第15話 新たな出会い
E級冒険者としての活動を始めてから一週間。
湊と夏希は、安定してE級ダンジョンの探索を続けていた。F級に比べてモンスターの数も多く、戦闘が連続する場面もあるが、今のところ順調にこなせている。
──だが。
「最近……ちょっと微妙な場面が多いよな」
ダンジョンから戻る帰り道、湊がぽつりとつぶやいた。
「不安?何かあった?」
「いや、別にそういうわけじゃない。……でもさ、E級になって、少しずつ相手の動きが読めなくなってきた感じがあるんだ。さっきの、あのゴブリンの群れもさ、後ろから回ってきたやつ、気づいてなかった」
「ああ……うん。私も、正直ヒヤッとしたよ」
今日の探索中、後方から不意に現れたモンスターに一瞬対応が遅れた場面があった。結果的には湊の反応で切り抜けられたが、それは運に近いものだった。
「前と後ろ、両方に意識を割くのって難しいよな。今は俺が前で対応して、夏希が支援して……その形は悪くない。でも、いつか見えない死角にやられそうな気がしてならない」
湊の言葉は、悲観ではなく現実的な分析に近かった。
夏希も頷く。
「そうだね……。敵の数が増えたぶん、戦術も必要になってきてる。F級までは力押しでも何とかなってたけど、E級はちょっと違う」
「だから、索敵とか斥候……そういう役割の人がいないと、限界があるかもなって思い始めてる」
湊の言葉は、夏希にも響いた。
2人での連携は十分に取れている。しかし、それはあくまで2人分の視野で完結する範囲内の話だ。敵が群れて動くようになれば、全体を把握するための“目”が必要になる。
「斥候職って、やっぱり貴重だよね。感知スキル持ちってだけで、価値があるし」
「そうなんだよな。俺たちのスキル構成的に、相手の動きを読むのが苦手っていうのが一番の弱点かもしれない」
夏希は少し考え込む。
「でも、簡単には見つからないよ。斥候職ってそんなに多くないし、フリーの斥候職はすぐに上位のクランに引っ張られるって聞いたことある」
「だよな……。ま、焦っても仕方ないけど。まずは今できることをしっかりやるしかないか」
「うん、そうだね」
その日の帰り道、2人は淡々と現実を受け止めながら、それでもどこか危機感を共有するような会話を続けていた。
***
翌日。
いつも通り、E級ダンジョンに向かおうとしていた湊と夏希の前に、一人の少女が立ちはだかった。
「……あなたたち」
肩までの黒髪を軽く跳ねさせるように、無表情のまま、彼女は淡々と告げた。
「もしパーティーメンバーを募集しているなら、私を入れてほしい」
湊と夏希は、言葉の意味を理解するまでに数秒を要した。
「え……?」
「いきなり何?」
目の前に立っていたのは、小柄で中性的な雰囲気の少女。声は静かで感情が乏しく、まるで訓練された兵士のような無駄のない立ち居振る舞いだった。
だが、何より目を引いたのは、その背中に背負われた短剣と、腰に装備された複数のポーチ。明らかに斥候職──しかも、かなり本格的な装備を整えている。
「……久城澪。感知と遮断のスキルを持ってる」
「感知……?」
いきなり名乗られたスキルに、湊は目を瞬かせた。
だが、夏希は咄嗟に湊の袖を引いて耳打ちする。
「……スキル内容は、本来他人に簡単に話すものじゃないよ。気をつけた方がいい」
「あ、そっか。……ありがとう」
「……別に構わない。隠しても、いずれ見られるし」
少女──久城澪は、感情を表に出すことなく、ただ事実だけを口にした。
湊はその言葉の中に、どこか不自然なほどの“割り切り”を感じ取った。
(本当に、自分の意思で来たのか?)
