第29話 合同訓練初日
郊外の空は澄み渡り、まだ朝の涼しさを残していた。
東京の外れにある《秋留野訓練演習場》。
その広大な敷地の入り口には、すでに多くの冒険者たちが集まっていた。
湊たち三人が到着したのは、受付開始から少し経った午前九時過ぎ。
目の前に広がる光景に、三人は自然と足を止める。
「……すごい人の数」
「本当にD級ばっかり……?」
夏希が資料を見直しながら呟く。
参加者はおよそ50名。すべてがD級の推薦者、あるいは戦歴評価で選抜された“次の段階に進もうとする者たち”だった。
敷地内には大きな仮設テントが張られ、掲示板には訓練のタイムスケジュールや名簿が貼り出されている。
荷物を抱えた参加者たちが談笑し、武器の手入れをしている光景は、まるで小規模な冒険者ギルドそのものだ。
「みんな、どこか余裕ある顔してるな……」
湊が小さく漏らすと、澪が周囲を横目で観察しながら言った。
「たぶん、“見せてる”んだと思う。余裕があるって」
「意識高いのは、いいことかもしれないけど……ちょっと緊張してきたかも」
「でも、ここに来たのは、そういう“空気”を吸うためでしょ?」
湊の言葉に、夏希も小さく頷く。
三人は受付へと歩き、持参してきた推薦状と身分証を提出した。
受付員の簡潔な案内に従って、参加者名簿を確認する。
「……神谷湊、遠野夏希、久城澪。あった」
澪が指差したその瞬間、少し離れた場所から陽気な声が響いた。
「おーい、湊ーっ!」
手を振りながら駆け寄ってきたのは、金髪をざっくりと立てた青年――イツキだった。
以前、ギルドの簡易食堂で偶然昼食を共にしたことのある、同世代のD級冒険者だ。
「やっぱ来てたか! 湊なら絶対来ると思ってた!」
「……イツキ。お前も推薦で?」
「うん。俺のチーム、全員推薦だったんだよ。《スティングレイ》って覚えてる?」
「名前だけは」
「ひどっ。まあ、今日から嫌でも覚えることになるって」
イツキがそう笑った瞬間、彼の後ろから三人の冒険者が歩いてくる。
「初めまして。《スティングレイ》の斥候、リオです」
「槍使いのカズヤ。よろしくな」
「俺は……まあ、特に役職ないけど、イツキの付き添いみたいなもん。ケントです」
どこか影の薄い男――ケントが軽く頭を下げると、他のメンバーもそれに倣った。
「……澪。湊と同じパーティー」
「遠野夏希です。よろしくお願いします」
夏希と澪もそれぞれ軽く会釈したが、どこか探るような視線をイツキたちに向けていた。
「前にちょっとメシ一緒に食っただけなんだけどさ。今回はこうしてまた会えて、個人的には嬉しいなって」
イツキはそう言って笑う。
軽薄に見えて、不思議と嫌味がない。人懐っこさと冒険者らしい自信を両立したようなタイプだった。
「それに、俺たちさ。上を狙ってるんだよ。この訓練で一目置かれる存在になって、次のステージに行きたい」
「……強いの?」
澪が単刀直入に問うと、カズヤが不敵に笑った。
「試してみるか?混成訓練で当たる可能性あるんだろ?」
「それは楽しみですね」
リオは柔らかく微笑んだが、目は油断なく光っている。
「じゃ、あとでまた!」
イツキたちは受付を済ませ、談笑しながら別の待機テントへ向かっていった。
三人がその背中を見送ると、夏希がぽつりと呟いた。
「……なんか、明るい人たちだね」
「でも、ただ明るいだけじゃない。目が“上”を見てる」
湊の声は静かだったが、芯が通っていた。
三人は案内されたテントで荷をほどき、支給された訓練資料を確認しながら、互いに頷き合う。
「模擬戦に混成訓練、それと座学。かなり詰め込まれてるな」
「でも、これだけの時間で何かを掴むには、それくらいじゃなきゃダメだよ」
「今日と明日、“変わるため”の二日間にしよう」
***
訓練初日。午前中は、まず“実力把握”のための模擬戦が行われた。
演習場中央には、実戦を想定した木製の障害物や遮蔽物が点在しており、広さはダンジョン一層分程度。
自然地形と人工構造が混ざった複雑な地形だ。
「では、模擬戦第一組――“神谷パーティー”対“七倉パーティー”、前へ」
アナウンスの声が響き、湊たちは指定のスタート地点へと移動する。
相手は東関東支部所属のD級パーティー。リーダーの名前は七倉悠人。魔法剣士らしい。
「気を引き締めて。澪、いつも通り後ろから展開。夏希、最初からバフよろしく」
「了解」
湊が剣の柄に手をかけ、構えを取る。
対面に現れた相手チームは、全員が身軽な装備をまとっていた。
盾役不在、前衛2・後衛2の機動力重視構成。おそらくは“短期決戦型”――速攻で戦局を決める構成だ。
「……来るぞ」
開始の合図と同時に、七倉チームの前衛が一直線に駆け出した。
「癒糸――!」
夏希が癒糸を放ち、湊の身体を光で包む。
湊は踏み込んだ。
連続斬撃の中に《反復》の力を乗せ、徐々に威力を底上げする。
だが――
「――浅い!?」
斬撃は相手の外套を掠めただけ。すでに読まれていた。
「こっちにも来てる!」
澪が咄嗟に跳び退く。背後に回り込んできた敵の斥候が、短剣で襲いかかっていた。
かろうじて躱すも、位置取りを崩される。
夏希が術式を再展開するが、その間に前衛が押し込まれる。
(早い……この連携、完全に“慣れてる”)
相手チームの動きは、幾度となく錬成をして積み上げた“完成された流れ”だった。
こちらの動線が予測されている。対応が速い。
そして、なにより火力が高い。
(俺の剣は、届いてない……!)
