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第二部「ワイルドハント」序章 献杯 /ノーカラーズ01結成、メリージェーン隊

ティサーナ!

──献杯──


「がうううっ!」


節の多い龍の腹部を駆け上り、胸部その内側にに喰らい付く。当然4レグアもの巨体を持つ龍の外骨格にとってはさしたるき問題ではなく、龍の意識は眼前を駆け回る自動操縦のウサギに向けえられている。


「「カシーグの持つ蜜を回収出来たら戻って欲しい。」」

「「わうっ。」」


返事をして、飛び降りウサギのシリンに着地する。


「アンカラ越しでも、すごく甘い香りでむせそうです。」

「もう少し我慢してね、ぺんぺん。」


ウサギの背中で、ペンタスの全身に付着した蜜液をヘラで掬い回収容器に入れるフェイは顔をマスクで覆っていた。


「「よし、フェイくんのアンカラも強度を保てているね。心は落ち着いてきているかい?」」


エウトリマは、なるべくこの話題を出したくは無かった。だが、ブーケの隊長として、隊の要、アンカラ達のダクトロであるフェイのコンディションは、把握しておかなければならない。死に別れた家族と、その骸を使い、たった一人で十数年他の都市を守っていた姉との再開、そして再びの別れ。声も涙も枯れ果てていたイフェイアーナは、春の四月に入り、やっと会話と、ルリローからアンカラを展開できるほど回復してきていた。


「「はい。私はぺんぺんだけでも、守りたいです。」」

「「ああ、それが良い。ところで。」」


エウトリマはペンタスのウサギのシリン、そのホロパネルに、一枚の紙を表示させる。


「「わぁ!フェイ見てください!霧の都サヌレビアご招待って書いてます!」」

「「うん、湖のスケッチがある、きれいだね。」」

「「女神から、ブーケに贈り物だそうだ。一般隊員に先行して、私達エウトリマ班が、下見も兼ねてのご挨拶に伺う事になったよ。」」


普段から輝いているぺんぺんの瞳が、さらにキラキラと輝いている。エウトリマ班長の説明に力いっぱい頷いて尻尾を嬉しそうに振る姿を、フェイは愛おしく見つめていた。


「「サヌレビアはクルルガンナのある木から、少し離れた湖のほとりにあるよ。お楽しみにね。」」


ラプリマへ帰投後、保健衛生局による3度の徹底的な洗浄と生化学検査のあと、やっとペンタス達は解放された。


「ふるふるふる。やっとべとべとが取れた気がします。」

「帰ったらブラッシングしてあげるね。」

「今日は助かったよ2人とも、カシーグの蜜を集めるには、君たちのような騎士とアンカラのペアが最適だったんだ。お礼も兼ねて今夜は私がレジーナで夕食をご馳走させてもらうよ。」

「わあ!いいんですか!やったねフェイ!」

「うん…。」

「どうしたんですかフェイ?」

「ううん。大丈夫だよ。」


程なく3人はスイングドアを押して「レジーナ」へ入店する。


「いらっしゃいませ〜!お客さまは3名さまですね!お好きなお席へどうぞ〜!」


肩から少し下まで伸ばした紅い髪を後頭部でくくり、更にその毛先を花のアクセサリーでまとめた、ポニーテールの店員さんが案内をする。スイングドアの右手カウンターはほぼ埋まっていて、正面の複数の大きなテーブルは、賑やかにさまざまな人達が話し、笑い、かちゃりとグラスをぶつけたり、どの席にしようか悩んだエウトリマは、左奥の、少し照明の薄れたテーブルを選んだ。


「かしこまりました。粗挽き固めパンに根菜の彩りスープですね。」

「ああ、あとこれをお願いするよ。」


一礼をして踵を返す金髪ドリルの店員を呼び止め、エウトリマは金色の小瓶を渡す。


「今日採れたカシーグの蜜だ。濃い目の藁酒に足して、3人分のグラスに入れて欲しい。いや、私達がいただくのではないよ、未成年だしね。これは亡き人達に捧げるものさ。」


非礼を詫びて下がる店員を見送ると、ペンタスが口を開く。


「あの、わらしゅってなんですか?」

「そうだね、太陽系第三惑星では、麦、穀類だね、これを収穫した後に残った茎などを藁と呼んでね。柔らかい地に寝かせて、地の細菌がそれを分解して独特の苦味と香りを持つようになる。モルト、だったかな。これでお酒を造るんだ。そこを更に火をかけて燻し、コクと香りを強くするんだよ。それで、今向こうで大騒ぎしている人達が飲むと、すぐ寝てしまうほど強い藁酒にカシーグの集めた蜜を足してまろやかにするんだ。」


