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第70話 決闘の余波

 夜の帳が下りたクラン拠点に、安堵の吐息が満ちていた。


 決闘から帰還した全員は、それぞれ傷や疲れを癒やしていた。とはいえ、湊の重傷や真壁の裂傷を除けば、致命的な傷は誰にもなかった。それだけで、この日の勝利は意味を持っていた。


 部屋から出てきた湊の姿を見つけるなり、羽鳥が真っ先に立ち上がって駆け寄ってくる。


「生きてて良かった……ほんとに……神谷先輩、バカなんですか……っ」


 泣き笑いの混ざった顔でそう言い、ぎゅっと湊の腕を掴んで震わせる羽鳥に、湊は困ったように微笑みながら「無事だよ」とだけ答えた。


「湊さんさすがっす!B級冒険者に勝っちゃうなんて!」


「めっちゃかっこよかった……!」


 篠塚と木野もそれぞれ声を上げる。二人の顔にはまだ緊張と疲労の影が残っていたが、それ以上に、尊敬と安心があった。


 三条が控えめに一歩前に出て、全員を見渡して頷いた。


「全員が無事に戻ってきました。それだけで、大勝利です」


 事務方として控えめな存在である三条の言葉に、自然と空気が引き締まる。そしてそのときだった。


「ちょっといいかな?」


 柚葉が前に出て、湊の正面に立った。真っ直ぐに湊を見つめる瞳は潤んでいて、それでも揺らぎはなかった。


「改めて、言わせて」


 そう言って深く頭を下げる。


「本当に、ありがとう。……私、ここに来なかったら、ずっと間違ったままだったと思う」


 その言葉には、感謝と共に、自責の感情すら含まれていた。


「“辞めたらまた来てください”って言ってくれた時、すごく救われた。だから、絶対に報いたかったし……今日、サポーターとしてでも一緒に戦えて本当に良かった」


 湊は言葉を挟まなかった。ただ、真っ直ぐにその想いを受け止めていた。


 柚葉は小さく笑いながら、湊を含めて全員を見渡す。そして、これまでのような丁寧な口調ではなく、素のままの声で言った。


「これからも、よろしくね。……みんな」


「……柚葉さんも、もう仲間っすよ」


 篠塚の声に、木野も頷いた。


「まあ、あんたがいなかったら、正直勝てたか怪しかったしな。……ほんとに」


「柚葉さんがいなかったら、今ごろ私たちは解散してましたよ。文句なしで感謝してます」


 羽鳥の言葉に、柚葉が苦笑いを浮かべた。


「なんかそれ、すごく素直に嬉しいんだけど……ちょっとだけプレッシャーだね」


 その空気を受けて、湊が静かに口を開いた。


「──俺たちは、勝った。この場所と、仲間を守れた。それだけで十分だ」


 しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。勝利の余韻ではない。ただ、心の底からの充足感が、すべての言葉を静かに包み込んでいた。


 今夜この拠点に集う誰もが、心から《暁ノ追糸》という名に誇りを抱いていた。


***


 翌日午前。東京ギルド本部の会議室。静寂に包まれた長机の中央で、ギルド長・脇田と藤堂が、端末の画面に並ぶ報告書を睨んでいた。


「……全構成員200名中、すでに125名が“所属先なし”として登録変更を済ませました。残りも今週中には片付くかと」


「上級冒険者が二人とも逃げて、船頭がいないからな。まぁ、当然の結果か」


 脇田は深く椅子に背を預け、腕を組んだ。


「ヴァルグランの解散。正式記録に登録しておけ。ああいう連中を野放しにしていたこと自体、我々の恥だからな」


「はい。財産処理についても、記録通り、約2億円分のギルド預託金を《暁ノ追糸》に譲渡しました。決闘前に交わされた書面も、双方の署名入りで正式に受理済みです」


「問題ない。条件を満たした以上、受け渡しも義務だ」


 脇田は小さくため息をつき、眉間に皺を寄せた。


「それにしても……まさか、奴らが勝つとはな。決闘なんてものは、最悪の選択肢のはずだった」


「はい。B級が二人いる時点で、普通は避けるべきでした」


「だが──結果は、あれだ」


 端末に映る勝敗記録。澪、真壁、そして湊。それぞれの戦闘記録が、克明に記されていた。


「神谷湊。《限界突破》後のスキル《反復》Lv4。蓄積と効果増幅最大50%……正式な戦闘記録として、ここまで異常な成長曲線は前例がない」


「はい。癒糸の聖属性付与も同様です。記録上は魔道具使用と記載していますが……」


 藤堂は言葉を濁した。


「まぁ、そこは“記録上”で十分だ。余計なところに燃え移らせるな。ギルド内でも、お前と俺だけが知っていればいい」


 脇田が目を細め、次の資料に目を通す。


「蛇島と尾上。昨日深夜のうちに、それぞれ空港経由で出国したらしいな。追跡は?」


「監視対象に指定した上で、追跡中です。ただ……国外となると日本のギルドの力もあまり及びませんし、彼らは“個”として強い。クランという枠組みを失っても、生き残る可能性は高いかと」


