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第47話 封鎖ダンジョンの調査

北多摩の外れにある、そのダンジョンは沈黙していた。


入口は封鎖用の結界に覆われ、周囲には人気もなく、風の音すら耳に届かない。

かつて無数の冒険者が出入りした通路も、今は封印されたように静まり返っていた。


湊たちは、ギルドから発行された“調査任可証”を提示し、結界を一時的に解除して内部に入る。


「……封鎖されてるって聞いてたけど、本当に誰もいないね」


夏希が小声で呟く。普段のダンジョンとは明らかに異なる“空虚さ”が、この場所にはあった。


「気配が……薄い。けど、何か、残ってる」


澪がそう呟いて足を止める。


「何かって?」


「……魔力。うっすら残ってる。しかも、濃度が一定じゃない」


湊は澪の言葉に頷きつつ、端末でギルドの調査記録を確認する。


「この一層と二層、報告書では“すでに清掃済”って書かれてる。残留魔力も低レベル、ってなってるけど……」


「私の感覚だと、少なくとも普通のD級より濃いかも。場所によってムラもあるし」


夏希が眉をひそめて、周囲を見渡す。明かりの届かない通路には、うっすらと苔のような魔力痕が残っていた。


「おかしいな。清掃されてるなら、こういう痕跡はもっと薄いはずなんだけど」


湊は一つ息を吐き、剣の柄にそっと手を置いた。


「……とにかく、慎重に進もう。澪、先頭頼む」


「了解」


こうして、調査任務は静かに始まった。


彼らが潜っているのは、本来であれば冒険者が立ち入ることのない領域。だからこそ、報告と実態の“わずかなズレ”が、この場では重大なサインになり得る。


一層、二層はとくにモンスターの反応もなく、簡易調査としては問題ないように見えた。だが――


「湊、こっち」


三層に差し掛かったあたりで、澪が通路の側壁を指差す。


「……魔力の波形が、断続的に乱れてる。自然な消失じゃない。強制的に途切れた形」


「魔法の痕跡って、そんなふうに分かるんだな」


「……慣れれば。熱の跡みたいなもの」


湊も注意深く視線を走らせる。たしかに、壁の一部に焦げ跡のような凹みがあった。これは、記録の中にはなかったものだ。


「報告書には“ここで魔法戦闘は発生していない”って書いてある。……嘘、か?」


「もしくは、報告した人間が“見てないふり”をしたか、ね」


夏希の言葉に、湊も頷いた。


「どっちにしても、記録と現場が食い違ってるのは確かだ」


その後も、断続的に魔力の残痕や、通常より多くの“環境の乱れ”が観測される。小規模な爆破痕や、削れた岩壁。記録されていない戦闘の痕跡が、このダンジョンの各所に残されていた。


