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第48話 D級チームサポート任務

支援任務の当日、ギルド裏手の集合場所には、羽鳥のチームが既に揃っていた。

湊たちが到着したのは、ほぼ時間ぴったり。朝の空気は澄んでいて、どこか心地よい緊張感が漂っていた。


「神谷先輩!おはようございます!」


羽鳥が手を振って駆け寄ってくる。

軽やかな足取りに、普段より少しだけ丁寧にまとめられた髪。

無意識のように見せかけて、明らかに意識された身だしなみに、夏希と澪が視線を交わした。


「おはよう。みんな、もう揃ってるんだな」


湊が落ち着いた声で応じると、羽鳥は笑顔で頷く。


「はい、張り切って早めに集合しちゃいました。先輩たちとご一緒できる機会、そうそうないですし」


その言い方は決して押しつけがましくない。それでも、わずかな照れと好意が透けて見える。


チームの他の二人――後衛の南雲と前衛の志村も挨拶をしてきた。

南雲は柔らかな雰囲気の控えめな少女、志村は長身で無口、やや警戒心が強そうな青年。


「お世話になります。よろしくお願いします」


「……よろしくお願いします」


志村の声は少し固く、湊の目を真っすぐに見ていた。

敵意とまでは言わないが、何かを探るような眼差し。

羽鳥をちらりと見やる仕草も、どこか意味深だった。


(……ああ。そういうことか)


湊は内心で察しつつ、努めて穏やかに頷く。


「今日はD級ダンジョンの中層まで踏破予定。君たちは普段通り、先頭で探索してくれていい。俺たちはフォローと記録を兼ねる」


夏希がすかさず補足を入れる。


「万が一に備えて、こちらで対応できるように動くからね。普段より思い切って動いてね」


「はい、わかりました!」


羽鳥は声を張って返事をし、弾むような声で続けた。


「……でも、何かあったら、助けてくださいね?」


冗談っぽく言いながら、湊の方にちらと視線を送る。


そんな一言に反応したのか、志村が微かに顔をしかめた。


「そろそろ行く。気を引き締めて」


澪の冷静な声が、その微妙な空気を打ち消した。


こうして、湊たちの“支援任務”は静かに幕を開けた。


***


ダンジョンの内部は静かで、落ち着いた探索が続いていた。

中層までは構造も開けており、視界が確保できるぶん、D級の若手にとっては比較的やりやすいエリアだった。


羽鳥は軽快な動きで先頭に立ち、時折後ろを振り返って仲間に的確な指示を出す。


「この先、足元滑りやすそう。南雲ちゃん、感知魔法お願い。志村くん、後ろちょっと下がって、バランス見て」


「了解」


南雲の魔法で通路の罠を回避。志村は無言で位置を調整する。


湊たちは一歩後方で、その様子を見守っていた。


「よく連携取れてるな。羽鳥、かなり仕切れるようになってる」


「うん。表情も柔らかくなってきたし、チームに信頼されてるのがわかるね」


夏希がやや感心したように呟き、湊は頷いた。


羽鳥がふと後ろを振り返り、湊に微笑みを向ける。


「先輩が見てくれてると思うと、少し背筋が伸びるんです。変ですかね?」


「あー……いや、ありがたいけど」


湊が戸惑いながら応じると、羽鳥は小さく笑い、すぐ前を向いた。


その一連のやりとりを、志村は横目で見ていた。

軽く息を吐き、視線を落とす。


(……こういうのがあるから、気になるんだよ)


その後、小規模なモンスターと交戦。

羽鳥の指示は的確で、戦闘も円滑に進む。だが、羽鳥が一瞬ステップを誤り、モンスターの跳躍を許す。


「危ない――!」


湊が一歩前に出る。剣の一閃がモンスターを裂き、羽鳥の肩先を掠めて通過した。


「っ、ごめんなさい……!」


「大丈夫。でも、次は“動く前に確認”を忘れないように」


湊の声はあくまで静かだった。


その様子を見ていた志村の顔に、ほんの僅かに陰が差す。


「……ミスっても、ちゃんと助けてもらえるんだな」


「なにか言った?」


澪がふと聞き返すと、志村は小さく首を振った。


「いえ。……別に」


その一言に、どこか釘を刺すような響きがあった。


一方、羽鳥は湊に小声で言った。


「……ごめんなさい。でも、先輩の動き、やっぱりすごく速くて、安心します」


「ああ……いや、任務中は、全員同じくらい気を配ってるから」


湊は反応に困って、視線をそらした。


中層の探索が進むにつれ、任務は順調に進んでいるように見えた。


羽鳥の動きは機敏で、指示も的確。

だが時折、振り返るタイミングや湊への視線が、どこか意識している。


「……この先の部屋、少し開けてます。オークの群れがいるかも」


羽鳥が通路の奥を指しながら言った。


「了解。前衛はカバー重視で。囲まれる形だけは避けて」


湊がそう返すと、羽鳥は微笑んで頷いた。


その時、志村が一歩、湊のそばを通りながら、何気ない風を装って言葉をこぼした。


「……先輩って、大変ですね。注目されっぱなしで」


「ん?」


「いえ。羽鳥、わかりやすいんで」


言葉の温度は穏やかだったが、その裏に込められた“突き刺すような何か”に、湊は言葉を返せなかった。


(まあ、羽鳥の態度を見てれば分かるか……)


