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第1話 スキル適応判定

この世界にダンジョンが現れたのは、およそ百年前のことだった。


それはある日、唐突に──世界各地の地下深くに、規則性も脈絡もなく“穴”が開いたことから始まった。誰もが最初は地盤沈下や地下構造物の崩落と考えたが、調査隊が中へ入ったとき、常識は音を立てて崩れ去った。


中は無限の回廊、獰猛な生物、そして未発見の鉱石や魔力を帯びた物質に満ちていた。しかも、その構造は時間とともに変化する。


最初の生還者が語ったのはこうだった。


──あれは洞窟じゃない。“迷宮”だ。


それから世界は変わった。国は“迷宮探査”を国家事業として認定し、「ダンジョン」と名付けたこれらの異空間の調査と制圧に乗り出した。


それに伴い、新たな制度も整備された。スキル適応者、通称“スキルホルダー”と呼ばれる者たちの存在が公式に認められたのだ。


特定の訓練や資質によって発現する“個人スキル”。それは戦闘技術、探索能力、支援行為など多岐にわたり、スキルの適性を持つ者は“冒険者”としてギルドに登録される。


国家機関の下部組織である《日本ダンジョン探査連盟(JDA)》は、スキル判定・ランク認定・活動支援などを一手に担い、冒険者たちはその指導と管理の下、ダンジョン探索に挑む。


***


東京都内、JDA本部スキル適応センター。


そのロビーは、適応判定を受けようとする若者たちで賑わっていた。椅子に腰かけて順番を待つ者、スマホで不安を紛らわせる者、家族に付き添われてきた者。様々な姿があった。


神谷湊は、そのどれにも該当しなかった。


彼は一人で来て、一人で申請書を記入し、静かに受付カウンターの前に立っていた。


「神谷湊さんですね。初回適応判定、……」


職員が淡々と確認事項を読み上げる。


「それでは、こちらへどうぞ。スキル適応室は奥のドアを入って左です」


湊は一礼して、無言のまま案内された通路を進んだ。


スキル適応の儀式と呼ばれるプロセスは、医療的な測定と精神分析、そして簡易な記憶刺激によって、潜在的な資質を呼び起こすものだ。


──といっても、湊はその詳細に大して興味があったわけではない。


大学を休学して半年。将来のことも、目標も、情熱もなく、なんとなく「やれるならやってみるか」と申し込んだのがこの判定だった。


だが、湊には──一つだけ、確かなことがあった。


幼い頃から、彼は同じ行動を何度も繰り返す癖があった。


剣道の素振りを1000回。漢字の書き取りを延々と。階段の上り下りさえも、決まったリズムを崩すのが嫌だった。


それは強迫性障害のような病理ではなかった。ただ、反復する中で“整っていく感覚”を得ていたのだ。


そして、適応判定を終えた瞬間──


「……おめでとうございます。ユニークスキル、《リピート》を取得されました」


職員がそう告げた。


湊の脳裏に、文字が浮かぶ。


《リピート》Lv1──「同一の動作を繰り返すことで、1%ずつ効果上昇(最大25%)」


(えらく地味なスキルだな)


職員が内心で呟く。


「……では、コモンスキルの選定に入ります。こちらの経歴だと……剣道歴が長いですね」


画面を操作する職員。


「《剣術》Lv4を取得されました。以上で初期判定は完了です」


湊は首をかしげた。


──剣術が、レベル4?


レベル1が初心者、2〜3が一般的な実用範囲、4以上は中級〜上級者とされる。


それはつまり、今の時点で湊の《剣術》は、現場経験のある冒険者と同等、あるいはそれ以上ということだ。


「……まあ、やってきたしな」


湊は静かに受付を後にし、申請書類をまとめて提出へ向かった。


《リピート》の効果は地味に見える。だが、自分が長年積み重ねてきた反復行動と呼応するようなスキルだ。


そして今、確かにここに、自分だけの“始まり”があると感じていた。


──このスキルの意味を、これから探せばいい。


そう考えながら、湊は次の行き先──《JDA冒険者本講習》の会場へと向かっていった。


ロビーを出てから講習会場までは、徒歩で五分ほどの距離にある。整備された連絡通路の窓越しに、街の景観が流れていく。


「冒険者か……」


湊は、頭の中で繰り返した。自分がその言葉に本当に足を踏み入れることになるとは、半年前までは思ってもみなかった。


成績はそこそこ良く、有名大学にも現役で入学した。だが、思っていたほどの熱意は湧かなかった。目の前の授業にも、学生生活にも。


きっかけは、大学の知人がスキル適応を受けたという話だった。彼は派手なスキル《火球術》を得て、今ではCランク冒険者として活躍しているらしい。


「向き不向きなんて、やってみなきゃわかんないよ」


そんな言葉に背中を押され、軽い気持ちで受けたスキル適応。


──それが、これだ。


《リピート》。文字通り“繰り返す”だけのスキル。


だが、もしこれが“使い方次第”のスキルだとしたら? そして、自分がそれを扱える資質を持っていたとしたら?


ふと、剣道部の顧問が言っていた言葉を思い出した。


『型を極める者は、全てを制す。千回同じ動きを繰り返して、ようやく一撃に至る。』


意味も分からず素振りを繰り返していた少年の頃。ひたすら同じ動作を刻み続けることに、心地よさすら感じていた。


その感覚と《リピート》は、どこかで繋がっている。


通路の先、講習会場の前で立ち止まり、湊はゆっくりと息を吐いた。


「……とりあえず、やってみよう」


簡単には割り切れない不安と、それを押し込めるような期待が、胸の奥でせめぎ合っていた。

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