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第68話 第一戦、第二戦

 東京第二区、演習場。


 かつて警察用の訓練施設だったそこは、クラン同士の《正式決闘》が行われる場として使われていた。


 幅50メートル、奥行き30メートル。高い天井には魔力干渉防止の結界が張られ、フィールドを囲む観客席には、ギルド関係者や他クランの冒険者たちが静かに集まり始めていた。


 湊たち《暁ノ追糸》のメンバーは、演習場脇の控室で最終確認を行っていた。


「……ほんとに、やりすぎたかも……」


 そう呟きながら、夏希が椅子にもたれかかる。顔は真っ青。頬もこけ、額には汗が滲んでいた。


 昨夜──


 柚葉の限界突破が湊にかけられ、《リピート》はレベル4へと昇格。


 それを受けて夏希は、決闘参加者のためにブーストを“蓄積”することを決意した。リピートの効果を最大限に活かすため、ブーストを五十回重ねれば、その効果は50%増しになる──。


 対象は問わないので、一晩中、羽鳥に癒糸を纏わせ、魔力を調整しながらブーストを繰り返し重ね続けた。


 五十回。全て意識しながら、意図を込めて。


 限界をはるかに超えていた。


「……ありがとう。ほんとに、助かる」


 湊が水のボトルを渡しながら言うと、夏希は微笑んで受け取った。


「でも、まだ終わってないから。決闘前にちゃんと、澪ちゃん、真壁くん、湊君に一回ずつ、ブーストかけるからね」


 夏希はよろめきながら立ち上がり、癒糸をまずは初戦の澪に纏わせる。


「《ブースト》……あとちょっとだけ、頑張ってね」


 静かに、澪の身体に魔力が流れ込む。


 さらに──


「……ごめん、少しだけ。聖属性、混ぜておく」


 ブーストの波動の奥に、ほのかな“金の粒子”が混ざっていく。


 湊の視線が動く。


「状態異常系……相馬さんや蛇島さんのスキルを考えると、澪ちゃんと湊くんにはブーストの中に聖属性を混ぜておくのは有効だと思うんだ……ちゃんと、あんまり目立たないようにしてる。発光も抑えめにしてあるから、きっと大丈夫……」


「うん……」


 藤堂からは「教会が絡む危険性があるので、聖属性の使用は絶対秘匿」と厳命されていた。


 もしバレれば、彼女が“狩られる側”になる。


 だが、それで仲間とクランを守れるなら──


 最低限、仲間を守れるだけの効果を、慎重に乗せる。


 数分後、控室にギルド職員が入ってくる。


「決闘、第一戦目を開始します。両クラン、出場選手は準備をお願いします」


 澪が無言で立ち上がる。


 戦闘服に袖を通し、短剣を二本、腰に差し、黒い布で髪を結う。


 湊がひとつ、声をかけた。


「頼んだ」


「任せて」


 控室の扉が開き、観客席から歓声が上がる。


 最初の対戦カードは──


「《暁ノ追糸》、久城澪。

 対するは、《ヴァルグラン》、相馬冴子」


 澪の視線が、静かに前だけを見据えていた。


 ヴァルグラン側の待機場所から、澪を眺めていた蛇島が、小さく眉をひそめる。


「……金?」


 澪の身体から、ごくかすかに光る粒子のようなものが見えた気がした。だが、それは一瞬で消える。


「……いや、気のせいか?」


 尾上が横目で見て、「どうした?」と問いかけるが、蛇島は答えずに黙った。


***


 ギルド審判が手を挙げ、静かに号令を放つ。


「第一戦、開始──!」


 澪は、無音のままフィールドの中央へと進む。


 対する相馬冴子は、あからさまな嘲笑を浮かべながら歩み寄ってくる。

 身長は澪より頭一つ分ほど高い。整った顔立ちに、長く揺れる黒髪。両手持ちのバトルアックスを軽々と担ぎ、肩から広がる筋肉は、まさに“打撃一閃”の体現。けれど、その瞳は──どこか壊れていた。


