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第46話 推薦人とサポートチーム

「……やっぱり、リラさんだな」


ギルドから帰った日の午後、湊はそう呟いていた。

藤堂から提示されたC級昇格の条件の一つ、B級以上の冒険者からの推薦――その候補として、真っ先に浮かんだのが、A級冒険者藤崎リラだった。


ヴァルグランとの決闘でサポートをしてくれた実力者。信頼できる、そして甘やかさない。推薦者としては理想的だ。


「うん、私もそう思う。あの時、ちゃんと見てくれてた人だし」

「……妥当。でも条件、重そう」


「それは、まあ、覚悟しておこう」


湊は端末を手に、リラへメッセージを送る。


「ご無沙汰しております。少しお時間いただけないでしょうか。C級冒険者への推薦についてご相談があります」


その数分後、返信はあっさり返ってきた。


『いいわよ。今日の夕方、ギルドの相談室に来なさい。ちょうど暇してたし』


変わらないテンポ、変わらない物言い――それだけで少し気が楽になる。


*** 


夕方。ギルド相談室。


ドアを開けた先には、いつものように机に頬杖をついているリラの姿があった。


「来たわね。スタンピードの英雄三人組」


軽口は健在だったが、目の奥は笑っていなかった。リラは書類をまとめて脇に寄せ、正面から三人を見据えた。


「推薦状が欲しいのよね?」


「はい。C級昇格の条件として、推薦人を探しています」


湊の言葉に、リラは一拍置いてから小さく頷いた。


「いいわよ。あなたたちなら推薦に値する。――ただし」


湊たちが姿勢を正す。リラは少しだけ目を細めて、言った。


「一つだけ依頼を出すわ。それをクリアできたら、正式に推薦状を書く」


「……どんな依頼ですか?」


「表向きは、E級の調査依頼。でも実質は、“あるギルド内部の調査と、情報の正確な報告”」


「内部の……?」


リラは言葉を慎重に選ぶように、声を潜めた。


「東京ギルド内のある部署――“記録管理課”に、ここ数ヶ月でいくつかの“操作された報告”が上がっているの。スタンピードの件とも関係ある可能性があるわ」


「操作された、って……」


「報告された討伐記録と、現場映像、そして現場の魔力残痕が一致しない。つまり、誰かが“討伐したことにしている”のよ。おそらく別の冒険者の成果を、書類上だけ書き換えている」


「……それって、犯罪じゃ」


「ええ、立派な不正。だけど、それを告発するには証拠が足りない。だから、あなたたちに“内側から調査してもらいたい”のよ。正体を明かさず、通常の調査依頼として潜って、異常な点があれば記録して持ち帰る」


「……調査って、敵じゃなくて、味方を見るってことか」


「正確には“真実を見る”ってこと。C級以上になるなら、単純な戦力だけでなく、そういう視点も持ってもらわないと困るのよ」


湊は眉をひそめた。夏希と澪も、表情を引き締める。


「場所は、北多摩の封鎖済みダンジョン。スタンピード直前に閉鎖されたんだけど、その記録にいくつか“不自然な空白”がある。そこに潜って、残っている魔力反応や、環境記録、異物を確認してきてほしい」


