第四部命球、石炭期の終わりに 後編フルウ ルア ミア エルナ
お待たせいたしました!
やっとノーカラーズ全員のキャラデザ終わりましたので、後編をお届けします!
第四部後編主要登場人物おさらい
幸拓 結実子 元地球人。 熱量移動、意識保管を研究していた。命球にてクルルガンナ星人との絶滅戦争を経験。後に対惑星文明兵器ノーカラーズを製作した。
ユキヤナギ 元地球のスズメ。幸拓 結実子によりノーカラーズマークゼロに改造される。
アネモネ 太陽系第三惑星人。ノーカラーズマークワン。
ブラックバッカラ 太陽系第三惑星人。ノーカラーズマークツー。
エーデルワイス 太陽系第三惑星人。ノーカラーズマークスリー。
クロユリ 太陽系第三惑星人。ノーカラーズマークフォー。
アルストロメリア 太陽系第三惑星人。ノーカラーズマークファイブ。
ガルデニア 太陽系第三惑星人。ノーカラーズマークシックス。
──ここから本編です───
「ふぅ、くっ。」
少し、昔の話だ。
「ゲェアゲェア。またなアネモネ。」
「いい声だったぜえ。ビャアビャビャビャ。」
私達は、女神とその直属騎士隊の目も届かない、エルヴィエルナより更に北西の、「女神の手を借りない街」を目的に土地を開いた騎士隊、いや、騎士くずれの作った小さな街で産まれた。
「アネモネ…いつも、ごめん。」
「いいよぉ、あのひとたちの、趣味が悪いだけ。」
私達は父と母の顔も名前も知らない、子ども達の集まりだった。
「これ、今日もらえたぶん。」
「ガルデニアに食べさせてくる。」
ら、ら、とアネモネの口ずさむ歌が編むか細いルリローを聞きながら、熱にうなされるガルデニアのもとへ。
「あむ、は、ぐ。」
噛むだけで口の中を切り裂く石パンに齧り付き、唾液と頬の内側の傷口から染み出した血を混ぜる。
この、名前も無い、乾いた樹皮を重ねただけの街には、守ってくれるルリローも、頼るべき大人もいなかった。
「おね、えちゃ…。」
おでこに手を当てて、それに気付いたガルデニアの口へ、口移しで血の味のする石パンを流し込む。
「ゆっくり、少しずつ飲みな。」
騎士くずれ達は私達の中で、1番育っていたアネモネの身体を貪った。
一晩中相手をさせられて、得るものはパンのひとかけら。
けれど、私達はそうする事でしか、毎日を生きるための、お腹に入るものすら手に入れられなかった。
「えへ、あと、みんなでたべて。」
「いいんだよ。もうすぐアルストロメリアが帰って来るから。」
騎士くずれの元の騎士隊がこの街を開いた理由は、最初は正しかったのかも知れない。
けど、守るもの、守られるものの関係は、いつか、歪む。
「すう、すう。」
お腹に食べ物が入ったことでガルデニアが目を閉じる、そのおでこを撫でる。
「めがみは、どうかすこやかであれ、といいました。」
私がアネモネと初めて出会った日、そこからいくつかの星月が流れた日。アネモネが身体と引き換えに与えられた絵本の切れ端を読む。
「本当に、いるなら。」
赤や茶色に薄汚れた絵本のページには、白い髪の女神の絵が描いてあった。
「みんなに、ごはんをたべさせてあげて。」
アルストロメリアは私達の中で踊るのが一番上手だったから、時々別の街に連れて行かれて、そこで踊って食べ物をもらってくる。
そう、踊る。
私達には、そうとだけ、教えられていた。
けどきっと、何があるのかは知っている。
私とガルデニアは、アネモネとアルストロメリアに守られている。
絵本のページを撫でていると、いつかアネモネの歌も終わっていた。
「ん、ん。ごはん。」
寝言で唇を動かすガルデニアを撫でる。
