第6話 2回目のダンジョン
翌朝。陽光が雲の切れ間から差し込み、東京郊外の空気を柔らかく照らしていた。
湊は、ダンジョンへ向かう送迎バスの中で、膝の上に置いたカードを見つめていた。名刺サイズのカードの表面には、ユニークスキル《リピート》Lv1とだけ、そっけない文字で記されている。
同じ行動を繰り返すと、1%ずつ効果が上昇する。最大で25%。
戦闘中に繰り返し斬ること。剣術の動きを通してそれ自体は自然と身についていた湊にとって、このスキルは確かに“馴染む”ものだった。しかし、決して即効性のある派手な力ではない。だからこそ、どれだけ実戦で使えるのか――それを今日、改めて試す必要がある。
バスがギルド支部に到着し、湊と夏希は朝の受付を済ませた。装備は前日購入した新品。湊の腰には合金製のショートソード。夏希も、軽装のレザーアーマーと新しいポーチを身につけていた。
ロビーには、他の新人冒険者たちも集まっていたが、二人は自然と少し離れた場所で会話していた。
「今日の目標はどうする?」
「一層だけじゃ、効果も検証できないし、二層までは行きたい。可能なら、三層の手前くらいまで進んで様子を見よう」
「了解。じゃあ、私は魔力の温存を意識するね」
「任せた。俺も、《反復》の効果を検証するように動いてみる」
ダンジョン行きのゲート前で準備を整え、入場許可を得た後、二人は再び“調布第七迷宮”の内部へと足を踏み入れる。
空気は前回と同じく湿っていて、石造りの床と壁には薄い苔がこびりついている。照明代わりの鉱石が淡く光り、視界を確保してくれていた。
「じゃ、行こうか」
「うん」
一層の初戦。先頭に立った湊は、剣を水平に構え、呼吸を整える。
目の前には、三体の通常ゴブリン。武器は棍棒。動きは前回とほぼ同じだが、群れることでの連携を取ろうとしているようにも見えた。
「三体。俺がまず二体捌く」
「了解。バフ入れるね」
夏希の癒糸が、ふわりと湊の背中に絡んだ。見えない糸が身体の動きを少しだけ導くような、そんな感覚。
(まずは斬り上げから、左袈裟斬り)
一撃。通常の感覚。
二撃目。
三撃目。──少し軽くなった気がする。
たしかに、わずかに重さが抜け、滑らかさが増している。
五撃目。反応速度にタイムラグが生じない。敵の棍棒の動きが、気持ち遅く見える。
(これは……効果が出ている)
湊は淡々と型を繰り返し、三体のゴブリンを五手で撃破した。
剣を納めると、夏希が「はやっ」と呟いた。
「リピートの効果、たぶん“慣れ”とは別の次元で積み重なってる。身体の挙動そのものが、“最適化”されるみたいだ」
「じゃあ、スキルの熟練度とは別に、発動の瞬間瞬間で精度が上がるってこと?」
「そう。だから、最初は普通。でも、五回、十回と繰り返すごとに、確実に効率が変わる」
「すごい……じゃあ、その繰り返しをどう活かすかがカギなんだね」
湊は短く息を吐きながら、肩を軽く回した。
「……問題は、戦いが長引かなければ、意味がないってことだ」
「え?」
「斬って、終わりなら、リピートの積み重ねは無駄になる。瞬殺では意味がない。だからこそ、ある程度の“継続戦闘”が前提になる」
夏希は小さく頷いた。
「なるほどね……それってつまり、“攻略に時間がかかる相手”に強いってことだ」
「そう。長期戦を戦える支援がいるからこそ、成立するスキルだよ」
夏希の表情に、満足げな光が差す。
「じゃあ、私の癒糸とは相性ばっちりだね」
湊は、ふと笑った。
「そうだな」
こうして、湊と夏希の“検証”は静かに、しかし確実に成果を上げ始めていた。
***
一層の残りを探索し終えた後、湊と夏希は小休止を挟みつつ、二層へと進んだ。
F級ダンジョン“調布第七迷宮”の構造はシンプルながらも、階層が進むごとに敵の数が増え、トラップも散見されるようになる。
二層の入り口には、岩を模した落石罠が仕掛けられていた。湊はそれを事前に見抜き、足元の誘導線を剣の柄で弾く。
「……こういう罠、厄介だな。運が悪けりゃ潰されてた」
「よく気づいたね」
「なんとなく怪しかった。岩の配置と土の硬さが違った」
