第35話 関西遠征①
東京ギルドの朝、湊たちがいつものように受付前で依頼票に目を通していると、藤堂が声をかけてきた。
「ちょっと面白い話があるんだけど、君たち、遠征とか興味ある?」
「遠征、ですか?」
湊が振り返り、少し警戒するように尋ねる。
「そう。関西ギルドとの合同調査任務。若手D級チームとの交流も兼ねてる。現地チームは《カンバス》っていう、わりと評判のいいチームよ」
藤堂の言葉に、夏希と澪も自然と耳を傾ける。
「交流って、合同探索とかですか?」
「うん。主な目的は、向こうのダンジョンに関する情報共有と調査。まだ未確定なルートがあるダンジョンの踏査がメインだけど、関西側からの正式な協力要請でもあるから、ギルドとしても積極的に参加してほしいのよ」
湊は一瞬考えた。
ここ最近、D級ダンジョンは順調に攻略を進めていたが、まだ、D級ダンジョンの最下層を攻略できる感覚はなかった。
成果は出ている。けれど、何かが足りない。何かが、届いていない。
「俺たちみたいな若手でもいいんですか?」
「むしろ、若手だからこそ。ギルドとしても、今後中核を担う人材が外との繋がりを持つ機会を増やしたいのよ。悪くない話でしょ?」
湊は夏希と澪の方を見た。
「行こうよ。今まで東京のダンジョンしか知らないし、こういう機会でもなきゃ、他のギルドや冒険者の空気って分からないと思う」
「うん。私も、ちょっと興味ある」
三人の意見は一致し、その場で藤堂に参加の意思を伝えると、さっそく日程の確認が進められた。
数日後──。
朝の新幹線、湊たちは窓際の並び席に腰を下ろしていた。
車窓の外には次第に遠ざかる東京のビル群と、広がっていく空が見える。
「……ねぇ湊くん」
夏希が小声で話しかけてきた。
「ん?」
「澪ちゃん、出発前に“新幹線でお菓子買うのが夢だった”って言ってたよ」
「夢ってほどでもない」
斜め向かいの席で澪がそっぽを向きながらも、耳がほんのり赤く染まっていた。
「でも、張り切っていっぱい買ってたよね? 甘いのとかしょっぱいのとか」
「……ちょっとずつ食べるつもりだったのに、夏希がどんどん開けるから」
「違うよ、澪ちゃんが先に“湊くんこれ好きだったよね”って開けたんじゃん」
「……ぐっ」
ふたりのやりとりを、湊は苦笑しながら眺めていた。
車内のゆるやかな揺れと、流れる景色が、不思議と心を和ませる。
初の遠征。
初めての土地。
見知らぬ仲間たちとの出会い。
それでもこの時間が、確かな絆とともに積み重ねられていることに、湊はどこか満たされた気持ちを抱いていた。
「……なんか、修学旅行みたいだな」
「え?」
ふたりが同時に顔を向ける。
「別に深い意味はない。ただ、こうやって三人で移動してるのが、なんか懐かしい感じがするだけ」
「……そっか」
夏希が柔らかく笑った。
「修学旅行みたいなら、記念写真撮ろうよ。澪ちゃん?」
「……しょうがないな」
湊を真ん中に、三人はそっと肩を寄せる。
シャッター音が鳴ったその瞬間、小さな旅の一幕が、静かに刻まれた。
──大阪に、まもなく到着する。
***
新大阪駅に到着した湊たちは、その足で関西ギルドへと向かった。
東京とはまた違う趣のある木造建築に、湊は思わず見上げた。
「なんか……こっちの方が“ギルド”って感じするね」
夏希の言葉に、澪も小さく頷いた。
「重厚感がある。中もきっと広いんじゃない?」
ギルドの受付で名乗ると、担当職員がすぐに案内してくれた。
通されたのは、談話室を兼ねた広めの応接スペース。
中には既に、今回の合同任務の相手──関西の若手チーム《カンバス》の姿があった。
「おー、噂の東京チームやな。よう来てくれたな」
そう声をかけてきたのは、《カンバス》のリーダー・ハルキ。
落ち着いた雰囲気の青年で、目元にどこか柔らかな気配を持っていた。
「こちらこそ。今日はよろしくお願いします」
湊が頭を下げると、他のメンバーも次々に自己紹介を始める。
「オレはカズヤ。前衛。こっちが後衛のリリカと、斥候のハルカ」
「よろしくね、東京のお兄さんたち」
「へぇ、噂通り整った顔してんなぁ……東京の冒険者って、みんなイケメンなん?」
リリカとハルカの軽いジャブに、夏希と澪が同時にぴくりと眉を動かした。
「見た目より中身でしょ?」
「ナンパ目的なら他を当たって」