目を閉じる。
こんな、毎日だった。
「あーた達!まーたこんな所で寝てー!」
大きな声と肩を揺する手に起こされる。アルストロメリア。
「だって、ここくらいしか暖かい所無いし。」
「そーだけど、もうちょっときれーな所にしなさいよー!」
アルストロメリアの手を払って、ガルデニアの方へ…ガルデニアは。
「やっとブラックバッカラ起きたのー?ごはんー!」
「おー、今日はがまんできたねえらいえらい。」
「えへへー。」
崩れた椅子の上に並べた石パンや赤い果物を前に、おまんじゅうに座っていた。(正座のこと)
アルストロメリアがその頭を撫でる。
「ただいま。これ、今朝のぶん。」
たす、とアネモネがお水の入った皮袋を椅子の隣に置く。
「アネモネも座りなよ。久しぶりに揃ったんだしさ。」
「いい。口の中がべとついて、早く寝たいよぉ。」
いつものように、アルストロメリアの言葉に手を振って、アネモネは離れる。
そして帰って来たアネモネの方から、ら、ら、とルリローのなり損ないの歌が聞こえてくる。
「んま、しゃーねーか、あの子が歌う時は、そういう時だ。」
「よーくーわかりませんー。ごーはーんー。」
体を揺らすガルデニアを撫でたアルストロメリアは、私に囁く。
「昨日までの「踊り」で、ある程度の道を教えてもらった。」
「ごーはーんー!」
ほっぺたを膨らませたガルデニアに果物を切り分けて、アルストロメリアが続ける。
「朝、あの模倣太陽が出る方向から首を右に向けると、灰が降り積もる場所がある。その奥には、模倣太陽の光を受けてきらきらと輝く、エルヴィエルナって美しい湖があるそうだ。」
頷く。
身体の大きくなって来た私にも、騎士くずれ共は相手をするように言ってきた。
私の片眉は生まれつきだけど、その分汚し甲斐があるって。
小さなガルデニアを守るためなら、アネモネやアルストロメリアのように、あいつらに身体を差し出して生きるのも悪くない。
けど。
「見に行きたい、みんなで。」
そんなに美しいなら、私達のうち誰か1人でも死んでしまう前に、見に行きたい。
「そうだね。」
この街は、ただ剥がれた樹皮を重ねただけのもの。
アルストロメリアが大きな街で見聞きするような、ルリローなんて、無い。
少し前にも、アーメフォーニが入り込んでたくさんの友達がいなくなった。
見つからないように、お互いの口元をおさえて抱きしめ合うことしかできなかった。
騎士くずれ共は守ってくれない。
ただ、貪るだけ。
「少しの日にちなら食べられる量の石パンと果物があるから、アネモネが起きたら行こう。」
「うん。」
目の前には、果物を頬張ったまま眠るガルデニアがいる。
この子にも、すてきなものを見てほしい。
模倣太陽が、私達の頭の上まで上がってきた。
そろそろ出発だ。騎士くずれ共はどうせ騒いで酔っ払っている。
「起きて。ねえったら。」
「もうちょっとだけぇ。」
もう一度アネモネの肩を揺する。
「ねぇ。」
ジャリィィン!
ばすんっ!
何か、硬くて重たいものが擦れて、平たいものが落ちる音。
アネモネが飛び起きる。
「ガルデニア!」
「アメリアと一緒!こっち!」
今考えれば、エサの溜まり場を斥候が見つけたんで、みんなで食べに来たんだろうな。
樹皮の下を走る私達の前、後ろ、すぐ隣で。
「いや、いやあ!」
「た、助け!」
ばきィン!
ぎゃりぎゃり!
樹皮の下で暮らしていた私達の顔馴染みは、食い荒らされて、咥えられて、半分になった体をどこかへ運ばれてゆく。
走る私達の体が、掴まれて引きずり倒される。
「しー!」
ガルデニアの袖が私の口に押し当てられる。
ギャりぃ!