黒髪褐色の店員が濃い香りがする藁酒の入ったグラスをトレーから移し、一礼をする。


「私達、普段は夜、フェイの家族にお祈りをして、そのあとパンとスープを頂いているんです。」

「ああ、私もラプリマでそうなってしまったひとびとのために、祈っているよ。」


今日の邯鄲の柱は58、つまり犠牲になった方も含めて116名が空に昇る。手指を組み合わせ、それぞれの名前を心の中で読み上げる。


「おとうさん、おかあさん、おにいちゃん…。」


フェイくんの涙をはらんだ透き通る声は、肩を組み合わせて騒いでいた他の人達をも、静かにさせる。


「そうか、君たちがブーケなのか。」


大人達は、よろめく足元を殴り付け、寝ている者を揺り起こし、1人また1人と、私達の前で並び、姿勢を正してゆく。

いつのまにか黒髪赤髪金髪の3人、それともう2人の店員達が、彼らにも同じグラスを渡してゆく。


「それと、今も戦っている、おねえちゃん。」


口を閉じ、目をゆっくりと開いたフェイくん、瞳の輝きが涙で濁ったペンタスくんにもグラスを渡して、立ち上がる。並んでいる彼ら彼女らに向き直り、首の動きだけで深く礼をすると、全員が頷く。


「エルベラノに散り、囚われた住民総勢一千三百九十一万と、千九百人の魂を、そして今も戦い続けるハイェルルラを!私達は取り戻す!ティサーナ!」

「ティサーナ!」


全員がグラスを掲げ、飲み干す。

ばたっ。


「ふわぁぁ、すごい大きな音がしたから見に来ましたけど、このアウタナ・セリフラウが。」

「ええ、お嬢様達はウイスキーの一気飲みで全員倒れました。今解毒をしている最中です〜。」


アウタナが見渡すと、さまざまな立場のひとびとが魚市場のように並べられていた。


「うう、まだ頭がズキズキする気が致しますわ〜。」

「わたし達の分だけでもくだものジュースにしておいたらよかったよぉ〜。」

「ちょうどこいつらが根菜の彩りスープを注文していて良かった。ほら、汁も飲めよ。」


レジーナは普通のお水にレモンの輪切りを入れてエウトリマに渡し、フェイとペンタスの頭を撫でる。


「一応、まだ初等生のフェイさんペンタスさんは完全に解毒しておきました。もらい事故ですから〜。お嬢様達はしっかり反省してくださいね〜。」


リーナはそう言いながら、レジーナを恨めしそうに見る。


「いや、悪かった。せっかくの献杯なんだから、キツいのをって。」

「なんじゃなんじゃ、タダで飲めたのか!?」

「げっ女神が来たぞ!酒隠せ隠せ!」

「まあ待つのじゃ。エルベラノの話もある。」


女神は並べられている泥酔客を避けながら歩いて、テーブルに着いた。

先程までペンタスと撫であっていたフェイも座り直す。


「それで、エルベラノの魂達を解放する算段でも付いたのか?」

「まあまあ、そう先を急ぐでない。」


女神は胸元をつつくと、シャツの隙間からアルマが顔を出した。


「もう少シ、寝かセろ…。」


女神は両手をぽんぽん、と叩き頭足類を平たく乾燥させたものを齧っているカトラスを出現させた。


「ああカトラス!ワガハイのスルメを!アルマ、説明するのじゃ。」」


女神はカトラスの齧っているスルメの片側に齧り付いた。


「うム。先のエルベラノで我とカトラスはさまザまな騎士のウサギに入リ、サポートを行っタ。イフェイアーナ。もう唄えるカ?」

「…はい。」

「ならバ。」


アルマは空のグラスを蹴り舞い上がり、並べられている泥酔客の上で氷壊のポデアで無数の氷を生み出す。


「ハイェルルラの記録と、我とカトラスの感じタプレッシャーによれバ、エルベラノの災厄ハ、こうダ。こやツらを、守レ。」


空中でアルマがその美しいストレートの金髪をたなびかせるように舞い始めると、先に発生させた氷のいくつかがが、泥酔客に向かって飛ぶ。


「ら、らー!」


慌てて小規模なルリローを展開するフェイ。女神にスルメを奪われたカトラスが、フォークの先で空のグラスのはじを叩き始める。止めようと手を伸ばそうとしたレジーナだったが、すぐに気付く。


