表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/82

第26話 D級ダンジョン

D級冒険者に昇格してから数日――

湊たちは、初めてのD級ダンジョン探索に向かっていた。


東京郊外に存在する、政府公認のD級ダンジョン。

全十層構成で、踏破実績はすでに数百件を超えるが、それでも死亡・行方不明者の記録が途絶えたことはない。


「D級からは、ダンジョンが“生活”になるんですよ」


そう言ったのは、ギルド受付の藤堂だった。

湊たち三人を訓練室裏のブリーフィングルームに呼び寄せ、壁に設置されたホログラム地図を指し示す。


「まず、今回神谷さんたちが潜るダンジョンは全十層。各層の入口に“転送装置”が設置されていて、一度たどり着いた階層までなら直接ワープできます。

 ただし、自前で簡易転送陣を用意しない限り、帰り道には使えません。その場合、帰還は徒歩のみ。……つまり、進めば進むほど“帰り”が地獄になります」


澪が無言で頷き、夏希が小さく眉を寄せた。


「簡易転送陣は高いしな。六層より深部へ行くなら、野営か拠点泊が必要になる、と。今回は最初だし三層踏破、四層に“入った”という記録だけ残して撤退が目標かな?」


「うん。戦力も物資も、まだそのくらいが限界だと思う」


湊の提案に、二人も同意する。

E級とは世界が違う。慎重に進めるべきだ。


***


その夜、湊は寮の自室で剣の柄を磨いていた。


《リピート》Lv2――反復による上昇効果は、仲間にまで及ぶようになったが、上限は25%。

即効性のある“火力”ではない。剣術も現状はLv4のまま。

初見の敵や新たな環境では、油断ひとつが命取りだ。


「……剣は斬れなきゃ意味がない」


そう呟いて、研ぎ終えた刃を鞘に納める。


***


翌朝八時。

ダンジョン入口。


「……怖くはないけど、緊張はするね」


「緊張してる方が正解だ」


湊の短い返事に、夏希が笑って小さくうなずいた。


――第一層。

そこは、湿り気と苔に満ちた、鈍色の世界だった。


「行こう。……ここからが、本当の冒険だ」


湊の声に、ふたりが無言で頷いた。


E級の頃とは違う。

この世界では、誰も彼らを“新人”や“初級冒険者”とは呼ばない。


岩壁の奥へと、三人は静かに歩みを進めていた。


足元には不規則な水たまり、壁面には赤茶けた鉱石。

所々に配置された魔石灯が、ぼんやりと青白く揺れている。


「感知。正面、二十メートル。数……五。壁の影」


澪が低く告げると、湊は剣の柄に手を添えた。


「行くぞ。一体ずつ引き剥がして叩く」


三人が広がる。前衛の湊、中衛に夏希、後衛の澪。フォーメーションはE級時代と同じ――だが、敵の質は違う。


ガァッ! ガルルッ!