騎士くずれのウサギが飛び上がり。
シュカシュカシュカ。
周囲のアーメフォーニが幾重にも折り重なってウサギの脚を捕らえて、騎士くずれごと覆い尽くす。
「あいつらがみんな死ぬ前に行くよ。」
アルストロメリアの声で、私たちは黙ったまま走り出す。
朝の模倣太陽から、右を向いた方向へ。
「みーんなご飯になっちゃったかなー。」
悲鳴も、ウサギが飲み込まれる音も聞こえなくなってしばらくして、最初に口を開いたのはガルデニアだった。
「さあね。けど。」
アルストロメリアが答える。
「あーし達の家も無くなっちゃったねーこりゃ。」
「いいじゃん。あいつらみんな死んでスッキリした。」
「そーだねー。まいにちアネモネいじめられてたもんねー。」
「食べられたひとを笑うのは趣味が悪いよぉ〜。」
そこからは、大して面白くもない話だ。
おしゃべりをして、石パンを分け合って、くっついて、震えて眠る。
「ときどき光る、あの小さいキラキラなんだろー?」
キラキラと輝く湖なんてどこにも無かったけれど、いつか私達の前に、かがやく点が現れた。
それは私たちに近づいたり、離れたり。
囁くようにち、ち、と鳴いたりしながら。
まるで、こっちにおいで、と誘っているようだった。
故郷だった場所は、無くなった。
だからアタシ達ゃ、その光に誘われるまま、歩いて、歩いて、何日も歩いて、そして歩けなくなった。
「やあ、とうとうここまで辿り着いたね。」
その少女は、まるで
「このまま何も食べられないで、お腹がぺこぺこで死ぬのと。」
絵本の中の女神のような。
「おいしい果物をお腹いっぱい食べられるの、どっちがいいかな?」
美しい銀髪だった。
─────
「これ、が。」
ぼろぼろと、舌肉が崩れ落ちてゆく。
「アタシ達が、ノーカラーズになった理由だ。」
どさっ。
舌肉の内側から、クロユリが、エーデルワイスの頭部が吐き出される。
「これが、限界だ。情報として取り込まれる、直前のこいつらを奪い、模倣した。」
幸拓室長が吐き出された2人を触る。
「よくやった。マークツー。」
名前ではなく、製造時のコードで呼ぶ。
「ああ。アネモネと2人にしてくれねえか?」
「うん。さようなら、ブラックバッカラ。」
今度は、名前で。
幸拓室長に促されて、アルストロメリアを抱くガルデニアと、空間探知用の円盤を三機展開したアイクルミエェタを、私ごとアスターが空間跳躍する。
─────
「なあ、アネモネ。」
「うん。」
「いろんなやつが、お前を食べた。」
「うん。」
「アタシもだ。キスされて嫌だったろ?」
「うん。」
「このままアタシが消えちまったら、せいせいするか?」
「うん。」
「嘘つけ、じゃあ何で泣いてんだよ。」
「うん…。」
クエーサーズに打ち込まれた自壊コードが、アタシの神経を切断してゆく。
「じゃあ、これはお返しだ。アタシを食ってくれ。」
ぼろぼろの舌肉を、なんとか人の形に整える。
「うん。」
─────
「そうだ、ガルデニア。あなたが食べるんだ。」
「アメリアお姉ちゃん。」
幸拓室長が、ガルデニアへ、機能停止した、アルストロメリアだった肉塊を切り分ける。
ノーカラーズに非常時が起きた場合の対応策として。
「あの、ほら、私も一度ラプリマの食祭で見たことがある、あれをやってほしい。」
幸拓室長が私に声をかける。
両手を合わせる仕草、女神の強いた唯一の信仰。
命をいただく、その事に感謝する儀式。
私に食祭を行うスケラは無い、けど。
カネクトゥスに参加することで、その手順はぜネロジオに組み込まれている。
「それでは─。」
このエルヴィエルナに、女神はいない。
「これより食祭を執り行うわ、幸拓室長、よろしいか?」
アスターが、緊張で言葉に詰まる私の代わりに言う。
「うん、お願いするよ。」
「ではこの私、アスターイスヴァティージスララテアと。」
肘で脇腹をつつかれる。
「私、パキラ・リアルラ・ミノが宣言します。」
2人の声で編まれたルリロー、揺籠の中、ガルデニアの両手は包み込む力によりコントロールを奪われて、眼前で合わされる。
幸拓室長が、いやいやと、首を振るガルデニアに、切り分けたアルストロメリアをゆっくりと、彼女の口元へ運ぶ。
─────
「このブラックバッカラの命を以て、私アネモネは、今日一日を生き存えます。」
遠くから聞こえる、食祭という儀式の宣誓を真似る。
「彼女、エーデルワイスの、尊い命に感謝を。」
