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第24話 D級冒険者

身体強化のスキルオーブを使用した後、湊は何となくスキルの使用方法が分かったため、スキルを使用し、試しに軽く跳躍してみた。


脚がバネのように弾け、重力を一瞬忘れたかのような感覚が走る。


「すごい、ブーストと合わせれば、短時間なら一気に押し込めるかも」


夏希が驚いて言った。


「ああ。それに、身体強化を連続して使えば、それ自体にもリピートの上乗せが入るはず。通常攻撃、身体強化、夏希のブースト。全部にリピートをかけ合わせれば相当バフがかかるな」


彼女のスキル《癒糸》と《ブースト》は、湊の強化と相性が良い。これまで以上に支援の幅が広がるだろう。


「でも……使いすぎには気をつけて。急激な筋力強化は、関節や腱に負担がかかるから」


「……気をつけるよ」


湊は頷いた。彼女の医学的な知見は、単なる冒険者のそれではなかった。


素材の回収は順調だった。オークチーフの大きな牙と爪、筋肉の発達した腕部の皮膚など、換金価値の高い部位がいくつかあった。澪が素早くナイフで切り分け、持ち運びやすいようパックにまとめていく。


「今夜はお湯につかりたい……」


夏希がぽつりと呟く。澪が小さく笑った。


「……三人で一番汗かいたのは湊だけど」


「たしかに」


湊は汗を拭きながら答える。リピートによる累積強化は、同じ動作を続けている間しか維持されない。別の行動に移った瞬間、強化率はゼロに戻る。


たとえば、剣を振る動作を繰り返せばその威力は増すが、回避行動を挟むと、また最初からやり直しだ。


だが、それでも──それだけの不便を補って余りある効果があった。


湊は実感していた。身体強化による爆発的な加速と、リピートによる強化。夏希の支援があれば、それは短時間ながら“必殺”に近い威力を持つ。


階段の前で、湊が一度だけ振り返る。ボスのいた広間は、今はただ静まり返り、まるで誰かの墓標のように冷たい空気をたたえていた。


「……行こう」


その背に、夏希と澪が続いた。


三人の足音だけが、迷宮の静けさに消えていく。


***


夕刻のギルドは活気に満ちていた。E級やD級の冒険者たちが素材を換金したり、依頼掲示板に群がっていたりと、喧騒が止まない。


「おかえりなさい。迷宮の帰還報告をお願いします」


受付の女性が、湊たちを見るなり笑顔を向けた。湊が静かに頷く。


「“E級ダンジョン・調布第五迷宮”を、最下層まで踏破しました。ボスの討伐も確認済みです」


受付の女性が一瞬、目を丸くした。だがすぐに慣れた手つきで端末を操作し、内部記録と照合を始める。


「確認しますね。……最下層、五層の構成。ボス個体は“オークチーフ”ですね?」


「はい。行動パターンは単純でしたが、物理攻撃が強力でした」


夏希が補足するように言うと、澪も小さく頷く。


「衝撃で床が割れそうだった……」


「ですね。最近オーク系の繁殖速度が早くて、E級ボスの個体が少し強めになっているんです。倒せたのは見事です」


受付が微笑みながら、素材の提出と鑑定へと進めていく。


湊は手にしたアイテムポーチを差し出す。


「こちらがボス個体からのドロップと、主要素材です」


「確認します」


受付が一つひとつのアイテムを専用の機械に通し、鑑定と記録を取っていく。オークチーフの爪、牙、皮膚。中には高品質と判定される素材も混じっていた。


「スキルオーブがドロップしたんですね。……使われましたか?」


「ああ。俺が使いました。《身体強化》を取得済みです」


受付が一瞬、目を見開いた。


「……初期でその引きは、かなり運が良い方ですよ」


「そうだといいですけど」


湊が曖昧に笑う。


受付は少し頬を緩めてから、端末を操作する。


「迷宮の踏破、討伐記録、素材の回収、全て確認しました。これより三名の“D級昇格申請”を行います」


その言葉に、湊も夏希も、そして澪もわずかに身を正した。


冒険者の世界では、ランクによって受けられる依頼や報酬が大きく異なる。F級はほぼチュートリアル。E級が“初級”としての独立段階。そしてD級からは、“中級冒険者”として一段階上の認識を受ける。


