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第二部ワイルドハント03霧の都、サヌレビア前編 バダシミア

第二部ワイルドハント03霧の都、サヌレビア前編 バダシミア


「ほらみなさん!お目覚めなさい♪」


バラバラにして2階へ運び、組み立てなおしたテーブルの上へ、明るい白と、ピンクのフチのクロスを敷いて、簡単に焼いた粗挽き穀類生地のパンをバスケットごと乗せる。


「ふわぁ、んみゅみゅみゅ。」


むくっと起き上がったダリアさんを抱きしめて、ほっぺをむにむに。


「もう朝かい?」


片膝をベッドに乗せて身を乗り出し、目を擦るエウトリマの身体を抱いて引き上げて座らせる。


「ご主人様♡」


寝たふりをしているアウタナを抱き抱え、テーブルの椅子まで運ぶ。


「ふう、アウタナが寂しくならないように、今日から女神がここに泊まりに来ますわ。」

「こちらから、行くべきではありませんか?このアウタナ・セリフラウが。」

「ええ、みなさんがお休みになられた後、女神と少しお話をしましたの。」


温めた四足獣の母乳をそれぞれのカップに注ぎ、並べる。

有翼二足獣の卵を半熟に茹でたものを、殻ごと銀細工のスタンドに立て、ナプキンを折り畳んでその前に敷き、その上にスタンドと同じ銀細工のスプーンを添える。

少し緑が残る赤い果実、一部の者は野菜である、と言うそれを等分して葉物野菜と並べる。

そのうちに一階へ降りた面々が戻ってきて、席に着く。


「みなさんお顔はお洗いになられましたわね。」

「なんだか今日のリラちゃん、すっごくやさし〜。」

「昨夜、女神と何かあったのかい?」

「そうですわね、アウタナの小さい頃のお話などですわ。」

「ご主人様ったら、もう!」


昨夜の出来事は、女神が3人の記憶へ邯鄲の力のひとつ、記憶の消去と書き換えを行いました。一番はじめに、ロータス綜合学園で、とある生徒達が結成した隊のワイルドハントで、その活動のはじめに何が起きたのか。これを知るのは、まだこの愛しい方達には早過ぎます。クルルガンナの、太陽系第三惑星人の歴史、機密指定文章を保管する部署、リコルディアへアウタナはアクセスが可能ですけれど、調べたという記憶自体が無ければ大丈夫でしょう。今になって、女神が口癖にしているあの言葉の意味がわかりました。どうか、健やかに。


「リラちゃん?」

「ええ、どうなさいました?」

「ううん、どこか遠くを見てるのかなって。」

「ふふ、わたくしにはダリアさんにエウトリマ、そしてアウタナしか見えていませんわ。」


かちかち。

ゆで卵の殻にスプーンを当てたり、下半分を摘んでお皿を叩いたり、みなさんがお好きな方法で殻にヒビを入れて、顔を覗かせたぷるぷるの卵とご対面。


「うん、元気が詰まっている味がするね。」

エウトリマは少しずつスプーンに乗せてひとくちずつ味わって。


「ご主人様、食べさせてください♡」

目を閉じて口を開けるアウタナに、そっと食べさせてあげて。


「むー、ずるっこだー。」

パンに挟んで食べたダリアさんの、黄身が付いたほっぺたにキスをして。

まだぐっすりしているカトラスを抱っこします。


「ほーらカトラス、今日はサヌレビアに行きますのよ。朝ごはんが食べられなくなりますわよ?」

「ゴハン!ゴハン!」


急に目を見開いたカトラスが腕から飛び出してテーブルへ向かうと、その首元からアルマがぽとり、と落ちました。拾い上げて指でほこりを拭っていると。


「モう母親のよウだ。いイ顔をシていル。」

「もう、褒めても何も出ませんわよ。」



ラプリマのある枝に絡みついたツタの、その根本。遠目に見れば細かな産毛に見えて、矮小な存在のヒトからしてみれば、それは大きく、その産毛がこれ以上伸びてクルルガンナのある木を食い殺さないように、ルリローが常に展開されている。まち、ツタを直接移動の手段に使う龍も存在するので、侵入への迎撃のため。騎士も駐留している。


