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第14話 初依頼

「……え、これだけ?」


ギルドのカウンターで、湊は手渡された封筒の薄さに思わず声を漏らした。


夏希も横で首を傾げながら、自分の封筒を開いている。中に入っていたのは、F級ダンジョンの制覇報酬と素材の換金代金を含めた数枚の紙幣と一枚の小さな換金明細書だった。


「うーん……がっつり稼げると思ってたわけじゃないけど、素材ってあんまり値段つかないんだね」


「まぁ、F級だしな。あくまで訓練目的のダンジョンだって言ってたし」


湊は納得したように頷いたあと、明細を見直す。


(ゴブリンの爪……一体分で百円台?牙のほうが高いのか。あと骨と……)


素材換金の内訳には、各部位ごとの価格が記されていた。どうやら部位によって需要に差があるらしく、見た目以上に差が出るようだ。


「なるほど、解体精度が低いと損するのか……」


ぼそっと呟いた湊に、夏希が笑いかけてきた。


「でもさ、今までお金なんて関係なかったじゃない?スキル講習の一環として潜ってたF級と違って、これからはちゃんと“仕事”なんだって実感する」


「確かにな。生活するために潜る……か。思ってたより現実的なんだな、冒険者って」


湊は換金された数千円の札を財布にしまいながら、なんとなく口の中が渇くような気がした。


夢とか、ロマンとか、そういう言葉だけでは到底まかなえない現実。


飯を食うにも金がいる。装備を整えるにも、ポーションを買うにも、金がいる。


「冒険者って、“自分の命を削って生活費を稼ぐ”仕事なんだな」


「ちょっと物騒な言い方だけど、まあ……間違ってはいないかもね」


ギルド内の掲示板前は、朝の時間帯ということもあってやや混雑していた。


すでにダンジョンへの申請を終えた者や、依頼を探しているパーティーが情報を読み込み、条件を吟味している。


「ねえ、湊くん。次、どうする?」


「……今日も潜るか、何か依頼でも受けてみるか……だな」


「依頼、受けてみる?」


「そうだな……“稼ぐ”っていう意味じゃ、こっちのほうが向いてるかも」


湊は初めてギルド依頼の一覧表を真面目に見る。


依頼ランクはE級からS級まで幅広いが、もちろん受けられるのは自分たちのランク以下──つまり、E級。


そしてE級の依頼内容は、やはり比較的地味なものが多かった。


・迷宮内の特定地点への物資搬入

・周辺警備の支援

・定期調査に同行する探索補助

・ギルド認定の素材回収(指定モンスターの部位持ち帰り)


