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第56話 積み重なる壁

ギルド本部──午前十時。


受付前のホールは、いつもよりも賑わっていた。

湊たち三人は、依頼の確認と装備点検を終え、C級ダンジョン《草苔の奈落》への調査討伐任務に向かうところだった。


このダンジョンは、瘴気の影響で迷路のように地形が変わることで知られており、探索には斥候役の精度が問われる。

澪の感知が頼りになる現場だった。


「探索時間は最長で六時間。調査範囲は第八層から第十層まで。湧き判定のある個体がいれば、討伐してから帰還すること。帰還用に簡易転送陣が支給されます。以上が依頼内容となります」


受付窓口の職員が、事務的な口調で伝える。


「了解です」


澪が応え、湊と夏希もうなずいた。


情報をまとめた書類を受け取り、三人はいつものようにギルド棟を出て行く──その瞬間、後方から鋭い声が飛んだ。


「神谷くんたち、草苔の奈落か?だったら、ちょっと気をつけとけよ。昨日、妙な個体が湧いたって話があるから」


振り返ると、声をかけてきたのはC級クラン《ライデンフォース》の副長だった。

やや年上の、豪快な口調が印象的な男だ。


「妙な個体?」


「第八層に変異種が出たって話だ。ウチは今日、そこの討伐で入る予定。重ならないように注意な」


「了解です。助かります」


礼を述べてその場を後にしながら、湊は夏希と澪に目配せした。


「変異種……たぶん、討伐対象になるやつだな」


「もしうちが遭遇したら、処理が面倒になる」


三人は静かに頷き合い、ダンジョンへ向かった。


***


《草苔の奈落》第八層。


迷路のような地形は確かに複雑だったが、澪の索敵能力が機能し、安定して敵の反応を捉えることができた。


「いる。東側通路の奥。動きがほとんどない。……たぶん、巣にしてる」


「よし、行こう」


湊は剣の柄に手をかけ、夏希が後方から補助を準備する。


慎重に進行しながら、通路の先で現れたのは──


「変異グモ……?」


それは、通常種よりも二回りほど大きな体躯を持ち、甲殻の色が黒紫に染まっていた。


「《ライデンフォース》が言ってたやつか……?発見した以上、討伐しないと俺たちが任務不達成になってしまう」


毒性、強化反応ともに高レベル。だが、三人は連携で押し切った。


湊が囮として左右へ誘導し、澪が背後から関節部を狙撃。

その間に夏希の《癒糸》が常時ブーストを維持し、終始主導権を握ったまま撃破に成功する。


「これ……魔核、形崩れてない」


「売れるよ。たぶん、追加報酬もつく」


「急いで報告に戻ろう」


三人は急ぎつつも、安全にダンジョンを離脱した。


任務完了、完璧な成果──のはずだった。


***


ギルド本部、午後三時。


報告を終えた三人が受付を後にしようとした、そのときだった。


「──あれ?あのクモ、ライデンフォースも報告してましたよ?」


背後から聞こえた職員同士の会話に、湊の足が止まる。


「いや、先に倒したのは俺たちです。報告時間だって──」


「あっちは“昨日からの継続調査中に遭遇した”という申告でした。討伐開始時点の記録が優先されます」


「……!」


つまり、先に“倒した”のは湊たちだが、先に“戦っていた”ということだ。


「これってどうなるの?」


夏希が眉をひそめる。


「制度上は、先に交戦意思を示したチームが優先です。あとから別チームが討伐したとしても、報酬は先行チームに帰属します」


職員の淡々とした口調は、冷たくも理不尽でもない。


湊は拳を握りながら、静かに目を閉じた。


「……分かりました。最低報酬だけ、受け取ります」


そして三人は、何も言葉を交わさず、ギルドを後にした。


完璧な討伐。それでも報われなかった。

それが、彼らにとって“初めての喪失”だった。


***


翌日。

湊たちは早朝から鍛錬に励んでいた。


昨日の処理──変異グモの討伐報酬が《ライデンフォース》に入った件は、ギルドの規定上どうにもならないと分かっていた。それでも、どこか釈然としない気持ちは、体を動かすことでしか処理できなかった。


「……っ、ふっ」


湊の剣が空を斬る。動きに迷いはない。

だが、動きの合間に滲む焦燥は、隠しきれなかった。


「湊くん、休憩入れよう」


夏希が水を手渡す。湊は黙って受け取った。


「……昨日のこと、気にしてる?」


「気にしてないって言ったら嘘になるし、納得してるわけでもない」


澪も訓練場の端で黙々とストレッチをしていたが、時折こちらをちらりと見ていた。


「悔しいけど、正面から抗議できる材料はない。それだけ」


「ねえ、これって……無所属だから?」


夏希の言葉に、湊は首を振る。


「昨日のはギルドの規定の話だから関係ないと思う……でも、クランに所属してる方が、記録の取り扱いや現場の優先権で圧倒的に有利なんだ。報告処理も、交戦記録の照合も、全部“組織単位”でまとめられる。……俺たちみたいな個人チームじゃ、後手に回るのは当たり前かもしれない」