隣で目を覚ましたクロユリが、私と同じようにエーデルワイスの頭部に跪いて、その唇にキスをする。
─────
「ありがたく、いただきましょう。」
「やだ、やだ、やだやだやだ!たべたくない!たべたくない!お姉ちゃん、アメリアお姉ちゃああああ、ん、んむっ。んっ。」
口にアルストロメリアを捩じ込まれたガルデニアは、虚な目となる。
─────
「いたい、よね?」
「ああ、すっごく痛いよ。」
食べやすいように、崩れた左手から食べさせる。
「けど、騎士くずれに貪られていたアネモネより、痛く、ない。」
皮膚も、腕の筋肉も、腱も、骨も、軟骨も、アネモネに食べられるのなら、幸せだ。
「残さないで、ね。」
「ブラックバッカラぁ、趣味が悪いよぉ〜。」
─────
「ノーカラーズ別個体の身体組織入力を確認しました。当個体ガルデニアに、アルストロメリアの機能拡張を行いますか?」
虚になったガルデニアが、抑揚のない声を上げる。
「ガルデニアがこうなるなら、アネモネ達は…?」
「これは本人の意思が拒否した場合に、確認を行うものだよ。アネモネは強い子だから、彼女の意思でブラックバッカラを食べているだろう。クロユリもそう。本来、不滅の魂のある限りは、ノーカラーズは死ぬことが無い。まさか彼女達の解析をされて、内部から自壊コードを打ち込まれたなんて。万一の保険のつもりで組み込んだ機能だけど、本当に使う時が来るなんて、みんな…。」
幸拓室長は、ガルデニアの頭を撫でる。
「ガルデニア、アルストロメリアを食べて、この子のぶんまで、生きて。」
その言葉に従うように、ガルデニアはゆっくりと這いずり、アルストロメリアの亡骸に抱き付く。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん。いただき、ます。ガルデニア、いい子だから、ちゃんと、おててを合わせてありがとうって、言うね。」
幸拓室長は、私達に向かい口を開く。
「君たちは見なくていい。」
けれど、私達は目を離さない。
ほんの数日前に出会ったばかりの彼女達と、殺し合いをして、少しの言葉を交わしただけの、単なる顔見知りに過ぎないけど。
だけど、ブラックバッカラの記憶を通じて、アルストロメリアとアネモネが、ブラックバッカラとガルデニアをずっと守っていたのを体験した。まだアルストロメリアが頭を撫でてくれた手の感触も覚えている。
ガルデニアと一緒に、騎士くずれに穢されたアネモネの美しい髪を梳いて、彼女の歌を聞いた記憶が確かにある。
身体ひとつで私達妹を守ってくれたお姉ちゃんの、命を今、いちばん下の妹がいただいて、食べて、いる。
「あたたかいものを♪いとしいあなたと♪。」
アスターと私、どちらともなく口を開く。食祭の最中に歌われるしあわせの歌。
どうか、この時だけは。
きゅいいいああ。
アイクルミエェタの空間探知用の円盤に感がある。
「「メリージェーン隊、陣形、楔。非戦闘員保護はじめ。」」
アイクルミエェタの号令に筆を構え、真光の糸で周囲を囲う。
その外側に青緑の渦が起きて、私達は。
「「キョキョキョー!ここまでさせられて、黙っているのは限界サアネー!」」
アスターの遍黒のぜネロジオがオカイグサを操り、クロユリとアネモネと共に私達を中空へ跳躍させる。
「ここでいい。下ろしてくれ。」
クロユリが飛び降りる。
私達は更に北へ、研究室へ向かい、空間を跳躍する。
─────
メリージェーン隊の出発した翌日、ラプリマ。
お昼前。
「さて、ブラックよ。ハイェルルラを頼んだのじゃ。」
「うん。」
「私達を送るんだから、どーせ裏があるんでしよ。ウサギちょうだいよ。」
「せっかくなら足の速いのがいい。」
ラプリマの端、カネクトゥスの範囲限界にて、女神は左腕を掲げ。
「そうせっつかずともよいわ。こやつはお主らも顔馴染みじゃ。」
しゅ、こあああ。
輝く邯鄲の柱が現る。それは次第に光を放つのをやめ、ウサギの形へ変わる。
てれん、てててててん。
軽快な弦楽器の演奏のリズムが、ウサギの駆動音に混じる。
「聞いて驚くでないぞ。こやつは─。」
「言わなくてもわかるわよ。フェルカ プリンテンパを弾いてるんだもん、レルフでしょ。」
「「ぼくは、オルフだ。」」
「アタシはダリアが死んでも自害なんてしなかったわよ!いい加減受け入れなさいよ!」
キュウ、イイ。
レルフの前面の筒状カメラが回転する。
