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第36話 関西遠征②

翌朝──。


大阪の柔らかな朝日が旅館の障子を透かして差し込む頃、湊たちは朝食を終え、ギルド本部への出発準備を整えていた。


「……行くか」


湊が軽く荷物を背負いながら呟くと、澪はそっと湊の隣に並ぶ。夏希は数歩遅れて玄関に現れ、その顔にはわずかに不機嫌さがにじんでいた。


“澪寝ぼけ抱きつき事件”を経て、三人の空気は妙に静かだった。ぎこちない……とまではいかないが、いつもの自然な間合いがどこかズレている。


「……あのさ、今朝のことだけど」


湊が気まずそうに口を開く。


「別に。気にしてないよ」


澪があっさり答えたその声には、微かな含みがあった。が、湊にはわからない。


「うん、ほんとに、気にしてない。ぜんっぜん、気にしてない!」


夏希がやや強めのトーンで被せてくる。その目は、妙に澄んでいた。


(……それ、たぶん一番気にしてるやつ)


湊は心の中で静かに突っ込みつつ、笑うに笑えず、結局黙るしかなかった。


そのまま三人は、タクシーに乗って大阪ギルド本部へ向かう。車内では特に会話もなく、流れる景色に視線を預けるだけだったが──ふと、澪が口を開いた。


「ねえ、朝からからかわれると思う?」


「……は?」


「だって、あれだけ目立つ部屋割りだったし。」


「……マジでありそう」


湊が嫌な予感に顔をしかめると、夏希が無言でうなずいた。


ほどなくして車は、大阪ギルドの前で停車した。


湊たちがロビーに足を踏み入れると、すでに《カンバス》の四人がソファ席で待っていた。


「おっ、おはようさん!」


最初に手を振ってきたのはリーダーのハルキ。髪を無造作にまとめた青年で、前日と変わらぬ快活な笑顔を見せる。


「三人一部屋って聞いてたけど、昨晩はどうやったん?ええ感じやった?」


「…………」


湊がその場で石のように固まった。澪は少し首をかしげ、夏希は即座に声を上げた。


「ち、違います!なにもなかったです!」


リリカがにやりと笑いながら、澪に小声で囁いた。


「……ほんまに、なんもなかったん?」


「寝てただけ。でも……湊、ぬいぐるみみたいだったよ」


「わーお」


その言葉が湊の耳にも届き、真っ赤になる。


「ちょ、ちょっと澪!それ誤解生むから!」


「うそは言ってないよ?」


「もうやめてくれ……!」


湊が崩れ落ちそうになったそのとき、カズヤがやたら楽しそうに背中を叩いた。


「いいなー、青春してんなー!俺ら、あんまそういうのないし」


「ハルカに告白して玉砕したやん」


「それ今言う!?」


ハルキ、カズヤ、リリカ、ハルカ──関西のチーム《カンバス》は、昨日よりさらに打ち解けた雰囲気で接してきた。


「ま、仲良くなれそうでよかったわ。東京のチームって、もうちょい堅いかと思ってたし」


「うちは柔らかめ」


澪がそう返して湊の肩に指を置いた。


そんな彼らの様子を見て、ハルカが夏希の肩をとんとんと叩く。


「……澪ちゃん、けっこう積極的なんやな」


「……そう、かも」


「夏希ちゃんも、頑張らなな?」


「う……!」


夏希が息を詰めた。


「じゃ、そろそろ任務開始やな!気合い入れて行こうか!」


湊たちは、明るい声に導かれるようにして、ギルドのロビーへと歩き出した。


***


「今日の任務って、調査と殲滅、両方なんだよね?」


「うん。地形情報を収集しながら、発見された魔獣の討伐。敵のレベルは六層相当って話だから、下手するとDランク上位に近いかもな」


夏希の問いに、湊が資料を確認しながら答える。


「敵の出現傾向としては、複数体で群れるタイプが多いらしい。連携して動くって話だから、こっちも連携が鍵になる」


「だから昨日、念入りに打ち合わせたってわけか」


澪が小さく頷いた。


やがて、ギルドの職員がやって来て、二つのパーティーを正式に任務へと送り出した。


「それでは、《カンバス》《繰り返しの糸》、本日予定されているD級任務《第六層調査兼魔獣討伐》、合同での出発をお願いします。どうかご武運を」


皆がそれぞれ小さく頭を下げ、ギルドを後にする。


ダンジョンの前に到着し、全員が戦闘態勢を確認する。


合同任務──開始。


***


──第五層、転送部屋。


天井の高い岩室の中央に据えられた石造りの転送装置が、かすかに淡い青光を放っていた。湊たちは装置の周囲に集まり、小休止を取りながらそれぞれの状態を確認していた。


「やっぱり……動きが噛み合ってないね」


夏希が、水筒の蓋をひねりながら口にする。


先ほどの戦闘では、誰かが大きなミスをしたわけではない。だが連携が微妙にずれていた。湊の切り込みとカズヤの突撃、澪の遮断とハルカの斥候動作──それぞれが“同じ戦法”をとっていても、“感じている間合い”が微妙に違っていた。