二人の冷たい返しに、関西組は「おおこわ」と笑いながら肩をすくめた。
「いやいや、冗談やって。うちら、いつもこんなノリなんよ」
「ほんまほんま。仲良うしよな、せっかくの交流やし」
湊は空気を和ませるように苦笑し、手を差し出す。
「こちらこそ。迷惑かけないよう頑張ります」
「俺らも、楽しみにしてたんやで。まあ、よろしく頼むわ」
ハルキが手を握り返すと、場の雰囲気は一気に打ち解けた。
その後、関西ギルド内の会議室にて、湊たちと《カンバス》の合同作戦会議が行われた。
ホログラムで投影されたダンジョン《深緑の靄谷》の立体地図が、机の中央に浮かぶ。
「視界の悪い地形が多い。特に第三層からは地盤が不安定で、足元に注意せなアカン」
そう説明するのは、リーダーのハルキ。
関西ギルドから提供された資料と、自分たちの経験を元に、わかりやすく要点をまとめていた。
「うちの斥候・ハルカが先行して、罠と敵の配置を探る。その後、湊くんたちと合流して中盤ルートを踏破、最深部は合同で調査や」
「了解です。そちらの前衛と我々でペアを組んで連携を取るのがいいかと。支援は私が担当します」
夏希がすっと挙手して説明を加える。
「それなら、後衛はハルカさんと私で交互に索敵を。斥候としての移動ルートも事前に共有しておきます」
澪も簡潔に告げ、すぐに各パーティー間で情報共有と細かなすり合わせが始まった。
「……ちゃんとしてるな、東京の子たち」
リリカが小声で漏らすのを、カズヤが「おまえがいつもアバウトすぎんねん」と笑いながらたしなめた。
作戦会議は2時間にわたり、地形、敵の傾向、使用する魔法・戦術の確認と、実に有意義な内容となった。
会議が終わった後、雑談の流れでふとハルキが口を開いた。
「そういえば、そっちも共同生活してるんやろ?」
「え?」
湊が一瞬ぽかんとした顔になる。
「ギルドの人が言ってたで。“今どきの若い冒険者はパーティー単位で住むのが主流”やって。で、東京から来る湊くんたちも一緒って聞いたから、ウチらと似たような感じなんかと」
「……ああ、それは……」
湊が答えかけたそのとき、ギルドスタッフが部屋に入ってきて、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。実は……手配の関係で、皆さんの宿泊部屋が一部屋となってしまいました」
「……えっ?」
夏希と澪の声が重なる。
「もともと男女で分ける予定だったのですが、《カンバス》と同様、同居前提で手配してしまいまして……急遽の変更が難しい状況でして」
「ま、まぁ、布団は男女別で三組あるみたいやし……」
ハルキがフォローするも、澪の眉がぴくりと動き、夏希は目を逸らしたまま「そうですか……」とだけ返した。
湊はというと、事態をまだ完全に把握しきれていないのか、静かにホログラムを消しながら呟いた。
「……そういうことか。まぁ、大丈夫だろ」
その場の空気が、微妙に凍った。
《カンバス》の面々が空気を察して「じゃ、また明日な」と軽く手を振って去っていく中、
湊たちはそのままギルドを出て、問題の宿へと向かうことになった。
***
宿に到着した湊たちが案内されたのは、想像以上に広めの和室だった。
だが──問題は、ひとつ。
「……ほんとに一部屋だ」
夏希が部屋を見回しながら、ため息交じりに呟いた。
壁際に三組の布団が並べられ、部屋の真ん中には簡素な座卓がひとつ。
男女別の配慮は一応なされていたのか、布団の配置は互いに少し離れていたが、それでも問題は解決されていない。
夏希は荷物を置くと、視線だけで澪と牽制し合った。
(……どこに寝るのが自然?澪ちゃんは絶対、湊くんの隣を狙ってる)
(……夏希の視線が怖い。でも譲る気はない)
一方、当の湊は、まったく無自覚に空気を読まず、布団の中央あたりに荷物を置いていた。
「とりあえず風呂入るか。交代で行く?」
「先行く」
澪が最初に浴場へと向かい、次に夏希。
その間、湊は買ってきた飲み物を机の上に並べて整理していた。
風呂上がりの澪が少し髪をまとめただけの自然体で戻ってくると、湊はどこか視線の置き場に困った。
夏希も、普段より少しだけ丁寧に整えた髪で現れ、ふたりのいつもと違う雰囲気に、湊の胸はどこか落ち着かなかった。
(……俺、意識してるのか?)