「はぁ!?やろうっての!?このハイェルルラ様に敵うわけないでしょ!」
歯を剥き出しにして叫ぶハイェルルラを、ノワールが抱き止めて制止する。
「わたしは、レルフがオルフを想う気持ちはよくわかる。わたしも身体が引き裂けても、ハイェルを守っていたから。」
「「ありがとう、準勇者。」」
「のうのう。」
「女神まで何よ。」
「レルフくんがオルフくんに愛を伝えられなかったのは、ワガハイも非常に、ひっじょーに残念じゃと思っておるのじゃ!あやつの魂は既に新たな命になってしもうたが、レルフくんの気持ちも汲んで、オーレルフと言う名前にするのはどうじゃ?」
「レルフが本人なんだからレオルフ、レオでいいでしょ。」
「そうだね。マイの呼び方だとオーレになってしまう。」
「「いいや、オーレルフがいい。やっとオルフとひとつになれた気がする。」」
「ほれ見ぃ、本人もそう言っておるじゃろ。」
「そうだね。さあ行こう、ハイェル。」
「ダリアは…見送りに来ないのかしら。」
「なんじゃお主。まだ未練があるのかの?」
「そんなんじゃないわよ。けど。」
たったった。
「まーにあったー!」
何か、手提げ袋を抱えた紅い髪の少女が駆けてくる。
「ダリアー!」
ノワールの腕からすり抜けたハイェルルラが抱き付く。
「うんうん、久しぶりだねハイェル。いってらっしゃい。それと。」
ダリアはハイェルルラに手提げ袋を渡す。
「これ、あなたを大好きって気持ちをいっぱい込めた愛妻弁当だから、お腹空いたら食べてね。」
「うん♡残さない♡」
「そこまでだ。」
目を閉じたハイェルルラを抱きしめ、口付けを交わそうとしたダリアにノワールが声をかける。
ダリアが振り向く。
「へー、わたしがわたしにやきもち焼くんだー?」
ちゃき。
腰の左側に着けてあるランサーホルスターに手をかけ、鯉口を鳴らす。
「なら、わたしはレジーナの唇を奪いに行くよ。」
カチャ、キン。
ノワールは腰の両側に着けた一対のランサーホルスターを、それぞれ同時に鳴らす。
「やってみなよ。わたし。」
「そこをどいて、わたし。」
キィ、ン。
励起しない、黒鉄の槍の状態のランサーを構え、切り結ぶ。
カン、カキィ!キャリキャリ!
「ああっ、ハイェルちゃんの唇のためにふたりのダリアは戦うの…♡」
両手を頬に当ててうっとりするハイェルルラを見て女神は。
「おなごとしては憧れる状況じゃが…。」
ぱたり。
ダリアが倒れる。
「うう、なんでぇ〜。」
「そりゃそーでしょ。ぜネロジオを使わないなら、素のあんたより私とエンゲージしてる分ノワールの方が出力上がってるのよ。レジーナがいるのに私に手を出すような浮気者には、みじめに這いつくばるのがお似合いよ。愛情たっぷりの愛妻弁当はもらうけど♡にんじんソテーは入れてくれたわよね?やだノワール、まだ喋って…んんっ♡」
「オリジナルをボコしたから気も晴れた。そろそろ行く。」
「「コネージョ、ソルタンド。ノワール・アジョアズレス」」
エルヴィエルナの方向へ飛び跳ねたウサギは、着地前に変形して、高速で駆け出す。
「あーんハイェルー。んんっ?ノワールウサギもらったの!?わたしもらってないのにー!」
顔を上げたダリアは女神に視線で問いかける。
「コトがコトじゃからの。それよりあやつの仕上がりはどうじゃ?」
「うん、ハイェルのぜネロジオの特性といい感じに馴染んで、わたし達がひとつだった時より使いこなしてる。悔しいけど。」
「んむ。さて、ウサギはもうちぃっと我慢せい。」
「ええー。」
「お主に与えると、まず命球の外へお礼参りに行くじゃろ?」
「うん。おとめのひみつを覗いたからね!」
「やはりの。お預けじゃ。」
「あーん。」
─────
「再教育騎士クロユリ。貴様また、パートナーを死なせたのか。」
「私が死なせたのでは無い。」
「だろうな。」
ぱさ。
教官は書類を机に投げ置き、皺を寄せたこめかみを押さえて、私を睨みつける。
「女神の邯鄲がお前自身に非が無いと判定しているのだ。それは私もよく理解している。貴様がそのぜネロジオを使用せざるを得なかった状況もだ。」
太陽系第三惑星人都市ラプリマ、そのいちばん北、北西迎撃基地。クルルガンナ解放戦にて、彼らクルルガンナ星人は、命球に取り込まれ、女神によって再現された各種惑星の生命種を対惑星文明兵器へと改造した。
それを、誘き寄せて殺すための基地。
基地とは言っても、ゆうに800万都市のラプリマがよっつは収まるほどの都市構造を再現されている。
