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第27話 他のパーティー

午前の陽射しが、石畳の通りを柔らかく照らしていた。

ギルドでの定例報告を終えた湊は、軽く息をつきながら商業区の端にある露店街を歩いていた。


昨日はD級ダンジョンに初めて潜ったが、その戦闘で刃のエッジが僅かに歪んだ。放っておけば、次のダンジョンで命取りになる。


「いらっしゃい。あんた、昨日も来てたな」


武具店の親父が無造作に言いながら、長剣を受け取る。

すぐにカンカンと金属音が響きはじめた。湊は椅子に腰を下ろし、静かに時間を潰す。


「おい、坊主。この剣、修理じゃなくて研磨で凌げるぞ。刃先は浅く削れてるだけだ」


「本当ですか?」


「その代わり、しばらくは刃こぼれに気をつけろよ。こまめに研げ。長く使うコツってのは、気配りだ」


(……気配り、か)


湊はうなずいて剣を受け取った。きれいに研がれた刃は、簡素ながらも軽やかな光を放っていた。


支払を終えた湊が店を出ようとした、その時だった。


「なあ、それ、お前が研いでもらったの?」


背後から、やや軽い調子の声が飛んできた。


振り返ると、そこには自分と同じくらいの年格好の少年――栗色の髪を短く刈り上げた、陽気そうな顔立ちの青年が立っていた。

身に付けた軽装の革鎧にはところどころ補修の跡が見えるが、動きやすさと実用性を重視しているのが伝わってくる。


「……ああ。軽く削っただけだけど」


「へぇ。見る目あるじゃん。あの親父、口は悪いけど腕は確かだしな。……俺、イツキ。D級冒険者。そっちは?」


「神谷湊。……同じく、D級」


「マジか、じゃあ同期ってやつか。いいね! よろしく!」


そう言って、イツキは気さくに手を差し出してきた。

湊は少し戸惑いながらも、その手を握った。


どこか、見覚えがある顔だった。ギルドで何度かすれ違ったことがあるかもしれない。


「お前の剣、よく使い込んでるなーって思ってたんだ。俺も昔、そういうタイプだったからさ。つい声かけちまった」


「そうか……悪い気はしない」


「ならよかった。こっちはさ、節約が命ってパーティーでやっててさ。金の使い方にはちょっとうるさい方だぜ?」


冗談めかしながら、イツキは湊の肩を軽く叩いた。


「節約が命って……そんなパーティーもあるのか」


湊は、剣の鞘を背中に戻しながら言った。


「あるある。ていうか、D級なんてそんなもんよ。装備はできるだけ修理して使い回す、ポーションも中級品はなるべく控える、依頼は報酬単価と労力を天秤にかけて選ぶ――俺たち、最初っからそんな感じ」


「それでやっていけるのか?」


「ギリでな。まあ、うちは副業持ってるやつも多いから。俺も月に一度、ダンジョン清掃のバイトしてる」


「ダンジョン清掃……」


思わず聞き返した湊に、イツキはにかっと笑って答えた。


「依頼が入る前のダンジョンを、ギルドの代行で点検して回るんだよ。ゴミ拾い、落書き消し、壁の傷の確認とか。体力と根気がいるけど、時給はそこそこいい。あと、未登録のルートや隠し部屋を見つけたら報奨金もあるし」


「なるほど……」


湊は初めて聞く世界の話に、自然と前のめりになっていた。

自分はこれまで、依頼で稼ぐことしか考えてこなかった。だが、こうして横のつながりから“生き延びる知恵”を聞くと、冒険者としての視野が広がるのを感じる。


「ちなみに、湊のとこって何人パーティー?」


「三人。俺と、回復支援の子と、斥候型の子」


「へぇ、バランスは良さそうだな。でもその分、出費も三等分じゃなくて三倍ってやつだ」


「……そうなんだよな」


湊は思わずうなずいていた。


「ポーション作るのに材料費かかるし、斥候は防具の消耗が激しい。俺は……まあ、一番普通」


「普通が一番金かかるって、うちのリーダーが言ってたぜ。火力も防御も中途半端だと、武器にも防具にも金がかかるって」


その言葉に、湊は思わず苦笑した。


「それ、俺のことかもしれない」


「ハハッ、仲間だな」


そう言ってイツキが笑うと、妙な緊張がすっと消えた気がした。

ギルドでは同年代の冒険者とすれ違うことはあっても、こうして自然体で会話したのはこれが初めてだった。


「……じゃあ、今から昼メシでもどう? いい定食屋知ってるんだよ。冒険者向けで安くてボリュームあるとこ」


「……悪くないな」


「よし決まり! ついでに、うちのパーティーの奴らにも紹介するよ。たぶん気が合うと思う」


湊は軽くうなずいた。


イツキの明るさはどこか雑で、予測不能なところもあったが、それが逆に心地よかった。


「こっちこっち。あそこがその定食屋。量は多いし、味も悪くない。たまに当たり外れあるけど、それもまた乙だな」


イツキに案内され、湊は商業区の裏手にある木造の食堂へと足を踏み入れた。

暖簾をくぐると、すでに数人の冒険者が大皿料理を囲みながら談笑している。薄暗いが落ち着いた雰囲気で、木の香りと香辛料の匂いが混ざった空気が、どこか懐かしさすら感じさせた。


