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第2話 冒険者講習

講義初日。教室の空気には、奇妙な緊張感と浮き足立った期待が入り混じっていた。


JDAが用意した都内の特設講義室は、定員二十名ほどの狭さで、無機質な白壁にプロジェクターと簡素な長机が並ぶだけの空間だった。それでも、この場にいる誰もが「今ここにいる意味」を抱いている。国家資格を得る者としての、最初の第一歩──そういう場だ。


湊は入り口近くの空席に腰を下ろした。できるだけ目立たない位置を選んだつもりだったが、どうやら彼の到着は遅めだったらしく、残された席は前方寄りしかなかった。


隣にいたのは、一人の少女だった。


淡いベージュのカーディガンに、丸みのあるショートブーツ。整った黒髪は肩より少し長く、目元はやや垂れ気味で、全体的に柔らかな雰囲気を纏っている。伏し目がちにテキストに視線を落としながら、ペンを指先でくるくると回していた。


一見して──静かな子だな、と思った。


だが、彼女がふとこちらに気づき、微笑んだ。


「こんにちは」


穏やかな声だった。


「ああ……うん。よろしく」


湊は少しだけ身を正して返す。思ったよりも人当たりが良さそうだ、というのが第一印象だった。


「遠野夏希です」


「神谷湊です」


名前を交わすだけで、そこから先は特に話が弾むでもなく、どうやら同い年の大学生らしいことが分かったところで、講義の開始を告げる声が教室に響いた。


「では、冒険者講習を始める。私はJDA実務教官の鹿島という。今日から五日間、諸君には最低限の理論と実践を叩き込む」


淡々とした口調だが、どこか軍人然とした迫力があった。背筋が自然と伸びる。


「まず、ダンジョンの基礎構造を頭に叩き込め。映像を出す」


室内の明かりが落ち、前方のスクリーンにホログラムが映し出された。そこには、ダンジョンの断面図が細かく描かれていた。


「これが、関東圏で最も多く使われている新人向けダンジョン、“調布第七迷宮”の構造だ。三層構造、自然形成型、再編周期は四十八時間。敵性種はF級モンスター──主にゴブリン族だ」


講義は淡々と進む。ダンジョンの再構成性、トリガーポイント、エスケープゲートの使用条件──湊は集中してノートを取っていた。内容そのものはそこまで難しくない。ただし、それを実戦でどう活かすかが問われるのだ。


ちら、と横を見ると、夏希もまた几帳面にノートを取っていた。文字は丁寧で、余白の取り方にも計画性を感じさせる。


(真面目なんだな)


思わず感心する。


「スキルについての質問は、個人面談でのみ受け付ける。他人にむやみにスキルを語るな。冒険者にとってスキルは命と同義。油断が死を招く。……これは心に刻んでおけ」


鹿島教官の言葉に、教室がぴんと張り詰めた空気になる。


「ある程度探索を続けると、使用によりばれることも多いが、詳細、特に、ユニークスキルの詳細は絶対に他者に明かすな。味方ですら慎重になれ。ギルド登録情報も原則非公開。いいか、身を守るのはお前たち自身だ」


湊はその言葉に、妙な納得を覚えた。


(やっぱり、そうだよな)


“リピート”のことは、今のところ誰にも話していない。受付の簡単な説明以外、職員からも評価らしきものは聞かなかったし、そもそも他人に披露して効果を見せつけるような性質のものでもない。


──だが、地味でも、活かし方はある。


自分のように、積み上げることに慣れている人間にとっては。


***


講義は午前で一区切りとなった。昼食休憩の時間になり、教室のあちこちで三々五々、近くのコンビニやカフェへと移動が始まる。


湊も資料を鞄にしまいながら席を立とうとした、そのとき。


「ねえ、神谷くん」


隣の夏希が、声をかけてきた。


「よかったら、一緒に食べない?」


思いがけない誘いだった。湊は一瞬だけ戸惑うが、すぐに頷いた。


「……いいよ。どこ行く?」


「ギルドのカフェテリア、行ってみようかなって」


軽く微笑む夏希についていく形で、湊は教室を後にする。


***


JDA本部ビルの地下一階にあるカフェテリアは、職員や訓練生、登録冒険者が利用できる共用スペースとして開放されていた。昼時にはそれなりに混み合っていたが、注文から受け取りまでの流れはスムーズで、全体的に効率的に運営されている印象を受ける。