「これは、舞に合わせた曲なのか…!」


次第に単調だったテンポと氷の落ちる場所、量が変わる。常に薄いルリローを張るだけでは間に合わなくなり、フェイの息が掠れ出す。


「らー、はー、っー!」


コルソでの発声練習、長時間のルリロー、アンカラを続けて、ダクトロである師アウタナの指導の元で日々研鑽を積んできたフェイであったが、数十名の泥酔客を不均一な氷の飛礫から守り続けるという経験は無かった。そう、フェイにはエルベラノ陥落で救出後、孤児となり養子になったあと、貰われた先の家庭で出会ったペンタスだけが、心の支えであり、守るべきパートナーとして考えて来た。先のエルベラノ攻略戦でも、ブーケや騎士連合には相当数のアンカラが参加していたので、フェイ1人の負担は少なかった。何よりダクトロの姉、ハイェルルラがいたのである。今現在守らなければならない相手は、どこの誰かも、何をしているのかも、名前も知らなければ声すらも。そんなヒト達を守る…。


「そうですフェイ。ダクトロとは、たった1人で名前も顔も、どんな生き方をしてきたのかも知らないヒトを、そのヒト達を守るために、ぜネロジオを燃やして唄うのです。」


アウタナの口調は優しかった。しかし、その内容は苛烈だった。私の知らないヒト達のために、命をかけて唄うなんて。


「…!」


そこで気付く。見てみよう、私が今守っているヒト達の顔を。今までは舞うアルマにしか視界に入らなかった。視線を落とし、泥酔客のおじさんや、お姉さんの顔を見る。ああ、このヒトはお酒で苦しそう。こっちのヒトは逆に笑ってる。ふふ、どんな夢を見ているんだろう?こっちのヒトは手の指がとっても荒々しい、力仕事をしているのかな?逆にこのヒトはとっても指がきれい、けど右手だけ色が濃い、きっとランサーの使いすぎ。


「らんらんらら♪ららんらら♪」


気付かないうちに、フェイは心が軽くなっていた。最初は守らなければならないという義務感だけで唄っていた。勝手なものではあるけれど、今は守るべきヒト達の顔がわかる。どんな生き方をしてきたのかも、考えることが出来る。心と唄い方に余裕が出来たのを見計らったかのように、舞いと曲のテンポが早くなる。氷が増える。


「もう1つ、自分の身体があるように想像して唄ってみなさい。」


師の言葉に合わせて、胸を広げるイメージで息の出し方を変える。


「よし、そのままポデアを流して、いくつか身体を作りなさい。」


瞳を閉じて、舞いを見ずに曲のテンポに合わせてハミングしながら、右後ろにポデアの泡でもう1人の私を作り、唄わせる。曲の折り返しに合わせて左後ろへもう一体。次にもう少し離れた右側へ。

ぱたっ。


「ふふっ、ありがとうございましたお義母様。」

「うム。さすガに疲れタ。」


即座にポデアで敷いた花びらの絨毯に倒れ込んだフェイを抱き上げて、アウタナは微笑んだ。


「あの、今の泡って…。」


ペンタスがフェイに歩み寄る。


「はい、ハイェルルラに教えたものと同じです。このアウタナ・セリフラウが。」

「んむ、フェイにもいくらか、不滅のぜネロジオが混じっておるからの。」


女神はレジーナに向き直り。


「フェイの唄がエルベラノの災厄に対応出来るようになるまでに、もう一度シリンに立てるようになれ、今度こそダリアを迎えに行くのじゃ。ワイルドハント。」

「…ああ。」



めいめいが自分のねぐらに帰った後、ランタンの灯りの中、レジーナはグラスをふたつ、テーブルに置く。。


「今までは、お前がいつか、後ろから抱きついてくるって考えてアタシは動けなかった。」


奥のグラスに藁酒を注いで、自分の方のグラスにも注ぐ。とぷとぷ。


「けど、迷子になってるなら、迎えに行ってやらないとな。」


グラスを掲げ、飲む。

ばたっ。


とてとてとて。


「何か変な音したけど誰かいるのー?あ、おかーさん〜、もー。」


酔い潰れた育ての母を抱き抱えたダリアは、軽く首を振った。


「私が消えちゃう前に、早く迎えに来てね。ちゅっ。」


愛するパートナーの頬に口付けをして、「ダリア・アジョアズレス」はもう一度首を振る。


「んんー、おかーさんやっぱり藁酒くちゃーい!」


 