三人が懸命に耐えたものの、構成上の不利と地形の読み負けで次第に押され、
最終的には湊が七倉に斬り伏せられたことで模擬戦は終了した。
「――終了。勝者、“七倉パーティー”」
アナウンスの声と共に、訓練場に魔力の薄靄が戻る。
敗北の余韻は重かった。
周囲からは拍手や声援が飛ぶが、それは勝者に向けられている。
湊は剣を鞘に収めながら、無言で立ち上がった。
「……ごめん。私、もう少し支援、早くできてれば……」
夏希が言うと、澪が首を横に振った。
「私も動きが読まれてた。完全に“上”の相手だった」
「……俺も、何も通せなかった。リピートの上乗せも、剣術も、全部……止められた」
敵の斬撃は迷いがなく、位置取りも完璧。
まるで“こちらの最適解”を先に読まれているようだった。
三人は無言で休憩テントに戻る。
周囲では、他のパーティーが活気ある声を交わしていた。
「やったな!」
「ナイスカバー!」
「次はどう崩すか、試したいな」
その声が、遠くに感じられた。
(このままじゃダメだ)
湊は拳を握る。
何かを――“根本的に”変えなければ、上には行けない。
けれど、その“何か”が何なのか。
この時点では、まだ分からなかった。
***
午後の訓練は、混成チームでの小規模演習を想定した戦術座学と、実技のグループワーク。
湊たちは資料の整理を終え、訓練場の隅に設けられた簡易休憩所にいた。
昼食後のひととき。
湊は水筒の冷たい水を口に含みながら、先ほどの模擬戦の映像を頭の中で巻き戻していた。
(連携も、立ち位置も、技術も、負けてた。……でも一番の差は、“仕掛ける前の準備”か)
思えば七倉チームの一撃は、すべて“想定済み”で構築されていた。
こちらが構えた瞬間、そこに届くまでの数秒の間に、対処されてしまう。
「剣筋が見えてる」と言われれば、それまでだった。
だが――それだけでは終われない。
「よー、湊。ここ、空いてる?」
背後から声がかかり、湊が顔を上げると、イツキが手を振っていた。
「ああ。……午前の模擬戦、見てたか?」
「ああ。七倉って奴ら、強いよな。俺たちも去年、模擬戦でやられたよ」
そう言いながら、イツキはベンチの反対側に腰を下ろした。
その後ろから、斥候のリオと槍使いのカズヤもやってくる。ケントの姿は見えなかったが、どうやら別グループに混ざっているらしい。
「にしても、お前の剣、相変わらず綺麗だな」
「……綺麗、か?」
「無駄がないって意味で。タイミングも精度も、ほぼ完璧。……でも“威力が足りてない”って感じた」
図星だった。
湊は眉を潜め、無言で頷いた。
「リピートって、何度も同じ動きを繰り返すと威力が上がるんだよな?」
「ああ。戦闘中に繰り返して、少しずつ積んでいく」
「それさ……事前に積んどけばいいんじゃね?」
湊が目を見開いた。
「……事前に?」
「うん。例えば、ダンジョン入る前に“素振り100回”みたいな。リピートって、使った回数が蓄積するんだろ?じゃあ、先に貯めとけるんじゃないのかって思っただけ」
「……っ」
その一言が、湊の中で何かをはじけさせた。
リピート――反復。
これまで湊は、その力を“戦闘中に繰り返すことで強化される”ものだと考えていた。
けれど、それは単なる“結果”であって、“条件”ではないのではないか。
“繰り返した回数だけ、威力が上がる”
ならば――
“戦闘前に繰り返した回数を、戦闘中にまとめて解放できる”のでは?
「……湊?」
イツキの声が遠くなった。
(もし、開戦前に斬撃動作を20回繰り返しておけば、21発目の斬撃は21%上乗せになる……?)
蓄積。保存。解放。
今まで湊は、剣を振っても、その動作が“反復”として意味を持つとは思っていなかった。
だが、冷静に考えれば、《リピート》は“ただのバフ”ではない。
それは行動の記憶を刻み込み、強化するスキルだ。
(俺の斬撃は、溜めておけるのか……?)