「戦い方のスタイルが違うんだな。俺たちは、状況ごとに動きを変えるけど、カンバスは全体の型で動く」


湊は剣の手入れをしながら言った。


それに、ハルキが静かに頷く。


「うちは、基本のフォーメーションを大事にしてる。誰かが逸れたら、すぐ整えるように動く。せやけど、神谷くんらは……」


「その場で一番効率的な行動を、それぞれが判断する」


リリカが補足するように言う。どうやら、両チームの動き方の違いは明確だった。


「最初は、このギャップを埋める時間が必要かもな」


ハルキが腰を下ろし、地図を広げる。


「この先、第六層は魔力溜まりがあるとされとる。魔力の密度も高いはずや」


「敵の種類が増える可能性もある」


澪が資料を見つめながら、淡々と呟いた。


そのとき、リリカが口を開いた。


「このまま行ってもうまくいかへん気もするし……少し、お互いの動き方を実際にやってみたら?」


「例えば、支援が入るタイミングを言葉で合わせてみるとか。リズムを合わせる感じで」


「それ、いいかもな」


湊も頷いた。敵との実戦が続く中で連携を整えるのは危険が大きい。今のうちに、小さくでも擦り合わせておくことが重要だった。


そこから二つのチームは、石畳の開けたスペースを使って、実際に“空撃ち”のような模擬行動を何度か繰り返した。


夏希の癒糸とリリカの支援術の発動タイミング。湊とカズヤの突進の角度と切り替えしの呼吸。澪とハルカの気配遮断と感知の補完。


「癒糸、いくよ!」


「了解、三秒後に突撃入る!」


掛け声が交差し、段取りが洗練されていく。


最初は息が合わなかった彼らの動きに、徐々に一体感が生まれ始めていた。


「……ほんの少しずつ、感覚が見えてきたかも」


夏希が、柔らかな笑みを見せた。


「澪、さっきより早い」


「うん、ハルカの動きが見えたから、合わせられた」


「よし、これなら……」


湊が立ち上がる。


「行こう、第六層へ」


覚悟を宿したその一言に、全員が静かに頷いた。


そのときだった。カズヤがふと湊に向き直った。


「神谷、ちょっといいか?」


「ん?」


「お前……仲間の動き見るの、めちゃくちゃうまいな。いや、俺らのフォローまでさりげなく入ってるの、気づいてるか?」


「え、そうか?」


湊は目を瞬かせた。無自覚だったらしい。


「やっぱ変わったスキル使いってのは、ただの“力”だけやないんやな」


カズヤの言葉に、湊は照れくさそうに頭をかいた。


「……みんなが上手いから、見えてくるってだけだよ」


その謙虚な一言に、ハルカがふっと微笑む。


「大丈夫。きっと、うまくいくよ」


互いの距離がわずかに近づいた、その空気を抱えたまま──7人は、第六層へと足を踏み入れた。


次の戦いこそが、本当の意味での“合同任務”の始まりだった。


第六層に足を踏み入れた瞬間、湊たちはこれまでとは異なる空気を肌で感じ取った。


岩肌に漂う瘴気は濃く、重い。わずかに震えるような地鳴りが、地下深くで魔力が滞留していることを示している。空間は広く、視界も利くが、それが逆に、敵の潜伏や奇襲を警戒させた。


「来る……」


澪が息を呑むようにして呟いた瞬間、岩の陰から飛び出したのは、六本の脚と分厚い甲殻を備えた獣──《シェルファング》。


ざっと見て六体。素早く連携し、挟み込むような動きで隊列を分断しようとしてくる。


「正面三体、右二、左一!」


ハルカの報告と同時に、湊が即座に動く。


「カズヤ、右に回り込んでくれ! 俺は中央を抑える!」


「了解!」


二人が同時に剣と槍を構え、突撃。後方では夏希とリリカが支援術を準備し、澪とハルカが背後から回り込む。


──だが、次の瞬間。


湊とカズヤの動きがわずかに被った。


「っ、悪い!」


「大丈夫。まだ距離ある!」


咄嗟の声でリカバリーするも、敵の連携は速い。一体の《シェルファング》がカズヤに跳びかかる。


「ブースト──!」


夏希の声と共に、魔力の糸がカズヤの身体を包み、衝撃を和らげる。


「助かった!」


だが湊は、今の連携のズレに危機感を抱いていた。模擬訓練でリズムを合わせたつもりだったが、実戦では思った以上に噛み合わない。


(……相手の動きが速い。単独で突撃してたら、いつか誰かがやられる)


刃を振るいながら、湊はある“違和感”に気づいていた。


(この動き、どこかで……いや、何度も見てる?)