「おーい、こっちだって!」


奥の座敷には、イツキのパーティーメンバーがすでに座っていた。

軽鎧姿の少女と、背の高い槍使いの青年。二人とも気さくな雰囲気で、湊が頭を下げると「よろしく」と笑顔で返してきた。


「うちの斥候のリオと、前衛のカズヤ。ふたりとも俺よりしっかりしてっから、安心してくれ」


「神谷湊です。……イツキとはさっき会ったばかりですけど、今日はありがとう」


「硬いなあ、もう。イツキと友達になったなら、もう家族みたいなもんだよ」


リオが笑いながら湯飲みを差し出し、湊もそれを受け取る。すぐに食事が運ばれてきて、カツ丼にみそ汁、野菜炒めが所狭しと並んだ。どれも量が多く、確かに腹持ちが良さそうだ。


「いやあ、昇格直後ってのは、出費ばっかで大変だろ?」


「……ああ。実感してる」


「うちも最初そうだったよ。依頼報酬は上がるけど、それ以上に装備や訓練、生活費が膨らむんだよな。D級なんて、実質まだ下積み期間だぜ」


「とはいえ、いきなり手を抜いたら後で詰むしな。装備トラブルで死ぬくらいなら、飯を一食抜いた方がマシ」


カズヤの言葉に、全員が頷いて笑う。

冒険者の世界では、そんな判断が日常の一部になっているらしい。


「そういやさ、湊くんのとこって、何人パーティー?」


「三人。支援と斥候、それに俺が前衛」


「ほう……珍しくもないけど、堅実な構成だな。あ、でも女子が二人ってのは珍しいかな?」


リオが意味ありげに笑って見せたが、湊は何とか平静を保った。


「……まあ、それなりにうまくやってる」


「ならいいけど。女子ふたりって、バランス取るの難しいでしょ?なんか、揉めそうというか……」


「今のところは大丈夫。……多分」


その時だった。店の入り口からバタバタと駆け足の音が聞こえ、扉を勢いよく開けて一人の少年が飛び込んできた。


「イツキーっ! やべぇ! 報告書の控え、ギルドに忘れてきたかもしんない! 今日中に再提出しないと報酬処理止まるって!」


「マジかよ、またかお前……」


イツキが顔をしかめる。


「あのな、前も言ったろ? 報告は二部残して――」


「わかってるけど! あの書類、俺の分が抜けてたんだよ! どうしよう!」


カズヤとリオも困ったように顔を見合わせたが、湊はすっと立ち上がって言った。


「俺、今からギルドに戻るつもりだった。ついでに届けてくるよ」


「えっ?」


「控え、どのあたりに置いたか分かる?」


「たぶん、二階の記録受付のカウンターの端。今日の午後の便の束に混ざってるはず……!」


湊は頷くと、「すぐ戻る」と一言残して食堂を出た。


***


三十分後、ギルドの受付から戻ってきた湊は、ちゃんと控えの書類を抱えていた。


「……あったよ。午後の報告束の中に混じってた」


「すげえ! 助かった!」


少年が顔を輝かせ、リオやカズヤも口々に「さすがだな」と褒める。


イツキは、ふっと息をついてから、湊の背中を軽く叩いた。


「お前、ほんと気が利くな。うちのチームにもそういうの一人ほしいくらいだわ」


「……うちでは俺の役目だから、習慣になってるだけだよ」


「そういうのが大事なんだって。じゃ、これからは遠慮なく頼るからな。お前も、困ったらうちに言えよ?」


湊は、その言葉に曖昧に笑って答えた。

だけど――その曖昧さの中に、ほんの少しあたたかい安心があった。


***


アパートに戻った湊は、買い物袋をテーブルに置きながらひと息ついた。

今日は少し動き回ったせいか、体より先に脳が疲れている気がする。


袋の中にはポーションの補充と保存食、古着屋で見つけた予備の手袋。すべて、今日イツキから教えてもらった“節約術”の成果だ。

金額にすればほんの数千円の差だが、されど数千円。三人分になれば、大きな差になる。


「……まだ、冒険だけで精一杯だと思ってたけど」


湊は小さく独りごちた。


戦いの技術、スキルの運用、戦術の構築。それらと同じくらい、“生活の技術”もまた、冒険者にとっては不可欠なのだと、ようやく実感できた気がする。


(イツキのパーティー、ちゃんと現実を見据えてる。……見習わないと)


ソファにもたれかかると、メッセージ通知が一件届いていた。


差出人は、イツキ。


「今日はありがとな!今度、時間あるときに飯でもどう?うちの連中もまた会いたがってるし。

それと……よかったら今度、合同訓練でもやろうぜ」


「……合同訓練か」


ぽつりと呟いて、湊は少しだけ考え込む。


自分たちのチーム――夏希と澪とは、どこまでも大切な絆がある。けれど、同世代の冒険者と“横のつながり”を持つこともまた、自分たちを成長させる機会になるかもしれない。


そして何より、

誰かと“利害も立場も超えて”、ただ並んで笑える時間があるということ。それは、孤独にも慣れてしまっていた湊にとって、少し眩しい経験だった。


湊はスマホに返信を打った。


「こちらこそ。助かった。合同訓練、機会があればぜひ」


立ち上がると、自然と顔が緩んでいた。


お金の話、生活の工夫、仲間の支え。そして、新たに得た“友達”という存在。


少しずつ――けれど確かに、湊の世界は広がっていた。


冒険とは、剣と魔法だけじゃない。

暮らしそのものが、日々の選択と積み重ねが、確かに彼らの“冒険”を形作っている。

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