第49話 E級チームサポート任務
ギルド裏の集合スペースには、既に三人の若手冒険者が到着していた。
今日の支援対象――E級チーム。いずれも16歳か17歳に見える男女3人組だった。
「おはようございます!本日はよろしくお願いします!」
元気に声を上げたのは、短髪の前衛青年・篠塚。
その隣に立つ眼鏡の少年・佐伯はやや緊張気味に深く頭を下げる。
「……よろしくお願いします」
最後に軽く一礼したのは、後衛の少女・穂積奈々。髪を一つにまとめ、動きやすい軽装に身を包んでいた。無駄口を叩くこともなく、静かに全体を観察している。
(ちゃんと動けそうな面子だな)
湊は三人を一瞥し、特に奈々の落ち着いた態度に内心で頷く。
E級とはいえ、すでにF級ダンジョンをクリアしているチーム。経験の浅さはあるものの、明らかな“新人”とは違う。
「こちらこそ、よろしく。今日は支援任務だけど、なるべく普段通りに動いていい。要所だけフォローに入るから」
「はい!」
「了解です……!」
二人の男子がやや緊張しつつも返答する。
その時、後方から歩いてきた夏希と澪の姿が視界に入った瞬間――
「……っ」
「……おお……」
篠塚と佐伯の動きが一瞬止まる。
夏希の穏やかな笑みと、澪の凛とした佇まいに、言葉を失ったように見惚れていた。
「おはよう。今日はよろしくね」
「……ん」
夏希が優しく微笑み、澪が短く挨拶する。
それだけで、2人の男子の顔がほんのり赤く染まった。
(まあ、こうなるよな)
湊は背後からその様子を見て、静かに納得していた。
変に気にする様子もなく、いつも通りの口調で続ける。
「移動は俺たちが後ろから補助に入る。今日は第二層までの探索。怪我をしないことを最優先で行こう」
「了解です!」
「はいっ!」
奈々はそのやり取りの間、ずっと静かに全体を観察していた。
感情を抑えているというよりは、状況に対する警戒と集中。淡々と準備を整え、行動に備える姿勢がにじみ出ている。
(意識が外に向いてない。冷静で、バランスがいい)
湊は一瞬だけ奈々の立ち姿に目を留めたが、特に声をかけることはなかった。
(……さて。この任務が終わる頃、どうなってるか)
何気ない思考のなかに、ほんのわずかに期待の色が混じった。
***
Eダンジョン第二層。
天井は低く、通路は湿った石のにおいが漂う狭い構造。視界が開ける場所は少ないが、複雑な分岐はなく、初級冒険者の実戦訓練にはちょうどいいエリアだった。
「……この先、角を曲がってすぐ開けた空間がある。踏み石に苔がついてる。滑るかも」
後方から澪が淡々と告げる。
奈々が無言で頷き、先頭を進む篠塚が足元に目を配りながら進行速度を落とした。
「ありがとうございます。気をつけて進みます」
篠塚の声は少しだけ硬かったが、判断と反応は悪くない。
佐伯も神経質に左右の壁を確認しながら、注意深く付いていく。
(やっぱり、地力はある)
湊は一歩後方からその様子を見ていた。
3人の連携はぎこちないところもあるが、動きには確かな経験が感じられる。
だが――
「えっ……あっ、ごめ……!」
「わっ、ちょっ……!」
佐伯が足元の苔に気を取られてバランスを崩し、篠塚の背中にぶつかりそうになる。
その拍子に篠塚が片足を滑らせ、壁に肘をぶつけて体勢を立て直した。
「大丈夫か?」
湊がすぐさま声をかける。
「……い、今のは自分の不注意で」
「怪我は?」
「平気です」
「ならいい。ただ、動きに迷いが出てる。原因があるなら意識を変えた方がいい」
「……は、はい」
佐伯は目を伏せ、隣の夏希に一瞬視線を送って――すぐ逸らした。
(注意力が散漫になっている原因はこれか……)
湊は気づいていた。
最初の集合時から、彼の視線が何度も夏希に向かっていたことを。
「……緊張してたら、誰でもミスするよ」
夏希が穏やかに言葉を添えると、佐伯の頬がさらに赤く染まった。