「そっか……」


夏希は悔しげに唇を噛んだ。澪は、何も言わずにタオルで汗を拭った。


「……今日の予定、どうする?」


「休みたいところだけど、依頼リストだけでも見に行こう」


湊の提案に二人も頷き、昼前にはギルドへと足を運んだ。


***


ギルド本部は、いつになく緊迫した空気に包まれていた。


モニターには、各地ダンジョンの状況が表示され、受付前にはクラン関係者らしき者たちが集まり始めている。


「……なにこれ、なんか騒がしい」


夏希の声に、澪がさっと前に出る。


「警報、じゃない。これは──」


そのとき、館内放送が響いた。


《緊急討伐任務、発令。C級ダンジョン“羅紗の沼”にて、特級個体“泥藍蟲でいらんちゅう”の目撃報告。周囲への被害拡大を防ぐため、至急、討伐部隊を編成》


「特級個体……!」


夏希が息をのむ。

特急個体とは、本来そのダンジョンには出る個体が、突然変異でそのダンジョンのレベルを超えたことを意味する。つまり、今回で言えばB級にも匹敵する強力な魔物ということ。討伐には複数パーティーの連携が不可欠であり、名のあるクラン動員される。


「神谷湊さん」


職員が湊に駆け寄る。


「貴方たち、当該ダンジョンに関して接敵実績がありますよね?戦術知識の提供、もしくはバックアップ班への編入をお願いできますか」


「それって、参加できるってことですか?」


「いえ、あくまで参考要員としての協力依頼です。本討伐への出撃枠は、“クラン所属者”に限られています」


「……そうですか」


職員は丁寧に頭を下げ、去っていった。


「なんで……なんで私たちじゃダメなの?」


夏希の問いに、湊は静かに答えた。


「理由は一つ。“所属がないから”。……緊急任務に参加するには、きちんとした指揮系統に組み込まれている必要がある。それがルールなんだ」


「悔しすぎる」


夏希は拳を握る。澪も珍しく、口を固く結んだままだった。


目の前で決まっていく出撃メンバー。

自分たちは、何もできずにそれを見ているだけ。


──これは、まるで壁だった。


実力でも、やる気でもなく。

“組織”でないという、それだけの理由で排除される世界。


湊は、モニターに映る討伐布陣を見ながら、何も言えなかった。


だが確かに、この瞬間──心のどこかで、何かが静かに“崩れ始めて”いた。


***


ギルド本部を出てすぐ、湊たちは言葉も交わさずに歩いていた。

午後の陽射しは、静かに首筋を照らしていたが、その穏やかさとは裏腹に、胸の中はざらついたままだった。


「……帰る?」


夏希が小さく問いかける。湊はうなずいた。


「うん。今日はもう、何かする気にはなれない」


澪も無言でその後に続く。


途中、街の広場で立ち止まり、湊が深く息を吐いた。


「“制度”の話ばっかりになるな、最近」


「うん……」


「でもさ。制度が全部悪いとも思わない。ちゃんと統制されてるから、大きな混乱もない。命を預ける現場で、最低限の信用が保証されるっていうのは……本来なら、守るためのものだろうし」


