第二部ワイルドハント02─騎士くずれ─
第一部のエルベラノ攻略戦とはまた違った残虐な描写があります。
第二部ワイルドハント02─騎士くずれ─
「太陽系第三惑星人の都市、枝上都市ラプリマは一本の木、その枝の一本、クルルガンナと呼ばれる地域の東に当たる枝にあります。私達サヌレビアはクルルガンナ解放戦のあと、太陽系第三惑星人の新たな生きる場を求めて旅立った騎士、ニシキオリと彼の率いた騎士、アンカラの隊であるアズマが見つけ、拓いた土地です。」
案内の文を読み上げたダリアは、ベッドに腰掛けて、ゆっくり上体を倒し、体重をふわふわのベッドに預けた。くーくー、と寝息を立てているカトラスと、その顔にくっついているアルマを撫でる。
「もう明日の朝出発だよ〜!楽しみで眠れなあい〜。」
「ふふ、私達はここ数年枯死して使えなかった魔導列車でサヌレビアへ行くんだ。楽しみだね。」
「エウちゃんは乗ったことあるんだよね。どんななの?」
「そこまで大したことは無いんだよ。ただね。」
エウトリマがダリアに魔道列車の仕組みを解説しもうとしたところに、アウタナを背負ったアセデリラがはしごを登ってやって来た。
「ほら、もうおやすみしますわよ。わたくしは明日からサヌレビアへ向かうのですから。」
「いーやー!アウタナもついてきますー!」
「うわっお酒くさっ!アウタナさんもう寝た方がいいよー!」
「おやおや、これは大変な駄々っ子だね。」
「飲み始めた時は、もう少し理性的だったのですけど。」
「うー、なんですか。子どもっぽいって言いたいんですかー?」
「とにかく明日から1人にするのは心配になるね。お義母様はまだ帰れないのかい?」
「うん、シリンに立つ事は出来るようになったんだけど、時々、アユーガさんの最期を思い出しちゃって、ガタガタって、震えちゃうんだ。今はまだ、訓練所でかんづめ。」
「ふむ…。ワスレナ教官のパートナーの。何か力になれれば良いのだけれど、何が起きたか、調べてみようか。」
フォン…静かな青い花びらの紋章がアウタナの前面に展開し、感情を失ったかのような声色でアウタナが口を開く。
「ワイルドハント出動記録、クルルガンナ歴4009、先冬の二月。第28日。」
「アウタナ?…エルベラノ陥落の3年前ですわね。」
「しまった。私の言葉に反応したんだ。アウタナくんの記録からワスレナ教官の事が再生されてしまう。」
「だめだめ、ストップストップ〜。」
「警告、これは邯鄲に関わる事象を記録したものであるため、あなた達のスケラでは閲覧が許可されていません。繰り返します。警告──。」
「よい。」
アセデリラ達が振り向くと、女神ロータスが立っていた。
「女神!?それより、ワスレナ教官の大事な記憶ではありませんの!?」
「そうもったいぶるものでもあるまい。ワスレナがレジーナ、そして「ダリア・アジョアズレス」と同じくワイルドハントに所属していた事は知っておるじゃろう?」
「ええ。」
女神は、ひょいっとソファに座り、その小さな身体をずむむ、と埋めさせる。更に女神はちょいちょい、と指を自身の方へくいくい動かす。
「ほれ、何か持って来ぬか。シラフでは話せんのじゃ。」
そう聞いたアセデリラは、手を挙げて一階へ降りる。ワスレナ教官が、なぜアユーガという名のパートナーの姿に変わり、そのポデアを使えるのか。実地演習で、拘束されていた時の会話を思い出す。「アタイは、(邯鄲の柱)になるまで、わからなかった。」そしてなぜ、レジーナが関わってくるのか。どうして相当の機密も閲覧できるブーケのエウトリマ班ですら、スケラが足りないのか。シラフでは話せない。レジーナもよく、過去の話をする時は酒の力を借りていた。しかし、明日は楽しい楽しいサヌレビアへの旅行では?こんな重く苦しい事実をエウトリマやダリアさんに聞かせるわけにはいかない。そう判断したアセデリラは、半裸で記録の再生機になったアウタナの分も合わせて、飲み物を作る。小さな香草を麺棒ですりつぶし、ひと摘みの塩、それより大量の砂糖と練り合わせ、炭酸水を満たしたグラスに注ぎ、ガラスの細長い棒で混ぜて、「ドリン、ドラン…。」ポデアをかけた輪切りの柑橘類を刺す。3人は寝てしまいますけれど、それが一番ですわ。
