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第66話 引けぬ戦い

 ヴァルグランからの抗議文がギルドに提出されてから、二週間ほどが経過したある日の夜。

 ギルド訓練場の帰り道、篠塚と木野は、大通りから少し外れた路地裏を並んで歩いていた。


「今日、柚葉さんと澪さんの連携……凄かったな」


「うん、あの意思疎通、マジでチートじみてる。普通の声掛けより、よっぽど早い」


「木野さんも、魔力視あってこそのサポートだったよ。後方警戒、ほんと助かった」


「まあ、な。でも、まだまだ課題が多いから」


「わかってるって」


 そんな会話を交わしながら、拠点のある通りに差し掛かろうとした、そのとき――


 木野の足がぴたりと止まった。


「篠塚、止まって。前方の路地、三人。背後にも二人……囲まれた」


「……マジかよ」


「しっかり構えて。……来るよ」


 次の瞬間、暗がりから現れた五つの影が、路地を完全に塞ぐように現れた。

 黒装束に顔を布で覆い、認証印も出していない。明らかに、ギルドのルールを無視した“私刑”を狙う者たちの姿だった。


「……《暁ノ追糸》の小僧ども。ずいぶんいい気になってるじゃねぇか」


 前方の男が、冷えた声で言う。


「柚葉を引き込んだ報い、ちゃんと払ってもらおうか?」


「……やっぱり、ヴァルグランかよ」


 篠塚が苦々しく呟く。


「何が報いだよ。こっちは正規の手続き踏んでんだ。文句があるならギルドに言え」


「言ってるさ。……でも、“話通じねぇ連中には”別の手段ってもんがあるんだよ」


 次の瞬間、男が短剣を抜いた。


「来るぞ、篠塚!」


 木野が叫ぶ。回避行動と同時に、魔力視で敵の動きを読み、氷の魔弾を射出する。だが――


「うっ……!」


 背後からの投げナイフが木野の左肩を掠め、鮮血が飛び散る。


「木野さんッ!」


「大丈夫……!」


 返すように撃った氷弾が一人の足元を凍らせる。篠塚が前に出て牽制するが、敵の連携は想像以上だった。

 次いで篠塚の脇腹に重たい打撃が入る。


「ぐっ……!」


「逃げるぞ!なんとか拠点に逃げ込む!」


 木野の魔力視が示す脇路へ、二人は一気に駆け込む。


 路地を折れ、塀を越え、拠点への最短ルートを全力で駆ける。


「……拠点、もうすぐ!」


 木野がそう叫ぶのと同時、拠点のドアが開かれ、真壁と夏希が顔を出す。


「篠塚!?血ッ……夏希ちゃん、こっち!」


 夏希がすぐさま癒糸を展開し、駆け寄る。


「ヒールッ……!」


 夏希の癒しの糸が篠塚と木野の傷を包み、回復が始まる。


「ヴァルグラン……奴ら……っ」


 木野の言葉で、その場の空気が氷のように固まった。


***

 

クランの共用ルームにて、襲撃の報告を受けた全員が顔を揃える。


「……っざけんなよ」


 真壁が珍しく怒気を滲ませ、テーブルを叩いた。


「手ぇ出してきやがったのか。明確なクラン間の敵対行為だぞ」


 澪は柚葉の方を見た。

 柚葉の手が、膝の上で固く握られているのを見逃さなかった。


「……私のせいだ」


「違う」


 湊が即座に否定する。


「柚葉さんの責任じゃない。“あいつらの問題”だ」


「それでも……っ」


 柚葉は立ち上がり、視線を宙に向けた。


「……少し、外に出てきます。頭を冷やしたら戻ります」


 その言葉に、湊は視線を一瞬だけ澪に送った。


 澪は軽くうなずくと、何も言わずその場を離れた。


***


 数十分後。

 柚葉は一人、ヴァルグランの活動拠点の一つ――廃工場の敷地に足を踏み入れていた。


「……戻ってきたか、裏切り者が」


「……これで、もう暁ノ追糸に手を出す理由はないわよね」


「黙れ。お前が抜けたせいで支援体制が崩れたんだ。今、どれだけのメンバーが死線を彷徨ってると思ってる?今さらのこのこ戻ってきて、元通りってなるとでも思ってるのか?お前も、新しいお仲間とやらも、代償、払ってもらうぜ」