そんな疑問が湧くほど、彼女の申し出は唐突で、淡泊すぎた。
だが、同時に湊は確かに感じていた。
この少女──間違いなく、強い。
目の動き、気配の殺し方、立ち姿のバランス。その全てが“戦闘のプロ”を思わせるもので、まるで“冒険者になって数年は経っている”かのような風格すら漂っていた。
「……考えさせてもらってもいいかな」
湊の問いに、澪は一瞬だけ目を細めた。
「……明日、また来る」
そう言い残し、彼女は踵を返して去っていった。
残された湊と夏希は、目を合わせ、言葉を交わす。
「……どうする?」
「分からない。でも……気になる。すごく」
そして、2人は同じことを考えていた。
──この出会いが、自分たちに何をもたらすのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
***
翌日、湊と夏希は早めにギルド支部のロビーに姿を現した。
昨日の少女──久城澪が再び現れることを、どこか確信めいて感じていたからだ。
「……来たよ」
夏希がつぶやく。入り口の方から、澪が昨日と同じ無表情で歩いてくる。変わったところといえば、腰に巻かれていたポーチの配置が微妙に変わっているくらいだ。戦闘前の準備を整えている証拠だった。
「今日は試しに一緒に行ってみようと思ってる」
湊が澪に向かって言うと、彼女は小さく頷くだけだった。
そのまま手続きを済ませ、3人はE級ダンジョンへ向かう。
初めての3人パーティ。構成としては斥候・前衛・後衛の基本型だ。湊と夏希が歩く少し前を、澪はほとんど音を立てずに先行する。
「……静かだね」
ダンジョン内に響くのは、夏希のささやきだけ。湊も同感だった。まるで“消えている”ような澪の存在感は、斥候としての理想そのものだった。
最初の戦闘。
進路の先、やや広めの空間に複数のスケルトンが確認される。
「五体いる。3時方向の岩陰に一体潜んでる。先に動くのは左の二体。ほかはその後」
澪の声はごく小さいが、内容は驚くほど具体的だった。
湊はすぐに理解する。
──彼女は“敵の意図”まで読んでいる。
「俺が左の二体を引きつける。隠れてる奴には夏希のバフを受けて突っ込む。澪はサポートを」
即座に立てた簡易作戦に澪は一つ頷き、夏希は癒糸を展開する。
戦闘開始。
スケルトンの動きは単純だが、連携を取ってくるタイプだ。左の二体を湊が引き受けた瞬間、岩陰の一体が奇襲を仕掛けてきた──
「後ろ」
澪の声が響く。次の瞬間、彼女は湊の背後から飛び出し、スケルトンの手首を正確に斬り落とした。
「ナイス!」
湊が言う。澪は無言で後方に下がり、再び姿を消すように距離を取った。
戦闘は完璧だった。
夏希の癒糸も常に適切に配置されており、湊は一度も被弾することなく敵を一掃する。
「……すごいね」
戦闘後、夏希がぽつりと呟いた。
「なんていうか、無駄がないというか……まるで戦闘がシミュレーション通りに進んでるみたいだった」
「俺もそう思った」
湊が澪を見る。
「澪、斥候ってどのくらいやってたの?」
「一年ぐらい」
これまでの立ち回りを見る限り、彼女は場数を踏んだ歴戦の探索者としか思えなかったため、湊と夏希は驚いた。
だが澪は淡々と続ける。
「訓練は……ずっとやってた」
その言葉には多くを語らない強さと、何かを伏せるような影があった。
「そうか……なら、心強いよ」
湊はそう言って笑った。
そして、その笑みに対して──澪は一瞬だけ目を伏せた。
無表情に見えるその横顔が、ほんの少しだけ、緩んでいたような気がした。
***
その後の探索でも、3人の動きは円滑だった。
澪の索敵とサポートによって、敵の不意打ちや罠を事前に回避することができ、戦闘もほとんど被弾なく進んだ。