「お待たせいたしました。ふふ、アウタナもどうぞ。」
予定通りすやすやと眠りについた3人に毛布をかけ、女神に向き直る。
「他の者を寝かせたのは賢明じゃな。さて、どこから話すかの──。」
お主がエルベラノでハイェルルラから明かされた点も含めて説明するとの、エルベラノはもともと、他の都市、エルベラノ、エルヴィエルナ、エルアートヌを繋ぎ、ヒトと物、技術の伝達に使われる都市でもあり、クルルガンナの星人が持っておった技術の再現、ぜネロジオもじゃが、それとお主の本当の父親、勇者ゲンザンの力の模倣なども研究の対象じゃった。
女神はダリアの左腕にある兵器管理番号を指差す。
ハイェルルラから聞いておるじゃろう?こやつのそれもそのひとつじゃな、少し話が逸れたかの。そうじゃそうじゃ、ワイルドハントじゃな。さて、うちのヒメコは金髪に目が無くての。それもお主やワスレナのような──。
「ああ〜、ワスレナぁ〜!」
「触らないで気持ち悪い。私はたった今アユーガとエンゲージをしたのです!」
「へへっ良いじゃねぇか。オマエの髪が褒められてアタイは嬉しいぜ。」
「…もう!」
愛するパートナーの肩をぽふぽふ叩いてくるワスレナを抱き寄せて、アユーガは口付けをする。
「はぁぁ、これぞ眼福ですね〜!」
そんな3人のいる教室のドアが、がららと開く。
「書類の審査通ったよ〜!ついにわたし達の隊が出来ちゃいました〜!」
「このポンコツに任せたのが悪かった。色々抜けてたのを書き直したのはアタシだ!」
紅いストレートの長髪と、紅い瞳の少女。そして黒髪褐色の。
「ふふ、でもわたしが隊長でいーんだよね、レジーナ。」
「そうだよ。天覧大会で、女神の見ている前で、四都市の騎士全てを同時に気絶させたんだ。その後に景品で欲しい物を聞かれたオマエは!勇者トモとの一対一の勝負を望んで、あろう事か一太刀入れやがった!わかってんのか!?おいこら、ワスレナに助けを求めるな!おかげでアタシは、オマエを三週間、三週間もだ!エルベラノのクルルガンナ研究所に取られちまったんだぞ!あの研究者どもめ!アタシのダリアの身体を好き放題しやがって!」
「ねえねえ落ち着いてよ〜。別にレジーナみたいなことはされてないよー?ちょっとハダカ見られてい、ろ、い、ろ、触られたくらいだって〜。」
「それが許せねえんだよ!!!」
「んっ!んむむっ、んんーん、んーっ、んーっ。ん…。」
力無くされるがままのダリアと、したいがままのレジーナを横目にワスレナ達は教室を出た。
「その顔を見るに、中ではげっそりするような事態が起きているんだな…。」
「は!カナウラ教官!」
敬礼をした3人の隣で、教室の中から高い声が聞こえる。露骨に面倒臭そうな顔をして、教官は書類を渡す。
「これが君達の隊、ワイルドハントが行う初めての実戦となる、実地演習の概要だ。君達一人一人の実力を考えれば、わざわざ行う意味もないだろうが、これはまた君達にとって本当の意味での、騎士としての資質を試すものでもある。各員の健闘を祈る。」
ワイルドハントはいくつかの龍のコロニーを破壊、殲滅した。
ぱちっぱちぱちっ。
夜を迎え、五等素材で練り組まれた土釜の火口で薪が爆ぜる。
「この辺りのコロニーは、ほとんど壊しちゃったねー。」
「ああ、後は野盗の捕縛とウサギの完全破壊だ。」
「私の持って来た地図によりますと〜、この先半日ほどで集落に着くそうですので、そこで情報収集をいたしましょう〜。」
「へぇー、コルソとアンカラがいるから、新しい街を作ろうとしてるんだ。何だか嬉しいね。」
「あんだそりゃ、騎士いねーのに。そーいやあゆレナはどこ行ったんだ?」
「警戒の必要があるから、歩哨に立つって言ってたよ〜、やってるね、あの2人〜。」
「あ、私は先にお休みしますね!たっぷり8時間は寝ますので〜。」
翌日、正午前。
「ちくしょう!なんだこりゃ!」
「生存者の、確認が出来ません。食べ残し、だけになります。」
「コルソとアンカラの死体もある!ヒトに辱められて、殺されている!」
「う、ぷっ、うえっ。かはーっ、はーっ。」