「……これ、地味だな」


「まあ、まだE級だし。でも、迷宮警備の依頼とかは合同任務になるから、他の冒険者と一緒に行動できるみたいだよ」


夏希の言葉に、湊は手元の依頼票をもう一度見直す。


依頼主:JDA調布第六迷宮支部

依頼内容:E級対象合同任務:迷宮内周回警備補助

報酬:一人当たり10000円+モンスター素材は自己持ち帰り可

備考:パーティー複数による合同実施。所要時間約半日


「合同か……」


一瞬、気が引けた。


今までずっと二人で戦ってきた。互いの力量もスキルもある程度分かっていて、信頼して動ける相手がいる安心感があった。


だが、それは同時に“閉じた関係”でもある。


外部の人間と組む経験も、冒険者として必要なステップかもしれない。


「やってみるか、この合同任務」


「うん。なんかちょっと緊張するけど……がんばろうね」


夏希は笑顔を浮かべながら、依頼票をギルドカウンターに差し出した。


「E級迷宮合同任務、受注お願いします!」


事務員の女性がにこやかに応じる。


「はい、神谷湊さんと遠野夏希さん、ですね。本日13時集合、現地にて他パーティーと合流の予定となっています。お気をつけて!」


用紙を受け取った湊は、わずかに深呼吸をする。


「……なんか、本格的になってきたな」


「うん。でも、湊くんなら大丈夫だよ」


「根拠は?」


「私が一番近くで見てるから」


そう言って笑う夏希の横顔は、いつもより少しだけ自信に満ちていた。


そして湊はふと、こんなふうに肩を並べて歩いている自分たちが、

もう“訓練生”じゃないことを、初めて実感として受け止めたのだった。


***


午後一時、調布第六迷宮前。


湊と夏希が到着したとき、すでに三組ほどのパーティーが現地に集まり始めていた。


冒険者の雰囲気は多種多様だ。筋骨隆々の男二人組、魔術職らしきローブ姿の少年少女、そして同じE級とは思えないほど装備の整った三人組。


「思ったより……しっかりしてる人たちが多いね」


夏希が小声で呟く。湊も頷いた。


(当たり前か。E級は初級とはいえ、“独り立ち”した後のランクだ。最低限の経験や装備は整っている)


そのとき、一人の女性が湊たちに近づいてきた。細身の体格に鋭い目線、背中に長剣を背負った姿。年齢は二十代半ばといったところだろうか。


「初参加か?」


「はい。神谷湊と遠野夏希です」


「私は高橋リイナ。中級下位のD級冒険者で、今回の合同任務の統括役を任されてる。指示があったら従ってくれるように」


「了解しました」


湊が簡潔に応じると、リイナは夏希にも一瞥をくれる。


「支援職か。珍しいユニークスキルを持ってる支援職がE級上がったって聞いたけど……あんまり目立つなよ。狙われやすくなる」


「……はい」


淡々とした口調に、夏希は少し緊張しつつも頷いた。


「任務は簡単だ。第二層までの巡回ルートを2時間で踏破、障害物があれば排除。敵性モンスターが出た場合は戦闘許可あり。ただし、報酬は均等割り、素材は各自確保したものを保持とする。質問あるか?」


「ありません」


そう答えたのは、筋肉質な男のパーティーリーダーらしき人物だった。他のパーティーも一様に頷く。


「では、行動開始。基本的に各パーティーは独立行動だが、遭遇時は連携も視野に入れてくれ」


それを合図に、各パーティーがそれぞれのルートへと動き出した。


湊たちも、準備を整えて迷宮に踏み入れる。


第二層はF級に比べて通路が複雑で、枝分かれが多かった。


とはいえ、湊にとってはそれほど脅威でもない。通路の構造がやや入り組んでいるだけで、モンスターの出現パターンもそれなりに単調だった。


「ゴブリン三体。右手奥の通路からもう一体追加」


夏希が指差す。


「じゃあ、俺が中央を取る。夏希、左手からバフお願い」


「了解。癒糸展開」


淡く輝く糸が湊の背中から腕へと絡み、関節の動きが滑らかになる。


同時に湊は剣を抜き、型に沿って一閃──


「はっ!」


ゴブリンの首筋を斜めに斬り裂いた。反復動作により、わずかにリピートの強化が入っている。体感で分かるほどではないが、感覚は確かに鋭くなっている。


「後ろから来てる!」


夏希の警告とともに、湊が振り返って一太刀。ゴブリンが吹き飛ぶ。


三体目、四体目も迅速に処理し、夏希のヒールで湊の肩口の擦過傷が癒える。


「……よし、片付いたな」


「湊くん、すごいよ。今日、動き冴えてる」


「いや……夏希のサポートのおかげだな」


照れくさそうに返しながら、湊は地面に落ちた素材を確認する。


(牙、爪、革……あとは剣が多少痛んだけど、大丈夫か)