唸りと共に現れたのは、異形の群れ――鉄牙ゴブリン。

かつてのE級ゴブリンとはまるで違う。

筋肉質な腕、鋭く尖った爪、牙。獣じみた獰猛さを宿した目が湊を捉える。


一体が吠え、駆けた。瞬間、湊が前に出る。


「ふッ――!」


剣を逆手に握り、低く跳ねる。

ゴブリンの爪が目前を裂き、刃が斜めに切り込んだ。


硬い。だが、斬れる。

《リピート》の感覚が働く。軌道の再現、重心の置きどころ、剣筋――すべてが整っていた。


「湊くん、右からもう一体!」


夏希の叫び。援護の《癒糸》が展開され、敵の脚へ絡みつく。

澪がその背後から滑るように踏み込み、喉元に短剣を突き立てた。


しかし――


「ギッ……ガァァッ!」


致命傷には届かない。反転して澪に爪が迫る。


「澪ッ!」


湊がすかさず前へ出て、剣で軌道を逸らす。

勢いで吹き飛ばされそうになるも、踏み止まり、逆に脇腹へ蹴りを叩き込む。


「このッ……!」


肉を裂く音と共に、三人が一体ずつ確実に潰していく。

《リピート》の補正がようやく乗ってきたのは、二体目を倒したあたりだった。


三体目、四体目、連携が徐々に噛み合う。

湊の動きに合わせて夏希が支援を入れ、澪の暗殺軌道が“補助ではなく主力”として機能し始める。


残り一体を仕留めた頃には、三人とも息を荒くしながらも、立っていた。


「……今ので、もう疲れた……」


「まだ第一層だぞ。気を引き締めよう」


「わかってる……でも……強いね、敵」


誰も油断していない。心も折れていなかった。


***


第二層――


苔の代わりに、ぬめる地面と淡い熱気が充満している。

澪が足音を殺して進み、再び敵影を捉えた。


「前方……単体。リザード。大型。舌が長いタイプ、毒性の可能性あり」


湊は剣を抜き、呼吸を整える。


現れたのはリザード。

全長2メートル超、腹から尻尾にかけて分厚い鱗と粘液。舌がうねり、口元には黒い泡。


「俺が牽制する」


湊が前へ。剣を地面に滑らせるように構え、走る。


「ギャルルッ!」


咆哮。湊の突きに合わせて舌が走る。

だが、湊は読み切っていた。


「せいっ……!」


刃が鱗の隙間を裂いた。毒液が飛ぶが、跳ね退けた。


澪が背後から足元を切り裂き、夏希の支援が瞬時に全員へ展開。


削り合い――それでも、E級とは違う。

削られる覚悟が必要な敵だった。


十五分の戦闘の末、ようやく撃破。


「……これが、D級」


誰もが理解した。

生半可な技術や連携では通用しない。

一体一体が、命を奪いにくる。


それでも、湊たちは前を向いていた。


「あと一層。三層を踏破して、四層の入り口まで――行こう」


湊の声に、ふたりは頷いた。


第三層――


天井が高く、中央に巨大な石柱が立ち並ぶ構造。

自然洞窟というよりは、何かの“意図”を感じさせる不自然な造形だった。


「気配……一体、特異種。反応が重い」


澪が囁く。

湊は剣を構え、指で合図を送ると、三人が静かに広間の中に踏み込んだ。


数歩進んだ、そのとき。


「グォォォ……!」


石柱の裏から姿を現したのは、二足歩行の亜人――トロル。

全身を粘土質の金属で覆い、腕には棍棒のような骨塊。身長は湊の倍近くあった。


「……まずい、奴はおそらく中ボスクラスだ。気を抜くな!」


湊の声と同時に、トロルが吠え、突撃してくる。


床を砕く一撃が、湊を狙う。

彼は滑るように回避し、剣を振るったが――


「硬っ……!」


金属質の外殻が攻撃を弾く。

《リピート》による補正で最適な角度を探るも、通じない。


「ブースト!」


夏希が支援を全体にかける。

動きが速くなり、澪が背後へ滑り込む――


「隙、見えた――!」


短剣が関節の隙間に突き刺さる。が、ダメージは浅い。

トロルの棍棒が背後へ回転し、澪が吹き飛ばされた。


「澪ッ!」


湊が飛び出す。

身体強化を使い、夏希のブーストと併せて強化された斬撃を連続で叩き込み、後退させる。


(一度、二度……同じ反応を見た)


「そこだ――!」


剣が、トロルの股関節の隙間に突き刺さる。悲鳴と共によろめいた。


夏希の《癒糸》が澪の身体を回収しながら、回復を流し込む。


「大丈夫、骨は折れてない! 湊くん、今のうちに――!」


「ああ!」


湊が渾身の突きを叩き込む。

弱点が一瞬だけ露出し、そこを連続で突き刺す。


――グォォオオッ!


トロルが吠え、ようやく崩れ落ちた。


***


全員が息を荒くしながら、その場に座り込んだ。


「……倒した。けど、こんなのが普通に出てくるの……?」


「もう魔力を半分近く消費してる……」


「上手く隙間を付けたからよかったが、俺の剣術じゃ、あいつの装甲を貫けない。……致命打が遠い」


三人とも、自分の限界をはっきりと認識していた。


***


三層を突破し、ようやくたどり着いた第四層の入口。

封印扉を開いた瞬間、濃密な魔力が空気を押し返してくる。


「これは……明らかに違う。殺気が“滞留”してる」


澪の警告に、湊はすぐ判断を下す。


「今日は、ここまでだ。入って記録だけ残す。撤退だ」


三人が扉を一歩だけ越え、すぐに引き返す。


帰り道の足取りは重かったが、気持ちは前を向いていた。


***


入口付近の休憩所。


「これから先、絶対もっと強い敵が来る。スキルの使い方も、装備も、根本から見直さないと」


「支援の範囲と瞬発力……あと、継戦能力。私はもう一段階上に行かないと」


「奇襲が読まれる。敵の知性も上がってる」


誰も悲観していなかった。

“届かない”のではなく、“届くかもしれない”と気づいたからだ。


「……ギルドに戻ったら、素材を換金して、計画を立てよう。次は、準備してからだ」


「うん」


彼らは、確かに成長していた。


ギルドの精算窓口に戻ったのは、午後も遅くなった時間だった。


湊たちは、回収した素材類を一つ一つ丁寧に提出し、椅子に腰かけて結果を待っていた。

カウンターの向こうでは、鑑定士が三人が持ち帰った品を手際よく仕分けている。


「ふぅ……さすがに、今日は疲れたね」


「夏希がいなきゃ、何回か崩れてた。ありがとな」


「ううん、湊くんも澪ちゃんもちゃんと支えてくれてたし……」


三人が、ほんの少しの緩みを共有していた、そのとき。


「お待たせしました! 神谷湊様、遠野夏希様、久城澪様、本日の換金結果です」


渡された袋は――厚かった。

金額にして20万円はありそうだ。


「っ……え、これ……本当に?」


「ええ、第三層までの素材のみですが、D級のモンスターは素材価値も高いですから。

 ゴブリン系の強化個体、リザード系、そして……トロル。中ボスクラスの個体の骨素材は高値です」


三人は袋を覗き込み、顔を見合わせた。


「……今日一日で、こんなに……?」


「E級の時の三倍……いや、四倍近い?」


「……中級。中級って、こういうことか」


目の前にあるのは、確かに現実だった。


高い壁。痛み。疲労。怖さ。

それでも、努力が実るということが、ここにはあった。


***


ギルドを出た三人は、しばらく沈黙のまま歩いていた。

やがて、夏希がぽつりと口を開く。


「……今日くらい、ちょっと贅沢しない?」


「贅沢?」


「焼肉、食べたい」


即答したのは澪だった。


「え、私もそれ言おうと思ってた!」


湊が思わず笑う。二人もつられて笑った。


戦って、稼いで、少しだけ贅沢をして、また明日を迎える。

きっと、そんな毎日を繰り返していく。


今はまだ、強くなる途中。

でも確かに、彼らの歩幅は、前に向かって揃っていた。


暮れかけた夕日が、三人の影を長く伸ばしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