第65話 《限界突破》の効果
柚葉が仮加入した三日後。
湊たちは、柚葉のスキルと連携の確認のため、ゴブリン系のE級ダンジョンを、湊、夏希、澪、柚葉、木野、篠塚の6人で攻略していた。
斥候として先行していた澪が、ほんの一瞬だけ動きを止める。
その直後――湊たち全員の意識に、言葉が流れ込んできた。
『前方、左に三体。中央に亜種一体。魔力感知反応、微弱。今なら“静かに仕留めれば”他には気づかれない』
意思疎通スキルによる伝達。
それは言葉より早く、状況を明確に共有する伝達手段だった。
『じゃあ、私が右から回り込みます。木野くん、後衛の動線チェックお願いします』
柚葉の声が滑り込むように流れ、木野が小さくうなずく。彼の魔力視が背後の死角を視認し、即座に反応する。
『死角、なし。後方からの接近は検知してません。今ならいけます』
『湊くん、行ける?』
『もちろん』
刹那、湊が音を立てずに踏み込み、剣を一閃。
このダンジョンの攻略を始めてからかなりの回数、敵に攻撃をしているため、通常より明らかに滑らかで、鋭い。
澪が背後から一体仕留め、最後に篠塚が中央の亜種に止めを刺す。
「全員無事。さすが柚葉さん、合図も完璧ですね」
「うん、連携もだいぶ良くなってきた」
夏希が笑いながらそう言い、湊がふと自分の剣を見下ろす。
――リピートの効果が、明らかにこれまでとは違う。
ただ速いだけではない。
重さと速度のバランスが最適化されているような、妙な“伸び”を感じる。
「柚葉さん、今朝、《反復》に限界突破、かけてくれましたよね?」
「ええ。……違和感、ありました?」
「いや、逆に“自然すぎて怖い”くらいでした」
その言葉に、夏希と澪が顔を見合わせる。
「リピートLv4……どんな効果なんだろう」
「調べよう。ギルドでスキルチェックしてもらえばすぐ分かる」
「じゃあ藤堂さんに連絡してみる。できれば内密にお願いしよう」
湊は即座に端末を開き、連絡を入れた。
***
ギルド支部の記録課。
藤堂が機材の前で待っていた。
「リピートのスキルレベル確認ですね。ログは残さず、非公開で処理します」
「お願いします」
湊が読み取り装置に手をかざす。魔力が揺れ、表示されたスキル情報が読み取られる。
「……確認しました。スキル《反復》、現在レベル4です」
「追加情報、ありますか?」
藤堂が画面を指差す。
「追記が二つあります。一つ目――“反復行動による効果増幅、最大50%まで上昇”」
夏希が息を飲んだ。
「倍……?」
「二つ目――“反復行動の蓄積が可能”」
澪が眉をひそめた。
「蓄積……って?」
藤堂は肩をすくめる。
「私の立場では、文言の確認までです。それがどういう効果になるかは、神谷さん自身で確認するしかありませんね」
「なるほど。……ありがとうございます」
湊は、内心で唾を飲み込んだ。
最大50%。夏希のブースト、自身の身体強化、反復攻撃、対象への反復――それぞれが50%増しとなれば、かなりの強化になる。
さらに、“蓄積”の意味が本当に“保持”を指すのであれば――
(……とんでもない力になる)
だがその真価は、まだ分からない。
帰って、確かめる必要がある。
***
クラン拠点。
夜間の訓練スペースに、湊、柚葉、澪、そして夏希が集まっていた。
「じゃあ、試してみようか」
湊が呼吸を整え、素振りを始める。
一撃、二撃、三撃――反復の動作を重ねていく。
剣が加速し、風を裂く音が増していく。湊の中で、“反復”が馴染み、スキルの熱量が高まっていくのが分かった。
「この状態で……いったん、止める」
湊は剣を収め、一度呼吸を整えたあと、澪に短剣で攻撃をしてもらい、しばらく防御行動をとる。
そして―数秒後、再び素振りを繰り出した。
「……っ!」
剣が放ったのは、“初撃”とは思えない一閃。
速度、重み、精度。すべてが先ほどの反復状態の“続き”だった。
「維持されてる……?」
夏希が小さく声を漏らす。
「……蓄積だ。たぶん、“行動の履歴”を、一時的に維持できるようになった。意識して、保持することさえできれば」
「ってことは……反復の途中で中断されても、あとから再開できるってこと?」
「おそらく。ただ、蓄積はある程度意識的にしないとダメみたいだ。つまり、不意に攻撃を食らって行動が中断されてしまえば、リピートはこれまで通りリセットされる。でも、“リセットリスク”はこれまでと比べて大幅に減る。戦闘前にリピートの効果を最大まで持っていくことはこれまでもしてたけど、これは、使い勝手が段違いだ……」
湊は呟き、剣を納める。
かつては地味と評されたユニークスキル《反復》。
だがそれは今――着実に、“戦術の中核”へと進化しつつあった。
