屋で、物陰に潜んでいた個体が次々と姿を現していた。
そのとき、羽鳥が弓を構えながら静かに言った。
「……今の私の魔力操作なら、三本、いけるかも」
真壁がちらりと振り向く。
「いけるって、矢の数か?」
「はい。風の矢、魔力の“流れ”で感じ取れてる。弓術で狙いもつけられてるし……遠見で対象は問題なく確認できる。三本までなら、なんとかなるかも」
真壁は少しだけ目を見開き、すぐに頷いた。
「試してみな」
「はい!」
羽鳥は両手で弓を構えたまま、前に一歩出る。真壁の指先が空中に三つの風の矢を描き出す。
羽鳥は集中を研ぎ澄ませた。
(一つ一つの“存在”を……感じて……)
軽く息を吸って──放つ。
瞬間、風の矢が三本同時に飛翔した。発射と同時に《飛燕》が発動。六本の“見えない矢”が、一直線に敵の急所を射抜く。
「六体、一撃……!?」
柚葉が目を見開いた。
それでも羽鳥は手を止めない。
「次、お願いします!」
「はいよ、三本追加!」
風が走り、羽鳥の弓に再び魔力の矢が宿る。
羽鳥のスキル構成は、確かに派手さはない。だが、今はそれが見事に噛み合っていた。
《遠見》で索敵し、複数の魔力矢を《弓術》で正確に射出。《飛燕》で攻撃回数を倍にして、視認困難な風の矢が、敵の急所を突く。
そのすべてが、羽鳥の中で“繋がっていた”。
──自分の力で、戦えている。
次の一撃で、さらに六体を撃ち抜いた。
『こっちのライン、突破されそう!』
『カバー入ります!』
羽鳥が三発目を装填。矢は空気を裂いて、突進してきたグールを貫いた。
「羽鳥、やべぇな……もうほとんど一人で捌いてないか?」
真壁が冗談混じりに笑うが、その視線はしっかりと戦況を見据えていた。
残りは一体。群れのボスと呼ぶにふさわしい、大型のスケルトンだ。
柚葉が一歩前に出るが、羽鳥が手を上げて制した。
「このまま……やります!」
再び三本の風矢を受け取り、狙いを定める。
「──!」
放たれた六本の風の矢は、途中でそれぞれが軌道を変える。そして、高速で襲来する不可視の矢に反応することが出来ず、矢はスケルトンの両手足の関節、首、頭へと刺さる。
動きを止めたスケルトンが静かに崩れ落ち、戦闘は終了した。
数秒の沈黙の後、真壁が手を叩いた。
「……終了、っと。羽鳥、完全にエースだったな」
柚葉も静かに頷いた。
「本当にすごかった。火力も精度も申し分ない。支援職じゃなくて、これは“殲滅役”だよ」
「え、そ、そんな……私はただ、真壁さんの矢を借りてただけで……」
顔を赤くしながら、羽鳥は弓を下ろした。
「いや、それでも扱えてるのがすごいんだって。風矢なんて、普通は撃てねーぞ?」
「それに、“見えない矢”っていう利点をちゃんと活かしてた。スキルの組み合わせも完璧」
柚葉が優しく笑った。
「だから、これは“羽鳥さんにしかできない役割”ってことだよ」
羽鳥はその言葉を受け止めるように、そっと視線を下げ──そして、顔を上げた。
「……なんか、ちょっとだけ、私……分かった気がします。あたしなりの“戦い方”」
その表情には、不安や自虐の影はなかった。
仲間と、スキルと、魔法の矢と──そして、自分の力を信じた、真っ直ぐな“実感”が宿っていた。
***
モンスタールームというイレギュラーはあったものの、その後は問題なく探索を続け、その日は第六層までとなった。
帰還前の休憩で、羽鳥は膝に手をつき、ふうっと長い息を吐いた。
柚葉がポーションを取り出して手渡す。
「無理してない?羽鳥さん、あの後も結構な数撃ってたから……」
「ありがとうございます。大丈夫です。ちょっとだけ、疲れましたけど」
羽鳥は汗ばんだ額を拭いながら、それでも満足げに笑っていた。
その笑顔に、真壁がふっと苦笑する。
「なんだよ。さっきまで“器用貧乏”だの“地味スキル”だの言ってたのはどこの誰よ?むしろ、俺らいらないんじゃね?ってくらいの殲滅力だったぜ?」
「そんなことないですって!真壁さんが矢を作ってくれなかったら、私、何もできてませんでしたもん!」
ぶんぶんと手を振って否定する羽鳥に、柚葉が柔らかく微笑む。
「ううん。“素材”を活かすのは、才能だよ。見えない矢って、誰でも撃てるわけじゃない。射手としての精度と、魔力の感知・制御・操作能力、視野の広さ……全部が合わさって初めて、あそこまでの連射ができたんだよ」
「柚葉さん……」
羽鳥の頬が、ほんのりと赤くなる。
真壁も、少しだけ真面目な表情を見せた。
「D級であれだけの広範囲殲滅力があるって時点で、十分“戦力”だよ。派手じゃないとか、目立たないとか、そんなのは関係ない」
「……“結果”が全てってやつですね」
羽鳥は自分の弓を見下ろす。
以前までは“矢を放つだけ”だったこの弓が、今日は、確かな爪痕を刻んだ。仲間と連携し、想像もしなかった攻撃方法を実現し、そして、敵を止めた。
確かに、自分の力で──。
「……私、ちゃんと“クランの一員”になれたのかもしれないなあ」
ぽつりとこぼれたその言葉に、真壁が笑った。
「今さら何言ってんだよ。湊くんに入団願い出したときから、もう仲間だったろ?」
「それは……はい」
「今日でようやく“実感”できたってことだよね?」
柚葉が静かに補足し、羽鳥は素直に頷いた。
魔力の矢を収め、部屋の奥にある宝箱を開けると、中には中級ポーションと換金用の鉱石が入っていた。悪くない成果だ。
「じゃあ、撤収しようか」
「そうですね。帰ったらちゃんと報告書書かないと」
「うわ……それ聞いた瞬間、急に疲れてきた……」
三人で軽く笑い合う。
その空気の中で、羽鳥はふと空を見上げるように天井を仰いだ。
──自分の矢は、届いた。
仲間を支え、前に進む力になれた。
まだ、他の誰かみたいに“万能”ではないし、“中心”になれるほどの器もないかもしれない。
でも、それでもいい。
“自分なりの戦い方”があると分かったのだから。
“支え方”にも、いろんな形があると知ったのだから。
「ふふっ……調子乗っちゃおっかな」
「今日はその資格あるんじゃない?」
「でも明日からはまた初心に返れよ?慢心禁止な?」
「はーい!」
三人の笑い声が、静かな通路に響いた。
風が吹き抜けるように、羽鳥の心も軽くなっていた。
矢の軌道のように──まっすぐで、迷いのない一歩が、今、確かに始まった。