「つまりこの維束管鉄道ラプリマ駅は、かつてのエルベラノ封鎖基地と同じく、最前線にあるのじゃ。ただこちらは龍が来ると言っても不定期であり、最近まで枯死していたこともあって、そこまで問題では無いのじゃ。ただ魔導列車自体、ウサギを使うこともあっての。」

「何ですの?」

「定期的に動かすには大量のmpが必要になるのじゃ。一回の往復におよそ騎士中隊1個分じゃな。」

「そうなんですのね…騎士と言えば、元々封鎖基地にいた連合の騎士やアンカラはどうなってますの?」

「おかしなことを聞くの?普通に元の都市所属として活躍しておる。」

「そうでしたわね、それで騎士科の学生が都市防衛を行っていたのですわね。」

「はいはい!マイちゃん!こしってなんですか?」

「うむ、このツタは丈夫での。少々のランサーやポデアでは、殺し切る事が出来ん。傷付いたそばから再生するのじゃ。これはフェイも興味があるじゃろう。お主とハイェルルラの不滅のぜネロジオはこのツタを解ふぉぉっ!」


見送りに来たついでに、色々な質問に答えていた女神ロータスは、突然蒼い閃光に羽交い締めにされ、口を塞がれた。その手の主は勇者トモ。彼女は視線だけで女神を威圧し、また閃光と共に消え去った。


「少々口が滑ったの。とにかくじゃ、使えなくなっていた所へもう一本生やしたんじゃ。」


一通りの質問が終わり、エウトリマが口を開く。


「それではエウトリマ班、ラプリマの名に恥じぬよう行ってまいります。」

「うむ、激戦が続いたのじゃ、羽根を休めてくるが良い。サヌレビアとは他都市と違い交信自体が途絶えておった。とはいえ、向こうにもダクトロはおったはずじゃ。誰じゃったかの。」

「ケーナです。あれほど女神に愛を誓っていたというのに、悲しみを隠しきれません、このアウタナ・セリフラウは。」


ケーナというダクトロの報われぬ愛を嘆くアウタナの頬を撫でて。


「アウタナ、しばらく会えないのですから、涙を流すのはおよしになって?わたくしのために微笑んでくださいまし。」

「ご主人様〜!」


飛び込んで来たアウタナと抱きしめあっていると、


「のう、このやり取り昨日の夜から飽きるほど見せられておる。」

「うん。わたしも。」

「アセデリラよ。心配せずともうちのアパートで世話をするから安心して行ってくるが良い。」


そして


コッコッコッコッ、バシュウ!コッコッコッコッ!魔導列車と呼ばれる黒鉄くろがねの機関の先頭車両が稼働し始める。ロングコートに帽子を目深に被った人物が告げる。


「太陽系第三惑星人維束管鉄道、魔導列車タタリメは間も無く出発します。ご乗車の方はお駆けにならず、お歩きでご乗車なさいますようお願いします。」


「それじゃあ、行ってきまーす!」

「ワガハイにお土産を忘れるでないぞー!」


コッコッコッコッ、コココココココココ!ケー!!!

