表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/82

第67話 決闘準備

「クラン《ヴァルグラン》が、正式に決闘に応じました」


ギルドの応接室。

藤堂の口からその一言が放たれた瞬間、室内の空気が一変した。


湊、夏希、澪、柚葉、真壁の五人は静かに頷き合い、覚悟を胸に席につく。

応接室の奥には、ギルド長・脇田の姿もある。かつてないほど厳しい視線が、湊たちを捉えていた。


「これで、決闘は公認され、ギルドが立会い・記録を行う。……ただし、当然ながら“すべての条件”を両者が了承の上で初めて決闘は成立する」


「……その条件、詳しく教えてください」


湊が問いかけると、藤堂がファイルを開いて項目を確認し始めた。


「条件の前に、まずは決闘の概要をご説明しますね。決闘形式は、“一対一の模擬戦を合計三戦”。交代は不可、勝敗は戦闘不能または降参によって判定。二勝先取した側の勝利とする」


「また、“戦闘中”の外部支援は一切禁止。つまり、戦闘中に回復や補助を行うことは禁止されます」


「……戦闘前なら、癒糸や限界突破は使用できるという理解でいいですか?」


柚葉が静かに確認する。


「そうなります」


藤堂が肯定し、書類を差し出す。


「これがヴァルグラン側から提示された“勝利時の条件”です。……正直、胸くそ悪いけど、正式書面です」


湊が書類を手に取り、目を通すと、眉がピクリと動いた。


「……解散だけじゃないのか」


夏希が覗き込み、顔を青ざめさせた。


「《暁ノ追糸》が敗北した場合、クランは解散。そして……私、柚葉さん、穂積奈々ちゃんの三名が、“ヴァルグランに所属”するって……」


「ふざけてる……!」


真壁が椅子から立ち上がりかけた。湊が手で制し、視線を藤堂に向ける。


「これが……通るんですか?」


「通ります。決闘というのはそういうもの。“勝った側がすべてを持っていく”。ギルドはその形式と結果を保証する立場でしかありません」


脇田の声が重く響いた。


「相手が提示した条件に異議があるなら、交渉はできる。ただし、それで相手が決闘に応じるかは分からん。クラン間の決闘は、命を奪うなどの極端なケースを除き、基本的にどんな条件でも出せるのがルールだ。そして、決闘に“負けた場合”はそのすべてを呑まなきゃならない。それが、クラン間抗争の現実だ」


湊たちは沈黙した。


柚葉が小さくつぶやく。


「蛇島らしいわね。支援職を“装備・道具”としか見てない。……あの人は、回復・補助職を完全に囲い込んで、他を支配する気よ」


夏希が顔を伏せる。


「私たちを……人としてじゃなく、道具として欲しがってるってこと?」


湊は静かに手元の紙を握りしめた。


「この場にいない奈々を置いて決めることはできません。けど、こちらもヴァルグランの解散に追加で条件を提示します。“もしヴァルグランが負けた場合”──」


藤堂が頷き、続きを促す。


「……クランの保有資金はすべてこちらに譲渡。そして、ヴァルグランの構成員による、《暁ノ追糸》およびその構成員への、今後一切の干渉・関与を禁ずる」


「……確かに受け取りました。ギルドとして、その条件で承認を進めることはできます。おそらくですが、向こうも拒否はしないでしょう」


全員が頷く中、藤堂が付け加える。


「それと……決闘の戦闘順は、事前に申告してください。一度申告がされれば、変更は不可。戦略に関わる重要事項なので、慎重にご判断ください」


***


 東京湾沿いに建つ、廃工場とは別のクラン《ヴァルグラン》の拠点。

 暗色のガラスが並ぶビルの上層階には、クラン専用の作戦室があった。


「……まさか本当に逃げ出しやがったとはな。柚葉の奴」


 広い部屋の片隅。蛇島恭介は窓際に立ち、東京の夜景を見下ろしながら吐き捨てるように言った。


「彼女、もともと限界だったんじゃないですかね。戦力としては有能でしたけど、内心じゃいつも不満そうでしたし」


 尾上卓也が隣のテーブルに腰掛け、資料端末を操作しながら返す。

 眼鏡越しの視線は冷たく、淡々としていた。


「まあ……その代わり、うまくやったと思いませんか?」


「……ああ。逃げたのを逆手に取って、支援職三人を条件にするってやつか」


「ええ。あいつらは無所属から昇格したばかり。経験も浅い。強い支援職を味方にするだけで戦術の幅が一気に変わる。遠野夏希って支援職も、あの“癒糸”ってスキル、分析班からの報告ではかなり使えるらしいですよ。回復速度も高いし、補助スキルと併用すれば最上級支援に化ける」


