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第5話 パーティー登録

調布第七迷宮からの帰路。送迎バスの中は、冒険を終えたばかりの初心者たちの高揚と疲労が混ざった空気に包まれていた。


座席に腰を沈めながら、湊は小さく息を吐く。


初めての実戦。初めての迷宮。そして、初めての“共闘”。


夏希というパートナーの存在は、想像以上に大きかった。彼女の《癒糸》がなければ、あのゴブリンナイトとの戦闘は危うかったかもしれない。


(俺ひとりじゃ……無理だったかもな)


自嘲にも似た思いを抱きながら、視線を隣に向けると、夏希は大きなストレッチをしながら、ようやく息を吐いた。


「はぁ……緊張してたから、身体ガチガチになっちゃった」


「それであれだけ動けるんだから大したもんだよ」


「湊くんこそ。リピート……あれ、ちゃんと使えるスキルなんじゃない?」


夏希の声には好奇心と、少しの敬意が混じっていた。


湊は少しだけ口角を上げてから、わずかに首を縦に振る。


「たぶん。反復することで感覚が研ぎ澄まされる感じはあったけど、実戦の中でどれだけ使えるかは……これからかな」


「でも、今日の最後の斬撃、すごかったよ。剣の音、違ってた」


そう言って笑う夏希の目は、まっすぐだった。


湊は少しだけ目をそらしながらも、彼女の言葉をありがたく受け取った。


バスがギルド支部前に到着すると、講習参加者たちは次々と降車し、それぞれの報告や帰宅の準備に向かった。


湊と夏希もそれに倣い、ギルドの簡易カウンターで改めて活動報告を済ませた。


「お二人とも、初日としては非常に安定した戦果ですね。明日以降の追加講習も参加されますか?」


受付の女性がにこやかに尋ねる。


湊が「お願いします」と返すと、夏希も続いて「はい、よろしくお願いします」と微笑む。


その後、装備の点検と返却、次回のスケジュール確認などを終え、ギルドを後にする。


外に出た瞬間、日がすっかり傾いていたことに気づいた。


「結構時間かかってたな。こんなに疲れるとは思ってなかった」


「ね。ダンジョンって体力も集中力も消耗するし、装備の重さだけでも結構きついよね」


夏希が笑いながら腕を伸ばし、軽く肩を回す。


「……そうだ、明日も行くなら、装備整えておいた方がいいかも。貸与装備より、多少マシなものに替えておきたいし」


「自前の装備、買うってこと?」


「うん。さすがにあの靴、滑るし……癒糸の操作にも支障出るかも」


確かに、今日使用したのは初心者向けの“安全重視”かつ“最低性能”の装備品だった。戦闘に使うには少し心もとない。


「じゃあ、ショップ寄ってみるか。ギルド直営のとこが、このビルの一階だってさっき聞いた」


「一緒に行っていい?装備、あまり詳しくないから、見てもらえると助かるんだけど」


「構わないよ。俺も、買い替えるつもりだったし」


そうして二人は、ギルドビルの一階にある装備ショップへ向かった。


ガラス張りの自動ドアをくぐると、中はシンプルながら機能的に整えられており、武器、防具、消耗品がカテゴリごとに分かれて展示されていた。


「すごい……なんか、RPGのショップみたい」


夏希が目を輝かせながら、防具コーナーの革鎧に目を留める。


湊は真っ先に武器コーナーに向かい、ショートソードの棚を確認する。価格帯と性能を照らし合わせながら、数本の候補をピックアップしていく。


(剣術Lv4に見合ったもの……最低でも、強化済みの剣くらいは必要か)