速度を上げ、光を纏った列車はその名の通り維束管に突撃し、車体が飲み込まれると、再び傷口が塞がる。ハンカチで涙を拭くアウタナの手を引いて、女神はラプリマへの帰途についた。



「すごかったねー!今の、もしかしてランサーなのー!?」

「そうだよ、私が小さい時に聞いた説明によると、この車両自体が複数のウサギを連結させたものだそうだ。もちろん私達の客車は普通の客車だね。」

「それで、維束管鉄道の維束管って何ですの?」

「これは私が授業で習いました!太陽系第三惑星で言う植物の中には、ヒトで言う血管やリンパ管にあたる、水分や組織液を運ぶ管だそうです!」

「あの、リーナ?リンパ管とか組織液って何ですの?」

「私は勉強があまり得意ではないのでよくわかりません〜。」

「フェイ、先輩達は不思議な事を言っていますね…?」

「ぺんぺん、まともに付き合っちゃだめ。どんどん頭が悪くなるから。」


ちゅ〜。


飲み物を飲んでいたダリアさんが、ストローから口を離して。


「リラちゃんこれ見て、このジュースが組織液で、ストローが維束管ね。」


ちゅ、ちゅ〜。


ストローを通ってジュースはダリアさんの可愛らしいお口の中へ。


「わかりましたわ!つまりわたくし達はサヌレビアでジュースが飲めますのね!?」

「君のそう言うところに私は惹かれたんだ。美しいよアセデリラ。」

「さすがですお嬢様〜!」

「ねえフェイ、ダリアさんの説明で何となくわかるんじゃないかな?」

「もう先輩達の方見ちゃだめ。」


列車はコココココココココ、シィィィィという音を立てて走る。



「窓の外は暗くて、時々灯のようなものしか見えませんけど、どうなってますの?」


しばらくして、風変わりな体験にも飽きたアセデリラは班の仲間に声をかけるも、皆眠っていた。維束管鉄道とは、連結した脚走型のウサギがツタの中の管を走るだけ、管の中を本来通る力の流れに乗って。口に出してしまえば簡単な理屈であり、元々騎士であるブーケには、他の騎士のウサギにお邪魔するくらいの感想しか出てこなかった。

それでもアセデリラは、初めて見る維束管鉄道の仕組みは新鮮であった。


「間も無くサヌレビアです。」


ロングコートに声をかけられて、うとうとしていたアセデリラは目を覚ます。


「はっ!何だか今、世の中の真理を見つけた気がしますわ!」

「お客様、列車は停車致しますが、お忘れ物のなきようお気をつけください。」

「えっ、ええ、ありがとうございますわ!」


班員それぞれの肩を揺らし、声をかける。


「さあみなさん、参りますわよ!」



「「カトラスまダ寝たイ…。」」

「「読書ニは良い時間だっタ。」」

「あなた達、姿が見えないと思ったらウサギに入ってたんですの!?もったいないですわ!」

「カトラス、お昼寝ダイジ!」

「我は本の方ガ大事。こレは面白かっタ。」

「うんうん、私も好きだよー。次はこっち貸したげるね。」


貨物車から搬出したゲンザンの中にはアルマ達が入っていました。


コココ、コココ。

二足有翼獣の頭部によく似た形状の先頭車両が機関を始動させ始めた頃、サヌレビアの代表の方々がお迎えにいらっしゃいました。


「ようこそいらっしゃいました。サヌレビアの代表であり、ダクトロのエプリシアです。」

「ラプリマのロータス綜合学園、ダンサンカブーケのエウトリマ班、班長のエウトリマ・ヤポニカナです。お会いできて光栄です。」


それぞれの挨拶が終わってわたくし達は案内を受けて、サヌレビアに続く橋に差し掛かります。湖ルルメンタ ブリンダと、その中央に位置する島サヌレビア自体が持つ力場に干渉する事により、ルリローが弱まるとの事で、ウサギは駅の貸しハンガーに預けました。