そして――


「……これは」


四層に到達したとき、澪が足を止めた。


そこには、一見するとただの崩れかけた通路だった。だが、その中央に、うっすらと魔力の“裂け目”が走っていた。


「これ、結界の残骸……?」


「たぶん。低位結界を一度だけ無理やり展開して、それが破られた痕跡」


「報告には結界なんて……使われた記録ないな」


「……誰かが、自分を守るために張った。ギルドの正式装備じゃない、個人の簡易型」


湊はその言葉に、背筋を軽く伸ばす。


「つまり、ここで戦闘があった。しかも、装備外の何かを使わなきゃならないほど、危険だった」


「うん。それと、こっちの壁。血痕が薄く残ってる。消しきれてない」


夏希の指摘に、湊は記録ログを開きながら小さく呟いた。


「記録では、“この階層は無戦闘で通過”ってことになってる」


澪が言う。


「……嘘、確定」


情報のズレはもはや“誤差”では済まされない。

誰かが、明確な意図を持って“虚偽の報告”をしていた。


「ここまで調べたら、一度報告を挟もうか。この段階でリラさんに送って、判断を仰ぐ」


「うん、異常があるってわかった時点で、報連相」


湊は端末を操作し、調査ログをアップロードする。


その画面を閉じながら、湊は小さく呟いた。


「……これは、ただの記録ミスなんかじゃない」


静かな沈黙の中に、微かな緊張が走る。

このダンジョンの“封鎖”が、果たして本当に“安全のため”だったのか――疑問が、胸に芽生え始めていた。


調査ログをギルドに送信し終えた湊たちは、休憩もそこそこに次の階層へと足を踏み入れた。


***


第五層。そこは薄暗く、冷たい湿気が肌にまとわりついてくる。

通路の構造は他の階層と同じはずなのに、どこか歪んだ印象を受ける。


「……音が吸われてる感じがする」


夏希が小声で言った。


「……多分、魔力の性質が空間に干渉してる。ここ、何か“残ってる”」


澪が先頭に立ち、通路をゆっくりと進む。その足取りは普段よりさらに慎重だった。


そして、通路の突き当たりに、ぽっかりと開けた広間のような空間があった。


「……痕跡、濃い」


澪が言った。


その場所には、複数の“戦闘の跡”が残っていた。

床に深く刻まれた斬撃の痕。爆発のように吹き飛んだ岩壁。

そして中央には、今も形を保ったまま放置されている、一体の魔物の死骸。


「これ、討伐された直後の状態に近い……いつのだろう」


湊が慎重に魔石部分を避けながら死骸を観察する。


「死後数週間……もっと新しいかも。腐敗が少ない」


夏希が魔力探知の補助用クリスタルを取り出してかざす。


「魔力、完全には抜けてない。まだ“燃え残り”がある」


「この階層って、報告書だと“無戦闘通過”になってたよな」


湊が手元のログと照合する。


「そもそも、この魔物、記録にすらない。階層構成にも載ってない。……どこから湧いたんだ?」


「……この種類、E級とD級の混成型。遺伝子的には“実験個体”の可能性ある」


「ギルド支給の魔物調査資料にあるタイプ……?」


「ううん。ギルド由来じゃない。これ、どっかの私設研究系が関わってる」


澪の声に、湊が顔を上げた。


「私設研究所……って、まさか、冒険者個人やクランが管理してるタイプ?」


「……うん。違法とは言わないけど、グレー。そういうの、ギルドも全部は把握してない」


「つまり、どこかの個人か組織が、ここを“実験場”みたいに使ってた可能性がある……」


その時だった。


澪が床の一点を見下ろし、無言でしゃがみ込んだ。


「これ、見て」


湊と夏希が覗き込むと、そこにはかすかに焦げた破片が落ちていた。


「これ……剣の鞘の一部?ギルド製品のタグが一部残ってる」


「識別コードは……消されてる。でも、これ、C級以上の装備じゃない?」


湊が破片を持ち上げ、確認した。


「間違いない。これは市販されてないタイプ。ギルド内部で“貸与”されるものだ」


「……ってことは、この戦闘に参加してた冒険者の中に、“ギルドと直接契約してるC級以上”がいたってこと?」


「そして、それがなぜか“報告されていない”」


夏希が小さく息を呑む。