「……結構しっかりしてるんだな」


トレイを手にしながら湊が呟くと、横にいた夏希が笑った。


「国家機関だもんね。下手な大学の学食よりきれいかも」


湊は「確かに」と小さく相槌を打ちながら、空いたテーブルを見つけて席に着いた。座った場所は壁際で、外の光は届かないが、間接照明のおかげで落ち着いた雰囲気がある。


夏希は、トマトスープとサラダ、パンという軽食メニューを選んでいた。一方、湊は日替わりのチキンプレート。見た目よりしっかりしている。


「こういうところ、慣れてるの?」


夏希がスプーンを口に運びながら聞いた。


「いや。今日が初めて。なんなら、冒険者も初めてだし」


「そっか。……でも、落ち着いてるよね。なんだか場慣れしてるっていうか」


「そう見えるだけだよ。たぶん、慣れてないから、動かないだけだと思う」


「……ふふっ、それちょっとわかるかも」


夏希は小さく笑った。湊も釣られて口元を緩める。


「遠野さんは?」


「夏希でいいよ。私も今日が初めて。スキル判定受けたのも、ほんの数日前だし」


「そっか。……じゃあ、同じだな。俺も、湊でいいよ」


「分かった」


同じ──という言葉が、どこか心地よく感じられた。


食事はしばらく穏やかに続いたが、ふとした間で会話が途切れると、湊は迷うように尋ねた。


「スキルって、もう使ってみた?」


夏希は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに頷いた。


「少しだけね。回復系だから、訓練場で手伝ってもらって。ちゃんと効いたけど、まだうまく扱える感じじゃないかな」


「……そうなんだ。俺のは……」


そこまで言いかけて、湊は言葉を止めた。言っていいのか?本当に?


しかし夏希は首を横に振った。


「無理に言わなくていいよ。スキルのことって、あんまり話さない方がいいって講師も言ってたし」


その反応に、湊はほっと息をつく。


「ありがとう」


「でも……気になるよね。自分のスキルが、ちゃんと使えるものなのか。戦えるのかって」


それは、まさに湊の心境そのものだった。


──《リピート》。1%ずつの上昇、最大25%。条件は“同じ行動を繰り返す”こと。


確かに、説明書きだけ見れば地味極まりない。


けれど、ふと剣道の型稽古のことを思い出したとき、何かが引っかかった。


「自分の癖とか、昔からの行動って、案外スキルに影響するのかな」


湊が呟くように言うと、夏希が少しだけ驚いた顔を見せた。


「……それ、私も思ってた。たぶんね、完全にランダムじゃないよね。ちゃんとその人の中にある“何か”が、スキルになるんじゃないかなって」


「そう、かもしれない」


自分のスキルが地味だったのは事実だ。でも、それが“自分そのもの”を反映しているとしたら──きっと意味がある。


そんな風に考えられるだけで、少しだけ気が楽になる。


「ところでさ」


夏希が言葉のトーンを変えて問いかける。


「講習、あと4日あるけど……一緒にがんばらない?」


「え?」


「私、あんまりこういうの慣れてないし、一人より誰かと一緒の方が、きっと安心できると思うんだ」


「……わかった。よろしく、夏希」


「うん、よろしく、湊くん」


***


午後の講習は実技が中心だった。


訓練用の模擬武器が並ぶ演習室に通され、受講者たちはそれぞれのスキルに応じた基礎動作を確認する。戦闘系、探索系、補助系──自分の能力がどのカテゴリに属するかは、JDAから渡されたスキル認定書に基づいて判断されていた。


「剣術スキル持ちは左側の練習エリアへ。補助・支援スキル系は右側で回復練習と基礎展開を行え」


鹿島教官の指示に従い、湊は左側のエリアへ移動する。


そこには既に何人かが模擬戦を始めていた。竹刀に似た軽量ソードを使いながら、素振りや型の確認をしている。


湊も黙って一本を取り、軽く構えた。竹刀とは違うバランスだったが、重さは近い。


一拍、呼吸を整える。


──面、胴、小手、突き。


基本の四構えを、一つずつ丁寧に。ゆっくりと、型をなぞるように反復する。


身体が覚えている。筋肉の繋がりが、勝手に動きを導いていく。


(……やっぱり、懐かしいな)


昔は何も考えずにやっていた動作が、今では意味を持つ。繰り返すことの意味。型を刻むことの重さ。それは、まさに《リピート》というスキルの本質に通じている。


「へえ、さまになってるじゃん」


横から、やや鼻にかかった声が聞こえた。


湊が視線を向けると、そこには講習同期の一人──浅倉と名乗っていた大学生風の男が立っていた。


派手な髪色に、露骨な自己主張のある装備。腰には無駄に大きい大剣の模擬武器が下げられている。


「でもさ、それって地味スキルの補填ってやつ?」


「……なんの話だ?」


湊は表情を変えずに答える。


「いやあ、お前、リピート?ってやつだろ?講習前に建物をぶらついてたら、“うっかり”職員用のスペースに入っちゃってね。職員同士が話してるのが聞こえたんだよ。剣術スキルのレベルが高いけど、ユニークスキルが地味で惜しい受講生がいるってな」


