表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/82

第29話 合同訓練初日

郊外の空は澄み渡り、まだ朝の涼しさを残していた。

東京の外れにある《秋留野訓練演習場》。

その広大な敷地の入り口には、すでに多くの冒険者たちが集まっていた。


湊たち三人が到着したのは、受付開始から少し経った午前九時過ぎ。

目の前に広がる光景に、三人は自然と足を止める。


「……すごい人の数」


「本当にD級ばっかり……?」


夏希が資料を見直しながら呟く。

参加者はおよそ50名。すべてがD級の推薦者、あるいは戦歴評価で選抜された“次の段階に進もうとする者たち”だった。


敷地内には大きな仮設テントが張られ、掲示板には訓練のタイムスケジュールや名簿が貼り出されている。

荷物を抱えた参加者たちが談笑し、武器の手入れをしている光景は、まるで小規模な冒険者ギルドそのものだ。


「みんな、どこか余裕ある顔してるな……」


湊が小さく漏らすと、澪が周囲を横目で観察しながら言った。


「たぶん、“見せてる”んだと思う。余裕があるって」


「意識高いのは、いいことかもしれないけど……ちょっと緊張してきたかも」


「でも、ここに来たのは、そういう“空気”を吸うためでしょ?」


湊の言葉に、夏希も小さく頷く。


三人は受付へと歩き、持参してきた推薦状と身分証を提出した。

受付員の簡潔な案内に従って、参加者名簿を確認する。


「……神谷湊、遠野夏希、久城澪。あった」


澪が指差したその瞬間、少し離れた場所から陽気な声が響いた。


「おーい、湊ーっ!」


手を振りながら駆け寄ってきたのは、金髪をざっくりと立てた青年――イツキだった。

以前、ギルドの簡易食堂で偶然昼食を共にしたことのある、同世代のD級冒険者だ。


「やっぱ来てたか! 湊なら絶対来ると思ってた!」


「……イツキ。お前も推薦で?」


「うん。俺のチーム、全員推薦だったんだよ。《スティングレイ》って覚えてる?」


「名前だけは」


「ひどっ。まあ、今日から嫌でも覚えることになるって」


イツキがそう笑った瞬間、彼の後ろから三人の冒険者が歩いてくる。


「初めまして。《スティングレイ》の斥候、リオです」


「槍使いのカズヤ。よろしくな」


「俺は……まあ、特に役職ないけど、イツキの付き添いみたいなもん。ケントです」


どこか影の薄い男――ケントが軽く頭を下げると、他のメンバーもそれに倣った。


「……澪。湊と同じパーティー」


「遠野夏希です。よろしくお願いします」


夏希と澪もそれぞれ軽く会釈したが、どこか探るような視線をイツキたちに向けていた。


「前にちょっとメシ一緒に食っただけなんだけどさ。今回はこうしてまた会えて、個人的には嬉しいなって」


イツキはそう言って笑う。

軽薄に見えて、不思議と嫌味がない。人懐っこさと冒険者らしい自信を両立したようなタイプだった。


「それに、俺たちさ。上を狙ってるんだよ。この訓練で一目置かれる存在になって、次のステージに行きたい」


「……強いの?」


澪が単刀直入に問うと、カズヤが不敵に笑った。


「試してみるか?混成訓練で当たる可能性あるんだろ?」


「それは楽しみですね」


リオは柔らかく微笑んだが、目は油断なく光っている。


「じゃ、あとでまた!」


イツキたちは受付を済ませ、談笑しながら別の待機テントへ向かっていった。


三人がその背中を見送ると、夏希がぽつりと呟いた。


「……なんか、明るい人たちだね」


「でも、ただ明るいだけじゃない。目が“上”を見てる」


湊の声は静かだったが、芯が通っていた。


三人は案内されたテントで荷をほどき、支給された訓練資料を確認しながら、互いに頷き合う。


「模擬戦に混成訓練、それと座学。かなり詰め込まれてるな」


「でも、これだけの時間で何かを掴むには、それくらいじゃなきゃダメだよ」


「今日と明日、“変わるため”の二日間にしよう」


***


訓練初日。午前中は、まず“実力把握”のための模擬戦が行われた。


演習場中央には、実戦を想定した木製の障害物や遮蔽物が点在しており、広さはダンジョン一層分程度。

自然地形と人工構造が混ざった複雑な地形だ。


「では、模擬戦第一組――“神谷パーティー”対“七倉パーティー”、前へ」


アナウンスの声が響き、湊たちは指定のスタート地点へと移動する。

相手は東関東支部所属のD級パーティー。リーダーの名前は七倉悠人。魔法剣士らしい。


「気を引き締めて。澪、いつも通り後ろから展開。夏希、最初からバフよろしく」


「了解」


湊が剣の柄に手をかけ、構えを取る。


対面に現れた相手チームは、全員が身軽な装備をまとっていた。

盾役不在、前衛2・後衛2の機動力重視構成。おそらくは“短期決戦型”――速攻で戦局を決める構成だ。


「……来るぞ」


開始の合図と同時に、七倉チームの前衛が一直線に駆け出した。


「癒糸――!」


夏希が癒糸を放ち、湊の身体を光で包む。


湊は踏み込んだ。

連続斬撃の中に《反復》の力を乗せ、徐々に威力を底上げする。

だが――


「――浅い!?」


斬撃は相手の外套を掠めただけ。すでに読まれていた。


「こっちにも来てる!」


澪が咄嗟に跳び退く。背後に回り込んできた敵の斥候が、短剣で襲いかかっていた。

かろうじて躱すも、位置取りを崩される。


夏希が術式を再展開するが、その間に前衛が押し込まれる。


(早い……この連携、完全に“慣れてる”)