「……ギルドの記録管理課、誰かが関与してるのは間違いない」


湊は静かに立ち上がった。


「これ以上進めば、もっとハッキリするはずだ。でも……これはもう、推薦の条件ってレベルじゃないかもしれないな」


「……でも、行くんでしょ?」


澪が、当然のように言った。


「行く。ここまで来て引き返すわけにはいかない」


「うん。湊くんが決めたなら、ついていくよ」


「……次は六層。気を引き締めて」


三人は再び動き出す。


足元にはまだ生々しい血の染み。

壁には無数の斬撃と爆裂の痕。

魔力は沈殿し、空気はどこか歪んでいる。


***


第六層。最下層にして、このダンジョンが封鎖された本当の理由が眠っているかもしれない場所。


三人は無言のまま、慎重に足を踏み入れた。


「……空気が、変わった」


夏希が小さく呟く。声を出すのも躊躇われるほど、場の気配が異様だった。


「……魔力の密度、今までで一番高い。しかも、沈殿じゃない。渦巻いてる」


澪が前に出て、通路の先を見つめる。


「何か、いたのか?」


「いた。最近まで。……いや、今も、いるかも」


三人が一斉に警戒体勢を取る。


だがその時、澪がふと何かを察知したように立ち止まった。


「……ここ。戦闘があった」


「またか」


「でも、今度は違う。……かなりの規模。しかも――これ、かなり“整ってる”」


湊がその言葉に目を細め、通路の両端を見回す。


そこには、まるで誰かが“片付けた”ような、整然とした戦闘痕が広がっていた。斬撃の跡も爆発の跡もある。けれど、それらが“不自然なまでに均等”なのだ。


「……見せかけの痕跡?」


「その可能性、高い。誰かが“ここで何かがあった”ように見せてる。でも、肝心な証拠は消されてる」


夏希がそっと地面をなぞる。石畳の隙間に、わずかな焦げ跡が残っていた。


「……でも、相当急いでたんだと思う。魔物の暴走か、内紛か。完全には消しきれてない。魔力が、まだ染み込んでる」


湊は顔をしかめた。


「誰がこんな手の込んだことを……?」


そのとき、澪が立ち止まった。


「湊。これ」


通路の先、柱の根本に何かが落ちていた。慎重にそれを取り出すと、小さな銀製のタグだった。


「識別コード……ある?」


「ある。……いや、待て」


湊が端末を取り出し、読み取らせる。


「登録情報、出た。“副登録”扱い……。登録者は……ギルド・記録管理課の――」


言葉が途切れる。


「山上って名前……ギルドの、管理部門の責任者の一人じゃなかったか?」


「……うん。資料で見たことある。スタンピードの際に指揮系統にいた人」


夏希が緊張を滲ませて呟く。


「つまり、ここに山上の“タグ”があるってことは、少なくとも彼がこのダンジョンに関与してたってことだ」


「直接来てたのか、それとも誰かに装備を渡してたのか……でも、どっちにしても、これは“関係者の証拠”だよ」


湊がタグを慎重に小袋に包み、ポーチへしまう。


「リラさんの言ってた“虚偽報告”ってのが、いよいよ本格的に現実味を帯びてきたな……」


「……でも、証拠はまだ弱い。タグ一つじゃ、確定にはならない」


澪が冷静に補足する。湊も頷いた。


「だから、これからだ。もっと確実な証拠を探さなきゃならない。……隠してあるなら、どこかに“保管場所”があるはずだ」


広間の奥には、小さな扉があった。通常の通路と違い、魔力反応を遮断する“魔封”が施されている。


「……ここだろ」


湊が扉に手をかける。だが――鍵はかかっていなかった。


ごく自然に、扉は開いた。


そこは小さな部屋。かなり荒らされていたが、壁一面に設置された魔力記録装置。そして――


「これは……」


床に散らばっている大量の箱の一つを開けると、中には“戦闘記録用結晶”が収納されていた。


「記録結晶……しかもこれ、未処理のままだ」


「ってことは、正式なログには載ってない。つまり、“誰か”が提出しなかった戦闘記録……?」


湊は結晶を光にかざす。魔力の反応はごく微かだが、確かに“戦闘の記録”が刻まれていた。


「リラさんに送ろう。こっちの方が確実な証拠になる」


湊が録画機能を起動し、室内の状況と発見された証拠の映像を収める。