「そしてこちらが、湖上都市サヌレビアがまだ、ただの浮島だったころ…。」

「あの…。」


お昼頃の光をきらきらと反射する美しい湖、ルルメンタ ブリンダの説明をエプリシアがしていると、フェイさんが声をかけました。


「はい、どうされましたか?」

「サヌレビアのダクトロはケーナという方だとお伺いしていました。その方はどうされたのですか?」

「はい、かのヒトは…。」


エプリシアが右腕をあげて、湖のへりで、いく人ものヒトが集まっているのを示す。


「今、彼らがおくっている方と同じように、湖の底で静かにお眠りになられています。」

「そう、だったんですね。」

「いえ、維束管鉄道が運行不能になって、サヌレビアにもしばらく苦しい時節がありました。ダクトロケーナは、その魂を燃やしてこの土地を守ったのです。私は、私達サヌレビアは彼女を誇りに思います。」


「シア エスタ リータ アル ラ シエラ、カ ヴィ エスタ セ ラ フィエ シオ」

─すべてのものは空に繋がり、きっとその先にあなたもいる


しばらくの間、わたくし達は彼女の魂が安らかに眠れるように、祈りを捧げました。



「さあ、ケーナが守ったサヌレビアのおいしい料理でおもてなしいたしましょう!」

「わあ!わたしも知らないお料理食べるの楽しみだったんだー!」


エプリシアに促されたわたくし達は歩き始め、ダリアさんが少し走って、両腕を広げてくるくる回ります。


「リーラーちゃーん!とってもきれー、


バグゥン!


わたくし達の見ている前で、ダリアさんは何か、粘液で覆われた大きな触腕に飲み込まれました。


「らー!」

「がうううっ!」


「せい、やあっ!」


即座にアンカラを展開したフェイさん、そしてペンタスさんが飛びかかった時、わたくしは緑雷のポデアを刺した四肢で駆け、その悍ましい触腕を氷壊の手刀で切断していました。