「観察力、あるね……」
夏希は感心したように頷きながら、ふと腰のポーチを開けた。
「ところで、少し疲れてる?ブースト、入れとこうか?」
「助かる」
「《ブースト(身体能力向上)》」
魔力の糸が湊の肩と脇腹に巻き付く。直後、筋肉が微かに締まり、呼吸が深くなる。
「……やっぱり動きやすくなるな。身体が軽い」
「効果は十五分くらい持つけど、集中すればもう少し延びるよ。あと、《ヒール》も、軽いの入れとこうか?」
「一応、頼む。擦り傷くらいなら自然治癒に任せてもいいけど、余力あるなら使ってもらえると助かる」
「任せて」
夏希は《ヒール》の詠唱を始め、癒糸が湊の傷跡へとそっと触れる。
淡い緑の光が弾け、皮膚の浅い傷が一瞬で塞がれた。
「支援に徹すると、魔力の管理はけっこうシビアになるけど……やっぱり、これが私の役目だと思うから」
「信頼してる」
湊が短く言い、剣の柄を軽く叩く。
再び進行を始めると、通路の奥に複数の気配が現れた。
「五体。構成は……通常ゴブリン四、シールドゴブリン一。盾持ちか……」
「前、塞がれちゃうね。どうする?」
湊は小さく息を整えた。
「盾の動きを見て隙間を狙う。それまで後方からの援護に徹してくれ。回復とバフ、タイミングは任せる」
「了解」
五体のゴブリンが姿を現すと、シールドゴブリンが真っ先に前面に出てきた。厚みのある木製の盾と、手斧を構えた中型の個体。F級としては強敵だ。
通常ゴブリンたちは横に広がり、援護するように位置取りをしている。
「行くぞ」
湊は足を低く構え、側面に素早く回り込む動きで接敵。
第一撃──盾の縁に当たり、弾かれる。
第二撃──足元へ振るが、ゴブリンが素早く退いた。
「硬いな……でも、いい」
湊は三撃目、四撃目と、同じ角度からの斬撃を繰り返す。《リピート》の効果が徐々に蓄積されていく。
五撃目。手応えが変わった。
盾の隙間に刃が滑り込み、シールドゴブリンの肩口を切り裂いた。
「今!」
夏希の癒糸がタイミングを合わせて湊の脚部に絡みつき、《ブースト》により動きにさらなる加速を加える。
六撃目で完全に盾を外し、七撃目でシールドゴブリンを倒す。
その間に周囲の四体が襲いかかってくるが、湊は既に動きが“完成されていた”。
「速い……」
夏希が呟く。癒糸とリピートの連携は、単なるスキル以上の“習熟”を生み出していた。
斬撃、回避、カウンター。
全ての動きが滑らかで、無駄がない。
「ヒール、入れるね!」
「頼んだ!」
湊は残りのゴブリンを一体ずつ、確実に仕留めていく。
最後の一体を倒したとき、彼の息は少し荒れていたが、動きにはまだ余裕があった。
「これが……継続戦闘の積み重ねってやつか」
「うん。見てて、すごくわかった。湊くん、動きが戦闘開始から段階的に進化してるみたいだった」
湊は頷き、剣を鞘に収めた。
「リピートの“戦闘中の価値”が、ようやく見えてきた」
夏希は笑った。
「じゃあ、次は……三層、行ってみる?」
湊は迷わず、うなずいた。
***
三層に足を踏み入れた瞬間、空気の質が変わった。
湿度は高まり、壁を覆う苔の色はより濃く、そして滑りやすくなっていた。迷宮というよりも、洞窟そのものといった印象。足音は吸い込まれるように沈んでいき、時折、遠くから聞こえる水滴の音が静寂を際立たせていた。
「ここ……少し雰囲気違うね」
夏希がぽつりとつぶやく。
「ここまでくると、F級でも『後半戦』って感じだな。油断はできない」
湊は慎重に進みながら、前方に集中する。
三層の通路はやや入り組んでおり、見通しも悪い。何より厄介なのは、急に分岐が増える構造だった。敵の気配だけでなく、進路の選択にも気を配る必要がある。
「こっち、右側の通路……気配、あるね」
「……ああ、感じる」
数秒後、通路の先に現れたのは、これまでとは明らかに異なる個体だった。
「……エリート個体か」
体格が一回り大きく、装甲のような皮膚のゴブリン。その手には、短剣ではなく鉄製のナックルを装備している。
「ゴブリン・ナックラー。近接特化型の上位個体だ」
「正面突破は難しそう……?」