「柚葉も、なんだかんだで惜しい奴だった」


 蛇島が肩をすくめる。


「限界突破……あのスキル、味方のスキルレベルを一時的に引き上げる」


「はい。24時間限定。しかも適用対象は自由。自分にも他人にも使える。再発動には24時間のインターバルが必要らしいですが、それを考慮しても破格です。そもそも“スキルレベルの一時引き上げ”という行為自体が、確認されている中で彼女だけです」


「支援職を独占すれば、戦場のリズムを支配できる。回復も補助も、すべて“俺のため”に働かせる。それが理想の構図だ。……やっぱり惜しいな。惜しいが──」


 蛇島は、口の端を上げて笑った。


「結局、こっちに戻ることになるんだ。そういうふうに仕向けてある。……力でな」


「それにしても、まさか決闘にまで発展するとは。こちらとしてはむしろ歓迎ですが。相手はまだ中級なりたて。格の違いを見せつけるには絶好の場です」


「まったくだ。前回の小競り合いなんて、D級とE級の子供の喧嘩だ。今度は俺たちが出る。“本物”の実力差ってやつを思い知らせてやる」


 尾上が、ふと資料をスライドしながら、眉を潜めた。


「……ただし、注意点が一つあります。決闘中は外部支援不可ですが、“戦闘前のバフ”は制限されていません」


「限界突破と……さっき言ってた癒糸か?」


「ええ。特に気になるのは、限界突破を、神谷湊の《反復》にかけた場合の挙動です。ギルド内の協力者に働きかけて調査したところ、現在のスキルレベルは3。つまり、スキルレベルが1上がるなら、彼のスキルは……」


「レベル4になる、か」


 蛇島が腕を組んだまま、ゆっくりと瞼を伏せる。


「ッチ、あえて決闘中とするあたり、ギルド上層部が肩入れしてやがるな。……まあ、どれだけ盛ったところで、所詮C級なりたて。B級に届くわけがない」


 言い切るように、鼻で笑う。


 尾上はわずかに目を細めた。


「……その自信は結構ですが、彼ら、過去にこちらの策略を一度乗り越えてます」


「あれは例外だ。横槍が多すぎた。今回は違う。舞台は整ってる。ルールも明確だ。──実力だけで、叩き潰すには最高の場だ」


「……仮に、負けた場合は?」


 蛇島は微笑を浮かべたまま、肩をすくめた。


「あり得ない。だが、万が一ってやつがあるなら──国外に飛ぶ」


「国外?」


「俺たちは個として“上級”だ。日本の制度の枠を出れば、いくらでも場所はある」


 蛇島はそのまま背を向け、窓の向こうに広がる東京の灯を見据える。


「クランなんてのは組織だ。壊れても作り直せばいい。だが、“個”は生き残る。……そのために、今ここで勝って、力を示す。それだけのことだ」


***


 クラン《暁ノ追糸》の拠点二階。円形テーブルを囲み、クランメンバー全員が静かに座っていた。


「決闘は三日後だが、その前に、ヴァルグランから提示された条件について、話す必要がある」


 湊が静かに告げる。


「今回の決闘……万が一、俺たちが負ければ、クランは解散。それだけじゃない。夏希、柚葉さん、そして奈々がヴァルグランに所属する条件が出されている。……この条件にはまだ返答していないから、まだ決闘は正式に受理されたわけじゃない。今なら、まだ引き返すことはできる」


 場が静まりかえる。


 最初に口を開いたのは、奈々だった。


「……怖くないって言ったら、嘘になります。ヴァルグランに所属するなんて絶対嫌ですし。でも、今、私は“クラン”にいます。木野さんとも少しずつだけど分かり合えてきて……柚葉さんっていう新しい仲間もできて、ようやく“強くなれる”気がしてます。だから、逃げたくない。みんなで、“次”に進みたい、です」


 奈々の声は震えていたが、どこかで決意が込められていた。


 次に、夏希がゆっくりと口を開いた。


「私は、みんなを支えるだけじゃなくて、“並んで”戦いたいって思ってる。湊くんと、澪ちゃんと、柚葉さんと、みんなと。私のスキルが、誰かの背中を押せるなら──この場所を守るために、全部使いたい」