「は、はいっ……!」
澪が通路の先を見たまま、ぼそりと呟いた。
「……目線の配り方、甘い。今のままだと、背後に気を取られて刺される」
「っ……す、すみません……!」
佐伯が背筋を伸ばすと、奈々が一歩だけ前に出て言った。
「……二人とも。落ち着いて。意識が外れてると、呼吸も乱れるよ」
その声に、篠塚と佐伯の動きがぴたりと止まった。
奈々の言葉は静かで、柔らかく、それでいて芯があった。
(……よく周りが見えてる)
湊は内心で感心しつつ、奈々に軽く頷きを送った。
だが奈々はそれに特に反応することなく、また前を向いて歩き出した。
夏希と澪がそれぞれポジションを整え、湊もチーム全体のバランスを意識しながら進行を再開する。
ふと、篠塚が声を低くして呟いた。
「……なんか、格好悪いとこだけで終わりそうですね、俺たち」
「そうか?ちゃんと対応してる部分もある。」
湊が返すと、篠塚は少し目を見開き、照れたように笑った。
「ありがとうございます……!」
奈々はその会話には加わらず、黙々と後方を守っていた。
だが、その横顔はほんのわずかに、穏やかな色を帯びていた。
通路の先――開けた空間に差し掛かったとき、澪が足を止めた。
「……複数の気配。壁際に潜んでる。数は三。獣型、機動性高め」
「確認する」
湊が前に出て視線を凝らすと、ぬるりと暗がりから姿を現したのは、体高およそ一メートルの岩犬型モンスター。
岩のような皮膚に覆われ、四肢は異様に発達している。特に跳躍と踏み込みの鋭さは、初級者相手に事故を起こしやすい類だった。
「距離、約十五メートル。正面一、左右に一。挟み込みの可能性あり。佐伯、後衛支援の体勢を」
「っ、了解です!」
「奈々、反応できなければ槍を引いて。無理はしない」
「はい」
湊は短く頷き、静かに剣を抜いた。
彼自身は一歩も前に出ない。あくまで、E級チームに主導権を持たせる構え。
「前方、二体に対して篠塚と奈々。片方を引きつけて集中攻撃。俺たちは横からカバーに入る」
篠塚と奈々が左右に展開し、岩犬の動きを封じるような角度を作る。
佐伯が後方から魔法支援の詠唱に入ると同時に、澪が低く囁く。
「左、来る。速い」
「奈々、下がって」
湊の声と同時に、奈々が一歩引いた。
岩犬の一体が弾かれたように跳びかかる――その直前。
「っ!」
湊が体を捻り、横合いから岩犬の進路を斬る。
直接仕留めはしないが、軌道を逸らすことで奈々を守り、戦線を保った。
「……ありがとう、ございます……!」
奈々の声は一瞬、わずかに震えた。
それでも、すぐに踏み直し、前方のもう一体へと集中を戻す。
「集中、集中……槍の間合い、ズラされないように……!」
彼女は自分に言い聞かせるように呟き、呼吸を整えて突きを繰り出した。
その刹那、佐伯の魔法が上から覆いかぶさり、篠塚の剣が脇から突き上げる。
岩犬がよろめいた瞬間、奈々の槍がわずかな隙を突き、確かな手応えを残して貫いた。
「……っ、よし……!」
一体を仕留めたことに、3人の表情が明らかに変わった。
先ほどまでの緊張はまだ残るが、その奥に自信の火が灯っている。
湊はその姿を見て、わずかに頷いた。
(大丈夫だ。このまま、もう一体も――)
次の瞬間、後方の岩犬が回り込む動きを見せる。
その進路上に奈々がいることに気づき、湊は即座に動いた。
「奈々、右!」
「っ――!」
振り返った彼女の視界に、突っ込んできた岩犬の姿が映る。
一瞬、回避が間に合わないと感じたその刹那――
「下がれ!」
湊の体が割り込む。剣で軌道を逸らしながら、自らの体を盾にするように奈々の前に立った。
ドッ――という鈍い音とともに、岩犬の爪が湊の防御姿勢をかすめる。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫。傷にはなってない」