「……わかりました。受けます」


湊が即答する。リラは満足げに頷いた。


「いい返事ね。じゃあ、報告と引き換えに推薦を出す。あ、もちろん、その結果次第では“推薦を見送る”って選択肢もあるけど」


「それも覚悟の上です」


「よろしい。じゃ、調査に関する詳細はギルド経由で手配するわ。支援任務と並行になるけど、うまく調整してね」


「ありがとうございます」


***


「このE級チーム、戦力的には不安だけど、リーダーが冷静そうだし、澪と相性よさそう」


「D級は……ここかな? 回復役もいるし、夏希の負担も分散できそうだ」


翌日、湊たちはリビングで支援任務に関わる新人チームの候補を絞り込んでいた。

ギルドから提供された一覧を端末で見ながら、それぞれのチーム構成や実績、性格などを比較する。


「羽鳥のチームは、スキル的には平均以上だし、悪くないんだけど……」


「……ちょっと、いろいろ面倒なことになりそう」


「……私たちの方が“見られる側”になりそうで、やりにくい」


ふたりの言葉に、湊は小さく頷いた。


「……だよな。C級昇格がかかってるし、そういうのはないほうがいいか」


そう言いながら、彼は羽鳥のチーム名を画面から除外し、最終候補に選んだチームのプロファイルを表示する。


「よし、これで一旦決まりだな。あとはギルドに伝えるだけ――」


コンコン、と玄関をノックする音がした。


三人が顔を見合わせる。珍しい来客に、澪がそっと立ち上がる。


「……誰だろう」


湊がドアを開けたその向こうに、明るい笑顔の後輩が立っていた。


「こんにちは、神谷先輩! ご無沙汰してます!」


「羽鳥……?」


意外な訪問に、湊は戸惑いながらも招き入れる。夏希と澪はリビングでそれを聞きつけ、軽く身構えた様子で振り返る。


「えっと……近くに来たので、ちょっとご挨拶だけでもと……」


「いや、来てくれて嬉しいよ」


そう言いながら、湊は何気なく端末の電源を落とす。


羽鳥の視線が、それをしっかり捉えていた。


「……あの……もしかして、大事なお話とかされてました?」


「……ああ、うん。ちょっとね。支援任務で担当するチーム、そろそろギルドに申請出さなきゃいけなくて」


その一言に、夏希と澪の表情が、静かに凍りついた。


(……言った!)


(このタイミングで……!)


湊が何気なく放ったその説明は、羽鳥にとっては絶好のチャンスだった。


羽鳥は、少しだけ目を丸くし、胸の前で指先をもじもじといじりながら、控えめに笑った。


「そうだったんですね……お邪魔しちゃって、ごめんなさい」


「あ、いや、別にそんな深い話ってわけじゃなくて、もう大体は――」


「きっと、もういいチーム見つかってますよね。私たち、まだまだ未熟ですし……」


羽鳥の声はあくまで柔らかく、微笑みは崩さない。

だが、その言葉の裏に、ほんのかすかな“寂しさ”が滲んでいた。


湊は咄嗟にフォローしようとする。


「いや、候補としてはちゃんと名前も挙がってたし、実力もあるってわかってるから――」


「本当ですか?」


ふわりと顔を上げるその表情は、希望に満ちた瞳と控えめな期待。

そして、ほんの少し、潤んで見えるようなまなざし。


「……じゃあ、もしまだ決まってなかったら……うちのチームも、考えてもらえたら嬉しいです」


「いや、でも関係性が近い分、やりにくいこともあるし、戦力バランスとかも――」


「……そうですよね……」


羽鳥が小さく頷きながら、一歩だけ湊に近づく。

彼女の香りがわずかに漂う距離感。そのまま、やや上目遣いで続けた。


「でも、だからこそ。先輩たちの近くで学べること、いっぱいあると思ってて……“お世話になってるからこそ、恩返しがしたい”って、ずっと思ってたんです」


「いや、その気持ちはありがたいんだけど…」


「それに……サポートしてもらえたら、すっごく心強いです。私、がんばりますから。先輩の前でカッコ悪いとこ、見せたくないし……」


その最後の一言は、照れたように頬を染めて、少しだけ視線を逸らしていた。


湊は押し黙る。まっすぐな想い、言葉、間合い。

真剣な気持ちが伝わってくるからこそ、下手にかわすわけにもいかない。


(どうする……?いやでも、もう話し合った後だし、今さら「やっぱ羽鳥のチームで」とは言えない……)


背後から夏希と澪の気配がじわじわと迫る。


「こん……」


湊が口を開いた瞬間、羽鳥が期待に満ちた瞳で顔を上げた。

その表情を見て、喉奥の言葉が消えた。


(無理だ……!)


「……えっと、その、じゃあ……羽鳥たちのチームに、お願いしようかな……」


声は小さく、どこか投げやりにすら聞こえた。


羽鳥は一拍の沈黙のあと、ぱっと顔を明るく輝かせた。


「ほんとですかっ!?わぁ……やったぁ! ありがとうございます! がんばります、先輩っ!」


その笑顔の破壊力に、リビングの空気がひときわ重たく沈む。


澪が沈黙のまま腕を組み、夏希がソファのクッションを無言で握りしめる。


(ちょろ……いや、これは反則)

(女の武器と後輩ポジション、両方使ってきた……)


(ああ……絶対、後で怒られる)