──ノーカラーズ01 結成、メリージェーン隊──


ちりりりり、小鳥の囀るような目覚ましの音でアセデリラはまぶたを開いた。

妻たちを起こしてしまわないように、そおっと手を伸ばし、同じように静かに目覚ましを止める。


「んん、ん。」


シーツ1枚を素肌に巻き付けただけのアウタナが身をよじり、こちらに顔と体を向ける。ヒトを模して造られた身体のアウタナは、その長い稼働時間でヒトに憧れを持つようになったただの拡声器である。ヒトの身体を得てヒトと触れ合いたいと願っていたアウタナは、とうとうアセデリラと出会い、結ばれた。出会った頃には手も足も出せないほどの力量差があった相手と、こうして朝を迎える関係になるなんて、思いもしませんでしたわね。もともと素肌の白いアセデリラよりさらに白く、名前の元になった桜の花びらのような、ほんの少しの、淡い桜色をした肩に指を這わせ、鎖骨から首筋の美しいラインをなぞり、彫刻のように美しい耳を撫でる。


「ん、んっ。」


アウタナは強く目を閉じて、震えながら声を上げた。目を開く。


「ふふっ、おはようございます♡んっ♡」

「ん、んっ、もう、甘えんぼさんですわね。」

「エルベラノに出て、またしばらくはサヌレビアに向かうのですから、もう少しわがままを言わせてください。このアウタナ・セリフラウに♡」


柔らかで、しなやかな肢体が絡みついてくる。寂しがりな唇に応えながら、アセデリラはその身体を強く抱きしめた。


「ねぇねぇ、いつ声をかけよっか。」

「もうしばらくは、彼女のしたいようにさせてあげよう。」


もう一枚のシーツの中で声をひそめて、内緒話をする。幸い、甘い声を上げる2人はもう2人が起きたことには気付いていない。


「こら。ダリアくん。」

「えへへへ。」


今睦み合っている2人の例に漏れず、エウトリマとダリアもまた、衣類は身に付けていない。ただでさえ肌寒く、愛を紡ぐ声を聞いて過敏になっている身体に、指の腹で優しく触れられる。たまったものじゃない。


「ちょっとだけ、ちょっとだけ。」

「んんっ、これ以上、はぁっ。」


がんがん!

フライパンをおたまで叩く音。


「てめーら何朝からニャンついてんだ!学校行け!ダクトロ仕事しろ!!」

「わああ!お母さんっ!?」

「んんんんんっ♡」


2階屋根裏部屋に花びらが咲き乱れた。


「「ぴんぽんぱんぽん、ラプリマにお住まいの皆さまおはようございます。アウタナ・セリフラウです。」」


両腕の中で放送を始めるアウタナを抱っこして、アセデリラは駆ける。両肩にしがみつくエウトリマと、その肩に手をついつ逆立ちになったダリアが言う。


「リラちゃん、行くよっ。」


大通りにさしかかり、行商の二足獣やその台車の妨げにならないよう、かかとから倒れ込み、エウトリマを支点としてアセデリラとアウタナを持ち上げる。かかとの接地を感じたタイミングで膝の屈伸で跳ねる。後方倒立回転跳び。二階建ての建物ほどある二足獣、その背に山積みになった荷物を飛び越えて。


「ひゃあぁあ!」

「グラシラピア。」


飛び跳ね、その勢いで頭から地面に激突しそうな感覚に声を上げるアウタナ。しかしアセデリラは敷いたポデアの氷を駆け、安堵したアウタナは、アセデリラにしがみつく。


「ふふ、離しませんわよ。」

「はい♡」



「それで、ダクトロを教室まで運んで来たと?」

「いえ、その。(落としたら危険だから)離したくなくて…。」


遅刻は免れたものの、2階、中等生騎士科の第一教室に文字通り窓から飛び込んだアセデリラ達は、担任のワスレナに立たされていた。


「あの、そろそろ職務がありますのでお暇したいのですが、このアウタナ・セリフラウは。」

「はぁ…。皆さんもよく見ていてください。いくら愛し合う仲だからと言って立場のあるヒトともエンゲージをすると、お互いの社会生活に支障をきたします。はい行っていいですよダクトロ。しっしっ。」


