第30話 合同訓練二日目
秋留野訓練演習場、訓練二日目の朝。
まだ陽が昇りきらない時間帯、個人訓練エリアの隅で、湊はひとり剣を振っていた。
(同じ動き。構え、踏み込み、振り抜き――完全に一致させる)
昨日、イツキとの会話をきっかけに気づいた《リピート》の“蓄積”という真価。
今、その手応えを実戦に落とし込むため、湊は朝一番からその動作を繰り返していた。
(斬撃、二十回目)
筋肉が悲鳴を上げるのを無視し、滑らかな剣筋を維持する。
蓄積は“同一の動作”にしか反応しないのだ。
(……二十五。これでいい)
リピートの強化上限である25%まで反復を続けたところで、汗が額を流れ、朝の冷気で湯気になる。
息を整えながら、湊は剣を納めた。
その頃、同じ演習場内の簡易テントでは、夏希と澪もそれぞれの準備を進めていた。
「支援展開速度……OK。魔力量、十分」
夏希は軽く呼吸を整えながら、自身の支援魔具を確認していた。
昨日は一歩遅れた。だからこそ、今日は一歩先を読んで動く。
一方の澪は、遮蔽物に身を潜める練習を反復していた。
「視線誘導、完了。潜伏ルート、変更して……突入経路に一工夫」
相手に潜伏ルートを読まれたら意味がない。
昨日と同じでは通用しない。だから、違う動きを仕込む。
準備を終えた三人は、簡易テントに集まり、改めて顔を合わせた。
「……相手も油断はしてこないだろうね」
夏希が言うと、湊は静かに頷いた。
「それでも、勝つ。今回は最初から、仕掛けていく」
「うん。私はすでにルートを変えてある。敵の斥候を誘導して、そこを叩く」
「癒糸はすぐ展開できる。支援速度も、昨日より一段上げたよ」
三人は、言葉少なにうなずき合う。
この一戦は、ただの演習ではない。
昨日の自分たちに、決着をつけるための戦いだ。
勝つか、また負けるか。
その分かれ目に立ちながら、湊たちは静かに武器を手にした。
***
「次の組、準備できてます」
訓練管理員の確認の声が響き、演習場の中央へ湊たちが進み出た。
相対するのは、前日に敗北を喫した“七倉パーティー”。
リーダーの七倉悠人は淡い銀髪を短く整えた魔法剣士。
その後ろに、前衛の格闘士と、後衛の弓術士、そして斥候が並ぶ。
昨日の模擬戦では、その手慣れた連携と速攻に翻弄され、何もできずに終わった。
だが今日は違う。
「再戦とは光栄だな。昨日のままじゃ、終われなかったか?」
七倉がやや挑発気味に笑う。
「……まあな。管理員にリベンジをお願いした」
湊は表情を変えず、そう返した。
三人が軽く頷き合い、開始の合図を待つ。
澪はすでに姿を消しており、夏希の癒糸は準備万端。
湊の背には、すでに《リピート》で二十五回分蓄積された“斬撃”が静かにうねっていた。
「演習、開始!」
鋭いアナウンスと同時に、七倉チームが動いた。
斥候が側面へ回り、格闘士が先頭を切って距離を詰める。
続いて、七倉自身が中衛から魔法剣の構えを取った。
(動きは昨日とほぼ同じ。だが……読ませる)
湊は、あえて昨日と同じ斬撃の型を見せるように構えた。
「左から回り込むぞ!後衛を崩せば前衛は散る!」
七倉の指示が飛び、格闘士が一直線に夏希へ突っ込んでくる。
澪の潜伏位置を読んだかのように、斥候も逆方向から斜線を確保する動きだ。
「来た……!」
夏希がギリギリで癒糸を展開、直撃を避けるも、一撃でバランスを崩されかける。
その瞬間――
「――今だ」
湊が駆け出す。
あえて崩されたように見えた布陣、その裏に隠された一撃。
格闘士が湊の動きを見て、後ろ蹴りで迎撃しようとした瞬間――
「リピート」
低く、しかし明瞭な声と共に、湊の剣が放たれる。
それは、すでに二十五回繰り返された“斬撃”の完全再現。
身体強化と夏希からのバフも相まって、剣が空気を割り、雷のような轟音が走った。
格闘士のガントレットごと斬撃が胴へ突き抜け、防具を貫いた。
「が、はっ……!?」
一撃。
それだけで、敵前衛が地に膝をついた。
「なんだ、今の……!?」
七倉が叫ぶより早く、澪の短剣が斥候の背後から突き刺さる。
潜伏を読んだはずの相手が、逆に“誘導された位置”へ引き込まれていた。
夏希の癒糸が湊と澪の動きに追随し、回復と強化を同時に展開。
三人の動きが、はっきりと“噛み合っていた”。
「これが……俺たちの、反撃だ」
湊の目が静かに燃えていた。
「前衛、崩された!?下がれ、整えるぞ!」
七倉が叫ぶ。
格闘士は辛うじて立ち上がったが、腹部の装甲は大きく裂けていた。
一撃でそこまで――斬撃に“何か”が乗っていたのは明らかだった。
「援護、投射ライン確保して!斥候、再接近しろ!」
後衛の弓術士が矢をつがえ、斥候が側面から再び回り込む。
一瞬の隙を突いて、反撃の起点を作ろうとする七倉たち。
だが――それすら、湊たちは見越していた。
「澪!」
「――了解」
澪が身を翻し、再び姿を消す。
潜伏スキルの切れ目と再発動のタイミングを正確に重ね、斥候の背後に迫る。
(昨日と同じことはやらない。相手の“読み”の裏を取る)