「……す、すみません……私……」
「気にしないでいい。さっきまでの連携は完璧だった」
短い返答。
(……この人、本当に、全部見てるんだ)
「後ろ、注意。崩れたら俺が支える」
「……はい……っ」
頷いた奈々の声が、かすかに揺れていた。
岩犬型のモンスターを三体すべて討伐したとき、辺りにはしばし静寂が訪れた。
篠塚が剣を振り、呼吸を整える。
佐伯も膝に手をついて、モンスターの残骸を見下ろしていた。
「……終わった……」
「……ちゃんと倒せたな……」
その言葉には、喜びがにじんでいた。
奈々は槍を納め、深く息をついた。
手が微かに震えていたのは、気温のせいではない。
「……全員、無事か?」
湊がゆっくりと顔を上げて訊ねる。
「はい、大丈夫です!」
「俺も、平気です」
「問題ありません」
3人の返答を聞き、湊は短く頷いた。
「……よくやった。今の連携は、立派だったと思う」
その評価に、篠塚と佐伯が顔を見合わせ、そして声を揃えた。
「ありがとうございます!」
「俺たちだけじゃ無理だったと思うけど……でも、ちゃんと動けたの、嬉しかったです……!」
その言葉に、夏希が柔らかく笑みを向けた。
「うん、すごくよかったよ。落ち着いて、しっかり周りを見て動けてた」
「……ありがとうございますっ……!」
佐伯の顔が一気に真っ赤になる。
澪は無言だったが、ふっと小さく頷いてから、呟いた。
「……次からも、今の動きを意識して」
それだけで、空気がほんの少し引き締まった。
一方で、奈々は皆と少し離れた場所で、湊の方をちらりと見ていた。
あの一瞬。
危険を察知して、迷わず前に立ってくれた背中。
そして、終わった後も変わらず淡々と振る舞い、目立つこともなく仲間を支えるその姿――
(……ああいう人を、“頼れる”って言うんだな)
胸の奥が、少しだけ熱くなるのを奈々は感じていた。
初めて見る“先輩”の姿。
それは、どこか背筋を伸ばしたくなるような、誇らしい何かだった。
「奈々」
湊の声に呼ばれ、はっと顔を上げる。
「はいっ」
「槍の構え、安定してた。最後の突きも、正確だった」
「……あ、ありがとうございます」
ふと、彼の言葉が、少しだけ胸に響いた。
“評価された”というだけではない。
ちゃんと“見てくれていた”という実感が、静かに心に残った。
「じゃあ、報告して任務完了にしよう。みんな、よく頑張った」
湊の言葉に、一同が頷く。
***
帰り道、篠塚と佐伯は夏希と澪にそれぞれ話しかけたりしながら歩いていた。
その姿は、まだぎこちないが、どこか晴れやかな表情だった。
奈々は、少し後ろを歩いていた湊の横に並び、そっと呟いた。
「……今日、来れてよかったです」
「そうか?」
「……はい。思ったより、ずっと勉強になりました」
それは心からの言葉だった。
そして、ほんの一瞬だけ、奈々の目が湊の横顔を見上げた。
その視線に、ほんのわずかな揺らぎがあった。
湊は気づくことなく、「また機会があればな」とだけ返して、前を向いた。
奈々もまた、何も言わずにその背中を追った。
***
ギルドに報告をした帰り道。
「なんとかトラブルなく終わったな」
湊がそう呟いた時だった。
「ねぇ、湊くん」
夏希がすぐ隣に立ち、ほんの少しだけ声を低くして言った。
「うん?」
「今日の男の子たち……結構、私たちのこと見てたよね?」
「ああ、うん。まあ、仕方ないんじゃないか?
あの子たちにしてみれば、綺麗な先輩のお姉さんたちだったろうし、大目に見てあげたら?」
夏希の声が、わずかにトーンを落とす。
その隣で、澪が無言で湊を見つめていた。
「いや、別に。見惚れられるのはいいんだけど……」
夏希が視線を逸らしながら、やや拗ねたように口を尖らせる。
澪もぼそっと言う。
「……普通、少しくらい、嫌がったり、気にしたりする」
「??」
2人同時は無言で肩を落とした。