今まで冒険者仲間としてしか見ていなかった。
でも、こうして日常とは違う時間を共有すると、急に彼女たちが“女の子”に見えてしまう。
(……やばいな。どう振る舞えばいいんだ、こういうとき)
務めて冷静にふるまってはいたが、内心では相当焦っていた。
──そして就寝前。
「じゃあ……私、ここで寝るね」
澪が湊の隣の布団(真ん中)にあっさり座り込み、当然のように枕を整える。
「えっ、ずるっ」
夏希が思わず口をついた。
「何が?」
「いや、別に……。私、そっち側が落ち着くと思ったんだけど……」
「でも私、もう座っちゃったし」
小さな火花が散るような空気に、湊はようやく気づいたようだった。
「え、あー……二人とも、寝る位置とかそんな気にしなくていいからな?俺、場所ずらすし──」
「いいの。湊はそこで」
「うん、湊くんはそこにいて」
二人の強い圧に押され、湊は結局そのままの位置に落ち着いた。
布団に入った後も、妙な沈黙が続く。
(こんなに気まずい就寝ってある?)
湊がひそかに頭を抱えていると、夏希がぽつりと話しかけてきた。
「明日のダンジョン、気を引き締めないとね。合同任務だし」
「うん。油断しない」
澪もすぐに続ける。
ふたりの緊張感など露ほども感じ取っていない湊は、「明日は早いから、そろそろ寝よう」と静かに告げて目を閉じた。
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
穏やかな夜の挨拶が交わされる。
***
──深夜。空気は静まり返り、街のざわめきも届かない。
夏希は、目を覚ましていた。
(……やっぱり眠れないや)
旅先での緊張、そして“同室”という慣れない環境。
薄暗い部屋の中、体を起こさぬまま横目でそっと湊たちの方を確認する。
(……ちょっと近づいてる?)
湊と澪の身体が、少し近づいていた。
隣で眠る澪は、無意識のうちに湊の方へ向いており、間にあったはずの隙間はほぼ消えかけていた。
(……寝相、悪いんじゃない?湊くん……)
そしてもう一歩踏み込んで考える。
(それとも、澪ちゃんが意図的に近づいている……?)
胸の奥に、小さなモヤが膨らむ。
言葉にならないその感情に、夏希は小さく息を吐いて目を閉じた。
眠れぬ夜は、まだ少し続く──。
***
──朝方。まだ日差しが部屋に届かぬ、ぼんやりとした時間。
澪は、布団の中で微かに身体を動かした。
「……ん……あ……」
まぶたは半分しか開いておらず、夢と現実の境界が曖昧なまま。
そのまま、彼女はゆっくりと隣へ腕を伸ばし──
すとん。
温もりのある何かを抱きしめた。
「……ん。ふふ……おっきい……ふわふわ……」
それは、湊だった。
澪の腕は湊の胸に回り、彼の体にすり寄るようにしてそのまま──再び、すやすやと寝息を立て始めた。
完全に無意識の寝ぼけ行動だった。
***
その少し後──夏希が目を覚ました。
(……あれ、いつの間にか寝ちゃってた……?)
ぼんやりと起き上がり、視線を横に向けた瞬間──
「……えっ?」
一瞬、頭が理解を拒んだ。
澪と湊が、完全に“抱きあって”いた。
湊はぐっすり眠ったまま。澪は、まるで人形でも抱えているように、その腕にしっかりと湊を包み込んでいる。
(なっ……なにしてるの二人とも!!)
夏希の頬が瞬時に熱を帯び、思考がショートする。
とりあえず、起こさなければと思い、慌てて近づき──
「……澪ちゃん、湊くん!起きてっ……!」
ぱし、と軽く肩を叩く。
最初に湊のまぶたがゆっくりと開いた。
「……ん……?」
視界いっぱいに広がるのは、長い睫毛と静かな寝息。
ふわりと香る、女の子らしい甘い匂い。
(え?)
次の瞬間、自分と澪が抱き合っている形になっていることに気づき──
「なっ……!!?」
湊はまるで爆発するように跳ね起きた。
「ご、ごめん!え、えっと……!俺寝てただけで──!ほんとに!」
全力で取り乱す湊。その横で、ようやく澪が目を開ける。
「……ん。あ……おはよう、湊」
「おはよう、じゃないからっ!」
「……え?あれ?家じゃない?…ぬいぐるみは?……え、私、湊に抱きついてた?」
「うんっ!!全力で!!」
「ふふ……そっか。寝ぼけてたみたい」
あくまでマイペースな澪は、気まずそうな様子もなく、布団を直して体を起こす。
「まあ、でも……寝顔、見られたのはちょっと恥ずかしいかも」
「えっ……ああいや、見てない!いや、ちょっと見たけど──」
湊の狼狽に、夏希がジト目で突っ込んだ。
「で?寝てただけって、その距離で……?」
「ち、ちがうんだって!完全に無自覚だったんだ!俺、寝相悪いのかも……!」
湊が必死に弁明する一方で、澪は悪びれる様子もなくにこにこしている。
「そっか、寝相悪いんだ、湊」
「う……だから悪かったってば……」
「……ふふ、意外とかわいいかも」
ぽつりと呟いた澪の一言に、湊は顔を赤くし、夏希はさらに目を細めた。