素材を回収しながら、湊は気づいたことを口にした。


「この調子で、日常的にこういう任務を受けていければ、ちゃんと食っていけるんだなって思えてきた」


「うん。私も思った。生きていくって、こういう積み重ねなんだね」


湊が短く頷く。


「……じゃあ、次のルート行くか」


合同任務とはいえ、周囲のパーティーとの接触はほとんどない。


だが、そのとき──


「そこの二人、ちょっといいか?」


突然、後方から声をかけられた。


振り返ると、さきほどの筋肉質な男が仲間と共に立っていた。


「お前ら……神谷と遠野だったな?さっきの戦い、見てた。特にお前」


男は湊を見て言った。


「剣術、相当なもんだな。スキルはLv2か?」


「……Lv4です」


「なに……?」


その場にいた全員が、わずかに目を見開いた。


(……やっぱり、剣術Lv4って、そう簡単にいないんだな)


湊は内心で小さく溜息を吐いた。


合同任務を終えていく中で、湊の存在が他の冒険者たちの間でも知られ始める――それは、後に続く出来事の“前触れ”でもあった。


合同任務の巡回ルートも、終盤に差し掛かっていた。


湊たちのパーティーは、ほぼ予定通りのペースで第2層の指定エリアを踏破しつつあった。他のパーティーとは、途中何度かすれ違ったものの、今のところ特に連携を取る必要もなく、それぞれ順調に任務をこなしているようだった。


だが、湊にはその空気にわずかな“変化”を感じていた。


(……なんか、やけに視線を感じる)


決して敵意があるわけではない。むしろ、探るような、注目するような気配。


湊は気づいていた。


先ほど剣術Lv4という発言をしたことで、周囲の反応が変わり始めたのだ。


「湊くん」


「ん?」


「前より、冒険者らしくなってきたね。立ち回りとか、判断とか……なんか安心できる」


夏希が笑って言う。


「いや、まだまだだよ。……でも、夏希と組んでから、自分の中で“できること”がはっきりしてきた気がする」


「そっか……。私も、少しは役に立ててるかな」


「十分すぎるくらい」


湊は、真面目に言った。


それを聞いて、夏希は少し頬を赤らめながら、前を向いたまま「ありがと」とだけ呟いた。


そんな穏やかな空気の中、背後から走ってくる足音が聞こえた。


「おい、神谷!」


先ほどの筋肉質な男──パーティーリーダーの一人、戸川だった。


「お前、今暇か?ちょっと手貸してくれ!」


「どうかしましたか?」


夏希が戸川に尋ねると、彼は眉をしかめて説明を始める。


「第二層の北通路で、ちょっと強めのモンスターが湧いてな。うちの魔術師が足止めされてる。こっちはまだ探索中の仲間が戻ってなくて、人数足りねえんだ」


「わかりました。行きます」


湊が即答する。


夏希も頷いた。


現地に着くと、岩の壁に挟まれた狭い通路の中で、黒衣の魔術師が後退しながら魔力のバリアを展開していた。


その先にいたのは、大型のアーマードゴブリン──鉄製のプレートを身にまとった亜種モンスターで、通常のゴブリンより耐久性と攻撃力に優れている。


「詠唱が間に合わない……っ!」


「下がって!」


湊が前に出る。


剣を構え、リピートを意識しながら踏み込む。型は斬り下ろしからの胴返し──訓練で何度も反復してきた“動作”だ。


バシン、と重い音がした。


(……やっぱり硬い)


