第59話 クラン加入希望者
ギルド本部・小会議室。
三人が正式にクラン《暁ノ追糸》を立ち上げてから、まだ数日しか経っていない。
──なのに、今、湊たちの前には加入希望者のリストが分厚く積み上がっていた。
「……三十人目。嘘でしょ」
夏希が眉を寄せて名簿をめくるたび、めまいがするような気分だった。
「おかしいな。加入希望者って、こんなに来るもんだっけ」
湊が資料を受け取りながら苦笑する。
澪は隣で無言のまま腕を組み、壁際に寄りかかっている。
「注目されたんだよ。“凄い勢いでC級冒険者まで上がったチームでクラン立ち上げ”って、インパクトあるし」
「夏希の回復支援も珍しいタイプだしな。……おまけで俺がリーダーやってるけど」
うなだれる湊の横で、澪が小さく溜息をつく。
「……そもそも、この中に“真面目な理由”で入りたい人って、どれくらいいるの?」
「ね。湊くん狙いとか、澪ちゃん目当てとか、さっきの人なんて“夏希さんの後ろ姿を一度でいいから間近で見たい”って言ってたし……」
「……あれは通報レベルだと思う」
湊が遠い目をした。
今日だけで面談した人数はすでに十数名。
その大半が「クランのビジョンに共感しました」などと言いつつ、その実態はどう見ても“異性目当て”や“注目目当て”。
そもそも多くの希望者は既に別のクランに所属済みで、「兼任できませんか?」「記録は伏せてもらっても……」など、規定違反ギリギリの要望も多い。
「でも、ちゃんとした人も中にはいたよ」
夏希が端末を操作しながら言う。
「この人とか。魔法系の後衛職。今はフリーで、ギルドの任務記録もきちんとしてる。……ただ、ちょっと緊張しいっぽいけど」
「……仮加入、って形でお願いする?」
「うん。即決はしない。あくまで体験ベースで」
湊がうなずいたとき、扉がノックされた。
「神谷湊さん、次の面談希望者です」
案内の職員に続いて入ってきたのは──
「神谷せんぱーいっ!」
勢いよく手を振って駆け込んできた一人の少女だった。
「えっ……羽鳥?」
「えへへっ、加入希望者ですっ。神谷先輩のクラン、入りたいですっ!」
夏希と澪が一斉に顔を上げ、そして表情が固まった。
「……あなた、確かチーム組んでたんじゃなかったっけ?」
「いや、えっと、それは──」
羽鳥が気まずそうにしながらうつむいた。
「あの……色々ありまして……」
何やら様子がおかしい。いつもの調子とは少し違う。
湊たちは視線を交わし、話を聞く姿勢を整えた。
(ただの冷やかしじゃなさそうだ)
今日だけでも相当な人数と話をしてきた。
その中で、明らかに“何かを抱えている”目だった。
***
羽鳥の加入希望──
その裏には、どうやら簡単には済まない事情があるらしかった。
「それで……どういうこと?前のチームは?」
面談の席に腰を下ろしてからも、羽鳥はしばらくうつむいたままだった。
夏希の問いかけに反応はあったものの、普段のような明るさはどこにもない。
「……解散しちゃいました。正式な手続きじゃなくて、自然と……なんとなく」
「“なんとなく”じゃ、そうはならないでしょ」
澪の声は静かだったが、芯が通っている。
羽鳥は観念したように、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……前のチーム、悪い人たちじゃなかったんです。むしろ、優しくて。けど……その中の一人、志村くんって覚えてますか?彼に、告白されて」
夏希と澪が顔を見合わせる。
「私、ちゃんと断ったんです。好意も、なんとなく気付いてましたし……。でも……それから、ギクシャクしちゃって。気まずい空気のまま、いつのまにか距離を取るようになって。任務のときも、待ち合わせにも誰も来なくなって。ある日、気づいたら、私だけになってて……」
声が小さく震えていた。
「ギルドの記録上は、まだ“チーム所属”って扱いなんですけど、もう誰も来なくて。活動実績も一人きり。ギルドの人に相談したら、チームは正式に解散してクランに入ったほうが良いって言われて……」