湊の声は静かだった。


「でも、守る側にすら立てない。無所属ってだけで、壁の外にいるみたいな扱いを受ける。正面から倒しても、戦ってないことにされる」


「……昨日の報酬、まだ腹立ってる?」


「……ちょっとだけ」


率直な答えに、夏希が微かに笑った。


「私も。すっごく、悔しい」


湊が口を開きかけたとき、不意に澪が歩みを止めた。


「……もう、こういうの、やだ」


湊と夏希が振り返る。


澪は、視線を下げたまま拳を握っていた。


「ちゃんと戦ってるのに、認められない。……力が足りないなら鍛える。経験がないなら積む。でも、“組織”じゃないからって全部無視されるの……もう、やだ」


夏希が小さく息を呑む。


澪は普段、あまり多くを語らない。怒りや悔しさを外に出すこともない。

それが今、珍しく感情を口にしたことで、場の空気が静かに揺れた。


「私、もう“外”にいたくない。ああいう現場を、また見たくない」


「……澪」


「リーダーがいないなら、私が決めてもいいよ。私、クラン作りたい」


その言葉は、冗談でも皮肉でもなく、本気だった。


湊は言葉を失い、夏希も顔を上げて澪を見つめる。


だが次の瞬間、湊が口を開いた。


「……俺が、決めるよ」


その声に、二人が息をのんだ。


「リーダーって柄じゃないと思ってたけど、それでも、誰かが決めなきゃ進まないって、今は分かる。俺ももう、見てるだけじゃいられない」


湊の目は、まっすぐだった。


「クランを作ることを前提に、今から動く。まだ即断じゃないけど、少なくとも“候補”としてじゃなく、“本気”で考える」


夏希の唇が、かすかに開いた。


「……湊くん、それって──」


「本気だよ」


その言葉は、曖昧さを一切排した、湊自身の意思だった。


***


その夜。


3人はリビングで資料を広げながら、何も言葉を交わさず、ただ必要な情報だけを黙々と読み込んでいた。


「ギルド登録に必要な書類、あと2枚」


「拠点申請は保留できるって書いてある」


「リーダー名は、仮でもいいんだって」


淡々と進む作業。だが、その空気の中には、これまでとは違う芯が宿っていた。


湊は、書きかけの申請書を手に、ふとつぶやいた。


「名前、どうする?」


夏希と澪が顔を上げる。


「チーム名は“繰り返しの糸”だから、クラン名は別にしないとね」


「……湊くん、何か考えてる?」


「いくつか候補はある。けど、まだ迷ってる。どうせなら、俺たちらしい意味を込めたい」


「じゃあ、次の依頼が終わったら、ちゃんと話そうよ。クランの名前のことも、正式に申請するかどうかも」


「……うん、そうしよう」


その夜、申請書は未記入のまま机に置かれた。

だが、三人の心には既に、答えが浮かび始めていた。


***


翌日。

湊たちは、依頼の予定を入れず、午前中を静かに過ごしていた。


朝食はいつもより少し遅め。

夏希がトーストを焼いて、澪がサラダを盛る。湊はコーヒーを淹れた。


三人で囲む食卓は、相変わらずの穏やかさに包まれていたけれど──昨日までのどこか甘さのある空気とは、明らかに違っていた。


「……藤堂さんに、報告しに行こうと思う」


そう切り出したのは湊だった。


夏希も澪も、箸を止める。


「昨日話した通り、まだ正式にクランを作るわけじゃない。けど、申請準備に入りたいって伝える。それだけでも、ギルドとのやり取りは変わるはずだから」


「……わかった。行こう」


「うん。私も行く」


二人の返事は迷いなかった。


そのとき、澪がふと、昨日の討伐編成メンバーが掲示されていたギルドのモニターを思い出して言った。


「……昨日の特級個体、結局、討伐されたみたい。クラン《雷華》が中心になって。だけど……1人、重症者が出たって」


「そうなんだ……」


夏希が表情を曇らせる。

湊も言葉を失ったまま、コーヒーを一口すすった。


──自分たちは、戦場の外にいた。


そこに立つことすら許されず、遠くから“被害”という言葉だけを見ていた。


(次も、傍観するだけの立場でいたくない)


湊の中で、その想いはもはや確固たるものになっていた。


***


午後、三人はギルド本部を訪れた。

藤堂はちょうど受付から戻ってくるところで、湊たちの姿を見つけると、少しだけ目を細めて微笑んだ。


「ようこそ。今日は何かありましたか?」


「少し、お時間いただけますか」


湊がそう切り出すと、藤堂は資料を脇に置き、案内のジェスチャーをした。


通されたのは前回と同じ小会議室。木の机と薄明かりの魔石照明。落ち着く空間だが、今はそれよりも、ここが“何かを始める場所”に思えた。


湊は椅子に腰を下ろし、まっすぐに藤堂を見た。


「クラン設立の準備に入ります」


藤堂の目が、わずかに見開かれる。


「申請そのものは、まだ保留です。でも、必要書類の確認、仮申請の手続き、拠点登録、所属者の意向確認など、すべて前提に進めたいと思っています」


「……なるほど」


藤堂は一瞬の沈黙ののち、書類棚から何枚かの資料を取り出して机に並べた。


「先日のやり取りから、もしかするとと感じてはいましたが──正式に準備に入られると聞いて、正直嬉しく思います。あらためて、ギルドとして支援させていただきます」


「ありがとうございます」


湊の答えに、夏希と澪も小さくうなずいた。


「クラン名は、まだ未定とのことでしたね」


「はい。近いうちに、決めます」


藤堂は微笑みを浮かべてペンを走らせる。


「それでは、手続きの概要から説明しますね。なお、“仮リーダー”という形での扱いとなりますので、今後ギルドとのやり取りは湊さん宛になります」


「……やっぱり、俺か」


「当然です。そうでなければ、他のお二人が黙っていないでしょう?」


その言葉に、夏希が「ふふっ」と小さく笑った。澪も目線を逸らしながら、小さく同意を示す。


笑いがこぼれたのは一瞬だったが、確かに、少しだけ緊張がほどけた。


湊は思った。


この先、責任も重圧も増えていく。

でも──この2人となら、越えていける。


今はまだ、その“名前”すらない組織。

けれど、その芯は、誰よりも強く、静かに結び合い始めていた。

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