「むしろ厄介だな。逃げた先で、また悪質な組織の核になりかねん」


 脇田は苛立ちを抑えた声で続ける。


「朝霧については?」


「決闘前にヴァルグランを抜け、暁ノ追糸に加入しているため、記録上、問題なしです」


「それでいい。彼女は貴重な人材だ。こちらに来てくれて助かった」


 会話がひと段落し、室内に静けさが戻る。


 そのとき、藤堂が小さく微笑んだ。


「……それにしても、随分と面白いクランになってきましたね。《暁ノ追糸》」


「面白い、か」


 脇田もわずかに頬を緩めた。


「たった三人から始まったクランが、幾度かの危機を越えて、一つの悪を潰した。やってのけたんだ」


「D級クランとしては破格の存在感です」


「ただし、注目されればされるほど、責任も付きまとう」


 脇田の目が、端末の先──まるで画面の向こうにいる湊たちを見据えるように鋭く光った。


***


 それから二日後。《暁ノ追糸》の拠点には、連日多くの来客と申請書類が届いていた。


「すごいですね……入団希望者、昨日の倍近く届いてます」


 三条がファイルを抱えて応接室に入り、淡々と報告を始める。


「今の段階で、総数は52名。そのうちC級が3名、D級が15名。あとはE級とF級ですね。推薦状つきも4通あります」


 思わず真壁が口笛を鳴らす。


「たった三日前まで、潰れるか生き残るかの瀬戸際だったのにな。勝てば名声、負ければ無名ってことか」


「今回の勝利はそれだけ注目されてってことですね。ヴァルグランっていう良くも悪くも名の知れたクランを潰したわけですし」


 羽鳥がそう言って肩を竦めると、澪が机の上の書類をめくりながら一言。


「……過剰反応。今の人数でいっぱいいっぱいなのに、増やしたら崩れる」


「うん。しばらくは“地盤固め”を優先しよう」


 湊の声に、三条も頷いた。


「ごもっともです。現在、登録上の正式構成員は柚葉さんを入れて10名。今はこのメンバーで十分“戦える”状態です」


 そして話題は、もう一つの重大事項へと移る。


「それで……例の二億円、どうするの?」


 真壁の問いに、全員の視線が湊へ集まる。


「とりあえず一部は、前線組の装備更新に回したい。特に聖属性武器」


「聖属性武器って……確か、一振り数百万とかするんじゃ」


「だからこそ、チャンスだ。アンデッド系の依頼は報酬が高いが、聖属性武器がないと対応できないから、需要のわりに供給が少ない」


 夏希の聖属性付与を知っているのは、現状、クランでも湊と澪だけ。カモフラージュのために聖属性武器を購入しておく必要性は高かった。


 湊の言葉に、夏希は小さく頷いた。


「ちなみに、事務方の作業環境も整えたいです。各自専用端末と、魔力測定器の常設を申請中です」


 淡々と補足する三条に、木野が「さすが三条さん……」とつぶやく。


「で、残りの資金は?」


「いったんクラン名義の口座に預ける。ただし、必要に応じて緊急支出にも使えるよう、事務側で管理してもらうつもりだ」


「そっか……すごいね。ほんとに、“ちゃんとしたクラン”になってきたんだね」


 夏希がぽつりと漏らしたその言葉に、羽鳥が笑った。


 和やかな空気の中、ノック音が響く。


 三条がドアを開けると、そこにはギルドの制服を着た職員が立っていた。


「失礼します。《暁ノ追糸》宛に、ギルド上層部からの通知をお届けに参りました」


 差し出された封筒を受け取った三条が丁寧に礼を述べて、封を切る。そして中身を読み終えるや否や、真剣な面持ちで顔を上げた。


「──調査が入ります」


 その言葉に、場の空気が一気に張り詰める。


「調査って……何のですか?」


 羽鳥が小さく問い返す。


 三条は読み上げるように続けた。


「“クラン《暁ノ追糸》に対し、臨時調査を実施する。目的は、注目度の高まった新興クランに対し、その組織運営能力と将来性を評価するためである”……とあります」


「臨時……?」


 澪が静かに眉をひそめる。


 夏希がそっと補足するように言った。


「たぶん……ヴァルグランとの決闘の影響だよね。あれだけの騒動を起こした後だし」


「……創設したばかりだから、今のうちはクランランクは“D”。普通は、最低一年は活動しないと調査すら来ないんだけどな」


 真壁が腕を組みながら天井を見上げる。


 湊も静かに頷いた。


「それでも、今来たってことは──それだけ注目されてるってことだ」


「調べられて困ることもありませんし、調査自体は特に問題ないかと思います」


 三条が力強く断言する。


 湊が軽く息をついた。


「……じゃあ、堂々と受けよう」


 全員が頷いたその瞬間、《暁ノ追糸》の中に、新たな緊張と覚悟が生まれていた。