刃が甲冑に阻まれ、ダメージが通りづらい。だが、それでも湊は退かない。


二撃、三撃と同じ型で連続斬り。


体の筋肉が滑らかに動き、関節が迷いなく反応する。


──四撃目で、装甲の継ぎ目を捉えた。


「はあっ!」


剣が打ち込まれ、アーマードゴブリンがぐらつく。


そこへ夏希の《癒糸》が飛ぶ。細く光る糸が、湊の腰から脚へと絡み、動きがよりスムーズに。


「もう一発!」


五撃目、継ぎ目に正確に差し込んだ打撃が、甲冑の隙間を貫き、アーマードゴブリンはようやく膝をついた。


「あと一押し!」


戸川の仲間が飛び込む。二人がかりで斬り伏せ、モンスターはついに崩れ落ちた。


バタリと倒れた体の横に、珍しいアイテムが転がった。


「アーマードゴブリン・プレート……!これ、E級アイテムとしては当たりだ!」


魔術師の少年が興奮して声を上げる。


一方、戸川は湊を見て、ぽんと肩を叩いた。


「助かった。あの斬り、ただのLv4じゃねえな」


「……どういう意味ですか?」


「体の動きが異常に“洗練”されてる。動きに迷いがねえ。たぶん、鍛錬して身につけた“剣術”だろ?」


湊は肩をすくめた。


「あんまり目立ちたくないんで……」


「すまんすまん。でも、これだけは言わせてくれ。神谷、お前、いずれ“中堅”どころか、もっと上に行くと思うぜ」


湊は苦笑した。


(まだE級だしな。……けど、こうやって人に何か言われるの、少しだけ、悪くない)


周囲の視線が変わっていくのを、湊は静かに受け止めていた。


***


合同任務の終了は、日が完全に傾きかけた頃だった。


湊たちは、無事に巡回ルートを踏破し、素材や撃破記録を提出するため、ギルドの受付へと向かっていた。他のパーティーもそれぞれ帰還しており、ギルド内はさながら“任務明けの喧騒”に包まれていた。


「お疲れさま。大きなトラブルもなく、よかったね」


夏希が湊に声をかける。


「うん。……他のパーティーと組むっていうの、正直ちょっと不安だったけど、思ったより普通だった」


「普通、かな?湊くん、だいぶ目立ってたと思うけど……」


「……やっぱりか」


夏希はくすりと笑った。


受付では、任務報告書の提出と、素材の追加換金が行われていた。E級以上の冒険者は、素材の鑑定と換金が正式に許可されており、それによってより実践的な報酬が得られる。


湊たちが持ち帰った素材の中でも、アーマードゴブリンのプレートは高値で売れた。


「へえ、これ一枚で1万円?E級にしては良いな」


受付嬢が手際よく素材を鑑定し、報酬額を算出していく。


「全部で……えっと、5万2千円。こちらが本日の報酬になります」


「ありがとうございます」


封筒を受け取り、湊はその数字に内心驚いていた。


(生活費の足しどころか、ちょっと贅沢できるくらいあるな……)


もちろん、毎回これだけ稼げるとは限らない。だが、確かに現実として“冒険者としての生活”が視野に入った気がした。


湊は改めて考える。


(大学には、戻らないままだけど……。でも、自分の足で何かを掴んでる実感がある)


この感覚は、大学で講義を受けていた頃には決して得られなかったものだった。


ふと、隣に立つ夏希を見る。


彼女も報酬袋を手にしていて、表情は穏やかだった。けれど、その目にはどこか誇らしげな光があった。


「夏希」


「ん?」


「なんか……ちゃんと、冒険者っぽくなってきたな、俺たち」


「ふふっ、今さら?」


「いや、ほら。素材も換金して、任務もこなして。何というか……“自分の力で稼ぐ”って、すごく実感あるなって」


「わかるよ。それに、一緒に組んでてすごく安心感あるし」


夏希は照れくさそうに笑う。


そんなやりとりを交わしながら、二人は受付を後にした。


その後、他のパーティーの仲間と軽く挨拶を交わし、次回の任務での再会を約束したりもした。湊の中では、少しずつ“同業者としての人間関係”も構築され始めている感覚があった。


一歩ずつではあるが、確かに前へ進んでいる。


ギルドを出ると、外はもう夕焼けに染まり始めていた。


「じゃあ、今日はここで解散?」


「うん。また、明日もダンジョン行く?」


「行こう」


並んで歩くその距離感は、初めて出会った日のものより、ほんの少しだけ近くなっていた。


──それは、冒険の中で育まれた“信頼”の証。


そしてその信頼こそが、これからの冒険を支える力になる。


そんな予感を胸に、湊は夕陽の差す帰路を歩いていった。


次の冒険が、どんなものになるのかを、少しだけ楽しみにしながら。


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