「いや、いける。試してみたいことがある」
湊は深呼吸し、剣を抜いた。
「同じ動きを十回以上、完全な反復動作として成立させる」
「了解、補助入れるね」
夏希の癒糸が湊の右腕から肩甲骨、腰の回旋にかけて丁寧に巻き付く。湊の動きがさらに滑らかに補正される。
「一撃目……!」
鉄の剣が空気を切る。ナックラーは咄嗟に後退し、回避。
「二撃目!」
また同じ動き。湊はあえて回避される軌道を変えず、ナックラーの視線と行動を“慣れさせていく”。
「……三、四、五」
刃の風圧が空気を震わせる。ナックラーは初めて湊の動きを“読みやすい”と錯覚した。
──六撃目。回避が半歩遅れる。
──七撃目。ナックラーの腹部に浅く裂傷が走る。
「効果が溜まってきてる……!」
夏希が支援を維持しつつ、《ヒール》の準備を並行で行っていた。湊の脚元には《ブースト》も再度付与されている。
──八、九。
湊の剣筋はもう“技術”というよりも、“完成された儀式”のような美しさを帯びていた。
そして、十五撃目。
「……いけっ!」
湊の剣がナックラーの右脇を裂いた。完全に防御の内側を貫き、打撃系特化の個体に致命傷を与える。
ナックラーは短い咆哮を上げ、倒れた。
湊はゆっくりと息を吐き、剣を鞘に戻す。
「リピートって、強いね」
「条件を満たせば、な」
湊は苦笑しながら額の汗をぬぐった。
「その条件がなかなかきつい。集中する必要があるし、敵からの攻撃をくらったら、反復が途切れる。完璧な集中と状況の把握……それが求められる」
「つまり、湊くんにしか扱えないスキルだね」
夏希の言葉に、湊は答えず、小さく笑った。
「じゃあ、出口に向かおうか。もう十分だ」
帰還しながら、湊の中に一つの確信が芽生えつつあった。
《リピート》――これは確かに、地味で癖が強いスキルだ。
けれども、磨けば、限りなく深く、鋭くなる。
そして、自分のような人間にこそ、馴染む力なのだと。
***
帰還後、二人はそのままギルド支部の休憩ロビーに足を運んだ。装備を軽く整え、用意されていたミネラルウォーターを手に取る。
まだ昼過ぎ。今日の探索は順調に終わったといっていい。
湊は椅子に深く腰掛け、天井を見上げるようにして言った。
「……初日と比べて、随分と違うな」
「うん。私も、今日はすごく“冒険者してる”って感じがした」
夏希は笑いながら、隣の席に腰を下ろす。顔色は明るく、疲労よりも満足感が勝っていた。
「特に三層の個体、ナックラーだったっけ。あれに勝てたの、すごいと思う」
「俺一人じゃきつかったな。ブーストとヒール。支援がなかったら途中で集中切れてた」
「……ふふ。そう言ってもらえると、嬉しいな」
夏希は、湊の視線をそっと見つめ返した。
「ところで、さ」
「ん?」
「湊くんは……今日、リピートがどういうスキルか、少し分かってきた?」
「ああ。結論から言えば、派手さはないけど、効果は確実。特に戦闘時間が長くなるほど、真価を発揮する」
「……そうだね。それって、まさに今の私たちのスタイルに合ってるよ」
湊は頷く。
「連携も良くなってきた。繰り返しの中で、自分の動きだけじゃなく、夏希のタイミングも読めるようになってきた気がする」
「私も、湊くんの剣筋に合わせるのがだんだん楽になってきたよ。“型”があるから、癒糸を貼るポイントを先読みできるんだと思う」
「なるほどな……リピートって、俺自身だけじゃなくて、連携にも活かせるのか」
「そうそう。それに、さっきのナックラー戦で思ったんだけど、リピートって“練習してきた技”とか“使い慣れた動作”にすごく合うよね?」
「……確かに。剣道で何百回と打ち込んできた斬りの型が、ああやって自然に強化されていくんだとしたら、俺にとってはありがたい」
湊は思わず笑ってしまった。自身のスキルに、初めて確信が持てた気がした。
「これから先、もっと試してみたい」
「うん。どこまで成長するのか、私も見たいな」
「……じゃ、明日も行くか」
湊の言葉に、夏希はにっこりと頷いた。
「もちろん」
こうして、二人は本当の意味での“冒険のパートナー”として、一歩前に進み出した。