相手チームの動きは、幾度となく錬成をして積み上げた“完成された流れ”だった。

こちらの動線が予測されている。対応が速い。

そして、なにより火力が高い。


(俺の剣は、届いてない……!)


三人が懸命に耐えたものの、構成上の不利と地形の読み負けで次第に押され、

最終的には湊が七倉に斬り伏せられたことで模擬戦は終了した。


「――終了。勝者、“七倉パーティー”」


アナウンスの声と共に、訓練場に魔力の薄靄が戻る。


敗北の余韻は重かった。

周囲からは拍手や声援が飛ぶが、それは勝者に向けられている。


湊は剣を鞘に収めながら、無言で立ち上がった。


「……ごめん。私、もう少し支援、早くできてれば……」


夏希が言うと、澪が首を横に振った。


「私も動きが読まれてた。完全に“上”の相手だった」


「……俺も、何も通せなかった。リピートの上乗せも、剣術も、全部……止められた」


敵の斬撃は迷いがなく、位置取りも完璧。

まるで“こちらの最適解”を先に読まれているようだった。


三人は無言で休憩テントに戻る。


周囲では、他のパーティーが活気ある声を交わしていた。


「やったな!」


「ナイスカバー!」


「次はどう崩すか、試したいな」


その声が、遠くに感じられた。


(このままじゃダメだ)


湊は拳を握る。


何かを――“根本的に”変えなければ、上には行けない。


けれど、その“何か”が何なのか。

この時点では、まだ分からなかった。


***


午後の訓練は、混成チームでの小規模演習を想定した戦術座学と、実技のグループワーク。

湊たちは資料の整理を終え、訓練場の隅に設けられた簡易休憩所にいた。


昼食後のひととき。

湊は水筒の冷たい水を口に含みながら、先ほどの模擬戦の映像を頭の中で巻き戻していた。


(連携も、立ち位置も、技術も、負けてた。……でも一番の差は、“仕掛ける前の準備”か)


思えば七倉チームの一撃は、すべて“想定済み”で構築されていた。

こちらが構えた瞬間、そこに届くまでの数秒の間に、対処されてしまう。


「剣筋が見えてる」と言われれば、それまでだった。


だが――それだけでは終われない。


「よー、湊。ここ、空いてる?」


背後から声がかかり、湊が顔を上げると、イツキが手を振っていた。


「ああ。……午前の模擬戦、見てたか?」


「ああ。七倉って奴ら、強いよな。俺たちも去年、模擬戦でやられたよ」


そう言いながら、イツキはベンチの反対側に腰を下ろした。

その後ろから、斥候のリオと槍使いのカズヤもやってくる。ケントの姿は見えなかったが、どうやら別グループに混ざっているらしい。


「にしても、お前の剣、相変わらず綺麗だな」


「……綺麗、か?」


「無駄がないって意味で。タイミングも精度も、ほぼ完璧。……でも“威力が足りてない”って感じた」


図星だった。


湊は眉を潜め、無言で頷いた。


「リピートって、何度も同じ動きを繰り返すと威力が上がるんだよな?」


「ああ。戦闘中に繰り返して、少しずつ積んでいく」


「それさ……事前に積んどけばいいんじゃね?」


湊が目を見開いた。


「……事前に?」


「うん。例えば、ダンジョン入る前に“素振り100回”みたいな。リピートって、使った回数が蓄積するんだろ?じゃあ、先に貯めとけるんじゃないのかって思っただけ」


「……っ」


その一言が、湊の中で何かをはじけさせた。


リピート――反復。

これまで湊は、その力を“戦闘中に繰り返すことで強化される”ものだと考えていた。

けれど、それは単なる“結果”であって、“条件”ではないのではないか。


“繰り返した回数だけ、威力が上がる”


ならば――


“戦闘前に繰り返した回数を、戦闘中にまとめて解放できる”のでは?


「……湊?」


イツキの声が遠くなった。


(もし、開戦前に斬撃動作を20回繰り返しておけば、21発目の斬撃は21%上乗せになる……?)


蓄積。保存。解放。


今まで湊は、剣を振っても、その動作が“反復”として意味を持つとは思っていなかった。

だが、冷静に考えれば、《リピート》は“ただのバフ”ではない。

それは行動の記憶を刻み込み、強化するスキルだ。


(俺の斬撃は、溜めておけるのか……?)