***


 数日後、ギルド本部から正式に派遣された調査官が、クラン《暁ノ追糸》の拠点に到着した。


 中年の主任と、記録官を含む三名。いずれも表情に揺らぎはなく、足取りは無駄のない軍隊のような規律すら感じさせる。


 「まずは拠点の設備状況、構成員の登録情報、依頼報告の記録精度を確認させていただきます」


 調査官が淡々と述べ、三条が丁寧に資料のファイルを手渡す。


 審査は数時間に及んだ。


 食堂、訓練室、医療スペースに加え、保管庫の整理状態や物資の記録簿。構成員の探索頻度や組織内での役割分担に至るまで、詳細に調査が進められる。


 湊たちのチームだけでなく、E級の穂積、篠塚、木野、D級の真壁、羽鳥、朝霧、そして三条に至るまで、一人ずつ簡潔なヒアリングも行われた。


 そして最終段階。リーダーである湊が応接室に呼ばれる。


 「お疲れ様です。神谷湊さん、代表として数点お答えください」


 「はい」


 調査官が書類から顔を上げる。


 「このクランは、設立からわずか一ヶ月足らずでC級クランとの正式決闘に勝利し、解散にまで至らせました。その重みを、どう受け止めていますか?」


 「自分たちの行動で、他の冒険者の進路を断ったこと。その責任の重さは、日々感じています。だからこそ、これからは“力がある”だけでなく、“信頼される組織”であるように努めたいです」


 「あなたの率いるこのクランは、今後どのような組織を目指しますか?」


 「無理をさせず、でも確実に成長できる場所。ひとりひとりの得意を活かして、誰かの背中を支えられるような。そんな、続いていくクランを作りたいです」


 沈黙が数秒流れ、調査官は静かに頷いた。


 「……これで調査は終了です。調査結果は本部へ報告され、必要に応じて追加調査もあり得ることはご了承ください」


 そう言って一礼し、三名は静かに拠点を後にした。


***


 それから一週間後。


 クラン拠点の応接室。定例報告のために湊たちが集まっていたその場に、ギルドから一通の通知が届けられた。


「──調査結果が届きました」


 三条の声が静寂を破る。彼女が封筒を開き、中の文書を読み上げる。


「クラン《暁ノ追糸》。本調査の結果──ランクを、“C級クラン”へ繰り上げとする」


 一瞬、誰も反応できなかった。


「……え?」


 夏希の小さな声が漏れた。


 真壁が目を見開き、羽鳥が椅子の背もたれに仰け反る。


「ちょ、ちょっと待って。Cって……あの、中堅クランに与えられる……?」


「正確には、既定の登録人数・依頼達成数・活動年数に応じて認定される“中堅認可クラン”のランクです」


 三条が淡々と補足する。


「そんなの……作ってまだ一ヶ月とかですよ?」


 夏希が困惑気味に問いかけると、三条が小さく頷いた。


「本来はあり得ません。ただ、今回は“特例中の特例”ということみたいです」


「理由は……やっぱり、ヴァルグラン?」


 篠塚の問いに、三条が頷く。


「C級クラン・ヴァルグランとの正式な決闘に勝利し、なおかつ完全解散に追い込んだという実績。加えて、ギルド記録上での戦闘内容、組織運営、支援能力、構成員の安定性……あらゆる面で“例外的な完成度”が認められた結果です」


 三条が読み上げたギルド通知の文言に、全員が息を呑む。


「つまり……」


「もう、“新興クラン”じゃない」


 湊が言葉を繋ぐと、澪が隣で小さく呟いた。


「……目立つな、これで」


「でもその分、信用も得たってことだよね?」


 夏希が穏やかな笑みを浮かべる。


 それを受けて、羽鳥が手を挙げた。


「C級クランになるって、つまりどういうことなんでしょうか!?」


 「例えば──」と、三条が説明を始める。


「専用依頼への優先参加権、税制優遇、一定の情報へのアクセス。さらに、個人でD級以下の構成員でも、“C級と同じ特典”が付与されます」


「つまり、俺たち……まだE級だけど、C級クランの看板で、C級冒険者と同じ待遇が受けられるってこと……?」


 木野が目を丸くして問いかける。


「はい。もちろん、E級冒険者が受けられる依頼はE級までですが、転送装置やラウンジの利用は、木野さんたちも可能です」


「……すげえ」


 篠塚が思わず呟く。


 その時、誰からともなく拍手が起きた。三条、夏希、澪、羽鳥、真壁、篠塚、木野、穂積、そして柚葉。全員の顔には、同じ感情が浮かんでいた。


 ──自分たちは、ここまで来たんだ。


 気がつけば、窓の外には春の光が差し込んでいた。


 新たな肩書きと、新たな責任。


 それでも、彼らは前を向いていた。

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