アセデリラに再度抱きついて、涙をこぼしながら駆けてゆくアウタナに手を振って、ダリアは挙手して質問をした。


「はいはい、せんせー。どうして今日は初等生のヒト達もいるんですかー?」

「ふっダリアくん、彼らは騎士科への進級に意欲的だからね。私達はお手本を見せないといけないんだ。あべっ。」


エウトリマの顎に不可視の衝撃が走る。


「概ね合っていますが、当のお手本がふしだらな理由で遅刻をしては話になりません。そもそもこちらの初等生達は、ブーケの戦いを見て騎士を志した者が多いのです。もう少しあなた達は騎士としての自覚を持ちなさい。」

「そうよ!」


落ち着いた青い長めの髪、その髪先をふわっと広がらせた初等生が立ち上がる。


「私の憧れたアセデリラ先輩は!こんなふしだらじゃない!」

「それは、その…はい。」

「私が勝ったら、私とエンゲージしてもらうわ!」

「はい…えっ!?」


途端に初等生も中等生も立ち上がる。当然ブーケのメンバーも、ペンタスもいる。

わあああー!あのブーケの隊長とエンゲージ!勝利宣言だー!

もうこうなっては交流を目的とした授業どころではなくなってしまった。

騎士科の交流に来た彼ら彼女らは、騎士科を目指す初等生であり、当然血の気も多い。中には大切な人を守るため、という目的を持つ者もいるだろうが、それならコルソからルリロー、アンカラ、果てのダクトロを目指せば良いのである。やはり、この場にいるものは皆、血の気が多い。


「私の目標で初恋の人、アセデリラ・アルマコリエンデ!あなたの唇をいただくわ!」


わあああー!いいぞアスター!やっちゃえー!

私もアルマ様に髪の中に入ってほしいー!

私はアセデリラ様のドリルを触ってみたいー!


皆、口々に声を出している。言いたい放題だ。その中に生徒会のメンバーも見つけ、エウトリマは彼女を時期会長に推薦する事に決めた。


「ワスレナ教官、何を…これはああー!」

「あの虐殺大公と一騎打ちー!」


隣の教室から注意しに来た教官や、後ろについて来た生徒たちも声を出している。その中でひたすら、金髪ドリルの描かれたうちわを振っているリーナもいた。


シャリィィィィン。


錫杖の音。騒いでいた生徒達は、凍り付いたように身動きが取れなくなった。


「テメェ等、ちったぁ静かにしやがれ!」


アユーガとなったワスレナが、青い髪の初等生の前に立つ。


「言い切るってこたぁ、勝つプランは用意してあるんだろうが、本当に勝っちまったらお前がブーケの頭になる。そうなりゃもう、自由に友達とお茶にも行けないし、どんな苦しい場面でも死ぬ事を選べなくなる。逃げ場がなくなるんだ。いいんだな?」


青い髪のアスターは、しっかり頷く。


「はい。それでもアセデリラ・アルマコリエンデと。」


アスターはアセデリラの方を向く。


「ちゅーしたい。」

「…!」(受け入れ難いですわー!という顔)

「。」(わかる、という顔)

「…。」(爽やかな笑顔)

「!」(なんとかうちわを動かす。)

「…。」(瞳をキラキラさせる。)


ソノリロで動きを封じられているアセデリラ達は、とにかく気迫だけで感情を表そうとする。

そんな面々を見てから、アユーガは笑った。


「よし、なら今日の昼休みだ。グラウンドでアセデリラと勝負させてやる。」


アユーガは軽く首を振り、ワスレナの姿に戻る。


「勝負の方法はその時伝えます。あと3時間ありますのでその間に調子を整えておくように。リポズィ。」


金縛りを解かれた生徒たちは口々に喋り出す、が。


「ところでテメーら、今は一応授業中だ。騒いだら昼休みの間椅子から立てなくしてやる。」


どの生徒も、静かにまじめに授業を受けた。

こうしてあっという間に昼休みになり、アセデリラ達は五等携行食の圧縮ビスケットを口に入れてグラウンドへ出た。


「やっぱり何かを口に入れながら歩くのは、お行儀がよろしくありませんわね…。」

「けどあそこ!もうあの子来てるよー!」


グラウンドの中央には腕組みをして、俯いたアスターが立っている。


「よーしこのくらいでいいだろ。」


アユーガの指示のもと、白い粉を入れてカラカラ回して線を引くやつ、正しくは石灰ライン引きでグラウンドに長方形の大きな枠が描かれていた。


「「こほんこほん、ぽんぽん。ぴー。やあみんな、エウトリマだ。学内じゅうで噂になっている通り、ダンサンカブーケの騎士、我らがアセデリラ・アルマコリエンデに正々堂々の勝負を挑む騎士候補生が現れた。紹介しよう。」」


