第34話 検証
ダンジョンの朝は早い。
ギルドの支部を出た湊たちは、澄んだ空気の中を歩いて転送施設へ向かっていた。
3人のスキルレベルが上がってからのこの一か月間、彼らはハイになったかのように、ほぼ毎日のようにD級ダンジョンへ潜っている。
《反復》のレベルが3に上がったことで戦術にも幅が出てきた。
夏希の《癒糸》は回復速度と精度が向上し、澪の《暗殺の心得》も気配遮断の性能が跳ね上がった。
結果、湊たちの探索は八層まで進んでいた。
「今日はどうする?八層まで行って探索を進める?」
湊の問いかけに、夏希が頷いた。
「大丈夫だと思う。澪ちゃんも調子良さそうだし」
「いつでも行ける」
澪は短く応じ、足元の小石を避けるように軽やかに進む。
ダンジョンに通い詰めたこの一か月、彼らの行動にはほとんど無駄がなかった。
移動、準備、戦闘、撤退。すべてが馴染んでいる。
以前なら一つ一つに気を遣っていた動作が、今では自然にこなせるようになっていた。
転送装置に立ち、八層の座標を設定。
光に包まれて視界が揺れた瞬間、空気が変わる。湿った地下の空気、足元に這う魔力の感触。
迷宮は今日も、黙って彼らを迎え入れた。
八層の入口は比較的広く、敵も群れずに出現する傾向がある。
初動で出くわしたのは、甲殻をまとった四足獣の魔物だった。
湊が前に出て注意を引き、澪が背後を取る。その間に夏希の支援が展開される。
湊の剣が、角度を変えながら三度振るわれる。
連続する動きはすでに何十回も訓練し、実戦でも繰り返してきた。
その反復回数が湊自身への《リピート》効果となり、剣の一撃ごとの威力がじわじわと上がっていく。
剣が甲殻を裂く感触に、確かな慣れがある。
夏希の癒糸が魔物の足元に絡みつき、動きを封じる。
その間に澪が一閃。短剣が咽喉元を正確に突き、魔物は崩れ落ちた。
「……ふう。順調だね」
「……最近、思わない?」
「何が?」
夏希の言葉に湊が首を傾げると、彼女は袋の中の素材を取り出して見せた。
「……妙に、素材の状態が良いの。角も爪も折れてないし、内臓系の素材も綺麗に取れることが増えた」
「……確かに。宝箱も多い?」
澪が静かに付け加える。
ここ数日の探索で、なぜか妙に“運がいい”日が続いている気がしていた。
「今日も当たりの日、ってことか?」
湊は笑いながらそう言ったが、心のどこかに、わずかな引っかかりが残っていた。
繰り返す日々のなかで、確かに何かが“変わっている”気がしていたのだ。
ある程度八層の探索を進めた後は、地上に戻るために上へ進む。七層、六層と順調に戻り、その日は五層で野営することになった。
「今日の寝床はここだな」
「視界も確保できるし、通路も一本。遮蔽物もあるし、ここなら安全」
設営はすっかり慣れたもので、手分けしてテントを張り、保存食を温める。
寝袋のチェックを終えた湊は、ふと袋の中身を見て驚く。
「……重いな。素材の量、昨日よりも多くないか?」
「うん。しかも、状態がかなりいい。欠損も少ないし……」
「宝箱も三つ見つけたよな。前は多くて一つだったのに」
その場では、「今日は運が良かった」と笑い話にした。
だが湊の心の中では、既に違和感が芽生えていた。
「……最近、ツイてるな」
それは、ただの偶然なのだろうか――。
***
翌日。
ダンジョンから戻った湊たちは、いつものように素材をギルドへ持ち込み、換金カウンターへ向かった。
「ええと、今日は……全部で三十八万九千円ですね。状態が良い素材が多かったので、単価も高くなってます」
受付嬢の穏やかな声に、夏希が驚いたように眉を上げた。
「また三十万超え……最近、換金額がずっと高くない?」
「昨日は三十五万だったし、その前も三十万台後半だった……」
澪も小声で呟く。
換金明細を受け取った湊は、ふと違和感を覚えた。
階層によって違いはあるが、素材の種類と討伐した魔物は大きく変わらない。
それでも収益は以前の一・五倍から二倍に跳ね上がっている。
「敵の強さは変わらないし、回収ルートも特に変化はない。なのに、この収益……」
「さすがに“偶然”って言うには続きすぎだよね」
夏希が言った。
「……《反復》か?」
湊の言葉に、二人の視線が集まる。
「レベル3で、“対象”にも効果が及ぶようになった。それに、効果も、“行動結果の増幅”って書いてて、レベル1や2のときと少しだけ文言が違うのは気になってたんだ。