 言い終えたあと、夏希は一度だけ深く息を吐き、笑った。


「だから、大丈夫。ちゃんと覚悟できてる」


 最後に、柚葉が答える。


「……私は、そもそもみなさんに受け入れてもらえなければ、あのクランに所属したままでした。……みなさんを信じています。お願いします、勝ってください」


 目を伏せながらも、柚葉の声は震えていなかった。


「……分かった。絶対に勝とう。そのために全部を使って、全部を守る。だから……みんなを頼らせてもらう」


 柚葉が微笑む。奈々は小さく頷き、夏希は「任せて」と優しく返した。


「……決闘に参加するメンバーと順番を考えよう。下手に外せば、それだけで不利になる」


 三条陽鞠が資料を広げ、平坦な口調で告げる。


「敵の出場メンバーについて、情報を整理しておきたいので、まずは柚葉さん、お願いします」


 柚葉が小さく頷き、配布された表にペンを走らせながら口を開いた。


「三人なら、リーダーの蛇島恭介、副リーダーの尾上卓也、幹部の相馬冴子。この三人で間違いないと思います。蛇島と尾上はヴァルグラン唯一のB級なので、絶対に出てきます。相馬はC級で、C級の幹部は他にもいますが、対人の個人戦なら彼女が一番強いはず。彼らには《限界突破》をかけたことがあるから、スキル構成はほぼ把握しています」


 全員が集中した視線を彼女に向ける。


「まず蛇島。ユニークスキルは《空間支配》Lv2。自分を中心とした空間を制御して、範囲内の相手の動きや感覚を阻害します。自分だけ大きい重力がかかっているような感覚です」


「デバフ系か……」


 真壁が低く呟く。


「それに加えて、《身体強化》Lv3と《硬化》Lv3のコモンスキル。相手にデバフをかけて、高レベルのフィジカル系スキルで叩き潰す。単純だけど隙がなく、強いです」


「次に尾上。ユニークスキル《高速記録》Lv2は、視覚で捉えた相手の行動を記録・分析して模倣します。短時間しか模倣できないという欠点はありますが、自分の動きやスキルを模倣されるので厄介です。あとは、《投擲術》Lv3と《反応強化》Lv2で、距離を取りつつペースを作るスタイル」


「そして相馬。……ある意味、一番やりづらいかもしれません」


 柚葉がわずかに表情を曇らせる。


「ユニークスキル《狂気の挑発》Lv1。動作、声、視線に魔力が付与されて、対象に不安やトラウマの感覚を流し込み、思考と判断を鈍らせる精神干渉型スキルです。対人戦で感情を乱されて集中を欠けば、本来の力を発揮できません。特に、魔法を主体とする人は、そもそも魔法の発動が困難になります。あとは、《筋力強化》Lv2と《斧術》Lv2です。相手の集中を乱して、力で押すタイプ」


「精神干渉……厄介だな」


 湊の言葉に、三条が静かに付け加える。


「彼らの出場順も考慮しないといけません。どう思いますか?」


 湊が視線を柚葉に移す。


「蛇島は……慎重な人間。奇をてらった順番は好みません。格上として当然の順で来るはず。私たちを“格下”と見ているのは間違いないから」


「つまり、順番は?」


「相馬→尾上→蛇島。クラン内の序列を考えても、これ以外ないと思います」


「……なら、こっちのメンバーだけど……澪→真壁→俺の順番で出るのはどうだろう?」


 湊がそう返すと、夏希と柚葉が頷いた。


「澪ちゃんなら、挑発なんかに引っかからないし、魔法を使うわけでもない。冷静さはクランで一番だし、隠密からの刺突で速攻を狙える。力押ししてくるタイプとは相性が良いはず」


 夏希が言い、柚葉も続ける。


「尾上に対しては真壁さん。ユニークスキルの《瞬間転移》と、コモンスキルの《瞬足》と《風魔法》を使って、高速戦闘で撹乱するのが良いと思います。“視覚で捉えた行動”の模倣なら、瞬足と組み合わせれば、何を視覚で捉えたか分からなくなって混乱するに違いない。相性は悪くないです」


「最後に湊くんが蛇島ね……。行動と感覚の阻害に単純な身体能力向上……正面突破しかない相手ね」


 三条が眉をひそめたが、湊は答える。


「柚葉さんの限界突破は、できれば俺のリピートに使って欲しい。Lv4まで持っていけるなら、蓄積の運用次第で突破できる可能性はある」


「私もそれが良いと思う。私は決闘向きじゃないから今回の決闘には参加できないけど、ブーストはリピートを乗せたうえで、事前に三人にかけておくね」


 夏希が静かに言った。



「澪と真壁もこれでも問題ないか?」


 湊が尋ねると、澪と真壁は端的に答えた。


「問題ない。当然出るつもりだった」


「B級相手とは気合入ってきたぜ!」

 

「じゃあ、順番と構成はこれで最終決定で」


 三条が記録ファイルに入力していく。


「ギルドには今夜中に提出しておきます。これで、順番の変更は一切できません」


 沈黙が部屋に落ちた。

 だが、それは決して不安からではない。

 むしろ、腹を括ったあとの静けさだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