エウトリマが彼女にマイクを渡す。


「「あAhす!ターイスVァティージスララテアよ!!!!!!!」」

「「こほん、少々気合いが空回りしているが、こちらのアスターイスヴァティージスララテアくんは初等生の中でも特に元気がいい。何より…。」」


アスターはエウトリマのマイクをひったくる。


「「私も進級式の時あの美しい雷とランサーを見た!ウサギを圧倒するところを見た!そして何より!」


アスターは一度深呼吸をする。すうう、はああ。その音もマイクは拾う。


「「ドゥモナ・ディエナを光に変えたあのランサーは!私の心に焼き付いた!ぜったいあなたを、お嫁さんにする!!!」」


しぃん、と静かになる。誰かがうああ、と口から音を出す。次第にその声は増え、大きな歓声になる。うおー!アスターちゃーん!いいぞー!やっちゃえー!

ぽん、とマイクを叩く音。


「「お主ら!何をワガハイの知らない所で始めておるのじゃ!」」


ぽんぽんぽぽん、桜の花びらが敷き詰められ、声の主はそこに座る、が即座に引き剥がそうとする女性が現れる。


「「特等席は本妻のものです。このアウタナ・セリフラウの!このっ!」」


その言葉に反応したダリアも2人に飛び掛かった。


「「それ!そういうのがふしだらって言ってるの!」」


アスターが指を刺して糾弾し始めたので、アセデリラは恥ずかしくなって両手で顔を隠してしまった。

そんな肩に手を置かれ、顔を上げたアセデリラに唇が重なる。


「ふふ、そんな君も美しいよ、私のアセデリラ。あうっ。」


優しく微笑んだエウトリマの頭に誰かの投げた空き缶が当たる。


「茶番はいいから早く戦えー!」


そう、ここはあくまで戦いの場。今までは挑戦者入場時のマイクパフォーマンスにしか過ぎない。アセデリラは腕の中のエウトリマからマイクを預かり、左腕を突き上げ高らかに宣言する。


「「殺戮大公は過去のもの、今みなさまの輝きの頂点テッペンにいるのはこのわたくし、アセデリラ・アルマコリエンデですわー!!!」」


うわああああ!!!女神の闖入から冷えた会場のボルテージが一気に沸き立った。誰かがアスターと挑戦者の叫び、返すようにアセデリラと返す。それは次第にグラウンドを揺るがすほどの大きなうねりとなった。



「「春の終わりも近づいたラプリマの空の下、ロータス綜合学園のグラウンドに恋の嵐が吹き荒れる!実況を務めさせて頂きますのはこの私、お嬢様が生まれてからお仕えしてきたリーナと。」」

「「ケンカがあるならアタシを呼べ!復帰に向けてリハビリを行なっている元ワイルドハント、副隊長のレジーナだ。解説をする。」」

「「それではレジーナさん、よろしくお願いします。なお、このアセデリラアスター異種格闘戦はラプリマ商工会の協賛で行なっております。また、ご観覧のお供に枝豆と麦酒、ポテトスナックに炭酸飲料が全市民の皆様にお届けされています。追加でご注文の際は…おおっと!特別に調整されたルリローのロープをくぐり、0.5レグア四方のリングの内側にまず歩みを進めたのは我らがお嬢様!挑戦者を座して待つのではなく、みずから狩りに行く!迎え撃つ!!ここは王者の縄張りだ!と…そういう事でしょうか解説のレジーナさん。」」

「「ああ、もともとクルルガンナ解放戦でも、かの虐殺大公ゲンザンは龍のコロニーへまず閃光の一撃を放ち、終始圧倒する戦いをしていたそうだ。まさに王者の戦いだな。」」

「「解説ありがとうございます。つまり今回も終始圧倒するスタイルでしょうか?おっと、今挑戦者アスターイスヴァティージスララテア、アスターがリングへ上がりました。いい表情してますね、なかなかの仕上がりと思われますが?」」

「「ああ、何せドゥモナ・ディエナを駆除した実績のあるアセデリラに、白昼堂々、正々堂々と勝負を挑むんだ。よほど研究と対策を進めて来たんだろう。何より恐ろしいのは、彼女がまた無名、つまりどんなぜネロジオ、ポデアを。そしてそのベースとなる身体能力にデータが無いという事だ。」」

「「ありがとうございます。両者それぞれのセコンドからルールの説明を受けているようですね。」」

「「ご覧の方に解説すると、このルリローの中ではウサギ及びランサーは使用不能、他ポデア兵器使用自由、ルールは簡単。相手に参ったと言わせりゃ勝ちだ。」」


カァーン!


