第50話 C級冒険者
晴れた朝。
湊たちは、揃ってギルドの中枢棟――いわゆる幹部区画に足を踏み入れていた。
案内されたのは、重厚な扉が並ぶ応接室エリア。
呼び出しの理由はただひとつ、「C級昇格の最終通達」だった。
「やっぱり、ちょっと緊張するね……」
夏希がそうつぶやきながら、小さく呼吸を整える。
澪は相変わらず無表情だったが、腕を組んだまま落ち着きなく足先を揺らしていた。
「……こういうの、苦手」
「まあ……大事な節目だしな。少しは緊張してもいいかもな」
湊が苦笑まじりに返したちょうどそのとき、木製の扉が開き、ギルド職員が現れた。
「神谷湊さん、遠野夏希さん、久城澪さん――中へどうぞ」
三人が一礼して応接室に足を踏み入れると、そこには既にギルド長・脇田が着席していた。
「ご苦労だったな」
脇田は書類の束を脇に寄せると、湊たちを順番に見た。
「まずは、正式に伝えておく。きみたちは、すべての審査要件を満たした。ついに、C級冒険者として認定される」
その言葉に、夏希が一瞬息を呑み、澪も思わず背筋を伸ばした。
湊はゆっくりと頷きながら、言葉の重みを受け止めていた。
「今回の認定は、D級ダンジョンの踏破、推薦人からの推薦状の取得、E・D級支援任務の完遂。いずれも申し分ない働きだった。そして、ギルドとしても、スタンピードでの活躍も踏まえ、君たちは次の段階へと進めるに十分な実績と見ている」
脇田は机上からカードを3枚取り出す。
銀縁の厚みある金属プレート――C級冒険者の認証証だった。
「これが新たな認証カードだ。C級以上は冒険者名と番号が“ギルド中央記録”にも記載される。未来の依頼主や後輩に見られることもあるぞ」
「……それ、結構プレッシャーですね」
夏希が冗談っぽく呟くと、脇田はくっと笑う。
「そう思えるうちはまだ健全さ。だが、実際のC級から先は“責任”も付いてくる。覚悟はしておけ」
そして、脇田は本題――C級特典について話を進める。
「さて、C級昇格に伴い、以下の専用権限と設備が君たちに与えられる」
【C級特典】
高級装備の購入・強化権限(ギルド信用保証付き)
通常の店では扱われないランク品や、希少鉱石強化の取り扱いが可能に。
C級専用依頼の受注許可
都市護衛、ダンジョン調査など、高信頼度・高報酬の依頼への参加権。
個別装備ロッカー貸与+専用ラウンジアクセス権
ギルド内にプライベート空間が提供され、休憩・作戦立案・書類閲覧などが可能。
都市間転送陣の利用申請資格
特定の都市拠点に設置された高位魔導装置。
事前登録と特定都市の許可が必要だが、資格を得たことで申請可能に。
「……すごい、都市間転送陣……。名前しか聞いたことなかったけど、あれ、使えるようになるんだ……」
夏希が思わず声を漏らす。
湊も「なるほど、それは……次の世界が見えるな」と静かに感心する。
澪も、ほんの少し目を丸くして呟いた。
「……便利。遠征の幅、変わる」
脇田は一拍置き、重く締めくくった。
「以上がC級の権利だ。だが忘れるな。C級とは、“上級者への登竜門”に過ぎん。ここから先が、本当の分かれ道だ。自分の信じたやり方でいい。だが、背中で示すことが、これからの冒険者には求められる」
その言葉に、三人は誰からともなく頭を下げた。
彼らが、確かに“ひとつ上の冒険者”になった瞬間だった。
昇格手続きと特典の説明を終えて、三人がギルドのロビーに戻ってきた頃には、既に噂が広まっていた。
「神谷さんたち、C級昇格したって……!」
「え、マジで?D級になってまだ数ヶ月じゃ……」
「スタンピードの時も関わってたらしいし、そういうのも評価されるんだな」
受付カウンターの奥や、掲示板前の若手たちがざわめく。
その中心にいた羽鳥もまた、湊たちの姿を見つけてすぐに駆け寄ってきた。
「神谷先輩っ!」
「あ、羽鳥。聞いたのか」
「はい!おめでとうございます、C級昇格っ!」
心から祝福している様子の笑顔。
「やっぱり……先輩たちは格が違いますね。もう、私たちからは背中がまったく見えないっていうか……」
「そんなことない。羽鳥たちのチームだって、すごく良かった」
湊のフォローに、羽鳥は少しだけ顔を赤くする。
「……ありがとうございます。でも、やっぱり追いつきたいです。私、まだまだですけど……それでも、頑張って先輩たちの隣に立てるように」
「焦らなくていいさ。今のままでも十分すごいよ。羽鳥は」
その言葉に、羽鳥は口元を引き結んだまま、ほんの少し目線を逸らした。
そんな羽鳥の様子を、少し後ろから見ていた夏希と澪は、微妙な表情を浮かべていた。
「……けっこう素直に甘えてるよね、あれ」
「……あれで後輩ぶってるけど、言葉選び、わざと」
「……湊くん、全然気づいてないけど」
「……いつも通り」
互いに視線を交わし、何とも言えない“同盟のような沈黙”が生まれる。
その後、E級チームの篠塚たちもやってきて、「昇格おめでとうございます!」と声を揃える。
3人はそれぞれ笑顔で受け取り、簡単なお礼を返したが、羽鳥の隣に湊が立っている構図が、なぜか妙に気になる夏希と澪だった。