「だから、《暁ノ追糸》に?」
湊が訊ねると、羽鳥はこくんと頷いた。
「もちろん、神谷先輩がいるって知ってたから、気になってました。でも……それだけじゃないんです。ちゃんと、居場所がほしくて……」
再び下を向いた羽鳥の肩が、わずかに震えた。
「神谷さん狙いで来た、って思われるのは……その通りでもあるから、何も言えないんですけど……でも、今、もうどうすればいいのか分からなくて……」
夏希が何かを言いかけて止まる。
彼女の表情は、先ほどまでの警戒を含んだ強張りから、どこか複雑な戸惑いへと変わっていた。
一方、澪はわずかに視線を伏せ、言葉を選ぶように静かに呟く。
「……無理に笑ってる感じ、今までと違う」
その言葉に、湊もまた、視線を羽鳥から書類へと移した。
加入希望者は多い。
すでに仮加入を承認した者も数名、面談待ちの者もまだいる。
その中で、羽鳥だけを特別扱いするのは、決して軽いことではない。
だが──目の前の羽鳥は、これまでとは違っていた。
はつらつとした笑顔も、元気すぎる声も、そこにはなかった。
ただ、必要とされたいという必死な気持ちと、不器用に縋るような想いだけが滲んでいた。
湊は、静かに息を吐いた。
「……羽鳥。今、羽鳥を正式に迎え入れるっていう判断は、すぐにはできない」
羽鳥の肩がわずかに震える。
「でも、羽鳥が本気で居場所を求めてることは分かった。だから、まずは“体験”という形で、一緒に来てみてくれ」
「……!」
顔を上げた羽鳥の目には、涙が浮かんでいた。
けれど、それは落ちそうで落ちない、ぎりぎりのところで踏みとどまる強さを感じさせるものだった。
「ありがとう……ございます……!」
「ちゃんと、実力も見せてくれよ。……クランという組織で動く以上、それが一番大事だから」
湊がそう告げると、羽鳥は何度も何度も頷いた。
「はいっ!任せてくださいっ!」
その表情はようやく、少しだけ──いつもの羽鳥に戻っていた。
***
羽鳥が部屋を出たあと、夏希と澪、そして湊の三人が沈黙の中で書類を整理していた。
「……ちょっと意外だったね。あんなふうに、泣きそうな顔してお願いしてくるなんて」
「……強がってたんでしょ。ずっと」
「うん、たぶん」
「それにしても、羽鳥さん……あれが素なんだろうね」
夏希が続ける。
「ずっと明るい子だと思ってたけど、あんなふうに、何かを我慢してる顔、初めて見た」
「……うん。なんとなく感じてたけど、あそこまでとは」
澪も静かに頷いた。
「チームの解散理由も、予想外だった。告白で崩れるって、よくある話だけど、本人にとっては相当ショックだったろうね。信頼してた相手だったなら、なおさら」
湊が口を開こうとしたとき、向かいの席から夏希が小さく呟く。
「……分かるかも」
「え?」
「ううん、こっちの話」
夏希は言葉を濁しつつ、書類に視線を落とした。
そのまま、しばし無言の時間が流れる。
けれど、その静けさは決して居心地が悪いものではなかった。
湊は、カップを置いてから話し出した。
「羽鳥は、今“フリー”って言ってたけど、ギルドの記録上ではどうなってた?」
「さっき、確認した。所属チームは“休止状態”。他メンバーの活動も長期停止扱いで、実質解散扱い。……でも、本人だけが記録上残ってた」
「じゃあ、湊くんがあそこで“体験ならいい”って言ってなかったら……」
「居場所はなかった」
澪が淡々と答えた。
「仮加入という形なら、責任はうちが負うことになる。でも、チームにもギルドにも頼れない人を見捨てる理由はないと思う」
「……それに、たぶん、羽鳥は“もう一度信じたい”んだと思う。誰かと一緒に戦える場所を」
***
翌日──
羽鳥は、集合時間よりも三十分も早くギルド前に姿を見せていた。
軽装の冒険者ジャケットに身を包み、髪もきちんと結っている。
どこか背筋を伸ばして立つ姿は、昨日とは打って変わって自信に満ちて見えた。
湊たちが現れると、羽鳥はぴしっと頭を下げた。
「本日は、よろしくお願いします!」
「……お、おう。こっちこそ」
