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第17話 リピート Lv2

E級昇格から約十日後。


湊と夏希は、新たな仲間──久城澪を迎えたパーティーとして、三人で探索に臨もうとしていた。


迷宮の入口に立つ三人の姿は、外見だけ見れば違和感はない。


だが、その静けさこそが、湊にとっては妙に落ち着く空気だった。


「それじゃ、今日は第二層までの通常ルートを想定して進もうか。新しい連携の確認が第一」


湊がそう提案すると、夏希は頷き、澪も無言で軽く頷いた。


その様子に、湊は内心で小さく安堵する。


(変に気負った様子もない……というより、基本的に感情が表に出ないタイプか)


澪は、漆黒のショートボブに、身軽な軽装を纏い、背中に短剣と手裏剣用のポーチを携えていた。機動力と隠密性に特化した典型的な斥候装備。


「前方、索敵する」


低いがはっきりとした声で告げると、澪は音もなく迷宮の通路を進み始めた。


その滑るような足取りに、湊は感嘆の息を漏らす。


「まったく気配がないな……」


「すごいね。さっきまでそこにいたのに」


夏希も目を丸くする。澪の気配は数歩で霧散し、視界からも見えにくくなっていた。


──だが、ちゃんと聞こえる。


「二十メートル先、左壁沿いにゴブリン一体。後方五メートルに従者型が控えている可能性」


わずかな音と振動、あるいは気配の流れだけで、澪は敵の位置を察知する。


夏希が呟くように言った。


「……あれって、《感知》?」


「いや、たぶんそれだけじゃない。俺たちには見えていない“何か”を掴んでる」


湊も同意する。澪の動きはスキルだけでは説明できない、洗練された経験の匂いを帯びていた。


斥候が先行しての探索は、湊たちにとって初めての体験だった。


これまでは正面突破一択。どこに敵がいるか分からないまま、慎重に角を曲がり、警戒しながら進んでいた。


だが、澪がいるとまるで世界が変わる。


「……前方クリア。侵入してきた痕跡なし。罠も無し」


淡々とした報告に続いて、澪が手で合図を送る。


湊はそれを見てから、夏希とともに後を追った。


「まるで軍隊だね……」


夏希が小声で呟くと、湊は小さく頷く。


「プロの動きだ。斥候職って、ここまで頼れるとは」


彼の言葉に、夏希も改めて澪の背中を見る。


澪は感情をあまり表に出さない。必要な情報を的確に伝え、それ以上のことは語らない。


だが、その動きの一つ一つが信頼に値する。


そして何より、湊がそれにすぐに適応していることに、夏希は少し驚いていた。


(やっぱり……湊くんって、誰にでもああやって自然に馴染めるんだ)


夏希の胸に、僅かな違和感と、ざらついた感情が芽生えかけた。


「……あ」


前方で澪が立ち止まった。


その視線の先には、倒されたゴブリンの残骸がある。だが、湊たちのものではない。


「他パーティーの通過痕。足跡からして、二時間前。通路右に血痕あり、擦過傷のような引きずり痕も」


そこまで言うと、澪は軽く首を傾げた。


「……味方に巻き込まれて、転倒したのかも」


湊はその分析に目を細めた。


「そこまで分かるのか……」


「教わっただけ」


無表情で、冷たく聞こえる言葉だったが、夏希はそこにどこか儚さを感じた。


(この子……やっぱり、何か背負ってる)