 数人の構成員が周囲を囲み、じりじりと間合いを詰める。


 その瞬間――柚葉の意識に声が飛び込んだ。


『五秒後、右に跳んで。煙玉を視界に叩き込む』


 澪の意思疎通だった。


 柚葉は、無言でわずかに頷く。


 きっかり五秒後、天井の梁から小さな影が滑り落ち――床に煙玉が弾けた。


 視界が白に染まり、敵が一斉に叫ぶ。


「誰だッ……!?」


 柚葉は右へ跳ぶ。次いで後方から手が伸び、彼女の手首を確保する。


 澪だった。

 《遮断》スキルによって、気配も音も完全に抑えられている。敵の混乱に乗じて、二人は物音一つなく拠点の外へ出る。


 暗がりのビルの陰に回り、ようやく遮断を解いたとき――柚葉が低く言った。


「……澪さん、すみません。……私、まだ……」


「言ったはず。今のあなたは、“こっち側”の人間。自分を責めるのは、やめなよ」


 柚葉は、一瞬だけ目を伏せ、そして小さく、頷いた。


***


 翌日の早朝。

 改めてメンバー全員が揃っていた。篠塚と木野は、昨晩夏希により応急処置を受け、その後、奈々の回復魔法で治癒されたことで、幾分か回復していた。


「ギルド経由で抗議してるだけかと思ってましたが……まさか本当に手を出してくるなんて」


 羽鳥が不快げに眉を寄せる。


 篠塚はソファにもたれかかりながら、苦笑を漏らした。


「すみません……俺たち、まさか本当に襲ってくるとは思ってなくて」


「悪いのはお前らじゃない」


 湊が当然のように声をかける。


 三条が膝の上にファイルを置いたまま、落ち着いた口調で続ける。


「既に報告書はまとめてあります。篠塚さんと木野さんの負傷記録、時系列。加えて柚葉さんの仮加入前後の行動記録も、ギルドにとって“証拠”になり得ます」


「三条さん、頼りになる……」


 羽鳥が感心して呟く。


 湊は立ち上がると、静かに口を開いた。


「このまま黙っているのは無理だ。俺たちは、襲撃を受けた。メンバーが怪我を負った。……それを“なかったこと”にはできない」


 夏希がうなずく。


「うん。正当な手段を取って、ギルドに届けよう」


「……けど、決闘になるかもしれないんだろ?」


 真壁の問いに、湊は真っ直ぐ目を向けて答えた。


「なるだろうな」


「だったら、やるしかねぇな」


 真壁の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「今さら怖気づく理由もない」


「私も……逃げたくない」


 澪が小さく、しかし確固とした声で呟いた。


 柚葉が、下を向いたまま小さくつぶやく。


「……私のせいで、本当にごめんなさい」


「違う」


 夏希が即座に首を振る。


「何度も言ってるけど、それは違う。悪いのは、暴力で解決しようとした向こう。柚葉さんがいたからじゃない。ヴァルグランが、そういう手段を選んだんだよ」


「……皆さん」


 柚葉が顔を上げた。目元にはまだ不安が残っていたが、それでも声はしっかりとしていた。


「ありがとうございます。……私も、もう逃げません」


***


 翌朝、湊、夏希、澪、柚葉、三条の五人は、ギルド本部の地下応接室に足を運んでいた。

 対応に現れたのは、藤堂とギルド長の脇田。


 藤堂は資料を開きながら、湊の差し出した報告書を確認する。


「……すべて確認しました。攻撃を受けた日付、時間、内容。攻撃側の所属クランが“ヴァルグラン”であると推認される点も含め、武力行使があった以上、ギルドとして正式に“抗争状態”として扱います」


「はい、お願いします」


 湊が一礼する。


 脇田が、ゆっくりと手を組んだ。


「で……“お前ら”の意思はどうなんだ?

 今回の件、ギルドが判断するとすれば、暁ノ追糸は引き抜き行為を行っていないし、状況証拠から、襲撃もまあヴァルグランと言っていいだろう。ギルドからヴァルグランに下せる処分は、せいぜい数百万の罰金と、襲撃者謹慎ぐらいだ。襲撃者もどうせ末端だろうしな。解決には程遠いってことはお前らも分かってるだろう」


 湊は迷いなく頷いた。


「こちらとしては、決闘も辞さない構えです。……もう、話し合いで穏便に解決できる段階ではないので、それしかないと思っています」


「はっきり言うな。だが、その覚悟があるなら――ギルドとしても、その前提で動く」


続けて脇田は言う。


「念を押しておくが、決闘に関してギルドは完全中立だ。その結果どうなったとしても、それはお前らの自己責任となる」


「ただ……ここからは独り言だが、個人的にヴァルグランのやり方は好きじゃない。お前ら、神谷、遠野、久城は身をもって知っているだろうが、綺麗ごとだけではギルドという大きな組織は運営できん以上、ある程度は見逃してきた。だが、抗争相手も同等以上になることが期待されるクランであれば、こっちとしてもそんな配慮はせん。決闘の形式等はギルドで決定するが……構成員の数なんかに左右されるような、“どちらか”に大きく不利になるようなものにはならんだろうな」


 藤堂が笑みを見せた。


「ヴァルグランにも正式に確認の上となりますが、向こうはクランとしては格上。おそらく決闘は受け入れられるでしょう。決闘の形式、参加人数などについては、後日通知されます。こちらで条件整理のうえ、正規の手順を踏んで進めます」


「感謝します」


「……これで、腹は決まったな」


 脇田が言う。


「ヴァルグランは手強い。けど、お前たちは――たった数ヶ月でここまで成長した。中堅クラスのクランとして、これ以上ない試金石になる」


 藤堂が頷く。


「私たちは、見届けますよ。あなたたちの選択が、間違ってなかったと証明される瞬間を」


 湊はもう一度深く頭を下げ、ゆっくりと背筋を伸ばした。


「――必ず、勝ちます」


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