***
柚葉がクランに加入してから二週間が経ち、ダンジョンの探索や日々の時間を共に過ごすことで、クランメンバーとの仲も深まってきた。
そんな中――
湊の端末が小さく鳴った。
表示された名前は、藤堂。
「……ギルドから、連絡だ」
ギルドの応接室。
照明を落とした落ち着いた空間に、湊、夏希、澪、柚葉の4人が揃って着席していた。呼び出したのは、受付の藤堂。そして、向かい側に座るのはギルド長の脇田。
普段は軽く冗談を交えながら話す脇田だったが、この日は終始無表情のまま、資料に目を通していた。
藤堂が、緩やかに口を開く。
「……お忙しいところ、申し訳ありません。ですが、この件については、非公式ではなく“正式な場”でお伝えする必要があると判断しました」
その一言で、全員の表情が引き締まる。
「つい先ほど、クラン《ヴァルグラン》より、正式な抗議文書がギルドへ提出されました。内容は、“暁ノ追糸が自クランの構成員を引き抜いた”というものです」
沈黙が落ちた。
湊は顔を上げ、静かに確認する。
「対象は……柚葉さんですね?」
「はい。朝霧柚葉さんが、ヴァルグラン在籍中に面談を受けたこと、脱退後すぐに貴クランに加入したこと、これらは事前に引き抜きの働きかけがあった証拠であると主張されています」
夏希が眉をひそめる。
「でも……実際は、私たちから“辞めてから来てください”って言っただけで、それ以上のことは何も……」
「ええ、それはこちらでも確認済みです。面談記録、脱退処理のタイミング、仮加入受理の時刻――すべてに不自然な点はありません。少なくとも、形式的な“違反”は存在しません」
澪が淡々と問う。
「……なら、問題ないはず」
だが、脇田がそこで言葉を挟んだ。
「“書類上は”な」
重たい声だった。
「だが問題は、“それで向こうが納得するかどうか”なんだよ。特にヴァルグランのように、面子を気にするクランはな。“このまま黙っていたら、うちは舐められる”と考える連中もいる」
脇田は資料を閉じ、肘をついた。
「だから、今後の展開次第では、奴らが“クラン間の決闘”を申し込んでくる可能性もある。これは、あくまで最悪の想定として伝えておく」
藤堂が小さくうなずく。
「クラン間の決闘は、個人の決闘ほど軽くありませんので、簡単には認められせん。ただ、抗議と反論の応酬が収束せず、クラン間の抗争に発展した場合、“決闘”による解決が認められます。これは、私闘が泥沼化することを防ぐための措置です。もちろん、命を奪うような形ではなく、模擬戦形式ですが――その“結果”は、ギルドが正式に認定するものです」
「……決闘に、負けたら?」
「相手の主張を“すべてを飲まなければならない”」
脇田の声が、室内に静かに響いた。
誰もが言葉を失う中、柚葉が口を開いた。
「……責任は、私にあります」
その言葉を、湊が即座に遮った。
「違います」
はっきりとした声だった。脇田もわずかに眉を上げる。
「俺たちが受け入れると決めた。チームとして、誰一人“押しつけて”はいない。もしも問題があるなら、それは“俺たち全員の責任”です」
藤堂が、再び口を開く。
「現時点では、書面による抗議が出たに過ぎませんので、ギルドから“決闘を望むか”を問う段階ではありません。
また、先ほども申し上げた通り、今回の朝霧柚葉さんの加入は、ギルドとしては問題ないと判断しておりますので、特にこちらから暁ノ追糸に対して処分を行うということも、もちろんありません。
ですが、相手がこれ以上騒ぎ立てるようであれば、ギルドとしても“抗争状態”として正式に認定せざるを得なくなります」
澪が、小さく息を吐く。
「……あいつら、動くかもね」
「そう思っておいた方がいいだろう」
脇田が椅子から立ち上がり、手を組んで言った。
「神谷、お前たちの実力はもう“様子見段階”を過ぎてる。ギルドとしても、“中堅以上のクラン”としての扱いに移行するつもりだ。だが、それはつまり、“注目される立場”でもあるってことを忘れるな」
「はい。……覚悟しています」
湊の言葉に、脇田が頷く。
「なら、今は静観しよう。向こうがどう出てくるかは……奴らの性格次第だ」
***
応接室を出たあと、湊たちは拠点までの道を黙って歩いていた。
ただひとつ、柚葉だけが口を開いた。
「……本当に、すみません。もし、私のせいで決闘にでもなったら……」
「柚葉さん」
湊の声が遮る。
「さっきも言ったけど、それはもう“あなたの問題”じゃない。――ここにいる限り、俺たちは“仲間”です」
しばらく黙っていた柚葉が、小さく笑った。
「……ありがとうございます。今度は、守られるだけじゃなく、守れるようにならなきゃいけませんね」