夏希と澪も少し驚いたような表情を浮かべながらも、静かに会釈を返す。
「今日は、仮加入者の中で先発として、羽鳥一人に同行してもらう。簡単な物資搬送任務だけど、途中で魔物に遭遇する可能性もある。戦闘支援は頼むぞ」
湊の説明に、羽鳥は表情を引き締めた。
「了解です。支援と斥候補助、状況に応じて対応します。報告も正確に行います」
「おお……なんか、しっかりしてる」
夏希が小さく笑いながら呟いた。
澪も「……悪くない」とだけ言って、視線を前に戻す。
羽鳥は、そんな二人の様子にほっとしたように頬を緩めると、湊に向き直った。
「……体験とはいえ、“期待される側”になるの、すごく久しぶりです。ちゃんと、応えたいです」
その一言に、湊も笑った。
「じゃあ、見せてもらおうか。羽鳥の本気」
「はいっ!」
その返事は、ようやく昨日の羽鳥らしさを取り戻していた。
***
依頼を終えたのは、昼過ぎだった。
物資搬送と簡易護衛を兼ねた任務は、クラン登録後の初期依頼としては比較的軽い部類に入るものだったが、羽鳥にとっては初めての“暁ノ追糸”の一員としての現場だった。
「羽鳥、あれは助かった。あの小道での索敵、早めに気づいてなかったら、魔物に囲まれてた」
湊の言葉に、羽鳥は少し顔を赤らめながらも、きっちりと頭を下げた。
「いえ、当然のことをしただけです。……でも、認めてもらえて嬉しいです」
現場では終始緊張していたものの、羽鳥はしっかり役割を果たした。
斥候補助として澪の動きに食らいつき、夏希の補助に無駄な負荷をかけることもなかった。また、弓を使うこともあり、湊たちに接近する敵が普段よりも少なかった。
「本当は、もっと色々役に立ちたかったですけど……」
「充分だよ。初日であれだけ動けたら十分すぎるくらい。次からは、もう少し肩の力抜いてね」
夏希の声に、羽鳥はようやく“素”の笑みを見せた。
「はいっ!」
その笑顔を見て、澪もほんのわずかに頬を緩めた。
それは、澪なりの“受け入れ”のサインだった。
***
帰還後、湊はギルド内の報告端末で一件の処理を完了させた。
──羽鳥 澪奈、加入者リスト登録完了。
「ふう……ようやく、一区切りって感じかな」
湊が一息ついたところへ、夏希が飲み物を手に戻ってきた。
「おつかれ、湊くん。羽鳥さん、すごく頑張ってたね」
「ああ。……思った以上に、ちゃんと地に足ついてた」
「うん……昨日までの印象、ちょっと変わっちゃったかも」
夏希の言葉に、湊はちらりと視線を向ける。
「なんか複雑?」
「んー、まあね。……ちょっとだけ、安心したって感じ」
その意味は聞かなかったが、湊は「そっか」とだけ応えた。
***
夕方、ギルドの受付付近には再び数人の面談希望者が現れていた。
その中には、以前救出が間に合わなかった穂積奈々たちの姿もある。
湊が声をかけると、奈々は照れくさそうに頭を下げた。
「ご無沙汰してます。あのときは……助けてもらったのに、上手く言えなくて」
「いいんだ。……でも、今日はその“続き”を言いに来てくれたってことで、いいのかな?」
「……はい。今度は、自分の足で戦えるようになりたくて。それを、ここで教わりたいと思って」
湊は静かに頷いた。
「ようこそ。……君たちの分の用意も、ちゃんとあるから」
***
その日の夜。
《暁ノ追糸》の作戦室には、仮加入希望者たちの資料が並んでいた。
羽鳥のファイルには、赤いチェックマークと共に「戦闘実績:安定、チーム適応:良好」と書き加えられている。
その隣には、奈々たちE級チーム、そして──まだ詳細の見えない“個性”を持つ新キャラ候補たちの名前が、並び始めていた。
湊は、それらのファイルをひとつひとつ丁寧に読みながら呟いた。
「少しずつ……だけど、進んでる」
羽鳥のように、“本気で求めている人”を迎え入れるという決断ができた。
今後も、それは簡単なことではないだろう。
だが、自分たちはもう、“旗”の下に人を迎える立場になったのだ。
──その覚悟を、背負っていく。
静かにそう思いながら、湊は次の面談に備え、ファイルを閉じた。