──湊の内心に冷たいものが走った。


(ユニークスキルは非公開のはずだが……)


職員用のスペースとはいえ、他人のスキル内容を話していたという事実自体に、情報管理体制の杜撰さが出ていた。


「地味って、どんな内容なんだ?リピートって名前のとおり、繰り返したら何か効果でもあんの?同じ動きしてちょっと強くなるだけ?戦闘で意味ある?」


湊は返事をしなかった。


馬鹿にされて腹が立つというより、言っていることがあまりにも浅くて、言葉にする価値がないと感じた。


「ま、“すごい”っていうコモンスキルで頑張れば?後ろで誰かにお守りしてもらいながらさ。じゃ、頑張ってねー」


浅倉は軽口を叩きながら、模擬大剣を担いで去っていった。


残された湊は、静かに剣を構え直した。


(……いいさ)


どう見られていようと、自分の道は変わらない。


誰かに認めてもらうためじゃない。自分のために、自分の力で、ただ前に進む。


再び斬りの型に入る。今度は、より鋭く。より正確に。


──一度、二度、三度。


繰り返すたびに、感覚が澄んでいく。雑音が消え、身体の中心にだけ集中が収束していく。


それこそが、《反復》がもたらす集中の極致なのかもしれない。


一方、その頃。


支援系訓練エリアでは、夏希が淡く輝く魔力糸を指先から紡ぎ出していた。


「……ふう」


彼女のユニークスキル《癒糸》は、対象の筋肉や神経に微細な魔力を通すことで、回復や補助を行う極めて繊細な技術だ。


彼女がこのスキルを授かった理由──まだ答えは出ていない。


だが、午前の講義で湊と交わした言葉の中に、どこか共鳴するものを感じていた。


“スキルは、その人の過去や性質に根ざしている”


それが本当だとしたら、彼女がこの力を持つことにも、何か意味があるはずだ。


──誰かを助けたい。


ただ、夏希は、その一心で冒険者の道を選んだのだ。


***


初日の実技講習が終わったのは、午後四時を少し過ぎた頃だった。


湊は汗ばんだ額をタオルでぬぐいながら、支給された水を一口飲んだ。模擬戦とはいえ、全力で剣を振るうとなれば相応の疲労が残る。


ロッカールームの壁際に腰を下ろすと、遠くから見知った姿が歩いてくるのが見えた。


「お疲れさま、湊くん」


夏希だった。


白いシャツの袖を肘までまくり、額に少しだけ汗を浮かべながら、それでも彼女の笑顔は崩れない。


「そっちも大変だったろ」


「うん、けっこう細かい制御がいるから、集中力の消耗がすごい。でも……面白いかも」


その言葉に、湊は少し驚いたように顔を上げた。


「面白い、か」


「うん。たぶん、自分の力で誰かを助けられるかもしれないって思えるの、初めてだったから」


夏希はそう言って笑った。


それは誰かを守ることに、純粋な価値を見出す人間の顔だった。


湊は答えずにいたが、その瞳の奥には、わずかな共鳴の色が宿る。


「……明日も、頑張ろうな」


「うん!」


そのまま二人は、ギルドビルを後にする。


夕焼けが都内の高層ビルを染め、足元には長く影が伸びていた。電車のホームに立ちながら、湊はスマホを片手にぼんやりと画面を眺めていた。


《神谷湊 スキル認定》


・ユニークスキル:《反復リピート》Lv1

 効果:同一動作を繰り返すことで効果上昇(+1%/回、最大25%)


・コモンスキル:《剣術》Lv4

 効果:近接剣術の基礎及び応用技術に長ける


こうして書かれると、やはり《リピート》の記述は地味だ。


戦闘で派手に火力が出るわけでもなければ、一撃必殺のような効果でもない。だが──自分は知っている。繰り返すことに、意味があることを。


何百、何千と繰り返した竹刀の素振り。それが、今の自分を形作った。


ならば、たとえこのスキルが地味で、誰にも理解されなくても。


──俺にとっては、十分だ。


ホームに風が吹き込んできた。吹き抜ける風の中で、湊はまぶたを閉じる。


繰り返す。積み重ねる。


その先に、自分だけの答えがあると信じて。


こうして、湊の冒険者としての訓練の日々が始まった。

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