「ドラン、ドリン、ミア、インファノ…。」
教官のポデアで、私の身体は初めて騎士科へ進級した頃のものへと変わってゆく。
「愛する者の死を受け入れて戦う騎士は、私も数多くを見て来た。しかし、それを幾度繰り返しても尚戦うことを諦めない騎士は、貴様しか見たことがない。」
邯鄲に再現されたラプリマで促成された技術、ぜネロジオ、それらを組み込まれ、ロータス綜合学園を卒業する騎士の一部は、各方面に設けられた迎撃基地でそれら対惑星文明兵器の駆除を行うこととなる。
「それが、私が死なせて来た者達への贖罪だ。」
かちっ。
踵を合わせて教官に軍礼をし、右足首を180度回転させ、左足と上体をそれに準わせる。
「星月も彼方の話になるが─。」
動きを止める。
「ラューアは、私の妻の忘れ形見だった。」
息を呑む。
「私は、あの子が貴様とエンゲージしたい、と食卓で言い出した日の晩、貴様を殺す事を考えた。」
今でも、ラューアのはにかむ笑顔と、最期の息遣いを覚えている。
「行ってくれ。そして、ラプリマに、クルルガンナに住まうひとびとを、守ってくれ。」
部屋から出て扉を閉めると、机に泣き崩れる父親の姿があった。
「─よく学び、よく生きるのじゃ。そして騎士科に進級した者達よ。」
校庭では、既に女神の訓示が始まっていた。
夜空に浮かぶ邯鄲の柱の瞬きが入れ替わるほどの回数、この場面を見て来た。
「君も遅刻して来たのか?」
肩をつつかれる。
振り向くと、挑発的な目付きで私を見下ろす女生徒がいる。
「私はエーデルワイスだ。気付かれないようにそっと列に混ざったつもりだろうが、私の目は誤魔化せないよ。君の身のこなしは風にそよぐ可憐な花のようで、熟達した騎士のような力強さもある。興味が湧いた。ディスガス─。」
あごに指を添えられ、唇を奪われる。
「お主らもコルソで学んだように、騎士は死と共にある─。」
教官が私にかけたポデアは完璧だったはずだ。
エンゲージを行うには、通常、お互いに「心がときめいた」恋愛感情が芽生える必要がある。
私はただのいち生徒として生活し、いずれ誰かと出会い、初々しい恋をして、騎士となる。
クルルガンナの船が空に現れてから、その繰り返しだった。
続けて唇を重ねられる。
「─されどそなたたちよ、どうか健やかであれ。」
瞳を閉じる。
それからは、普通の学生のように授業を受けて、下校時には2人で買い食いをして、かつての太陽系第三惑星で定められた季節ごとに贈り物を渡し合って、そして星月が流れ。
ウサギを駆る騎士となった。
模倣太陽の日差しを浴びて青々と煌めく模倣植栽のように、私の死に塗れた灰色の生は、再び生命の輝きを取り戻した。
─────
たすっ。
手の先の殻に翼を格納して、灰に降り立つ。
クルルガンナの亡霊共は、眼前の白い騎士の前に萎縮し、なりを顰めている。
「食事中だったのか、邪魔をしたな。」
「その美しい顔で口を開くな。」
青緑の渦が、白い騎士の手元で回り出す。
クエーサーズ、エーデルワイス。
─────
第四部命球、石炭期の終わりに 後編 フルウ ルア ミア エルナ/第五部 アストロブレム攻防戦04
─────
「私は君の来歴を知って、ひとつ考えが浮かんだ。」
無数の対惑星文明兵器の残骸と仲間だった騎士達の亡骸の中、模倣太陽が沈み、邯鄲の柱が無数に瞬く天の蓋を見上げ、エーデルワイスが私に口を開く。
「君が背負う命たちの、太陽系第三惑星人を守る責任を投げ捨てて、私と2人、共に朽ちてゆかないか。」
それは今まで守って来た命、見葬る事しか出来なかった愛しい彼、彼女達への裏切りとなる。
「クロユリ、君はもう魂の焦げ付くほど生きて、戦って来た。」
それが、初めて口付けを交わした相手の、最期の願いだった。
「君は常に、取り残されて来た。」
ヨネヤ、パセリ、カンタニ、セージ、トシナカ、ロズメリア、ホクデン、タイム─。夜空の瞬きの数ほどの、彼ら彼女らの愛を、唇を、手の温もりを、私のために流す涙を、冷えてゆく血を、吐息を、それが喪われる瞬間を。
「だからこそ、私は─。」
開こうとした唇に、優しく人差し指が添えられる。
「クロユリ、君は私に甘えて、眠るように終わるのは受け入れられないかい?」
その指が、私のあごを摘んで引き寄せる。
「私は、ひとりで死ぬより、君と共に眠りたい。」
唇が重なる。
─────
シュカア!