「おおっと!学舎の中央に設置された時計台の鐘が今、鳴らされました!この鐘は命球より遠く離れた太陽系第三惑星の、とある地域の天文台の…いえご覧ください!ラプリマの皆様!お気付きの方もいらっしゃるでしょうが、この特設リングはラプリマを小さく再現したものとなっております!行く筋もの大通りで区切られたラプリマ、その1区から39区まで、大通り全てに氷の柱が林立しております!これはどうでしょう?」」

「「アセデリラは皆知っている通り、アルマコリエンデの血を継いでいる。駆け抜けた通りへ氷壊のポデアを設置することで、アスターの行動を制限しようとしているな。これは索敵、防御と攻撃全てに転用が可能で厄介だが、破壊すると当然位置を推測される。リングはそこまで広くない、普通ならアスターが不利に見えるだろう、が。」」

「「むむっ、そこが彼女の立てた戦略と…動きがありました!4区の柱が砕け、さまざまな方向へ飛んでいきます!」」

「「41区もだ。かなりの距離になるが、アスターの姿は無い。これはアセデリラが不利になったな。」」

「「いったいどういう事でしょうか?」」

「「まずアタシ達実況解説、また観客席からでも恐らくアスターの姿を確認できた者はいないはずだ。見ろ、まただ、次は9区と12区、今度は近い。アセデリラは駆け回ってはいるが、まだ肝心のアスターは見つけられていない。当然だ。実戦経験と戦闘力で見ればアセデリラに接近された時点でほぼ負けだろう。柱の自動での反応、攻撃は続いている。アセデリラの実力を知っているのだから、まず初めに持久力を削るのは基本だな。」」

「「そんな!最初は驚きましたけど同じことの繰り返しじゃないですか!またお嬢様は懲りずに柱を立ててますし!こんなの獲れ高ありませんよ!!」」


「えふっ!」


柱が砕けてリーナが叫んだ時、アスターの声が氷の柱に反射して観客席に響いた。


「「むむっ!今のは!アスター挑戦者の、むせた声、でしょうか?」」

「「アセデリラの顔を見ろ、あいつめ。」」


氷の柱が砕けた周囲には濃い茶色の煙が上がっている。


「えっぷし!」


少し離れた柱の上で、アスターがくしゃみをした。


「「なるほどな、あの煙はコショウだ。まだ移動力の種はわからないが、アスターは柱を直接破壊している。」」

「「コショウ!つまり氷の柱にコショウを仕込んでいたのですか!?ああお嬢様嘆かわしい!不思議な方法で勝負を挑まれているのですから、もっとこう!すごい力に目覚めるとか!」」

「「捉えたようだ、肉薄するぞ。むっ!?」」

「「お嬢様が接近した瞬間、アスター挑戦者の姿が消えました!そう、私たちはまだ、彼女のぜネロジオとポデアがどんな力を持っているか知らないのです!」」

「「アセデリラが迫っても、アスターはまだくしゃみで鼻に手を当てていた。これは詠み上げる必要のない、恐らくポデアではなく、ぜネロジオに起因する力のはずだ。」」

「「となると、お嬢様の得意な、とりあえず頭を張り倒すという戦法は難しいですね?」」

「「ああ、自動で発動するのなら、接近攻撃が主体のアセデリラには厳しいだろう。それにしてもよくアセデリラの研究をしている。脳裏に焼き付いているという言葉は本物のようだ。しかしどこかに本体がいるのか、それとも本体の存在を消しているのか…。」」

「「まだ奥の手を隠している可能性もありますからね!さあお嬢様はどう出るのか!」」


アセデリラは氷の柱に映ったアスターの姿に回し蹴りを入れる。氷が割れるだけで手応えは無い。このやり取りも数回繰り返した。


「「ついに私たちにもアスター挑戦者の姿が見えるようになりました!しかしその全てはお嬢様の氷に映った姿!いかにお嬢様が緑雷のポデアで稲妻の速さを身に付けていたとしても、その全ての攻撃は全て躱わされるか、氷に映った影!」」

「「やはりここまで動いているのはアセデリラだけだ。アスター自身は何の攻撃行動も起こしていない。だが確実に力の使用で体力は消費している。どちらが先に精魂尽きるかだな。」」