静かな歩調が、また始まった。


彼女がこのパーティーに何を求めているのか。何を隠しているのか。


その答えはまだわからない。


だが──探索のペースは明らかに変わっていた。


澪という第三の輪が加わることで、湊たちのパーティーは、確かに前よりも強く、そして静かに進化し始めていた。


***


第二層中盤の広間に入ると、湊は足を止めて空気を読んだ。


視界が開けた先に、小さな池のような地形があり、周囲には岩陰が点在している。


澪がすっと前に出て、指先で空間をなぞる。


「……この地形、囲まれると危険。正面の岩陰に一体、右後方にもう一体。たぶん索敵タイプと突撃型がセットで潜んる」


「合計二体か」


「まだ未確認の隠匿があるかも。水場の向こうに魔力の流れ。もしかすると、そこにも」


湊は構えを取りつつ、すぐに指示を出した。


「澪、右に回って陽動。俺が正面を引きつけるから、夏希、俺にバフを一発」


「了解」


夏希の手から癒糸が伸び、湊の背へと絡みついた。細い銀の糸が彼の筋肉を走り、微細な振動とともに身体能力を底上げする。


澪は霧のように気配を消し、右側へと滑る。


湊が踏み込むと同時に、岩陰からゴブリンが飛び出してきた。獣のような咆哮を上げて突撃する索敵型。鋭い爪を振りかざしてくるが──


「──見えてる」


湊は剣を横に払い、爪を軌道の外に逸らすと、すかさずカウンターの打突。


「一撃じゃ落ちない……か」


ゴブリンが呻きながらも後退する。その背後から、澪の影がぬるりと浮かび上がった。


「……消えても、音は残るよ」


呟くような声と共に、澪が短剣を一閃。


その一撃は敵の喉元を正確に捉え、ゴブリンは呻きもせず崩れ落ちた。


「お見事……」


夏希が思わず呟く。だが、もう一体、湊の背後から新たな突撃型が飛び出してきた。


夏希がすぐに支援を飛ばす。


「癒糸!」


銀の糸が防御結界のように湊の前面に張られ、ゴブリンの棍棒が叩きつけられる瞬間、それを受け止めた。訓練の結果、支援だけでなく、糸を防御に使う方法も夏希は身に付けていた。


「ふっ!」


湊は受け流しの型へと移行し、身体を捻りながら打突。相手の脇腹に剣が叩き込まれ、ゴブリンは苦悶の声を上げて吹き飛ぶ。


「まだ、いる」


澪が視線を水場の奥へと向けた。そこにあったのは、膝ほどの高さの岩壁の向こう。水面の下から、魔力の気配が立ち上っていた。


「……魔術型?」


「可能性はある」


湊は軽く顎を引いた。


「俺が牽制する。澪、接近できるか?」


「行く」


再び、気配が霧散する。湊が岩場から飛び出して囮となり、魔術型ゴブリンの注意を引く。詠唱らしき唸り声が響いた瞬間──


「──終わり」


澪が背後から現れ、短剣を喉元へと突き立てた。


静かに血の飛沫が舞い、魔術型も倒れる。


すべてが終わった。


湊が深呼吸し、剣を下ろす。夏希がそっと歩み寄ってきた。


「……三人だと、こんなに楽になるんだね」


「俺もそう思った」


湊は澪を見た。彼女は無言で短剣を布で拭っていたが、気づいて視線を返すと、小さく頷いた。


「……良い連携だった」


それだけ言って、澪は前に出た。再び、斥候としての役目を果たすように。


湊はふと、自分のスキルを思い出す。


──《リピート》。


ここまで、リピートを積極的に使ってきた意識はなかった。だが、連携の型──特に夏希との連携では、ある程度の繰り返しがあった。


それが、澪との連携でも自然にできていた気がする。


「もしかすると、これは……」


「湊くん?」


夏希が声をかける。


「ああ、いや。ちょっと考え事」


彼は曖昧に答えながら、再び剣を構える。


澪という存在が加わることで、戦闘の質が明確に変化していた。湊はそれを実感として受け止めていた。


このパーティーは、確実に強くなっている。


***


探索も終盤、第三層入口前の休憩ポイントで、三人は小休止を取っていた。


「今日の進行、かなり順調だったね」


夏希の柔らかな声に、湊は頷きながら返した。


「索敵の正確さと、連携のしやすさが大きい。俺と夏希だけだったら、あの三体の連携は面倒だったと思う」


「うん……澪ちゃん、本当にすごいよね」


夏希の視線が少しだけ澪に向く。


彼女は周囲に気を配りつつも、目線は手元の食料からほとんど動かない。相変わらず無口で、感情を表に出すことは少ないが──


(それでも、少しずつ変わってきてる気がする)