志村の口調に直接的なトゲはなかった。

だが、無言の不満が、ひたひたと足元に迫ってきている気がする。


そんな中、開けた部屋に入った直後、三体のオークが姿を現す。


「前衛、分かれて対応! 私は左を取る!」


羽鳥がそう言って駆け出す。だが、その足運びにわずかな乱れがあった。

滑りやすい床に気づくのが一瞬遅れ、動きが崩れかける。


「――危ない!」


湊が即座に飛び出し、斜めからオークを断ち切る。

剣が風を裂き、羽鳥の前で盾となるように弾いた。


「っ……すみません!」


「無理に前に出すぎない。全体の動き見て」


湊の声は冷静だったが、その直後。


「……やっぱり、速いっすね。湊さん」


志村が口にした言葉に、周囲の空気がわずかにざわついた。


「頼りになるのはわかりますけど……羽鳥がちょっと甘えてるって、気づいてます?」


「……」


湊は言葉を飲み込んだ。

返せる言葉はいくつも浮かんだが、どれも適切に思えなかった。


羽鳥が小さな声で言う。


「志村くん……今のは、私のミスだから……」


「それはそうだけど」


志村は視線を逸らし、オークの死骸を無言で見下ろした。


「ここ、ダンジョンなんだよ。そういうのは外でお願いしたいですね」


その言葉に、羽鳥が息を飲む。


湊は、まっすぐ志村を見た。


「誤解させたなら悪かった。でも俺は、“誰かに特別な態度”を取ってるつもりはない。全員を支えるためにここにいる」


それは、湊がこの任務に臨む上で、最初に決めた姿勢だった。


志村は短く目を細め、それ以上は何も言わなかった。


代わりに、羽鳥がぽつりと呟いた。


「……私、もっとちゃんとチーム全体を見ないとだね。志村くん、ごめん」


***


その後の探索は、やや慎重さを増しながらも安定して進んだ。

一連のやり取りが、チームの雰囲気をわずかに引き締めたのは確かだった。


最後の休憩時間。ダンジョン内の広間で、羽鳥が湊の隣に腰を下ろす。


「……先輩とダンジョンに潜れるって舞い上がってました、すみません……」


湊は困ったように笑う。


「まあ、ダンジョンの中では探索に集中しないとダメだな」


「はい……そうします。」


羽鳥はそう言って、すぐに立ち上がった。


澪の低い声が後方から飛んできた。


「――休憩終わり。次、移動」


***


帰還の道中、湊たちは羽鳥チームの歩調に合わせてゆっくりと進んでいた。


任務は無事完了。中層までの踏破、遭遇したモンスターの殲滅、記録の取得――どれも大きな問題はなかった。


だが、空気は行きとは違っていた。


羽鳥は、終始落ち着いた態度を保ちつつも、少しだけ控えめな様子だった。

志村も、無言を貫いていたが、先ほどまでとは違って、刺々しさはなかった。


「お疲れ様。最後まで、よく動けてた」


湊が声をかけると、志村は一拍遅れて頷いた。


「……ありがとうございました。支援、ありがたかったです」


言葉こそ硬いが、視線はきちんと合っていた。

ようやく、“敵意”ではなく“敬意”の芽が見えた気がする。


南雲が明るい声で続ける。


「本当に、今日は助かりました。いろいろ学べて……楽しかったです」


「うん。次は、今日みたいに慌てずに動けたら、もっといい結果になるよ」


夏希が柔らかく微笑み、澪も小さく頷いた。


「……動き、素直だった。吸収、速い。次はもっと安定する」


その言葉に、南雲は少し照れくさそうに笑った。


羽鳥は、最後まで湊の近くには寄りすぎず、あくまで自然体を心がけていた。

けれど、帰り際のギルド前で、ふと湊の方を振り返る。


「……先輩。今日みたいな任務、またあったら……」


続きを言おうとした瞬間、夏希の声がすっと割って入った。


「今日はお疲れさま。羽鳥さんたち、本当に頑張ってたよ」


その言葉の後ろに、なにか“余計なことは言わせない”という圧が混じっていたのは気のせいではなかった。


「は、はいっ。ありがとうございました!」


羽鳥は軽く頭を下げ、仲間たちと共にギルド内へと入っていった。


その背中を見送りながら、湊は短く息をついた。


「……なんか、いろいろあったけど、無事終わってよかったな」


「そうね」


「……ええ」


返ってきた声は、どちらも一言だけだったが、妙にそっけなかった。


湊はそのまま歩き出しながら、こめかみを押さえた。


(次は……E級か)


新人たちとの任務は、きっとまた違った意味で気を遣いそうだ。

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