……もし、俺たちが繰り返しダンジョンを歩くこと自体に効果が蓄積されてるとしたら?」
「ダンジョンへの“反復”?そんなの、聞いたことない」
「でも、ダンジョンっていう対象への行動結果、つまり“素材”や“宝箱出現率”の増幅なら、つじつまは合う」
「反復することで、探索効率が良くなる……?」
湊はしばし考え込んだ。
たしかに《リピート》の説明には「対象」としか書かれていなかった。
だが、“対象”の定義が広がれば、それは地形や構造、つまり迷宮そのものにも及ぶ可能性がある。
「試してみる価値はあるかもな。……明日、一度休んでみよう」
二人は目を見開いた。
「休む?」
「連続じゃないと意味がないかもしれないってこと?」
「そう。たとえば連日潜ったことで効果が出たなら、一日空ければ元に戻るはず」
仮説を立て、確認する。その姿勢は、冒険者というより研究者に近い。
だがそれほどに、《反復》の特性は未知に満ちていた。
***
「今日は……休み、か」
朝の光が差し込む部屋で、湊はベッドに横になったまま天井を見上げていた。
意図的に探索を“休む”と決めた日。
訓練でも調整でもなく、明確な“検証”目的の休息。
夏希と澪も、それぞれ自宅で休んでいた。
ギルドからも連絡はなく、街は穏やかに時を刻んでいた。
午後、湊は喫茶店で夏希と合流した。
小さなテラス席で、アイスティーのグラスを指でなぞりながら、夏希は口を開く。
「……やっぱり、落ち着かないね。体が勝手に“今日も潜る”って覚えてるみたい」
「俺も。なんなら、さっき寝起きに装備確認してた」
思わず笑い合う。
澪も合流し、三人はギルドの記録室で過去の収益を再確認してみることにした。
「ここ最近の三週間で、換金額が三十万超えた日……十四日。」
澪が端末を操作しながら読み上げる。
「やっぱり、異常だよ……」
「連続でダンジョンに通ってる間だけ、ってのがポイントだな」
「つまり、“日をまたいで潜り続けること”自体が、反復としての蓄積になってるってこと?」
夏希の言葉に湊が頷く。
「じゃあ、明日潜ったら、ドロップ率が戻るかどうかで確認できる」
その日は特に訓練もせず、街をぶらついて過ごした。
商店街で装備の新調を眺めたり、ギルドで知り合いと雑談したり。
久々の“普通の日常”が、妙に新鮮だった。
***
そして翌朝。
「今日は第六層から回ろうか。」
湊の提案に、夏希と澪も頷く。
道中の戦闘は順調だったが、異変はすぐに気づけた。
「……素材、少ない」
「敵のドロップ率が前より落ちてる……宝箱も、一つも出てない」
七層を終えた時点で、3人は無言で顔を見合わせた。
帰還後、ギルドでの換金額は二十万二千円。
ここ最近では最低に近い数字だった。
「……やっぱり、“連続日数”が鍵なんだ」
「宝箱の数も、素材の質も、全部下がってた」
「つまり、“迷宮”そのものに《反復》が効いていたってことか」
湊は、静かに頷いた。
《反復》Lv3。
行動や状態だけでなく、“存在”にまで干渉する。
自分や仲間だけでなく、敵、そして……ダンジョンそのもの。
最初は戦闘技術の反復が、自分を強くしているだけだと思っていた。
だが、リピートの本質はもっと根深い。
“蓄積”──。
それは対象が誰であれ、何であれ、行動を重ねることで効果を発揮する。
探索範囲、敵の配置、素材の出現率。
どの要素も、繰り返すことで湊たちに有利に傾く。
すなわち、迷宮を“攻略”するのではなく、“馴染ませる”という発想だ。
「連続で入ることが前提か……一日でも空けるとリセットされるのは厄介だけど」
「でも、逆に言えば、泊まり探索のときには効果が持続する可能性がある。試してみる価値はある」
3人は思わず顔を見合わせた。
「これ、やっぱり《反復》ってヤバいスキルなんじゃ……」
夏希が苦笑する。
「他の人が絶対真似できないってだけでも、かなり有利だと思う」
「環境そのものが味方になる……考えてもみなかった」
湊は、スキル欄に表示された《反復 Lv3》の文字を見つめながら、小さく息を吐いた。
(このスキル、使いこなせれば……“道”すら変えられる)
そして次の瞬間、湊の視線がふと掲示板の片隅に移る。
そこには、新たに貼り出された“関西方面の合同任務”の募集告知。
一行の文字が、静かに彼らの次の物語を告げていた──。