敵の脚運び、尾の振り、跳躍角度──すべてに、“型”がある。


これまでは自分の動きを“繰り返す”ことで強化していたが、もしかして……相手の動きも、繰り返し観察していれば、精度が上がるのではないか?


試す価値はある。


「夏希、次の支援、半拍遅らせて!」


「了解!」


「澪、右のやつを誘導してくれ!」


「任せて!」


湊は敵の一体に向かって突進。先ほどの跳躍パターンと、次の動きのタイミングが脳内で“見える”。


「……今だ!」


剣が振るわれるより先に、敵の甲殻の合わせ目が湊の視界に浮かんだ。


そして、一閃。


硬質な装甲の間をぬって、刃が深く突き刺さる。


叫びを上げて倒れる《シェルファング》。


その瞬間、全体が動いた。


「よし、今の神谷の動き、再現できるか!左に回って!カズヤ、突撃援護!」


「了解!」


ハルキの指示のもと、《カンバス》が湊の戦術を即座に理解し、追従する。


ハルカと澪が斥候連携で左右から奇襲。夏希の支援糸がタイミングよく味方を強化し、リリカが敵の意識を攪乱する幻術を展開する。


「二体目、落とした!」


「あと四体!」


三体目、四体目、五体目そして最後の一体──。


すべてが倒れたとき、全員の肩が大きく上下していた。だが、その顔には確かな笑みが浮かんでいる。


「……やったな」


カズヤが息を吐きながら、湊の肩を叩いた。


「すげえよ、お前。あのタイミング、見えてたのか?」


「ああ……《リピート》で、敵のパターンが見えてきた」


「やっぱ変わったスキルだな。けど、それを活かせるお前がすごい」


湊は照れくさそうに笑い、ハルキが全体を見回すように言った。


「みんな、お疲れ。今回の連携……ちょっと感動したわ」


その言葉に、全員が自然と笑い合った。


バラバラだった“スタイル”は、今やひとつの“戦術”として溶け合っていた。


第六層での任務を終えた湊たちは、地上へ戻ると《カンバス》のメンバーとギルドの応接室に集まっていた。魔力溜まりの調査と敵の記録は無事完了。調査結果をギルドに提出すると、正式に任務達成の認定が下りた。


「おつかれさん。これで調査任務は終了や」


ハルキがカラカラと笑いながら、缶のミネラルウォーターを開ける。硬派な印象の彼も、戦闘後はぐっと砕けて見えた。


「正直言ってな、最初は『東京の連中と連携とか無理やろ』って思ってた」


「ハルキ、それ言っちゃうの?」


リリカが肘でつつき、ハルカがくすくす笑った。


「でも、すごかった。連携がどんどん合ってきたの、こっちもビックリしたぐらいや」


「澪ちゃんの斬撃、すごく鋭かったよ」


ハルカが澪を褒めると、澪は少しだけ目を丸くし、照れたように小さく頷いた。


「ありがとう。ハルカの感知、すごく助かった」


任務が終了したことで、みんなで話しながら、湊はカンバスのチームワークの良さについて考えていた。


──暮らしを共にしている《カンバス》。


日常の共有が、戦場での強さに繋がる。その言葉の意味が、今なら少しだけ分かる気がする。


打ち上げを終え、夕暮れのホームから新幹線に乗った三人は、静かに東京への帰路についた。


車窓に映る街の灯りが流れていく。湊は座席にもたれながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


(同居か……)


正直なところ、女性二人と一緒に住むというのは、湊にとって想像のつかない領域だった。


けれど、《カンバス》と共に行動したこの数日で、確かに感じた。日常の些細なやりとりが、連携の精度を上げ、信頼を強くする。


それはきっと、冒険者としてだけでなく、人としても、ひとつの“成長”なのだ。


「……家、探すか」


ぽつりと呟いたその一言に、反応したのは隣の夏希だった。


「……えっ?」


「今の聞いた?」


前の席で読書していた澪が顔を上げ、静かに振り返る。


湊は少しだけ赤面しながら、頷いた。


「いや、まだ具体的には考えてないけど……ちゃんと向き合うなら、そういうのも必要かなって」


夏希が、ふわっと笑った。


「じゃあ私は……お風呂が広いと嬉しいな。足、伸ばせるくらいの」


「私は……防音がしっかりしてるとありがたい。夜、練習とかしたいし」


「そういう基準か……」


湊が苦笑するなか、三人はどこか温かい空気に包まれていた。


それは、これから始まる“新しい生活”の予感に満ちていた。

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