「今、助けますわよ!」

「位置が特定出来ました!一気に焼き尽くしてください!らー、ららー!」

「ええ!ヴェルダフラマ!」


緑雷のポデアを一気に最大出力、両腕をフェイさんがマークした箇所へ突き刺し、ルリローで覆われたダリアさんを掴み。


「わたくしのダリアさんから離れなさい!!!」


渾身の力でダリアさんを引き抜き、同時に緑雷と氷壊を炸裂させます。


ジュウウウウ、ぶすぶす…ぱきぱきと海綿状の触腕が焦げて凍り付き、砕けていきます。


「ダリアくん!」

「簡易の生化学検査を行います!下がって!」


リーナは近寄ろうとしたエウトリマを押し留め、わたくしの腕の中からルリローで覆われたダリアさんを抱き下ろし、紫の耀く手鏡を翳しました。


「スタニト、メイタゥナ、ローサ、ミアーネ、スペギュエ…。」

「その技術は、アセデリラくんごとアルマコリエンデを拘束した時の…。」

「はい、その通りです。…ふぅ、フェイ様達の迅速な対応で、さいわいダリア様のお身体に異常は見られませんね。」

「それは、よかった、です…。」


ズルん。ぱりぃん。


ルリローの、割れる音。

エプリシアの声にわたくし達が振り向くと、そのエプリシアが、エプリシアの右肩部と腹部が、穴が、貫かれた穴があり、ました。

さらに。


「ケーナと同じ死に方、笑われて、しま。」


胸部、およそ心臓のあった場所には、もそもそと動く、歯ブラシのような無数の触手が蠢いていました。


「せえっ!」


ダリアさんを助けた時と同じように、緑雷の手刀で触手を切り落とします。


「ダリアくんを狙ったのは、陽動だったようだ。」


エウトリマとペンタスさんは、エプリシアと共にいたサヌレビアの代表団数名の遺体の前に立ち尽くしていました。



「はい、ダークトロと代表たーちが死亡しーたのですーね。残念ーです。」

「そのよーうな龍ーが存在しーているとは思ーいませんでした。怖いーですね。」

「騎士ーがいますので、安心しーてサヌレビアで暮らしていーます。」

「サヌレビアのおいーしいお料理はいーかがですか。」

「わあ。騎士なーんですね。握手しーてください。」


まずサヌレビアのダクトロ、代表が死亡した事を都市の行政を担当する機関や、防衛を担当する騎士に伝えようとしたわたくし達に返ってきたのは、このような言葉でした。


「ああ、やはり君達もその対応を受けたのかい。」


騎士を探しに行ったペンタスさんとフェイさんは、エウトリマにそう報告しています。

わたくし達は、どなたにも引き取ってもらえないダクトロ達の遺体を観光客用の宿に運び、そこで情報を共有していました。


「あと、もうひとつ変なところがあって。」

「うん、ヒトはいるのに、みんな独り言しか言わなくて、会話をしていないの。話し方は、方言かもしれないけど。」


腕組みをして聞いていたエウトリマは唇をつまみ、ダクトロ達の亡き骸を睨みます。


「アセデリラくん、思ったままの事を聞かせて欲しい。君も知っての通り、サヌレビアのヒト達は都市の象徴であるはずのダクトロや、都市運営に関わるはずの人物達が根こそぎ死亡しても、あのような反応だ。どう感じたかな?」

「ええ、正直、気持ち悪いですわ。」

「私も同じ感想です。それにどなたからも、ルリローまたはシルヴィトーに使うmpの流れを感じられませんでした。」

「フェイくん、それは…?」

「今のところ、この街やひとびとに何が起きているかわかりません。常に薄いアンカラを張っていますので、なるべく私から離れないでください。」


わたくし達は、橋を渡るのは危険すぎるとの事で、駅の貸しハンガーに預けていたウサギ、中のアルマとカトラスへ向けて、伝言を飛ばすことにしました。


「グラシラピア、ヴェルダフラマ…!」


ポデアで作ったら氷壊を緑雷に乗せて飛ばしても、途中であの触腕に当たり落とされます。

わたくし達はあの謎の龍もしくは生命体がいつ攻撃してくるかわかりませんので、常にフェイさんのアンカラとわたくしの緑雷を展開しています。住民達の不審な点、騎士やアンカラが不在と言うところから、気の抜けない状況になっています。これ以上班が持ち込んだmpの無駄遣いが出来ないので、途方にくれていると。


すい〜、ひらひら、バグゥン!


何か白いものがわたくし達の後ろから飛んできて、触腕に叩き落とされました。


すいぃ〜、すっ!バクゥ!


今度は違う飛び方で。


「あれはいったいなんですの?」


振り向いたわたくし達が見たのは、何らかの建物の上からいくつもの白いものを飛ばしているリーナでした。


「こんーにちは、ここーはサヌレビア区ー画管理庁舎ーです。」


目の焦点があっていない人物を押し除けてわたくし達は、その庁舎の屋上へ上がりました。

リーナはそこで、ルリローに包まれたダリアさんと、ダクトロ達の遺体それに、大量の紙とペンを持っていました。


「あなたリーナ、何やってますの?」

「ええ、これは紙飛行機と言いまして、太陽系第三惑星人が空を駆けるのに使っていた駆動系を、折り曲げた紙で再現したものです。」

「そうか、これならmpを消費せずにアルマくん達に連絡を取ることができるね。」

「でも、風が吹いたら流されませんか?湖の上ですし。」


リーナは眼鏡のリムをつまみ、キランと光を反射させました。


「そう!そこで私は改良を加えたのです!」


シィィィィ。

リーナは建物の一部を円熱の方陣で軽く引き裂き、じゅうぶんに冷えた建物の欠片、つまりただの石へ。


「ヴィ エスタ パポ、バダシミア。」


小さい時にリーナと2人で見た人形劇で、人形つかいのヒトが使っていたポデア。ヒトに見立てた石にポデアの糸を通して、「あなたは鳥のヒト。」とおまじないをかけることで操れるようにするポデア。