紫の熱線が空間を焼く。
「ハハハハハ!この文明を喰らう前の暇つぶしにこの個体を使ったが、中々に面白い!これが騎士か!」
腕先の殻、その先に生えた翼で急制動をかけ、次の熱線を避ける。
─────
太陽系第三惑星人は、自害、他害を行えばその魂は女神により召し上げられ、邯鄲の柱となる。
また、病死、老死などの自然死、龍による死、また戦死の場合は、その魂は何らかの形で生まれ変わり、循環する。
ただしそれは、この天の川銀河の中心天体命球に於いて、女神の力が届く範囲内での話。
天の川銀河に於ける全ての熱量移動を記録、集積する命球から女神が読み込み、再現する領域その限界。
かつて、いくつもの騎士隊がその女神の力の限界を抜けて、それぞれの求める答えに向かった。
「もう、ここでいいか。」
破壊した2人のウサギ、それで適当に組んだソリの上に寝かせたエーデルワイスに、語りかける。
私達は、全ての命から、責任から逃げ出して、女神の力の外で、生まれ変わる事も、誰かに思いを託す、託される事の無い場所で、静かに朽ちる事を選んだ。
「あな、た。」
ソリへ身をかがめ、ゆらゆらと上がったエーデルワイスの手に頬を撫でられる。
愛しい彼女の人差し指に、甘えるように口付けをして、倒れ込む。
「ここで、いっしょに。」
「ああ、2人で。」
目を閉じる。
「しつちょー。例のふたり見つけたよー。」
脳天気な声が聞こえたが、もういい。目を閉じた。
─────
ヒュパッ。
シュカア。
無数に交差する紫の熱線を、腕の翼足を使い、空を駆けて、縫うように避ける。
「どこまでその飛翔を続けられるか、見せてみろ未開の惑星文明種!」
─────
エーデルワイスは騎士科へ編入されたが、もともと彼女の特性は砲兵科向きだった。
進級式のあの日、生徒達の列に紛れ込んだ私の動きを観察していたように、彼女の視線はそれ専用に改良が加えられたぜネロジオに由来していた。
凛とした佇まい、何者にも物怖じしない態度、寄り添う優しさ。
その白い髪、白い指先はとても美しく、焦げ付いた私の魂にはとても鮮やかに映った。
ぱち、ぱち、ぱち。
乾いた拍手。
「なあ、もうそのお惚気は聞き飽きたって。」
「面白いお話聞きたいって言ったのブラックバッカラなのに、趣味が悪いよぉ〜。」
─────
エーデルワイスの身体は幸拓室長の手により対惑星文明兵器へと改造され、彼女の体組織は任意で増殖と減少が行えるようになった。
「ハハハハハ!射出機構の摩耗と自壊を狙っているのか!」
クルルガンナ残魂兵器群の上、およそ8レグア四方に広がったエーデルワイスの体細胞が一斉に青白く明滅し、陽射しのような量の熱線を私に向け、放つ。
熱線の射出に使用された細胞は焼き付き、新たな物へと置き換わる。
クエーサーズのエーデルワイスは当然その仕組みを理解し、嘆きの灰、クルルガンナ星人の魂に喰らい付き、無尽蔵に栄養を吸い上げる。
「墓の下で、親に詫びろ。」
「全て喰らい尽くしたわ!」
数度の似たこちらの言葉に、似た返事。
やはりクエーサーズとは、今あのエーデルワイスの身体を動かしているものは─。
「マルトゥ エン ヴィア トゥルマ─。」
読めた。
黒死のぜネロジオを展開する。
─────
「よーし、あいつらは研究室へ向かったな。」
「私の口で喋るの趣味が悪いよぉ〜。」
「何だお前は、一人で何を話している。」
私達の目の前には、ブラックバッカラ。
「いーや、あいつはクエーサーズだ。」
どぅるん。
クエーサーズのブラックバッカラの舌肉か、私の身体を掴む。引き裂く。
「カカカカカ!ノーカラーズ?対惑星文明兵器?名前のほども無い!」
灰の中へ引き摺り込んで全身を砕き、血肉を喰らう。原始的な方法だが、未開の原住民を喰らうには─。
食んでいたのは、自分の腕だった。
「勝った気で高笑いして、自分の腕を食べて─。」
趣味が悪い、と口にする直前に飛び退く。
ぐぽぁん!
