第33話 リピートLv3
朝のギルドに柔らかな日差しが差し込む頃、湊たちはすでに装備を整え、ダンジョンへと向かう準備を済ませていた。
D級ダンジョンを拠点とした日々は、もう二か月近くになる。
基本は週に4〜5回のペース。状況に応じて、日帰り探索と1泊遠征を使い分ける。
五層までは安定して踏破できるようになっており、最近は六層を中心に、稀に七層をも探索をしている。探索が安定したことで、帰還にかかる時間も減り、六層までなら日帰りでの探索も可能となっていた。
湊の《反復》スキルと身体強化に支えられた剣撃は、すでに一線級の安定感を持ち、澪の潜伏からの奇襲も精度と威力を増し、夏希の支援魔法は、戦闘のリズムと連携に完璧なタイミングで嵌るようになっていた。
「今日も問題なければ、六層までだね」
「ルートは前回と同じでいいと思う。動線も確保できてたし」
「ちょっと遅くなるかもしれないけど、夜には地上に戻ろう」
打ち合わせを終えると、3人は慣れた手つきでギルドを後にする。
ダンジョンに入るたびに、身体の反応が少しずつ“早く”なっている。
湊はそれを、単なる熟練や経験では片づけたくなかった。
(たぶん、これは“理解”だ)
敵の動き、迷宮の構造、罠の配置……すべてが「見えてくる」感覚がある。
《リピート》というスキルが、自分の中で“戦術”として積み重なっている実感がある。
(同じ行動を、繰り返す。それだけなのに、確実に強くなっていく)
迷宮の六層にて、敵の動きを読むタイミングが、以前より半拍早くなっていることに気づいた。
その一瞬が、時には命を分ける。
澪の報告も、いっそう鋭くなっていた。
「この先、魔物の血痕。昨日と同じ個体がまた出てきてる」
夏希の回復魔法も、戦闘の“合間”ではなく“中”に差し込まれるように変化していた。
その日の探索を終え、地上へと戻る3人の足取りは、以前よりも軽く、自然だった。
「慣れてきたね」
「それがいちばん怖いとも言える」
「でも、悪いことばかりじゃない。慣れは力になる」
日々の反復と積み重ね。それは確かに、彼らの背中を押していた。
ギルドに戻った湊たちは、換金カウンターで素材と戦利品の精算を終えると、休憩スペースで冷たいお茶を受け取り、一息ついた。
木製の長テーブルに並んだ紙には、今日の報酬明細が丁寧に記されている。
「……今月、けっこう貯まったね」
夏希が数字を見つめながら、驚き混じりの声を漏らした。
ここ最近、報酬は明らかに安定していた。
一回の探索で得られる素材の売却価格や宝箱の中身は、平均して10〜15万円相当。運が良ければ稀に20万円を超える日もある。
週に4〜5回のペースで通っていることを考えれば、一ヶ月で3人あわせて200〜250万円ほどの収入になる。
「これだけ安定してきたら、魔石のグレード上げてもいいかな。魔力の回復量も全然違うし」
「私も……気になってる暗器がある」
「新型?どんなのだ?」
湊が問いかけると、澪は無言で鞄の中から1冊の分厚い装備カタログを取り出した。
ページを開くと、そこには様々な形状の短剣や、掌に収まるサイズの投擲武器、さらには気配遮断を妨げない特殊素材の装備が並んでいる。
「小型で、音を出さずに連射できる。遮断の妨げにもならない。……問題は、価格」
「……けっこう高そうだな」
「一式そろえると30万くらい。でも、今の私には必要」
その静かな決意に、湊も夏希も何も言わなかった。
代わりに、湊が自分の装備の一部を触りながら、ぼそりと呟く。
「俺も……そろそろ見直しの時期かもしれない」
剣の握り、鞘の重み、鎧の肩当ての角度。
反復の中で生まれた身体の動きは、徐々に既製品と噛み合わなくなってきていた。
(以前は、“冒険者っぽいから”って理由で選んでた。今は違う。
どう動くか、どう勝つか……そこから装備を逆算するようになった)
湊は今、自分がただダンジョンに“潜っている”のではなく、“戦術を組んでいる”のだと気づいていた。
「最近の湊くん、ちょっと変わったよね」
夏希が何気なく言った。
「前より無駄な動きが減ったっていうか。剣を振る前に“勝ち方”が見えてる感じ」
「……そうかな」
ギルドを出て、夕暮れの街を歩く3人。
途中で湊が立ち止まり、目の前の装備店に視線を向ける。
「少しだけ、剣を見ていきたい」
「付き合うよ」
「暗器コーナーもあるはず。私も行く」
誰からともなく、自然に流れ出したその足取りは、すでに“次の一歩”を踏み出していた。
***
また別の日、いつもより余裕があったため、少しだけ足を延ばして七層での戦闘を終えた後。
「……今の一撃、ちょっとおかしくなかったか?」
湊が剣を収めながらぽつりと呟いた。
剣が深く刺さった感触。刃が骨に届いた手応え。
「うん。湊くんの斬撃、いつもより通った気がする……」
夏希も、驚きを隠せないように魔物の死骸に近づいていた。
肩から腰にかけて、斜めに大きく裂けた傷。いつもの一撃と比べても、明らかに深い。
「……いや、俺、いつも通りの動きしかしてない」
「澪の奇襲も、妙に通った。あの種族、気配に敏いはずなのに……」
澪も短く返しながら、自身の体勢と踏み込みを再現していた。
そこには、これまでにない確かな“感触”が残っていた。
何かが、変わっている。
探索を終え、ギルドへ戻った3人は、迷わずスキルチェックを依頼した。
そして表示された結果に、息を飲む。
【スキル】
■ 神谷 湊
・ユニークスキル《反復》 Lv2 → Lv3
■ 遠野 夏希
・ユニークスキル《癒糸》 Lv1 → Lv2
■ 久城 澪
・ユニークスキル《暗殺の心得》 Lv1 → Lv2
「……3人ともスキルレベルアップしてる?」
確認端末を見つめながら、湊がぽつりと呟いた。
この時点で、ギルドの受付内はすでに軽く騒然としていた。
冒険者のスキルは、使えば使うほど熟練度が溜まるが、特にユニークスキルの成長は遅い。
レベル1から2への成長ですら通常は半年以上、あるいは数年以上かかることもある。
それが、3人揃って、約三か月。
しかも、湊のスキルに至ってはすでにLv3。
「まさか、記録ミスじゃないよね……?」
「いや、これは間違いない。俺、最近、戦闘中に“ダメージが乗ってる”感覚があって……」
湊は、ダンジョンでの違和感を思い返す。
同じ敵、同じ攻撃、同じ戦術。にもかかわらず、確実に“効いている”実感があった。
そして、脳裏にふとよぎる仮説があった。
(……もしかして、リピートの効果って、“スキルの成長”にも影響してる?)