湊本人はというと、まるでそうした空気を読まずに、ふつうに羽鳥たちの近況を訊ねていた。
「最近、どこまで行ったんだ?」
「えっと、D級の中層を中心に回っていて、もう少ししたら下層にも挑戦する予定で……」
「そっか、また気をつけて。分からないことがあれば、連絡して」
「……はい!」
***
装備ロッカーやラウンジの説明を受け、湊たちがギルドの中廊下を歩いていたときのことだった。
「へぇ、思ったより普通なんだな、今度上がってきたやつらって」
気さくそうな声が、背後からかけられる。
振り返ると、そこには2人の男が立っていた。どちらも湊たちと同じ銀縁の認証カードを腰に下げている――C級冒険者だ。
先に声をかけてきたのは、短めの赤髪に鋭い目をした男。
その隣には、無言で腕を組んだ筋骨隆々の青年。
「……なにか?」
澪の視線がすっと冷える。
「ああ、気にしないで。こっちは先にC級になった“先輩”ってだけさ。新人チェック、ちょっとな」
男は軽く手を挙げて応じた。
「いやいや、怒るなって。急に昇格してくるチームには、興味があんのさ。だってさ、普通はDで何ヶ月も止まって、Cはギルド推薦でも半年かかるのが相場。なのに君らは……何?3ヶ月?4ヶ月?」
「……それくらいです」
湊が静かに答えると、赤髪の男はニヤリと笑った。
「すごいなあ。でも、それだけ早いと――中身が伴ってんのか、つい気になるわけよ」
「……テスト、する?」
澪の一言に、空気がピリつく。
男の隣の無言の筋肉男が、一歩だけ前に出ようとするのを、赤髪の男が手で制す。
「おいおい、そうカリカリすんなって。こっちは、C級って肩書きが軽くならないように、確認してるだけ。ま、少し話しただけで、実力はそれなりにありそうだなって思ったよ」
その言葉には、皮肉と本音が入り混じっていた。
夏希がふっと笑う。
「ありがとうございます。お気遣い、光栄です」
その柔らかな声の下に、氷のような圧が潜んでいたのを、男たちも感じ取ったらしい。
「……まあいい。派手に目立つってのは、敵も増やすってことだ。気をつけな」
そう残して、2人の男は廊下を去っていく。
その背中を見送りながら、湊は静かに息を吐いた。
「……やっぱり、C級ってだけで目立つんだな」
「……そりゃ、今までとは違うし」
「……面倒な連中も、これからもっと来る」
「ま、想定内だよな」
3人は顔を見合わせ、言葉にせずとも、次のステージの現実を実感していた。
湊の胸の奥に、ひとつの確信が芽生える。
(今まで以上に、周囲から見られる。つまり、立ち居振る舞いにも気を配らなきゃいけない)
***
夕刻。
湊たちは、3人でダイニングテーブルを囲んでいた。
「はい、どうぞ。今日は特別仕様よ」
夏希が差し出したのは、豪華とは言えないまでも、心のこもった手料理の数々。
ハーブの香りが効いたチキンのソテーに、野菜のグリル。澪は冷たいスープを器に注ぎ分け、湊の前にそっと置いた。
「……すごい。レストランみたいだ」
湊が素直に感嘆すると、夏希がにこりと笑う。
「でしょ?せっかくの昇格なんだもん、ちょっとはお祝いしないとね」
「……食器も新しい。今日、買ってきた」
「そうなの?」
「……湊のカード、使った」
「勝手に……まあ、いいか。似合ってるし」
三人で過ごす時間は、どこか穏やかで、緊張感に満ちていた数週間が遠い昔のように感じられる。
食事を終え、皿を片付け終えた頃。
湊がふと、テーブルに肘をついて言った。
「……そういえば、俺たち、みんないつの間にか二十歳になってるよな」
夏希と澪が一瞬目を合わせる。
「……うん。言われてみれば、そうだね」
「……気づかなかった」
「ってことはさ――今日は昇格祝いだし。ちょっとだけ、お酒でも飲んでみる?」
その一言で、夏希と澪の動きがピタッと止まった。
「えっ、ちょ、湊くん、それは……!」
「……だめ」
「え?だめって、なんで?もう成人だし――」
「そ、そういう問題じゃなくて!」
夏希が慌てて言葉をかぶせる。
「前に間違ってアルコール入ってたやつ飲んだ時、湊くん……記憶なくしちゃったでしょ!」
「……湊はお酒弱い」
「こっちがどれだけ大変だったか……!」
「……反省して」
湊は2人を交互に見て、次第に苦笑を浮かべる。
「……家だし多少は大丈夫かと思ったんだけど……まあ、二人がそう言うなら」
「また今度、ちゃんと落ち着いた場面で、ね?」
「……監視付きで」
「はい、了解しました」
しぶしぶ手を挙げた湊の横で、夏希と澪が小さく笑い合う。
そして、その安心感と共に――
湊の中で、再び“未来”への思いが膨らんでいく。
(ここがゴールじゃない。むしろスタートラインだ)
「次は……B級か。いや、その先も、きっと見えてくるはずだ」
湊がぽつりと呟くと、夏希がすぐ横で応える。
「うん。どこまででも、ついていくよ」
「……私も」
ふたりの視線を受けて、湊は微笑む。
「ありがとう。――頼りにしてる」
ほんの少し、テーブルの中心に手が寄る。
そしてまた、静かに距離が戻る。
この先に何が待っていても――この三人なら、きっと大丈夫。
そう信じさせてくれる、優しい夜だった。




