第21話 ライバル宣言
湊たちがヴァルグランとの抗争に勝利してから、数日が経過した。
澪の両親が背負っていた借金の支払いについては猶予期間が設けられ、今後の報酬から少しずつ返済していく形となる。
「本当にいいの?」
ギルドの玄関口で澪は湊と夏希に尋ねた。
彼女の声には、どこか震えがあった。
「お金のこと、まだ何も返してないのに……」
「今はそれより、これからの方が大事だろ」
湊は、あっさりと言ってのけた。
「それに、あのまま放っておいたら、また誰かが悪用するかもしれない。だったら俺たちが持ってた方が安全だ」
「この恩は、いつか、必ず返す」
「うん」
そのやり取りを横で見ていた夏希は、澪の目に一瞬、何か強い感情が浮かんだのを見逃さなかった。
(あの表情……前にも、見たことある)
それは、かつての自分が湊に抱いた感情と、よく似ていた。
***
その日の夕方。
三人はギルドの一角にある休憩ラウンジで、次の依頼を確認していた。
掲示板には、E級冒険者向けの討伐依頼や護衛任務がずらりと並ぶ。単価はまだ安いが、少しずつ選択肢が増えてきている。
「この辺りなら、また三人で行けそうだな」
湊がそう言いながら、いくつかの依頼票を見比べていると、澪がぽつりと呟いた。
「三人で……」
「うん。しばらくはこの体制でやっていこうって思ってる。問題ないか?」
「……すごく、嬉しい」
その瞬間の澪の笑顔を、夏希は思わず横目で見てしまった。
(……ああ、やっぱり)
それは、もう“好意”であることを隠せていない微笑だった。
「そういえば、澪ちゃんって、趣味とかあるの?」
ふと、夏希が話題を変える。
「趣味?」
「うん。湊くんって、たぶんインドア派だけど、澪ちゃんはどうかなって」
「えっと……最近は、読書……かな。あと、体を動かすのも、嫌いじゃない」
「へえ、意外とアクティブなんだ」
「夏希は?」
「私は……お菓子作り、かな。甘いの作って、友達とシェアしたりしてたよ」
「……今度、作ってくれる?」
「もちろん!」
そんな穏やかな会話の中でも、湊は依頼票をじっと見つめたまま、相槌を打つだけだった。
だが、それで十分だった。
こうして自然な会話ができる時間が、三人にとって確かに“日常”となり始めていた。
***
翌日の午後、夏希はギルド内の談話室で澪と顔を合わせた。
たまたま装備の点検のために立ち寄っただけだったが、テーブル席に座っていた澪がひとりで何か書き物をしているのを見て、自然と声をかけた。
「澪ちゃん?」
「夏希」
「何してたの?」
「メモ。湊の動き……剣術の型を、自分でも少しでも真似できるようにと思って」
「えっ、もしかして……こっそり研究してたの?」
「こっそり……というわけでは」
澪が俯き加減に、小さく笑う。
「ただ、憧れているだけ。……動きに、無駄がなくて。見ていて、綺麗だなって思うから」
夏希の胸に、軽く棘が刺さる。
だが、それを表情には出さず、彼女は椅子を引いて向かいに座った。
「……私も、そう思うよ。湊くんの剣筋、綺麗だよね」
「でも……それだけじゃない」
「うん?」
「私……湊の戦い方が好き。誰かを傷つけるためじゃなくて、誰かを守るために剣を振るうところ。」
その言葉に、夏希はしばし言葉を失った。
澪の声は、静かだった。それでいて、濁りなくまっすぐだった。
***
さらに翌日。ギルドの訓練場での一日は、昼の喧騒が落ち着く夕方とともに静けさを取り戻しつつあった。湊と夏希、そして澪は依頼をこなした後、訓練を終え、個別に帰路につくことになったが、その夜――偶然か、あるいは必然か、夏希と澪はギルドの休憩スペースで再び顔を合わせていた。
「……澪ちゃんも、まだ帰ってなかったんだね」
夏希が声をかけると、澪は一瞬きょとんとした表情を見せ、すぐに小さく頷いた。
「うん。少し、考え事……してた」
「そっか……私も。なんとなく、ね」
誰もいない深夜のギルドロビー。飲み物を取るための自販機のライトだけがぼんやりと灯っていて、普段はにぎやかな場所も今は静まり返っていた。
二人は並んでベンチに腰を下ろし、それぞれ缶ココアと緑茶を手にしていた。
「……今日、楽しかった?」
澪の言葉に、夏希は少し考えてから「うん」と笑った。
「依頼も、訓練も。みんなで行けたの、すごくいいなって思って」