その思考が終わる前に、ショップの女性スタッフが声をかけてきた。


「初心者さん向けの装備ですね。バランス型なら、この辺りが人気ですよ」


差し出されたのは、やや軽量だが反動の少ない合成合金製のショートソードだった。


「これは……なるほど。俺に向いてるかもな」


ブレの少なさと、反動の小ささ。それは《リピート》の性能を活かすためには理想的な要素だった。


横を見ると、夏希も試着スペースでレザーアーマーのベストを手に取っていた。


「これ、どうかな?ちょっと地味かな……」


「悪くないと思う。動きやすそうだし、防御力もそこそこあるはず」


「じゃあ、これにする!」


彼女の表情はどこか楽しげで、まるで新学期の制服を選んでいるかのようだった。


装備を整えたあと、湊がふと気づいたように口を開いた。


「……明日も一緒に行くんだよな?」


「うん」


「だったら、今からパーティー登録しておかないか?」


夏希の目が見開かれ、すぐに照れくさそうに笑った。


「うん。喜んで」


そうして二人は、再びギルドの受付カウンターへと向かった。


***


カウンターでは、講習参加者用の窓口と、通常のギルド業務窓口が分かれていた。パーティー登録は、通常業務の方で手続きを行う必要がある。


平日夕方。受付にはすでに数人の初級冒険者や中級冒険者が並んでおり、湊と夏希もその列の最後尾に並ぶ。


「こうして並んでると……なんだか、本当に冒険者になったんだなって実感するね」


夏希が照れたように笑う。


「まあ、登録しただけじゃあれだけどな」


「でも、ちゃんとダンジョンに入って、モンスターを倒して帰ってきた。私たち、冒険したんだよ。立派な冒険者じゃない?」


そう言われると、確かに……と湊も少しだけ納得する。


程なくして順番が来た。対応してくれたのは、年配の男性スタッフだった。


「仮パーティーでの活動を終えて、正式に組まれるということでよろしいですね?」


「はい。お互いに確認済みです」


湊が答えると、スタッフは端末を操作しながら、簡潔な説明を始めた。


「正式なパーティー登録には、代表者の指定と、今後の連絡先共有が必要です。登録後は、各種ミッションやクエストの受注が“パーティー単位”で管理されるようになります」


「代表は……」


「湊くんで」


夏希が一歩前に出て答える。湊は一瞬驚いた顔をするが、すぐに頷いた。


「了解しました。それでは代表:神谷湊、メンバー:遠野夏希として登録を進めます」


端末の確認作業が進み、指紋認証、顔認証などが行われる。


登録はあっけないほど簡単に終わった。


「これで正式にパーティー登録完了です。お二人のユニット名は“未登録”のままですが、必要があれば後日設定できます」


「……ユニット名、か」


湊がつぶやく。


「ねえ、湊くん。名前、決めたい?」


「うーん、後回しでいいよ。実績もないのに、かっこいい名前付けても寒いだけだし」


「たしかに」


そうして二人は、パーティー登録証のカードを受け取り、カウンターを後にした。


ギルドの出口まで歩いたところで、夏希がふと振り返る。


「……なんか、不思議だね」


「何が?」


「さっきまで、別々に講習受けてただけだったのに。今は、パーティーとして登録されてるんだよ?人生って急に動くんだね」


湊はその言葉に少しだけ考え込み、やがて静かに笑った。


「たしかに。俺も、こんな風になるとは思ってなかった」


「でも、ちょっと嬉しいよ」


「それは俺もかな。……支援系って、大事なんだなって実感した」


「えへへ。任せてよ。私は、後ろからどーんと支えるから」


彼女の笑顔は、冒険者という厳しい世界の中で、ひときわ温かく感じられた。


***


その夜。


自宅に戻った湊は、購入したばかりのショートソードを抜き、部屋の中でゆっくりと素振りを始めた。


一つ一つの動作を、丁寧に、正確に、反復する。


《リピート》がわずかに反応している感覚があった。


実戦での反応はあまり明確ではなかったが、こうして落ち着いた環境で振るえば、その違いがよりはっきりとわかる。


――これが、自分の“スキル”なんだ。


湊はゆっくりと目を閉じて、一撃、一撃に意識を込めた。


まだ足りない。まだまだ。


だが確かに、この手の中に“積み重なる力”がある。


それを証明するために、彼は再び剣を振った。


一振り。


また一振り。


まるで儀式のように、夜は静かに更けていった。


***


翌朝、集合時間より少し早くギルド支部に着いた湊は、ロビーの片隅でストレッチをしながら、昨日の動きを頭の中で反復していた。


剣の振り下ろし、敵の盾の動き、バックステップの間合い。そして、ゴブリンナイトの足の動き。


一つひとつが、まるで録画された映像のように鮮明に脳裏に浮かび上がる。


(無駄な動きが……一つ、二つ。いや、あれはむしろ“誘い”だったか?)