何より──湊が戦闘中に不意打ちで被弾しないことで、リピートの補正を継続して受けられるようになっていた。
斬り下ろしから斜め切り。斜め切りから突き。一定のパターンを繰り返すことで、剣筋にわずかな重みと速度が増していく。
そして──
「……今日のところはここまでにしようか」
夏希が頷く。澪は変わらず表情を変えないが、少しだけ口元が柔らかくなったようにも見える。
「どうだった?」
澪の問いに、湊はほんの一拍置いて答える。
「悪くなかった。……やりやすかった」
***
その夜、湊はいつもより少し遅くまでギルドの簡易ロビーに残っていた。訓練室の予約が取れず、軽い筋トレとメモ整理を終えた後、掲示板の前で新しい依頼の内容を眺めていた。
「……何か、考えてるの?」
背後から声がかかる。夏希だった。湊と違い、彼女はすでに私服に着替えていた。訓練帰りというより、少し立ち寄ったような軽い装いだ。
「いや。次、どうしようかなって」
「次って、ダンジョン?」
「それもあるけど──澪のこと」
そう口にした瞬間、夏希の表情がわずかに揺れた。
「正直、今日は助けられた。あんなに索敵が的確で、戦闘のサポートも上手いなんて思わなかった。こっちがやりたいことを、先回りして動いてくれるって感じだった」
「……うん。澪ちゃん、すごく優秀だよね」
夏希はそう言いつつ、心のどこかにかすかな不安が湧いていた。湊の口から、あれほどはっきりと他人を褒める言葉が出るのは珍しい。
「それで、考えてたんだ。俺たち、正式に澪をパーティーに誘ってみようか」
その言葉に、夏希は思わず言葉を失う。
──先に言われた。
それが、彼女の率直な感想だった。
もちろん、澪の能力は認めている。無口で不器用そうだけど、しっかりと自分の役割をこなす姿には信頼すら感じていた。
だけど、湊からの“誘い”というアクションは、どこか胸の奥をざわつかせた。
「……そっか。うん、いいと思う。澪ちゃんなら、きっと力になってくれるよ」
ようやく絞り出すようにそう言うと、夏希は湊の隣に並んだ。
「私も賛成。正式にパーティーに加入してもらえないか明日言ってみよう」
「ありがとう」
湊がそう言って笑う。その横顔は、素直で真っ直ぐだった。だからこそ、夏希はそれ以上の言葉を飲み込むしかなかった。
***
翌日、3人は再び顔を合わせていた。
湊はギルドのロビーで澪に向かって、はっきりと告げる。
「澪。できれば、このままうちのパーティーで一緒にやってほしい」
沈黙が落ちる。
澪は驚いたような表情を一瞬だけ見せた。無表情に近い顔に、わずかに戸惑いの色が浮かぶ。
「……どうして?」
その問いは、警戒でも拒絶でもなかった。ただ、理由が知りたいというだけの言葉だった。
「澪の能力は、間違いなく俺たちにとって必要だって思ったから。それに──」
湊は言いかけて、一度言葉を切った。
「……一緒に戦ってて、すごくやりやすかった。それだけで十分な理由だと思う」
沈黙が、再び落ちる。
そして、澪はゆっくりと頷いた。
「……分かった。じゃあ、お願い」
そう言ったその瞬間、彼女の表情に、ほんのかすかな安堵の色が浮かんだ。
***
その日の夕方。
夏希はひとりでギルドの訓練場の端にいた。木製のダミー人形に向かって癒糸を飛ばし、バフやヒールの精度を確認していた。
──湊が澪を誘ったこと。それは、理屈では当然の選択だった。
だけど、自分の中に芽生えたこのざわめきは──きっと、感情の問題だ。
「……タイプだったりして、なんて」
小さく呟いて、首を横に振る。
「ないない。そんなことない」
湊はそんな軽率な人じゃない。分かってる。なのに、気になる。あの時の表情、言葉、声の調子。全部が引っかかる。