「ヒメちゃん大丈夫!?落ち着いて、息を深く吸って…。」
ヒメコと、その背中をさすろうとしたダリアを、立方体の形をしたルリローが何重にも覆う。
「げひっ、イヒャ!ヒャー!」
「準勇者が来るって聞いたからよォ〜!」
ズザン!跳躍型のウサギ数台と、ウサギ無しの追放騎士が現れる。
「トーゼン、オレ達ゃ勝てねーよなー!」
「だからそこのアンカラ共にィ!勇者様が助けに来てくれるから、ソイツに絶対割れないルリローを張ってやれって言ったらヨぉ!」
「えひっ!えひひっ!泣きながら歌ってて、ウマかったぜぇー!ニィ、ク!」
ばぐん!食人を告白した野盗の背中が裂けて、軟質の皮膚が多層に折り重なった姿となる。
「ルゥイコの…ハリメンだと!?テメーら!」
食化体、龍の一部を生食した者に起こるイ食反応。しかし。
「ちげーよネンネ共、コイツはルダン、カ、ファロだ。女神の庇護から外れりゃあ!」
ズルん!もう1人の野盗は、背中が横に広がり、そこへ脚が無数に生えた。
「オッボッモッ!ヒト!食べ放題!」
「ちィっ!コイツらより先に、ウサギを破壊するぞ!」
レジーナの指示。
ワスレナは突き出された触腕を躱わし、シリンに立ちぜネロジオを繋ぐ。
「「コネージョ、ソルタンド」」
ウサギの拡張能力で、唄う。
「らー!」
騎士であり、アンカラの資格を持つワスレナは、集落全体を覆うように、アンカラを張ろうとする。しかし、機能しない、いや、ワスレナのアンカラが、同じ周波数で相殺されている!
「アビャ!ざァんネぇん!」
食化体の一体が、自分のウサギのシリンを引き剥がす。
「テメェら!」
そこには、切り取られたひとびとの首が、ルリローを歌っていた。
「たすけて、たすけてー♪」
「この子だけでも、どうかー♪」
「おとうさんを、たべないでー♪」
それそれの首が、ばらばらに、思い思いの願いを唄う。
「ウサギもよォ!元々は邯鄲を受けた悪人だからヨぉ!オレのやりてぇ事に、協力するってナァ!エビャビャビャ!」
シャリィィン!
響き渡った金属音に、食化体とそのウサギは動作を停止する。
「──ャ。」
湖水のポデアを纏ったウサギが、駆ける。
食化体、2体の胴が、錫杖で両断される。
「ガョイェヲン…。」
錫杖の先に、ワスレナの美しい金髪が絡みつき、光の槍となって、串刺しにした2体のウサギごと、犠牲となった魂達を溶かして、光に変えて行く。
「待、て…!アユー、ガッ!」
ソノリロの呪縛を胆力だけで押し返し、レジーナは近づこうとする。
ダリアと2人教官から聞いた、女神による邯鄲の真実。善きヒトも、悪きヒトも、ヒトを殺めてしまえば、邯鄲の柱に、空に浮かぶ星になる。
しかし、そのレジーナの必死の行動も、数センチも動けない。
「エビャビャ、たすけ、たすけて─、お願いしまス。」
「騎士さマ──勇者サま──。」
食化体の胸部が割れて、食い散らかしたひとびとの溶けた頭部を顕にする。
「騎士くずれ共。」
バチバチバチバチ!アユーガのランサーが完全な励起状態に入り、周囲の光を呑み込んで、輝く。
「邯鄲の炎に灼かれて罪を贖う資格は、貴様らには、無い。」
犠牲となった人々の首から上が編んだルリローの中からでも、アユーガの光の槍が食化体ごとまだ魂の形を保ったままの犠牲者達を光に変えてゆくのは、見ることが出来た。
「ここまでが、みなが見たアユーガの最後、このあと、「ダリア・アジョアズレス」はクルルガンナにおけるあらゆる騎士くずれを全て捕縛し、そのウサギを完全に破壊しての。そしてエルベラノの災厄に立ち向かう事になったのじゃ。レジーナは、アユーガが邯鄲の柱になったのを目の前で見て、下衆な三下相手に魂を柱にしたアユーガを止めきれなかった無力感から、シリンに立てなくなり。逆にワスレナは騎士候補生を実地演習で限界まで追い込んで、騎士に相応しいか試すようになったのじゃ。」
「ふふ、やはりこの人達には、聞かせられないお話でしたわね。」
アセデリラは、すやすやと寝息を立てる3人を優しく撫でる。
「ここまで聞いたのじゃ。もう決めたのじゃろ?」
「ええ、いずれはわたくしも、ワイルドハントへ。」
第二部ワイルドハント02─騎士くずれ─了