少しずつ、だが確実に、《リピート》が思考にも作用しているような気がした。


それは、感覚の話だった。誰かに説明して納得してもらえるものではない。


だが、湊にとっては確信に近かった。


そこへ、夏希がギルドの自動ドアを通って現れた。


「湊くん、早いね!」


「おはよう。ちょっと気になって……昨日の戦いの反省をな」


「わかる。私も昨夜、糸の制御を少しだけ練習したの」


「昨日の俺、癒糸がなかったら切り返しできてなかったかも」


「えへへ、そう言ってもらえると、頑張った甲斐があるなあ」


講習が始まると、前日の反省点を踏まえたフィードバックと、新たな内容の座学が行われた。


主なテーマは「初級者向け戦闘時の役割分担」と「ダンジョン構造の理解」。さらに、「事故時の対応」として、危険回避の実技演習が含まれていた。


二人一組での行動シミュレーション。ペアとなった湊と夏希は、最初から阿吽の呼吸だった。


攻撃と支援。前衛と後衛。短い期間ながらも、信頼と連携がすでに芽生え始めていた。


その様子を、講師陣も注意深く観察していた。


午後の自由時間、湊たちはギルドのミッション掲示板に足を運んだ。


「ここにあるのが、初心者用の推奨任務か」


「物資搬送、野良モンスターの掃討、採集支援……。うーん、どれがいいんだろ?」


湊が何気なくボードを見上げていたそのとき、不意に後方から声がかかった。


「おい、お前ら。なにしてんだ?」


振り向くと、そこには講習同期の男――チャラついた言動と、無遠慮な視線が特徴の“浅倉”の姿があった。


その傍らには、パーティーの仲間らしき数人の姿もあった。


「なんだ、二人だけで活動してんのか?」


「……何か用か?」


湊が静かに返す。


「別に?ただ、ちょっと気になってな。お前さ……昨日の戦い、かなり動けてたらしいな?」


「……」


湊は黙っている。


《リピート》の詳細は、登録者本人しか知らない。ギルドでもスキル内容は“開示義務なし”とされており、他人に伝える必要はない。


それを知っているはずの浅倉が、“気になる”と探りを入れてくるのは、明らかに不穏だった。


「ま、いっか。女の子と二人だけでパーティー組むなんて……うらやましいことで」


明らかに煽るような口調に、夏希が一歩前に出た。


「やめてよ。何の用なの?」


浅倉は肩をすくめた。


「別に。ただ……忠告しておいてやろうと思って。調子に乗ってると、痛い目見るからさ」


そのまま、浅倉たちは掲示板の奥へと消えていった。


「……ああいうの、ほんと苦手」


夏希が嫌悪感をにじませながら言った。


湊は返答せず、ただ掲示板を見つめていた。


彼の目は、いま見えている紙ではなく――もっと先を見据えていた。


***


ギルドの屋上は、講習後の利用者にも開放されていた。


夕方、空は澄み渡り、都心のビル群の向こうに太陽がゆっくりと沈みかけている。湊は低いフェンスにもたれかかりながら、ぼんやりと空を見上げていた。


そこへ夏希が小さな缶コーヒーを手に、並ぶようにしてやってくる。


「おつかれさま。あったかいやつ、こっちでいい?」


「……ありがとう」


湊はそれを受け取り、プルトップを引く。開ける音が静かな屋上に響いた。


「さっきの、気にする必要ないよ。ただいちゃもん付けたいだけでしょ」


「……ああ。別に気にしてない。気になったのは――逆に、なぜ俺たちのことをあそこまで気にするのかってことだ」


夏希はしばし黙り込み、湊の横に並んで柵に肘をつく。


「それはたしかに。でも、相手しても損するだけだよ。関わらない方がいい」


「だな」


二人の間に一瞬の静寂が流れる。


やがて、夏希が口を開いた。


「ねえ……湊くん。パーティーも正式に組んだし、ちゃんと伝えておこうと思って」


「ん?」


「私のスキルのこと」


湊は目を細めて、隣を見る。


夏希は正面を向いたまま、まっすぐな声で言った。


「ユニークスキル《癒糸》の詳細はね、体に通している魔力の“糸”を対象に絡めることで、効果を発動させるタイプの支援系スキル。回復量とバフ効果が、それぞれ25%増加する補正がかかるの」


「昨日、動きが滑らかになったのも、その効果?」


「うん。癒糸の副次効果で、筋肉の微細な動きを補助してくれる」


「《リピート》と相性がいいな」


「そうだと思う。たぶん、私は後ろから“精度”を高める役。そして湊くんは、前線でそれを“繰り返し”で完成させるタイプ」


夏希の言葉に、湊は思わず小さくうなずいた。


「なるほどな」


「それと、癒糸のもう一つの効果。毎分5%の自然回復が自動でかかるの。長期戦向きだけど、撤退戦のときにも役立つよ。あと、コモンスキルのヒールは名前のとおり回復系のスキルで、ブーストは身体能力を向上させるスキル。ヒールだけレベル2で、他はレベル1」


「スキルの相性と安定感がすごいな」


湊は素直に感心していた。


初日にして、既にその性能を見せていた夏希のスキル。それを正確に理解し、活用しようとしている姿勢。


まるで、チームとしての土台をしっかりと築こうとしているようだった。


「《反復》の詳細だけど、反復行動をとることで1%ずつ効果が上がっていく。最大は25%まで。《反復》はレベル1で、剣術はレベル4」


お互いのスキルの詳細を明かしたことで、また少しチームとしての絆が深まった気がした。


「……まあ、これからだな」


「うん。これから、一緒に頑張ろう」


缶の中のコーヒーはすでにぬるくなっていたが、その味はどこか、心にしみるようだった。

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