「私、何やってるんだろ……」
そう呟いた時、不意に背後から澪の姿が見えた。いつの間にか訓練場の入口に立っていて、こちらを見ていた。
「……あ、ごめん。独り言だから、気にしないで」
「……うん」
短く返すと、澪はそのまま無言で立ち去った。
残された夏希は、自分の胸が少しだけざわめいているのを感じていた。
***
パーティー登録の手続きは、あっけないほど簡単だった。
E級冒険者としてギルドに正式登録されたばかりの湊たちは、追加メンバーとして澪を登録するだけで完了する。登録用端末に必要事項を入力し、本人の同意サインをもらえば終わり。拍子抜けするような事務処理ではあったが、湊にとっては確かな節目だった。
「これで、正式に仲間だな」
端末から顔を上げた湊の言葉に、澪は小さく頷いた。
「……よろしく」
たったそれだけの言葉だったが、湊も夏希もその短い一言にこもる澪の本気を感じ取っていた。
手続きが終わると、ギルドの職員が三人に対してチーム証を渡す。それは簡素なカードキーで、探索記録の共有や、素材売却時の取りまとめ処理などに使われるものだった。見た目は無骨なものだが、ギルドから認められた“ひとつのチーム”としての証でもある。
三人はギルドの待合スペースに移動し、ささやかだが初めてのチーム会議を開いた。
「澪。これからよろしくな」
湊が言うと、澪は少しだけ視線を落として頷いた。その仕草には、照れとも、安堵ともつかない不器用な感情がにじんでいた。
「……私、喋るの得意じゃないけど……ちゃんと役に立つから」
「そんなの、もう分かってるよ」
夏希が柔らかく返す。
「湊くん、そういえば、チーム名とか、決めないの?」
「……あー、そういうのもあったな」
苦笑混じりに湊が返す。
「特に考えてなかったけど、何かいい案あるか?」
夏希は少し考えてから、いたずらっぽく言った。
「《素直じゃない三人》とかどう?」
「却下だ」
「じゃあ……《繰り返しの糸》」
澪が、ぽつりと呟いた。夏希が目を丸くする。
「……今の、澪ちゃん?」
「うん。繰り返し──湊のスキル。それと、夏希の“癒糸”……」
「なるほど」
湊が頷いた。
「繰り返しってのは、俺のスキル名からだよな。でも、それだけじゃなくて……」
「私たちが、何度も冒険を繰り返して、強くなっていくって意味も込めて」
澪は、わずかに俯いたまま言葉を繋ぐ。その表情に、ささやかな自負が見えた。
「……悪くないな」
湊が口元を緩める。
夏希も笑みを浮かべた。
「うん。素敵だと思う」
こうして、三人は正式なパーティーとして、また新たな一歩を踏み出した。
***
その日の夜。
湊は帰り道のコンビニで、缶コーヒーを一本だけ買った。店先の自販機横に腰掛け、夜風に当たりながら蓋を開ける。
──新しい仲間。
気がつけば、たった数週間前まで、自分は一人で、半ば暇潰しでスキルを取りに来ただけだった。
冒険者になって、たまたま知り合った夏希とパーティーを組み、ダンジョンに潜り、モンスターと戦って──
「そして、澪か」
缶を口に運びながら、小さく呟く。
パーティーの仲間というのは、思っていた以上に重い存在だった。命を預ける相手。自分の弱さを補ってくれる相棒。そして、時には信じて頼るべき対象。
そんな存在が、一人から二人になった。それは、数字以上に大きな意味を持っている。
湊は缶を飲み干し、空を見上げた。
次は、E級ダンジョンの奥へ。澪という新たな戦力を加え、いよいよ未知の領域へと踏み込んでいく。
そしてその先には、どんな景色が待っているのだろうか。
「……ま、考えても仕方ないか」
缶をゴミ箱に放り、湊は立ち上がる。
──歩きながら考えればいい。
今は、まだその途中なのだから。