「そう!このバダシミアくんで紙飛行機の操縦をするのです!」


ぱちぱち…普段わたくしに変なことをさせて喜んでいたリーナが、こんな機転を効かせるなんて!わたくしは思わず拍手をしていました。


「素敵ですわ…こんな窮地に追い込まれてもその斬新な発想で解決の糸口を見出すなんて。」

「ふふ、お嬢様のお褒めに預かり光栄です。びわ…いえルルメンタ ブリンダは鳥のヒトを羽ばたかせるには最適ですから。」

「うん、とにかくリーナくんの案は私も賛成だ。合わせてアルマくん、カトラスくんへの新しい依頼の内容も今書き終えたよ。」

「このペン、インクが詰まってますね。」

「貸してぺんぺん、はぁぁっ。うん、でてきた。」


ペンタスさんとフェイさんは、エウトリマの書いた原稿をひたすら書き写していました。


「あの、そろそろそれで、わたくしも…。」

「はい!このリーナ、お嬢様に相応しい最高の舞台をご用意しました!」

「ああ、私も君が大活躍するのを特等席で見させてもらうよ。」

「どう言うことですの?」 


エウトリマがわたくしを後ろから抱きしめて。


「さっきまでは私1人でしたので!運動に不慣れなのもあって途中で落ちていましたが!」


リーナがエウトリマとわたくしの頭に手を触れます。


「何ですの?今から何をしますの!?」

「私達はずっと一緒だよアセデリラ。ディスガス、ニン。」

「さあ行きますよお嬢様!ヴィ エスタ パポ、バダシミア!!!」



脚を上げ、下ろす。

紙飛行機の前後に備え付けられた2つの車輪、その円の中心から放射状に伸びた無数のスポークは陽の光をキラキラと反射して、中心その左右に備え付けられた足置きから与えられる無限の熱量を運動エネルギーに変換し、回る。足置きの根本に付けられた鎖は、乙女2人分の内燃機関が生み出す青春の情熱を、機体の前方に備え付けられた2対、十字を描く羽根に伝え、回転させる。


「せいやああああ!!!これで1146回目のフライトですわあああ!!!」

「我が君、南からの風が強まったよ!修正して!」


操縦桿を軽く傾け、機体の後部に据え付けられた小さな翼を動かす。


「よし!今度はワイヤーが切れていない!コンパスも位置正常!対岸が見えた!そのまま!!」


回転する羽根も、

バグゥン!