「昇格申請は三日以内に本部で承認されると思いますが、現段階で“仮D級”としての認定は下ります。今後の依頼選択や換金価格にも反映されますので」


「……ありがとうございます」


湊が静かに頭を下げた。


夏希も後に続き、澪も言葉はなかったが深く一礼する。


「いえ、こちらこそ。最近、本当にこの支部ではあなた方の名前をよく聞くようになりました。特に神谷さん」


湊は少しだけ表情を曇らせた。名前が知られていくことに、まだ慣れていなかった。


「三人とも、バランスがいいですね。支援、前衛、斥候。これだけ噛み合うパーティーは、E級帯では滅多に見ませんよ」


「評価されるのは、ありがたいです。でも……まだまだ、課題は多いので」


「そこが大事なんですよ。慢心しない、っていうのが」


受付が目を細めて微笑んだ。


一通りの手続きを終えた三人は、待合のベンチに腰を下ろす。湊は壁にもたれかかるようにして、天井を見上げた。


「……昇格か」


「だね。D級って、なんか響きが違うね」


「……これでやっと、スタート地点って感じがする」


夏希と澪の声が交差する。湊は言葉にせず、ただ目を閉じた。


***


その日の夜、湊たちはギルド支部近くの訓練所にいた。


D級への昇格が“仮”とはいえ、一つの節目であることに間違いはなかった。だが、湊は喜びに浸ることもなく、黙々と剣を振っていた。


「……また反復?」


後ろからかけられた声に、湊は振り向いた。


夏希がタオルを手にして立っていた。彼女も汗を拭ったばかりのようで、ゆるく結んだ髪が首元にかかっている。


「うん。……ちょっと、自分の身体がどう変わってるか確認してた」


「身体強化?」


「そう」


湊は剣を構え直し、何もない空間にもう一度、鋭く一太刀を振るった。


「単純な身体能力の底上げだが、反応速度、筋力、持久力……全部が底上げされてるのがわかる。さらに、俺の場合、リピートが乗る」


「リピートで、スキルも強化されるんだよね」


湊は頷いた。


「今はまだ1%ずつ上昇、最大で25%。でも……同じ型を繰り返せば、確実に戦闘中に上積みできる。それって、強いよね」


夏希は湊の剣筋を見ながら、小さく息を吐く。


「……いいなあ。そうやって、自分の強さがちゃんと実感できて」


「……夏希だって、そうだろ?」


「私は補助と回復が主だから、戦闘の主役にはなれないし……。でも、そうだね。湊くんが倒れずに前に立ってくれてるって、少しは私のスキルのおかげかなって思えるようになった」


柔らかく笑った夏希に、湊もわずかに表情を緩めた。


***


その頃、澪もまた、自室で一人の訓練に没頭していた。


彼女は壁に並んだ目標に、正確な軌道でナイフを投げ、跳躍し、着地する動作を何度も繰り返していた。


「……同じ動き。同じタイミング。同じ角度」


ブツブツと独り言のように呟きながら、彼女はリピートの効果を確かめていた。


――自分が湊のスキルの範囲に入っているとき、一定の行動を反復することで、奇襲時の精度や回避動作の精密さが微かに上がる。気のせいではなかった。


「これが……《リピート》」


澪は静かに呟き、目を伏せる。


(すごいスキルだ。でもそれよりも……)


浮かんだのは、湊の背。決して多くを語らないが、確かな信念と努力を背負うその姿。


彼の力になりたい――自然と湧いてくるその感情に、澪は頬を緩めた。


***


翌朝、淡い光が窓から差し込むころ、湊はひとりギルドの中庭に立っていた。


「湊くん」


声に振り向くと、夏希がやってきた。澪の姿も後ろに見える。二人とも、新しく買い替えた装備を身に着けていた。


「そろそろ本部から、正式なD級昇格の通知が来るって」


「そうか。仮じゃなくなるな」


「うん。……なんか、実感ないけど」


夏希は少しだけ恥ずかしそうに笑った。その視線の先には、今しがた湊が練習していた足跡が残る土の上。


「昨日、戦ってる最中、ちょっとだけ思ったんだ」


「何を?」


「“あ、勝てるかも”って。前は、何をするにも不安でいっぱいだったけど、今は違う。澪ちゃんもいて、湊くんもいて……私も、少しだけ“役に立ててる”って思えたの」


それは、夏希の中で初めて生まれた、“確信”だった。


ただ支えるだけではなく、共に歩いているという実感。それが彼女の中に、ほんの少しの自信を芽生えさせていた。


「……俺も、夏希がいなかったら昨日の戦い、あんなに安定してなかったと思う」


湊がぽつりと呟く。


「支援って、地味だけど、実は一番信頼が必要なポジションなんだなって。後ろを任せられるのが、どれだけ安心か……今回、本当によくわかった」


その言葉に、夏希の表情がわずかに和らぐ。


そして、澪が前に出る。


「……私も。二人といると、変われる気がする。迷って、後悔もして、でも……今は、このチームが好き」


短く、それでも確かに言葉を紡いだ澪は、すぐに目線を落とした。


それ以上は言わない。でも、その一言が、湊と夏希にとって十分だった。


「……じゃあ、次はD級ダンジョンか」


湊が小さく呟いた。


「敵も強くなる。トラップも多いし、パーティーでの戦術がもっと必要になる。だけど、俺たちなら……きっとやれると思う」


「うん。やれるよ、きっと」


「……やる」


三人の言葉が、静かに交わされる。


冒険者としてのランクが上がっただけではない。彼ら自身が、少しずつ“前へ進む”準備を整えはじめていた。


そのとき、ギルド支部の扉が開き、ひとりの職員が駆け寄ってくる。


「神谷湊さん、遠野夏希さん、久城澪さん!」


三人が振り向くと、職員が明るく告げた。


「昇格通知が正式に届きました。これより三名とも、“正式なD級冒険者”として登録されます!」


小さな歓声が、中庭に響いた。


「……あらためて、よろしく」


湊が右手を差し出すと、夏希と澪がそれぞれの手を重ねた。


三人の影が、朝陽の中で一つに重なる。


これは、冒険者としての“第二の始まり”。


新たな扉が、いま静かに開かれようとしていた――。

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