湊はうなだれるように頭をかきながら、心の中で静かに頭を抱えた。


***


羽鳥の突撃訪問から一時間後。


湊たちは、改めてテーブルを囲んでいた。羽鳥に押し切られるように“決定”してしまった自分の反応を振り返り、湊はひとり反省していた。


「……せっかくみんなで決めたところだったのに、悪かった。完全に押し切られた」


「……いや、もう、いいよ。あそこまで来られたら仕方ない」


「むしろ“うまかった”って感じだった」


夏希と澪が口々にそう言いながらも、視線だけは若干鋭かった。


「でもまあ、D級はもう決まったし、次はE級チームだね」


「……こっちは妨害、来ないといいけど」


「さすがに羽鳥みたいな刺客はそう何人もいない……はず」


三人は一覧に戻り、E級チームのプロファイルを再確認した。


「あ、このチーム。バランス取れてる」


「支援役がいないぶん、私がカバーしやすいかも。まだ初心者っぽいから、フォローも必要だけど」


「……無理しなきゃ、面倒は少なそう」


議論の末、最終的に選ばれたのは、まだ経験の浅い若手チームだった。

面識のない相手だからこそ、変な気兼ねもない。それが逆に“教えやすい”と感じられた。


「……よし、じゃあこのチームでギルドに申請しておく。あとは、あれか」


湊が端末を開いて、別の画面を呼び出す。そこにはリラから受け取った調査依頼の詳細が表示されていた。


北多摩の封鎖ダンジョン。スタンピード直前に閉鎖され、ギルドが情報を非公開にしていた場所。

だがその記録に、不自然な“空白”があるという。


「……映像と魔力記録が一致しない。討伐されたはずのモンスターの魔力反応が、まだ残ってる。しかも、複数箇所」


「それって……記録上は倒したことになってるのに、実際には残ってるってこと?」


「そう。つまり、誰かが倒してないのに倒したことにして、報酬を得てるか、あるいは“功績”をすり替えてる」


「……モンスターを討伐したのは別人だけど、報告上は他の冒険者がやったことにしてるってこと?」


湊の解釈に、夏希と澪も眉をひそめる。


「それ、もし意図的だったら――ギルドの信頼、揺らぐよね」


「……ギルド内部の誰かが関与してる可能性もある」


「だから、正面からは調べられない。だからこそ、リラさんが私たちに任せた」


湊はデータのページを閉じて、ふたりの顔を順に見た。


「正直、こっちは支援任務よりもずっと神経使うと思う。敵と戦うだけじゃなく、“事実”と向き合わなきゃならない」


「うん。でも、やるべきことだと思う」

「……見えないものを見る。リラさんの言葉、覚えてる」


「……じゃあ、始めよう」


湊が小さく頷き、手元のギルド端末で申請手続きを開始した。

調査対象のダンジョンには、明日朝一番で入る予定。


“昇格審査”という名の試練は、すでに始まっていた。


***


翌朝。空気はまだ冷たく、街の喧騒も始まっていない。

それでも、湊たちは早朝のギルド前に集まっていた。


全員、軽装の上に戦闘用の装備。

今日は“調査”が目的のため、戦闘は想定していないが――それでも気は抜けない。


「……いい天気だね。行くにはちょうどいい」


夏希が空を見上げて微笑む。湊と澪も、その横顔を見てうなずく。


「支援任務と違って、こっちはあくまで“推薦条件”だし、必須じゃない。でも、だからこそ――手を抜けないな」


「……リラさんの“信頼”に応える」


「ギルドの信頼を守るためにも、ね」


湊は手元の端末で、ダンジョン管理局から送られてきたデータを再確認する。


北多摩エリアにあるそのD級ダンジョンは、2ヶ月前に封鎖処理が施され、現在は“立入制限付きの調査対象”という扱いになっている。


ギルド内部では“安全確認のための再調査”として記録されており、彼らの立場も“調査員”という扱いだった。


「封鎖済みって言っても、中に何かがいる可能性もある。油断はしないように」


「うん。万が一があっても、私たちなら対応できるよ」


「……湊、頼りにしてる」


「プレッシャーがすごいな……」


冗談めかしたやりとりがあって、三人は笑った。


けれど、顔つきは確かに引き締まっていた。


支援任務と違い、今回の調査は“直接誰かに感謝される”ことはない。

成功しても、得られるのは推薦状と、ギルド上層部の目に見えない信頼だけだ。


それでも――やる価値はある。


湊は、ふと隣に目をやる。


夏希は落ち着いた顔で、しかしその指先には微かな緊張が見える。

澪は無表情に見えるが、立ち姿が普段より僅かに“構えて”いた。


(……二人とも、ちゃんと覚悟決めてる)


「行こうか」


湊のその一言に、二人は静かに頷いた。


ギルドを後にして、朝の光のなかを歩き出す。


目的地は、封鎖された静かなダンジョン。だが、そこで向き合うのは、敵だけではない。


真実と、責任と、信頼。


それは、C級冒険者へと進む者に与えられた、最初の試練だった。

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