夏希は思う。澪の言葉は明らかに増えていた。それは、彼女がこのパーティーに少しずつ“信頼”を寄せ始めている証のように思えた。


「……湊くん」


「ん?」


「澪ちゃんのこと、どう思ってる?」


唐突な質問だった。


湊は一瞬目を瞬かせたが、すぐに言葉を探すように少しだけ考えてから答えた。


「信頼してるよ。索敵も戦闘も一流だし、何より……無駄がない」


「無駄が、ない?」


「うん。彼女の動き、感情、判断、全部が必要最低限。斥候として、理想的だと思う。こっちも集中できる」


「そっか……」


夏希の返答は、少しだけ沈んだ響きだった。


だが、湊はそれに気づかない。彼は視線を広間の天井に移し、何かを思案するように口を開いた。


「そういえば、リピートが変化してる気がする」


「変化って……?」


「最初の説明には、“自身の行動を繰り返すと効果が上昇”ってあったけど……夏希のブーストの効果が少しだけ上がってる気がする。」


「……私の?」


「おそらく」


「なんでだろう。リピートが関係してるのかな?」


「分からない。でも、ギルドで確認してみた方がいいかなって」


「そうだね、スキルチェックしてみよう」


夏希の声が弾んだ。


「よし、そろそろ戻ろうか。もう少しで出口だ」


「うん!」


「……了解」


それぞれの返事を背に、湊は先頭に立つ。今度は彼が先導を担い、澪が背後からカバーに回る構成だった。


三人の冒険者パーティー。


その形は、わずか数日で、確かな“形”を持ち始めていた。


***


ギルドに戻ったのは、陽がちょうど落ちかけた頃だった。

報告と素材提出を済ませた後、湊はふと思い出したように受付カウンターに足を向ける。


「すみません、ちょっと……スキルのチェック、お願いできますか」


受付にいた女性職員が顔を上げた。黒縁眼鏡の奥でまばたきを一つ、二つ。


「スキルの……?ああ、レベルの確認ですね。申請者名は?」


「神谷湊です」


「……まだ冒険者になって1か月程度ですよね?ええと……スキルの成長って、そんなに頻繁に起きるものではないんですが」


言葉にはやや呆れが混じっていたが、それでも事務的に端末を操作してくれる。


湊は苦笑しながら答える。


「自分でも、確信があるわけじゃないんですが……今日は、なんとなく感覚が違ってたので」


「まぁ、スキルの発動時に感覚が変わるのは、成長の兆しの一つとも言いますけどね……っと、では、確認しましょうか」


端末に湊の登録IDを入力し、スキル確認用の水晶板のような円盤を取り出す。

湊がそれに手を触れると、淡い青光がじわじわと広がり、画面にスキルデータが表示されていく。


受付嬢が何気なくスクリーンを覗いたその瞬間、目を見開いた。


「えっ……うそ……?」


「……なにか?」


「神谷湊さんのユニークスキル、《リピート》……レベル2です。今、確認しました。間違いありません」


「……やっぱり上がってたか」


「“やっぱり”って……そんな短期間でレベルが上がるなんて、聞いたことありませんよ……?」


動揺しつつも、彼女は確認プロンプトを操作して、新たに解放された効果を読み上げる。


「ええと……《リピート Lv2》の効果は……“繰り返し行動による自己強化(1%上昇・最大25%)に加え、一定条件下において“同一行動を繰り返す他者の行動効果にも、1%ずつ強化を付与(最大25%)”……ですね」


「やっぱり他人にも影響が出るってことか……」


受付嬢は端末を操作しながら、まじまじと湊を見つめてくる。


「ユニークスキルって、通常の冒険者でも年単位でようやくレベル2に届くことがほとんどなんですよ。使い込んでもなかなか伸びない。それが……わずか、1か月程度で……」


「……本当に、上がるものなんですね」


湊はぼそりと呟き、端末を見つめる。


リピートが他者にも作用する。それは、彼一人だけのスキルではなくなったという意味でもある。

使い方次第では――パーティー全体の可能性を広げる鍵になるかもしれない。


受付嬢は、どこか神妙な面持ちで呟いた。


「……もしかすると、そのスキル、今後もっと注目されるかもしれませんね。地味だけど……効率的で、継続的。そういうの、上級職の人ほど重要視しますから」


「……そうですか」


湊は、少しだけ視線を上げた。


受付カウンターの向こうで、夏希と澪が待っていた。

どちらも、ほんの少し笑っていた。理由は分からないが、その視線はどこか誇らしげで、穏やかだった。


湊は無言のまま頷き、水晶板から手を離した。


***


支部を出た頃には、すっかり陽が傾いていた。オレンジ色の光がビルの隙間を照らし、長い影を路面に落としている。


「……今日は、いい日だった」


夏希がぽつりと呟いた。


「私、三人で冒険するの、好きだよ。安心できるし、楽しい」


「俺もだよ。あとは、もっと難しいダンジョンでも通用するか、試していきたいな」


湊の言葉に、澪がわずかに目を伏せた。


「……私も、このまま、三人で続けたいと思っている」


それは、これまでの彼女なら決して口にしなかった言葉だった。


夏希は、その言葉を聞いて少しだけ驚いたが──同時に、嬉しくもあった。


彼女が心を開き始めている。それだけで、このパーティーの存在が、誰かにとっての“救い”になっている気がした。


湊は、そんなふたりの様子を見て、少しだけ照れ臭そうに髪をかいた。


「……じゃあ、これからもよろしく」


三人は互いに軽く頷き合い、それぞれの帰路へと向かった。


***


その夜、自室に戻った湊は、手帳を開いた。


冒険を始めてから、毎日の出来事を簡単に書き留めるようにしていた。


今日の欄には、こう書かれていた。


《リピート、レベル2へ昇格。パーティーメンバーにも効果が波及。》


そして、その下に──こう付け加える。


《3人での連携が“型”になりつつある。このままいけるかもしれない》


ページを閉じ、湊は静かに天井を見上げた。


まだまだ先は長い。


だが、“このままいけるかもしれない”と、心から思えた日だった。

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