一方、湊は前衛の格闘士に対して斜めに詰め寄ると見せかけて、急角度で進路を変えた。
狙いは中衛に位置を戻していた七倉自身。
「来ると思ったよ。今度は――読めてる!」
七倉が剣を構え、魔法をまとわせた斬撃を放つ。
湊の剣とぶつかる、かに思えたその瞬間――
(今だ)
直前の剣筋を“避ける”動作
湊の体がまるで空気を滑るように七倉の剣を外し、反動を使って一回転。
そのまま体勢を崩した七倉の右側面へ回り込み、渾身の斬撃を叩き込む。
「くっ……!」
七倉の魔法外套が一部切り裂かれ、スパークを散らす。
ギルド本部職員が目を見張って、端末に記録を取っていた。
「おかしい……あれは反応できない距離じゃなかった……!」
七倉は焦っていた。
“読めたはずの一撃”が読めない。
それは、湊が“読み”そのものをずらしてきている証拠だった。
「後衛制圧完了!」
後方から澪の声が飛ぶ。
斥候との読み合いを制し、弓術士を無力化していた。
残るはリーダーの七倉と、重傷の格闘士。
「俺たちは、“昨日のまま”じゃない」
湊の剣が、改めて構えられる。
それは恐ろしいまでに静かで、正確な型――反復された“勝利の型”。
七倉は顔をしかめ、一歩下がる。
「まさか、ここまで仕上げてくるとはな……昨日の俺たちが、甘かったらしい」
「お前らが弱かったんじゃない。俺たちが、“強くなった”だけだ」
その言葉と共に、湊は最後の斬撃へ踏み込んだ。
ガキィィン――!!
高い金属音とともに、七倉の剣が宙を舞い、湊の斬撃が胸元を正確に裂いた。
魔力制御された演習服がダメージ検知し、七倉の体が崩れ落ちる。
「――演習、終了!勝者、“神谷パーティー”!」
アナウンスの声と共に、場に静寂が落ちた。
湊たち三人はしばらく無言のまま、その場に立ち尽くしていた。
勝った。
ただの勝利ではない――“実力で、正面から”勝ったのだ。
湊がゆっくりと剣を納めた。
後ろから、夏希の喜びの声が飛ぶ。
「やった……!本当に、勝った……!」
澪も静かに頷いていた。
「リピート、あれ……すごい。あのままなら、C級にも通じるかもしれない」
(……ようやく、“剣が通る”ようになった)
湊は剣の柄を強く握った。
剣は、もう過去の自分の剣ではない。
《リピート》は、ただの変則スキルではなく、“戦術”に昇華され始めていた。
***
訓練演習場の隅。
勝利直後の熱気が少しずつ引いていく中、湊たちは仮設ベンチで水を飲みながら、それぞれ息を整えていた。
「……ほんとに、勝てたんだね」
夏希がぽつりと漏らした。
その声には、安堵と、少しの信じられなさ、そして確かな喜びが混ざっていた。
「うん。正面から、正攻法で」
澪の声はいつも通り静かだったが、その瞳には自信の色があった。
全員が、自分たちが“変わった”ことを感じていた。
ただ、言葉にしなくても伝わる。
昨日までの自分たちでは届かなかった勝利を、今日は掴み取った。
「……それにしても、湊くんの剣……ほんとに凄かった」
夏希が湊を見つめながら続ける。
「ただ強いとか、速いとかじゃなくて……斬撃に“意味”があったっていうか、全部がちゃんと繋がってる感じで」
「“蓄積”って、こういうことなんだなって。剣が、ちゃんと“語ってた”」
「語ってたって……」
湊は苦笑しながらも、どこか誇らしげに肩をすくめた。
「でもまあ……あれでようやく、“届くようになった”くらいだ。
これから先、もっと上に行くなら……《リピート》を、もっと深く掘らなきゃいけない」
夏希が小さく笑い、澪もわずかに頷いた。
***
その後、演習場の仮設テント。
ギルド本部から派遣された外部教官のひとりが、湊たちの戦闘映像を再生していた。
「……確かに、ただの連撃じゃない。あの動作、“溜めてた”な」
中年の教官は顎をさすりながら、端末にメモを残す。
《神谷湊、D級。反復型ユニークスキル所持。初動と解放に明確な戦術性。要経過観察》
「このまま成長すれば、C級候補だ。推薦に入れておくか」
湊たちの名前が、“注目対象”として記録に残されたその瞬間だった。
***
その夜、湊たちは簡易テントで三人並んで寝袋に入りながら、眠る直前のひとときを過ごしていた。
「……湊くん」
夏希の声が暗がりの中から聞こえてくる。
「ん?」
「今日の勝利、すごく嬉しかった。……なんかね、ちょっと泣きそうになったくらい」
「……そっか」
「明日もまた頑張ろうね。もっと強くなりたい。……湊くんと一緒に、澪ちゃんとも、もっと遠くまで行きたい」
少しの沈黙の後、湊は静かに答えた。
「……ああ。俺も、そう思う」
その言葉に、夏希の微笑が闇の中に広がった気がした。
***
深夜、全てが静まり返った演習場の空の下。
一陣の風が、湊の寝袋の口元をふわりと撫でる。
彼の胸の内には、確かな“手応え”があった。
そしてその先に、まだ見ぬ“強さ”があると、はっきり感じていた。
(剣は、まだ……強くなる)
それが、今の湊の答えだった。