「……そうだね。わたしも、すごく……嬉しかった」
柔らかく笑う澪の横顔を見て、夏希はふと、胸の奥に違和感を覚える。
――いつからだろう。この子の中にも、湊くんがちゃんと“いる”って気づいたのは。
澪は口下手で、表情も読みづらい。でも、湊と目を合わせるときの微かな表情の緩みや、背中を預けるときのさりげない安心感。それは、夏希にとってはあまりにも自然で、そして確かなものに見えていた。
「ねえ、澪ちゃん。……湊くんのこと、どう思ってる?」
静かな問いかけだった。
澪は、少し驚いたように瞬きをした。
「どうって……」
「そのまんまの意味だよ」
少しだけ笑いを混ぜて、夏希は言う。けれどその声音には、誤魔化しきれない真剣さが滲んでいた。
澪はうつむいたまま、缶を両手で握りしめていた。
「……わたし、ずっと……ひとりで戦うのが当たり前だと思ってた。誰かと一緒に何かをするなんて、思ってもみなかった」
「うん」
「でも……湊と夏希と、一緒に行動するようになって、初めて気づいた。……誰かと一緒にいるって、あんなにあたたかいんだなって」
そう言って、澪は静かに目を閉じた。
「湊は、わたしにとって……救いだった。裏切ったわたしを、責めなかった。ちゃんと話を聞いてくれて、もう一度仲間だって、言ってくれた」
「……」
「だから、きっと――好き、なんだと思う」
その言葉に、夏希の指先が少しだけ震えた。
「そっか」
短く、それだけ答えた。
澪は顔を上げ、真っ直ぐに夏希を見つめた。
「夏希も……湊のこと、好きだよね」
「……っ」
夏希は返事ができなかった。ただ、少しだけ目を伏せた。
けれど、澪はその様子にすでに確信を持っていた。
「だったら、言っておかないと。……わたし、湊のこと、ちゃんと好きだから」
言葉は静かだったが、その眼差しは鋭かった。迷いはない。いつもの物静かな澪からは考えられないほどの、はっきりとした意志がそこにあった。
夏希は目を見開いたまま、しばらく言葉を失っていた。けれどやがて、力なく、けれどどこか悔しそうに笑った。
「ずるいなぁ、澪ちゃん」
「……え?」
「そんな真っ直ぐに言われたら、私だって……負けられないって思っちゃうじゃん」
静かに吹いた夜風が、ふたりの間を撫でた。
お互い、何も言わずにしばらくベンチに座り続ける。だが、その沈黙には火花のような緊張感があった。
心の奥で、静かに燃え始めた“想い”という名の火種が、確かに二人を照らし始めていた。
――そして、それは、ある意味で本当の“戦い”の始まりでもあった。
ギルドを出ると、夜の街はひんやりとした風に包まれていた。
ビルの隙間から漏れるネオンと街灯の明かりが歩道をぼんやりと照らし、夏希と澪は無言のまま並んで歩いていた。互いに言いたいことはすでに伝え終わっていて、今さら何かを言葉にする必要もなかった。
――少なくとも、その場では。
ギルド前の交差点に差し掛かったとき、澪が足を止めた。信号の赤を見つめながら、ぽつりと呟く。
「わたし……ずっと、自分が誰かを好きになるなんて、思ってなかった」
夏希は隣で黙って聞いていた。
「でも、湊は、わたしを否定しなかった。疑って当然だったのに、話を聞いてくれて……信じてくれた」
その言葉には、かすかな震えが混じっていた。自分でも気づかないうちに、湊という存在が澪の中でどれほど大きくなっていたのか、それを自覚してしまったがゆえの揺らぎ。
「……夏希のことも好きだよ。最初から優しくて、強くて……まっすぐで」
「そんなこと……」
夏希はうつむいたが、否定はしなかった。
「でも、同じ人を好きになった。だから、もう友達とか、仲間とか、そういう言い訳はできないと思ってる」
信号が青に変わる。
澪は前を向き、
「負けない」
そう言って、交差点を渡っていった。
取り残された夏希は、その背中をしばらく見送ってから、深く息を吐いた。
「私も、負けないよ」
小さく呟いたその声は、夜風にさらわれていった。
少女たちは、自らの気持ちに気づき、言葉にした。
その一歩は、決して大きくはなかったが、確かに未来へとつながっていた。
***
久城澪のスキル
ユニークスキル:暗殺の心得Lv1(敵に認識されていない場合攻撃力25%増、暗殺系能力25%増)
コモンスキル:《感知Lv2》《遮断Lv2》