その可能性に思い至った瞬間、湊の中に電流のような衝撃が走った。
「……ありがとな、イツキ」
「ん?」
「お前の、なんでもない疑問が……俺の“壁”を壊したかもしれない」
「お、おう?俺なんか、言ったっけ?」
イツキはぽかんとしながらも、「そっか!」と嬉しそうに笑った。
「お前さ、ずっと考え込んでたろ?誰かの言葉で、何かが開くことってあるよな。俺も昔、師匠に『迷ったら寝ろ』って言われて、三日寝たことあるし!」
「それはただのサボりでは……」
リオが呆れたように呟き、カズヤが笑いながら肩をすくめる。
湊はふっと笑い、立ち上がった。
「少し、試してくる。剣を振るだけだから、気にしないでくれ」
そう言って、訓練場の隅へ向かって歩き出す。
その背中には、先ほどまでなかった熱が宿っていた。
(――できるかもしれない)
今までずっと“戦闘中”に強くなることばかり考えていた。
でも、今この瞬間から――“戦う前に”強くなれる。
それはまだ、仮説にすぎなかった。
だが確信めいた予感があった。
この気づきが、明日の戦いを変える。
いや――この訓練の意味そのものを、変えてくれる。
***
日が西へ傾き始めた頃、訓練場の隅に設けられた個人訓練エリアで、湊はひとり、剣を振っていた。
目を閉じ、深く息を吸う。
右足を一歩前に出し、腰を落とし、静かに刀身を引く。
(一撃――)
風を裂くように、斬撃。
(二撃――)
斜め下から、鋭く払う。
(三撃、四撃、五撃――)
ひたすら、同じ動作を繰り返す。
角度、力加減、踏み込み、剣の軌道――すべてを“同一”に保つことだけに集中する。
《リピート》は、反復した動作の“蓄積”によって、次の一撃を強化するスキル。
これまでは戦闘中に動きながら、それを実現してきた。
だが今、湊は“事前蓄積”の可能性に賭けていた。
(……二十五)
剣を振るうたび、身体の感覚が研ぎ澄まされていく。
意識は徐々に“剣そのもの”へと近づき、余計な思考が削ぎ落とされていく。
最後の一撃を振り抜いたとき、湊は静かに目を開けた。
「……次が、本番だ」
視線の先――標的用に設置された魔力反応型の模擬ゴーレム。
D級ダンジョンの中層想定で作られた訓練用モンスターだ。
全高約2メートル、重装甲の両腕と、鈍重だが高耐久の躯体を持つ。
湊はその前に立ち、ゆっくりと構えを取った。
呼吸を整える。視界が狭まり、意識が一点に収束する。
(この一撃が――溜めた力の解放になる)
踏み込む。
右足を軸に、一気に間合いを詰める。
「――はっ!!」
放たれた斬撃は、これまでと同じ“型”――だが、手応えは明らかに違った。
剣がゴーレムの胸部を斜めに断ち切ると、甲高い金属音と共に火花が飛び散る。
模擬ゴーレムがよろめいた。
「……!」
衝撃で一歩、二歩と後退したかと思えば、機構の胸部にあった制御核が露出する。
そこに一呼吸置かず、もう一撃。
「――はああっ!!」
今度は制御核を正確に突き、斬撃がゴーレムの動力を完全に沈黙させた。
機体が軋んだ音と共に崩れ落ち、訓練エリアに静寂が広がった。
湊は息を切らしながら、剣を下ろした。
(……効いた。確かに、効いた)
通常の斬撃なら、ここまで深くは入らない。
いつもは何度も攻撃してようやくダウンを奪える相手だ。
だが今回は、事前に繰り返した動作の蓄積が、一撃に“集約”された。
手応えだけではない。
剣を振った直後、身体に伝わってきたのは、まるで“全身が共鳴した”ような感覚だった。
それは、ただ強くなったのではなく――“整合された力”が爆発した証拠。
「……《リピート》は、“事前に溜めておける”」
静かに呟いた言葉は、湊自身への確認でもあった。
戦闘中に繰り返すだけではない。
戦闘前に準備し、それを初撃に込めることで、戦闘開始の一手を決定打に変えることができる。
「これが、突破口だ」
装備、連携、鍛錬――どれも大事だ。
だが、自分にしかできない戦い方を見つけること。
それこそが、“先に進む”ために必要なものだった。
「湊くん……!」
声がした。
振り返ると、夏希と澪が急ぎ足で訓練場の柵を越えてやってくる。
「さっきの……見たよ。ゴーレム、一撃で崩れてた……!」
「あれ、反復の新しい使い方……?」
湊は小さく頷く。
「事前に蓄積して、まとめて解放した。……できるとは思ってなかったけど、上手くいった」
「すごいよ、それ……本当に、すごい!」
夏希の目が輝いていた。
澪の口元もわずかにほころんでいた。
「これで、次の模擬戦……勝てるかもしれない」
「いや、まだ仮説が一つ通っただけだ。実戦で通用するかは、試してみないと分からない」
湊はそう言いながらも、確かな自信を宿した眼差しで前を見据えていた。
明日――再び訓練は続く。
だがもう、彼らの中にあった“閉塞”はなかった。
何かが変わる、その予感だけは確かにあった。