「はぁ……やだやだ、どうして私、また“つまらない女”と戦わなきゃいけないの?」


 開始の合図と同時に、相馬が前に出る。

 距離を詰めるでもなく、ゆっくりと──まるで“距離を保ちつつ、じわじわと焼いていく”ように。


 空気が、変わった。


 澪の視界に、わずかな揺らぎ。

 音のない震動。瞳に焼き付けられるような、“否定のささやき”が脳に直接届いてくる。


『お前は、守れない』

『仲間なんて、お前を信じてない』

『“斥候”って、所詮は逃げ足だけの役立たずよね?』

『あの時だって──見捨てたじゃない』


 ぞわり、と背筋が冷えた。


 声は、実際には聞こえない。

 でも、確かに“届いてくる”。


 これが、相馬のユニークスキル《狂気の挑発》。

 対象の不安やトラウマを強制的に流し込み、思考と判断を鈍らせる精神干渉型スキル。


「……ふふ、効いてる効いてる。やっぱり、冷たそうな子の方が壊し甲斐あるわ」


 だが──


「……うるさい」


 澪が、初めて声を発した。


 相馬の顔に、わずかな驚きが走る。


(影響、ゼロじゃない。でも、《遮断》で多少軽減されてる。それに……夏希のブーストの聖属性が効いてる)


 淡々と、澪が情報を確認していく。


 心の奥で、確かに何かが揺れた。だが、それは“手綱の届く距離”にあった。


 次の瞬間──相馬の足元が、一気に砕けた。


 《筋力強化》──


 爆発的な踏み込みとともに、斧が大きく振り下ろされる。

 地面を割る一撃。


 澪はそこに、既にいなかった。


 体を沈め、反転。影のように滑り込む。


 相馬の視界の隅、ほんの一閃。


「っ──!」


 足元へ突き出される短剣。ギリギリでかわす。


 澪の動きは、まるで“消えた”ようだった。


 観客席がどよめく。


「動きが見えなかった……」

「いや、消えたんじゃない。完全に“殺気”がなかった……」

「これが、久城澪の“隠密”か……!」


 だが、相馬もただの力任せではない。


 《斧術》──振るわれる軌道には、確かな“技”があった。

 斬撃の速度、軌道補正、そして部位狙いの精度──Lv2として十分な実戦技術。


「逃げんな、逃げんな、逃げんなァッ!!」


 連撃。

 一歩踏み込むごとに、フィールドが軋む。


 澪は横に飛び、体を伏せて斧を避けた。

 その頭上を、唸る刃が通過する。


(……速い。完全な素人じゃない。鍛えてる)


 薙ぎ払いが来ると見て、あえて懐へ滑り込む。


 相馬が即座に身体をひねり、逆手の反撃。

 澪は風を裂くように跳躍し、両足で壁を蹴って後方へ回避する。


 足先がわずかに地を滑る。

 その音に反応し、相馬が投げるように斧を振る──


 澪はそれすらも予期していた。


(パターンが見えた)


 相馬は筋力を活かした振り回し型。

 一撃が外れたとき、戻すのにコンマ数秒の“死角”がある。


 澪は再度距離を詰め、ステップで相馬の斧の下を滑り込む。


 短剣を突き出す。だが、相馬が身をひねり、刃は外れる。


 即座に澪が飛び退く。


 攻防の応酬。

 数秒の間に、十以上の読み合い。


 だが──


(次で、決める)