機体が飲み込まれる。


「うーん、今度のは大丈夫そうだったんだけどなあ。」

「ええ、ですが対岸が見えましたわ。もう一息ですわね。」

「せめてポデアが使えたらいいのに。」


しかし皆が理解していた。紙飛行機ではあらゆるポデアの力に耐え切れない。


「落ちるのが前提として、一矢報いてやりたいですわね、あの龍に。」

「それはよくないよ我が君、もう夕暮れも近いからね。恐らく次が今日最後のフライトだ。」

「さて、それでは。」


リーナが砕いた石を再転換して、炭焼き石パンとコショウのスープを準備します。


「お腹に元気を詰め込みましょう〜。」

「ここの建物は、再転換出来るんだね。」

「ええ、繰り返す以上どうしても五等素材になってしまいますが。」

「ふむ。」


エウトリマは唇をつまんで、何か考え事をしているようです。


「それでは、本日のバダシミア、最後の挑戦者、アセデリラ・アルマコリエンデ、エウトリマ・ヤポニカナ両選手の入場です!」

「あなたリーナ、また撮影してますの?」

「ふふ、リーナくんなりに私達を元気付けてくれているのさ。」

「先輩方、「鳥」の調整終わりました!」

「それではお二人のために…涙の大地に私はゆこう♪」


フェイさんの唄に合わせて、わたくし達のヴィ エスタ パポとなった石は、紙飛行機ごとリーナの手に掴まれて。


「赤い夕日が大地を燃やしても♪」

「いっけええー!」

「そー、れっ!」


リーナの手から離れた紙飛行機は、滑空して。


「今だアセデリラ!」

「空だって駆けてみせますわあー!!」


脚を上げ、下ろす。

日々を送るヒトにとっては当たり前のその行為。

意識をしなければ、その意義と奇跡的な動作の価値は忘れ去られる。

かつて太陽系第三惑星に発生した微細な泡は、生命の生まれるゆりかごを作り、果てしない共食い、捕食により次第に形質を発展させ、生命の連鎖はついに、人類を生み出した。

足裏の筋肉、主に母趾内転筋、短母指屈筋で地面に接し、蹴り上げ、歩く。これを一輪の車に付けたペダルで踏み込むことで再現する。およそ、何らかの事情を持つヒト以外は可能なはずの、その行動、それを繰り返し、アセデリラ・アルマコリエンデは空を駆ける。


「およそ0.5レグア。」


基本操縦者であり基本動力機関としてアセデリラがいるならこのエウトリマ・ヤポニカナは補助動力であり、機体操作と回転羽根駆動に専念する操縦者へ適切な方位や距離を伝える案内人である。前者が欠けることがあれば機体は飛ばせない、後者が指示を出さなければ、機体はあらぬ方向へ飛んでゆく。エンゲージした2人だからこそ行える阿吽の呼吸。


「さて、そろそろだ。」

「なんです、の?聞こえません、わよ。」


ここに至るまでの挑戦で、じきに「避けることが不可能」な触腕が現れる。エウトリマは身体固定用のベルトを外し、対岸を目前に集中しているアセデリラへ声をかけた。 


「君の勝利する姿は見れないけど、君が精いっぱい輝く姿は見れた。光栄だよ。」

「まさか、エウトリマあなた!」

「振り向いたら操縦桿がぶれてしまうよ。愛しい君、さあ前を向いて、輝いて。バンヴォル、レスパン ミア ヴォガン…ヤポニカナ。」

「エウトリマ、エウトリマあー!!!」


己の姿を再転換し、元の小石からワサビの粉末へ。さらさら、と落ちていくエウトリマの輝きは、アセデリラには見ることができない。


バグゥン!

バダシミアを狙い、噛み付いた触腕は。

ぼぶぅ!ごぼごぼ!ブボッ!


ワサビの粉末を多量にその顎の中に入れ、悶絶した。


「そう、ですわね。」


エウトリマ1人分、軽くなった機体はバランスを崩し、前方へ傾き、加速する。


「駆騎士の戦いを、ご覧に入れますわ。」


すううう、はああああ。

深く息を吸い、深く息を吐く。

対岸の貸しハンガーまで、もう少し。


クルルルゥグアロガァ!

体勢を立て直した触腕が背後から迫る。


「ミ クラ ジス ティウ サスティビア!!!」




「今度、今度あなた自身を犠牲にしてみなさい!ぜったい、ぜったい許しませんわよ…うあああ。」


いつもは抱きしめる相手だったエウトリマの胸の中に飛び込んで、泣く。

そんな主人を優しく抱きしめて、エウトリマは頭を撫でる。


そんなわたくし達2人を横目に遺骸を虫眼鏡で見ていたリーナが、口を開きました。


「傷口を見ていたのですが、こちらの方々には血液が流れていません。」

「リーナくん、もう少し詳しく教えてくれるかい?」

「はい。ではこちらを。」


リーナは立ち上がって、遺骸の一つを踏みつけます。


「あなた!いったい何を!?」

「お嬢様、皆様、私の足元のこれをご覧ください。」


リーナは遺体を足で転がします。いえ、正確には、転がそうとしました。


「よく寝ましーたー。みーなさん何をしゃーべっているのでーすか?私ダリア・アジョアズレスは空腹ーをお知らーせします。」



第二部ワイルドハント03霧の都、サヌレビア前編バダシミア 了

お読みの方でお気付きになられた方もいらっしゃるかと思われます

ルルメンタ ブリンダはびわ…です

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