その可能性に思い至った瞬間、湊の中に電流のような衝撃が走った。


「……ありがとな、イツキ」


「ん?」


「お前の、なんでもない疑問が……俺の“壁”を壊したかもしれない」


「お、おう?俺なんか、言ったっけ?」


イツキはぽかんとしながらも、「そっか!」と嬉しそうに笑った。


「お前さ、ずっと考え込んでたろ?誰かの言葉で、何かが開くことってあるよな。俺も昔、師匠に『迷ったら寝ろ』って言われて、三日寝たことあるし!」


「それはただのサボりでは……」


リオが呆れたように呟き、カズヤが笑いながら肩をすくめる。


湊はふっと笑い、立ち上がった。


「少し、試してくる。剣を振るだけだから、気にしないでくれ」


そう言って、訓練場の隅へ向かって歩き出す。


その背中には、先ほどまでなかった熱が宿っていた。


(――できるかもしれない)


今までずっと“戦闘中”に強くなることばかり考えていた。

でも、今この瞬間から――“戦う前に”強くなれる。


それはまだ、仮説にすぎなかった。


だが確信めいた予感があった。


この気づきが、明日の戦いを変える。

いや――この訓練の意味そのものを、変えてくれる。


***


日が西へ傾き始めた頃、訓練場の隅に設けられた個人訓練エリアで、湊はひとり、剣を振っていた。


目を閉じ、深く息を吸う。

右足を一歩前に出し、腰を落とし、静かに刀身を引く。


(一撃――)


風を裂くように、斬撃。


(二撃――)


斜め下から、鋭く払う。


(三撃、四撃、五撃――)


ひたすら、同じ動作を繰り返す。

角度、力加減、踏み込み、剣の軌道――すべてを“同一”に保つことだけに集中する。


《リピート》は、反復した動作の“蓄積”によって、次の一撃を強化するスキル。

これまでは戦闘中に動きながら、それを実現してきた。


だが今、湊は“事前蓄積”の可能性に賭けていた。


(……二十五)


剣を振るうたび、身体の感覚が研ぎ澄まされていく。


意識は徐々に“剣そのもの”へと近づき、余計な思考が削ぎ落とされていく。


最後の一撃を振り抜いたとき、湊は静かに目を開けた。


「……次が、本番だ」


視線の先――標的用に設置された魔力反応型の模擬ゴーレム。

D級ダンジョンの中層想定で作られた訓練用モンスターだ。


全高約2メートル、重装甲の両腕と、鈍重だが高耐久の躯体を持つ。


湊はその前に立ち、ゆっくりと構えを取った。

呼吸を整える。視界が狭まり、意識が一点に収束する。


(この一撃が――溜めた力の解放になる)


踏み込む。


右足を軸に、一気に間合いを詰める。


「――はっ!!」


放たれた斬撃は、これまでと同じ“型”――だが、手応えは明らかに違った。


剣がゴーレムの胸部を斜めに断ち切ると、甲高い金属音と共に火花が飛び散る。


模擬ゴーレムがよろめいた。


「……!」


衝撃で一歩、二歩と後退したかと思えば、機構の胸部にあった制御核が露出する。

そこに一呼吸置かず、もう一撃。


「――はああっ!!」


今度は制御核を正確に突き、斬撃がゴーレムの動力を完全に沈黙させた。


機体が軋んだ音と共に崩れ落ち、訓練エリアに静寂が広がった。


湊は息を切らしながら、剣を下ろした。


(……効いた。確かに、効いた)


通常の斬撃なら、ここまで深くは入らない。

いつもは何度も攻撃してようやくダウンを奪える相手だ。


だが今回は、事前に繰り返した動作の蓄積が、一撃に“集約”された。


手応えだけではない。

剣を振った直後、身体に伝わってきたのは、まるで“全身が共鳴した”ような感覚だった。


それは、ただ強くなったのではなく――“整合された力”が爆発した証拠。


「……《リピート》は、“事前に溜めておける”」


静かに呟いた言葉は、湊自身への確認でもあった。


戦闘中に繰り返すだけではない。

戦闘前に準備し、それを初撃に込めることで、戦闘開始の一手を決定打に変えることができる。


「これが、突破口だ」


装備、連携、鍛錬――どれも大事だ。

だが、自分にしかできない戦い方を見つけること。

それこそが、“先に進む”ために必要なものだった。


「湊くん……!」


声がした。

振り返ると、夏希と澪が急ぎ足で訓練場の柵を越えてやってくる。


「さっきの……見たよ。ゴーレム、一撃で崩れてた……!」


「あれ、反復の新しい使い方……?」


湊は小さく頷く。


「事前に蓄積して、まとめて解放した。……できるとは思ってなかったけど、上手くいった」


「すごいよ、それ……本当に、すごい!」


夏希の目が輝いていた。

澪の口元もわずかにほころんでいた。


「これで、次の模擬戦……勝てるかもしれない」


「いや、まだ仮説が一つ通っただけだ。実戦で通用するかは、試してみないと分からない」


湊はそう言いながらも、確かな自信を宿した眼差しで前を見据えていた。


明日――再び訓練は続く。

だがもう、彼らの中にあった“閉塞”はなかった。


何かが変わる、その予感だけは確かにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