 ブーストの乗った攻防の連続で、澪の筋肉も限界に近い。そこへ、相馬にわずかな疲労が見えた。


 澪が一気に距離を詰め、真横から斬り込む。


「……こいつ……こんな、ただの女が……っ」


「仲間、守るため。……あんた、邪魔だから」


 澪の短剣が、相馬の右膝裏に滑り込む。


 膝が崩れた瞬間、さらに肩口を狙って二撃目。

 事前に短剣に仕込んでおいた即効性の麻痺毒が巡り、相馬の筋肉が痙攣し──止まる。


 最後に、刃を喉元に突きつけ──動けないことを確認する。


 審判の声が響いた。


「第一戦──《暁ノ追糸》、久城澪の勝利!!」


「……やった、澪ちゃん……!」


 観客席で立ち上がりかけた夏希を、羽鳥が慌てて支える。


「ちょ、無理しないでください!顔真っ青ですよ!」


「う、うん……でも、ちゃんと勝ってくれたから……」


 夏希の手は小刻みに震えていた。昨夜の五十回に及ぶブーストの反動。

 身体を動かす魔力も、支える意思も、ギリギリで維持している状態。


「ほんと、化け物……いや、頼もしすぎる……」


 次戦に向けて待機していた真壁が苦笑混じりに呟いた。

 澪の動きは、完璧だった。遮断、隠密、冷静な判断──すべてが重なって生まれた勝利だった。


 けれど、同時に。


「次、俺か」


 真壁が腰のホルスターに手を当て、短剣を確認する。

 澪が戻ってくると同時に、ギルド職員が次戦のアナウンスを始める。


「第二戦、《暁ノ追糸》・真壁亮 対 《ヴァルグラン》・尾上卓也。出場選手はフィールドへ」


「続きなさい、真壁」


「……ああ。ブーストはさっきしっかりかけてもらった。いけるとこまでいくさ」


 軽く手を振ってから、真壁は歩き出す。


***


 観客の視線が、再びフィールド中央に注がれる。


 静まり返った場内に、真壁亮の姿が現れた。


 ふわりと髪をかき上げ、リラックスした足取りで円形の戦闘エリアへと入る。

 軽く肩を回しながら、相手を見る──


「あんたが尾上さんか。B級にしては渋いっていうか……ずいぶん地味な構えだな」


 その言葉に、対面の男──尾上卓也は一瞥もくれず、淡々と答えた。


「言葉で揺さぶるタイプか」


「はは、嫌いじゃなさそうな反応」


 真壁の笑みは軽い。

 だが、その足元には一切の隙がなかった。


 開始の合図と同時に、真壁が風を蹴るようにして跳び出した。


 瞬足が魔力で加速し、風魔法が体勢を制御する。

 真壁の身体は地を滑るように低く構え、複雑な軌道で尾上へ迫る。


 次の瞬間──姿が掻き消えた。


《転移》──

 数メートル先、尾上の死角に一瞬で現れ、短剣を振りかぶる。


 が、尾上はその気配に即座に反応し、身体を沈めてかわす。


 真壁の短剣が虚空を切る。


「……反応、早いね」


「当然だ。それが《反応強化》だからな」


 尾上の目が鋭く光る。


《高速記録》──

 視界に入った動きを高速で記録・解析し、即座に模倣・対応可能とするユニークスキル。


 尾上がナイフを両手に持ち、軽く身構える。


 投擲術Lv3──

 ただの手投げとは違う。筋肉の収縮、反動、回転、軌道、すべてが計算された殺意だ。


 次の瞬間、刃が真壁の眉間を正確に狙って飛ぶ。


 だが、真壁は風を纏って横へステップ──

 避けたかと思いきや、そこに第二投。すでに別方向に飛んできていた。


「──っ!」


 転移。

 短く瞬間移動し、第二撃をギリギリで回避する。


 そこから踏み込み、尾上の懐へ──


 だが、尾上はすでにナイフを抜いていた。

 真壁が刃を突き出すその瞬間、尾上は肘打ちで軌道を逸らす。


 至近距離。


 二人の間で火花が散る。


 真壁が風魔法で後方に跳び、間合いを取り直す。


 ふう、と小さく息を吐く。


(……普通じゃない。瞬間転移にも反応してくるなんて。俺が“消えた後に出てくる位置”まで、見切ってるってことか)