「……ここまで来たら、もう隠せない。ギルドも、誰かの名前を出さざるを得ないはずだ」


「でも、逆に言えば……ここまで踏み込んだ私たちが、“見過ごされる側”でいられるとも限らない」


夏希の言葉に、室内の空気が一瞬引き締まる。


それでも――


「それでも、やるよ。俺たちの名前で推薦を受けるってことは、誰かの後ろじゃなく、自分の力で前に進むってことだ」


湊の言葉に、澪が一度目を閉じ、そして開く。


「……リラさんが見てる。だったら、手を抜く理由はない」


「うん。覚悟、できてるよ」


三人は部屋を出る。


ダンジョンの出口は、遠くない。


けれどその向こうには、今までとは違う“冒険者としての階段”が、確かに待っている。


***


日が傾き始めた頃、湊たちはギルドの裏手にある相談室へと戻っていた。


「……報告内容は全て送信済み。証拠の結晶も預けてある。あとは、リラさんの判断次第だな」


湊が小声で呟く。緊張感が完全に抜けないまま、三人は相談室のドアをノックする。


「入って」


短く返された声は、いつものように淡々としていた。


中に入ると、リラは椅子にもたれ、端末を眺めていた。テーブルの上には、三人が送った調査報告が開かれている。


「来たわね。……まあ、想像以上だったわよ。よく、あそこまで踏み込んだわね」


リラは視線を湊たちに移し、わずかに微笑んだ。


「ご苦労さま。今回の件――推薦に必要な条件としては、十分よ」


「……ありがとうございます」


湊が頭を下げる。夏希と澪も、それに続いた。


「結晶の中身、まだ解析はこれからだけど……魔力痕の記録と副登録タグの件だけで、もう“臭い”が濃すぎるわね。記録管理課の山上、少なくとも関与はしてる」


「リラさん、これ……ギルドに持ち込んだら、どうなりますか?」


「今のところ、直接の処分にはならないと思う。でも、少なくとも“内部調査”が始まるでしょうね。表沙汰になるかは……微妙だけど」


リラは背もたれから体を起こし、書類の束を一つ手元に寄せる。


「それにね、あなたたちがここまでの証拠を掴んだって事実は、ギルドの一部の人間には“相当なインパクト”を与えるわ。……良い意味でも、悪い意味でもね」


湊が静かに息を飲む。リラの目は鋭く、それでいてどこか優しさを帯びていた。


「でも――それでも、私は推薦するわ。あなたたちは、この調査を任せるに足る冒険者だった。自分の目で見て、判断して、行動した。その結果がこれ。十分な成果よ」


「……ありがとうございます」


「推薦状は後でデータで送っておくわ。支援任務が終わったら、それを添えて正式にC級申請に進めなさい」


三人は並んで頭を下げた。


「……それと、ね」


リラが小さく笑う。


「今回の件。ギルドにはあなたたちの名前は伏せて提出するわ。推薦条件の調査ということで守秘義務があるし、なにより“あなたたちの安全”のために」


「……ありがとうございます」


「でも、そのかわりに覚えておいて。ギルドの中には、綺麗なことばかりじゃない。そういう場所で、あなたたちは“これから上に行く”ってことよ」


その言葉に、三人は静かに頷いた。


部屋を出ると、空は夕焼けに染まっていた。


「……終わった、ね」


夏希が小さく呟く。湊と澪も、その言葉に頷きを返す。


「推薦条件、一つ達成。残るは、支援任務だけ」


「……あっちは、あっちで気疲れしそうだけど」


三人の足取りは、少しだけ軽くなっていた。

緊張と疲労はあったが、それ以上に、“乗り越えた実感”が胸にあった。


湊は思う。


まだC級ではない。

けれど、自分たちは確実に、“そこに向かって進んでいる”。


それは、ほんの少しだけ――誇らしいと思えた。

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― 新着の感想 ―
おはようございます。 まぁどんな世界・どんな国・どんな組織で有ろうが、人間という『感情と欲望』を持つ生物が舵を取る限り、光と闇が産まれるのは当たり前の話ですからなぁ…。
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