立っていた位置に、足元からブラックバッカラの触腕が青緑の渦を纏い、喰らい付く。
「殺せてないってわかってたけど、あいさつもしないなんて趣味が悪いよぉ〜。」
ぐぱ、ぐぷぅ、ぐぽぁ。
複数の触腕が私を中心に、同心円状に何層も生えて、展開してる。
「ケカカカカカ!妹の腕に喰われて泣き叫べ!」
ブラックバッカラの姿で、あの男共、女共のような表情をして、クエーサーズは笑う。
かつて、名も無い街で、騎士くずれ共の前でそうしていたように、上着の左右、両端を指先で摘み、軽く持ち上げて、こうべを垂れる。
「それじゃあ、ノーカラーズマークワン、アネモネの唄を、聴かせてあげる。」
─────
「うん、うん。えへへ。」
「研究室の地下には、ユキヤナギの対惑星文明増加装甲が格納されている!」
1人で笑うガルデニアを抱いて、幸拓室長は声を上げる。
「「ブラックバッカラくん、アルストロメリアくんからパキラくんの中へ入り、準勇者に撃ち抜かれた複数の個体、今アネモネくん、クロユリくんが相手をしているクエーサーズの個体は単なる先峰ではなく、用いる技術水準、エーデルワイスくんを単体で圧倒した戦闘能力からして、相当な高級将校の可能性が高い。」」
「「アイミは気が早いワネェ。ただの斥候の可能性もあるでしょウ?」」
「2人とも静かになさいよ!室長が話してるのよ!」
言い争いを始めたウサギ達をアスターがどやしつけ、それを見て幸拓室長が口を開く。
「2人の話す事は恐らく、両方が真実だ。」
遠くに見えたエルヴィエルナ第9クルルガンナ研究室を睨み、続ける。
「ユキヤナギの増加装甲保管庫へのアクセス権が切られた。クエーサーズはラプリマへそれを放つだろう。」
「それってどう言った兵器なの?」
「私とユキヤナギが君達の言う太陽系第三惑星、地球で暮らしていた頃、敵国から筒状の熱量産出兵器が使用され、私達はその熱により、地域もろとも瞬時に蒸発し、地球の持つ、魂の重力から解き放たれた。その兵器を生体で再現したものだ。」
静まり返る中、オカイグサが口を開く。
「「惑星の重力から解き放たれるほどの熱量、ラプリマだけでは収まらず、クルルガンナ全域にランサーの雨が降り注ぐようなものサネ。瞬きの間に全て溶けるワ。」」
アイクルミエェタが続ける。
「「ぼく達は、それが使用されてからラプリマへ、女神へそれを伝える方法を持たない。それと、女神がクルルガンナ全域の太陽系第三惑星人に邯鄲を使い、グランディオサ ホーラを展開する時間的な余裕も無い。」」
す、と幸拓室長が手を挙げる。
「パキラくん、どう読む?」
頷いて、天高く巻き上がる灰が渦を巻いて絡み合うアネモネの方向と、クロユリのいる、熱線が空を焼き、燃える空より舞い降りたる黒が地を覆い始めた方向を睨んで、口を開く。
「私のぜネロジオに入った後、アイクルミエェタとその内部、邯鄲により金属へ圧縮された魂の炉心と、そこへ刻まれた記憶を閲覧する技術力を持ちながら、ノーカラーズの身体を使用した攻撃しか、彼らクエーサーズは行っていません。恐らく彼らは、その自称する名前の通り惑星を喰らう、その構造を書き換える。惑星を構成するいずれかの物質に直接、間接的に接触を行い命令を送る。またはコードを書き込む事は出来ても、質量を伴う物質としての侵攻は、全てを熱量に変換して取り込む命球の性質を考えれば不可能でしょう。その点に関しては、クルルガンナの技術力が上ですが。」
「空間跳躍に全神経を使ってるから私の理解力は落ちてるの。ややこしいわパキラ。つまり、どう言うことよ。」
「「察しが悪いわネ玄孫娘。」」
カチカチ。
つま先をぶつけて、靴として履いているオカイグサに不満を表明するアスターを見て、微笑む。
「つまり準勇者のやったように、彼らを殺す。」
睨むその先に、エルヴィエルナ第9クルルガンナ研究室が迫る。
第四部命球、石炭期の終わりに 後編フルウ ルア ミア エルナ「高く飛べ、私の愛よ。」/第五部 アストロブレム攻防戦04 了
第五部 アストロブレム攻防戦05 ファラス シア エスペラナ (一切の望みを捨てよ)へ続く
お読みいただきありがとうございます!
前回までキャラデザは解説も込みで「ネタバレ」として発表してたんですけど、
今回はぜひノーカラーズのみんなを一緒に乗せてあげたくて、また
みなさまに想像していただきやすいように解説抜きで付けました!
ネタバレ解説付きもこのあと投稿いたしますのでお待ちください!
そしてシームレスに第五部 アストロブレム攻防戦へ移行したわけですが、続編は2026年の1月半ばを予定しています。
また、youtubeのチャンネルで挿絵のお絵描き配信を26年の3月前後から始める予定です。
その時はご連絡いたしますね!