 観客席でも息を飲む声が漏れていた。


「今の、完全に読まれてた……」

「尾上って、反応だけじゃなくて、分析も化け物だな……」


 真壁の額にうっすら汗が滲む。


 一方、尾上は落ち着いていた。

 短く吐息をつき、ナイフの柄を握り直す。


「動きが速いのはいい。でもな、同じことを繰り返せば、読み切られるのがオチだ」


「……なるほど。《高速記録》って、そういうことか」


 尾上が一歩、また一歩と間合いを詰めてきた。

 その動きは静かで、無駄がない。


 真壁は風をまといながら、軽く息を吐く。


(こっちは速度と転移でかき乱す……でも、それだけじゃ通じない)


 尾上は、真壁の転移を“視た”。

 刹那、短く低く跳躍──真壁の視線が一瞬遅れた。


 次の瞬間。


 尾上の身体が、真壁の横に“現れた”。


「……転移?」


 一拍遅れて理解が追いつく。


(俺の転移を──模倣した!?)


 尾上が低い構えからナイフを放る。


 真壁は風で逸らすが、即座にもう一発──


 それも転移からの奇襲。


 速い。

 しかも、自分の癖を分析された投擲。

 読みにくさが段違いだった。


(マズい……これは、普通にやったら勝てない)


 真壁は大きく距離を取り、ブーツの底に力を込めた。

 風が巻き起こる。


「……一発、通す」


 全力の加速。

 瞬足と風魔法を重ね、身体の限界を越える一撃に賭ける。


 尾上も構える。


(来るな。お前は、斜め上から突っ込む──)


 だが、その瞬間。


 真壁の身体が、思いもよらぬ角度から跳び上がった。


「ここだッ!」


 瞬間転移で、尾上の視界の上方──真上に出現。


 完全な死角。

 尾上が反応する前に、真壁の短剣が肩口を捉えた。


 ガキィィィィ!


 激しい衝撃音。刃が尾上の肩を裂く。


 血飛沫。だが浅い。


「……っ、読まれてたか」


「いいや、読めてなかった。反応しただけだ」


 尾上の目が、真壁の顔を捉えていた。


 左手が先に動く。


 真壁が体勢を立て直す隙もなく、投擲が正確に腹部へ──


「──ッ!」


 息が詰まる音。

 短剣が落ちる。


 真壁が片膝をついた。


 尾上が踏み込んで、ナイフの柄を肩に押し当て──それ以上の動作を封じる。


「止めておこう。お前の速度は、もう十分わかった」


 審判の声が響く。


「第二戦──《ヴァルグラン》、尾上卓也の勝利!」


 観客席から、どよめきと拍手。


 真壁は苦笑しながら肩を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。


「……終わりか」


 尾上は静かに首を振った。


「最後の転移、惜しかったな。深く刺さってたら、俺が負けてた」


***


 湊が立ち上がる。


 柚葉がその肩を見つめ、ふと囁く。


「次が、最後。蛇島は“空間支配”を使ってきます」


「はい。……こっちも、蓄積は完了してます」


 湊の声は、静かで、確信に満ちていた。


 夏希が、弱々しく手を伸ばす。


「……気をつけてね。全部、使ってるから。

 あとは……湊くんの、“勝ち方”次第だから」


「……任せろ。

 必ず、全部を守って帰ってくる」


 その言葉と共に、湊はゆっくりとフィールドへと向かった。


 会場に、再び緊張が走る。


 いよいよ最後の戦い。

 湊 vs 蛇島。


 ギルド審判が宣言する。


「第三戦、《暁ノ追糸》・神谷湊 対 《ヴァルグラン》・蛇島恭介──準備をお願いします」


 湊の背に、“金の粒子”がふわりと舞った。


 蛇島の目がそれを捉え、わずかに目を細めた。


「……やはり、聖、か」


 つぶやきのようなその一言を誰も聞き取れないまま、

 戦いの火蓋が──静かに、落とされた。


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