シィィィィィィ…!アセデリラはリング全体に氷壊のポデアを張り、螺旋を描いた氷の塔を作り上げて、叫ぶ。


「あなた!アスター、アスターイスヴァティージスララテア!あなたはやりましたわ!このアセデリラ・アルマコリエンデをここまで追い詰めましたもの!これがわたくしの全身全霊、ありったけのポデアですわ!これをお耐えになられましたら!どうぞこの魂、この唇!あなたのものにしてくださいまし!生涯を賭けてあなた1人のために尽くしますわ!」


観客席も合わせて、静まり返る。

あの殺戮大公の孫娘、駆騎士アセデリラ・アルマコリエンデがこう言った。打つ手がない、そう公言した。恐らく最後の攻撃も効果が無いだろう。これはすでに敗北宣言をしたのと同じである。


「「お嬢様…。」」


リーナは瞳に涙を湛える。絶対無敵と信じて来た主人が、ここまで翻弄されたのである。これはダリア、エウトリマにアウタナも同じ気持ちであるだろう。

そしてアセデリラは、ポデアを発動する。


「セラ!」


毛糸の玉の上に立ち、足で転がしながら中継をぼーっと見ていたアルマも、オイル漬けのトマトの瓶にフォークを立てていたカトラスも、この時ばかりは動きを止めた。クルルガンナの歴史を象徴するような、氷結晶の神殿。知ってか知らずか、ぜネロジオに記録されていたものを無意識のうちに再現したであろう、その神殿が砕けて、緑雷が視界を埋め尽くす。


力を使い果たし、膝折れて倒れ込むアセデリラ。


「ふ、ふふふふふ!!!」


ついに実体のアスターが姿を現した。


「ああ!アセデリラ・アルマコリエンデ!その素敵な唇、いただくわ!」


この一騎打ちを見ていたクルルガンナ地域全てのヒトが、スローモーション映像のようにその瞬間を見ていた。背伸びをした青い髪の少女が、そっと金髪ドリルの少女に口付けをして、


「ぶー!」


口から緑色の半固形物を吹き出して倒れるのを。


「ひ、ひぐっ。ひぐっ。」


アセデリラの姿が、砕ける。

無数の氷の飛礫は四散して、どろっとした緑色のペーストを撒き散らした。


「「…みなさん、私たちはいったい何を、見ているのでしょうか?」」


シィィィィ…!バチバチバチ!リングの端から緑の雷が疾走る!雷は痙攣して酸欠を起こすアスターの身体を抱え上げ、軽く跳ね。


「せぇい、やあっ!」


脳天からリングへ叩き落とした。


この間カンマ3秒。文字通り稲妻のような決着に誰も声を出せない。

辺りを見回して、誰も反応しないのを見たアセデリラは、腕組みをしてアスターの背中に右足を乗せ、叫んだ。


「わたくしが勝ちましたわー!!!!!」


静まり返る。脳が理解するまでに時間がかかっていた群衆は、その言葉でようやく、現実を受け入れた。うおおー!ラプリマの、クルルガンナ全て、太陽系第三惑星人およそ全員が見守った決戦は今、終止符が打たれた。



「アセデリラ先輩…。」


緑の固形物を袋に入れていたアセデリラに、アスターが声をかける。


「アセデリラ先輩は、あのバックドロップでワサビが詰まった私の喉を、肺から押し出された空気で吐き出させて、私を助けてくれたんですね。」

「ふふ、わたくしはあなたを再起不能にしたかったのではなくて、ただ倒したかっただけですわ。」


2人はしっかりと、握手をする。夕焼けが2人の影をグラウンドに刻み付けていた。




録画の再生が終わり、箱に通していたポデアの流れを切る。


「ねえ、これでいいの!?こんな終わり方!なんか納得行かないんだけどー!」

「だって私負けちゃったし…。」

「…じゃあいっか。それでアスターはブーケに入るの?」

「負けた気がするから嫌。負けたけど。」

「じゃあ私とエンゲージして、私の作る隊に入って!私アスターの事大好きだし!」

「急に告白されて吐き気がするんだけど。それで名前は決めてあるのパキラ?それで考えてあげる。」


パキラと呼ばれた初等生は、右膝を内側に曲げ、持ち上がった可愛らしい靴を指差す。


「これ!メリージェーン!私の靴!私の隊!メリージェーン隊!」




──ノーカラーズ01 結成、メリージェーン隊 おわり──


急に告白されて吐き気がするんだけど。


バックドロップ受けてちょっと人格変わっちゃったアスターちゃん大好き!

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