「湊くん、どうしたの?」
「……ちょっと、考えてた。俺の《反復》って、同じ動作を繰り返すと効果が上がるスキルだけど……それって、行動だけじゃなく、“習熟”にも作用してるかもしれない」
夏希と澪の目がわずかに見開かれた。
「え……スキル自体の熟練度に、ってこと?」
「うん。レベル1の時点では俺自身にしか効果なかったけど、レベル2から仲間にも効果が出るようになってたよな?
もしリピートが“経験の積み重ね”にもバフをかけてるなら、俺が2段階先に行ってるのも、夏希と澪が他と比べて早くレベルアップしたのも、全部説明がつく」
「……確かに。支援範囲が広がったのと、時期が被ってる」
「湊の成長速度、最初から速かったのも納得」
3人はしばし沈黙する。
だが、その沈黙には、驚きとともにある種の興奮が含まれていた。
「リピート、ただの地味スキルかと思ってたけど……やばくない?」
「スキルを加速させるスキルって、それもう……」
「反復の力、恐るべしだな」
思わず3人で笑い合う。
強くなるということは、単に数字が増えることじゃない。
今まで見えなかったものが、見えるようになるということ。
この瞬間、彼らは“その先の領域”に確かに踏み込み始めていた。
「それでは、各スキルの詳細な成長内容を、こちらにまとめました」
ギルド職員が端末から出力した紙束を湊たちに手渡す。
まだ頭が追いつかないまま、3人は目の前に並べられた紙に目を通した。
■ 神谷 湊
ユニークスキル《反復》
【Lv3】
・自分および周囲の対象(仲間)に“反復効果”を付与(最大25%)
・特定の対象への連続行動で、行動結果の増幅(最大25%)
■ 遠野 夏希
ユニークスキル《癒糸》
【Lv2】
・回復効果が10%上昇(25%→35%)
・リジェネ(持続回復)効果の速度が強化(60秒で5%→30秒で5%)
・精神的ストレスを緩和する効果を持つ“癒しの膜”が展開可能
■ 久城 澪
ユニークスキル《暗殺の心得》
【Lv2】
・奇襲時のダメージが10%上昇(25%→35%)
・気配遮断、察知能力強化(25%:現状維持)
・感覚遮断:短時間、敵に“存在感”を認識させない状態を作り出す
「特定の対象への連続行動で、行動結果の増幅……?同じ敵に攻撃を繰り返すとダメージが増えるってことか?だから第七層でいつもよりダメージが入ったのか」
「……しかし、これ、スキルの内容だけなら完全にD級を超えてるよな」
湊が乾いた声で呟くと、職員は苦笑しつつも深く頷いた。
「現時点で、D級冒険者でユニークスキルLv3に到達した前例は……確認されていません」
「でしょうね……」
***
その頃、ギルドの内部会議室では別の騒動が巻き起こっていた。
3人がスキルチェックを終えた直後、記録部門や観測部門、各管理部署から集まった職員たちがモニターを食い入るように見つめていた。
「神谷湊……前回の記録から数えて、たった二、三か月程度でLv2からLv3……? こんな成長速度……」
各部署の担当者たちは資料をめくり、湊たちの過去の行動記録と戦闘映像を照合していた。
すると、ある職員がふと呟く。
「これ……“他の冒険者にも影響を与える反復スキル”ってことになるんじゃ……」
「しかも、スキルレベルアップにまで関与……?」
「ちょっと、チートじゃないこれ……」
周囲がざわつくなか、モニター越しに湊たち3人の姿が表示されていた。
剣を背に背負い、軽く談笑しながら受付を後にする彼ら。
何気ないその背中に、ギルド職員の誰もが目を奪われていた。
「──また、面白いことになってきたわね」
一人の職員が、そう呟いて小さく笑う。
職員名は藤森。監査官として3人を日々見守ってきた彼女の目に宿るのは、期待と、少しの不安。
「さて、次はどこまで駆け上がってくれるのかしら」
その言葉が、ギルドの静かな熱を、さらに煽っていた。




