第四部命球、石炭期の終わりに 前編J.B.G.
私は、この世界、命球で目覚めた時から、光が見えるようになっていた。
それまでは、この「視える」と言う概念すら、理解出来なかった。まぶたを閉じて、開いて。あめとつち、そのあいだにあるすべてのもの、今までは、まぶたを閉じても感じられなかった色が、光源より放たれた光がものに当たり、吸収されて、反射されたものが角膜に当たって、視神経を通じて送られる情報が脳に到達して、それを統合して色として、かたちとして認識する。もともと、さまざまなものの匂いや、接触することで感じる感触、熱、彼らひとびとが呼ぶ名前で知ってはいたけれど。
今、視えるそこは、黒く青い、黒と言っても光を吸い込むような、飲み込まれる黒と、少し緑がかったような、深い青。
わたしの血族は、全てあれに食べられてしまった。
けどここには、どこかに、誰かがいる。
彼らの言葉も少しずつ理解できるようになってきた。
この前は怒られてしまったけど、今度はうまくできるはず。
この声は、誰かに届いたらいいな。
時々聞こえてくる、誰かの、透き通った、切なくて、けど力強い。声。
その歌に合わせて、歌う。
「らー。」
第四部命球、石炭期の終わりに 前編J.B.G.
「私達地球人の住むこの惑星地球は、太陽系に属し、さらに太陽系は天の川銀河に属する。
そんな、どこにでもあるかわからないけれど、ペイルブルードットと表現された青い惑星で、とある人物が処刑されてから2千と18年が経過したとある夏の日に、わたしの暮らす小さな島国のいち地域を、台風と呼ばれる気象災害が襲った。発達した熱帯低気圧は雨以上に激しい暴風を伴い、記録的な被害をもたらした。:
目の前の少女は、どこか遠い目をして聞いている。
「そして、私の友人が自殺した。」
─────
「結実子さ〜ん。」
私は忙しい。無視をする。
「結実子さ〜ん!」
また呼びかけられる。
この女は嫌いだ、同じ研究室にいるというだけで、馴れ馴れしく名前で呼んでくる。
「ち、ち。」
胸ポケットのユキが彼女の声に反応する。最悪。
「あ、ヤナギ君はきちんとお返事できてえらいですね〜。」
彼女は私の胸ポケットから頭を出したユキを指先で撫でる。
「それに引き換え、結実子さん!」
「私はあなたに名前で呼ぶことを許可していない、宮門居 姫子。」
はぁ、とため息をついた彼女は眼鏡を掛け直す。
「私は同じ研究室の仲間、いえ、同志として親しくあろうと名前でお呼びさせていただいていたんです〜。」
「そもそもあなたと私では、最終的な目的が違う。」
以前の実験結果で得られた数値をまとめた書類を置く。
「あなたは熱量そのものの保管を、私は熱量そのものの移動を。」
彼女はユキの頭をもう一度撫でる。
「ヤナギ君のために、ですよね。」
「わかってるなら、邪魔をしないで。」
─────
「そう、あなたも知って、助けてくれたように、この子はただのスズメだった。」
─────
とある雪の日、この大学へ受験に向かうため、山の奥にある駅から降りて、キャンパスへの道をゆく私の前に、スズメが落ちていた。
「どうしよう!しんじゃう!この子死んじゃう!」
小さな頃から机へ向かう毎日だった私は、生き物の死に触れたことがなかった。
「誰か、誰か助けてください!この子が!」
この門を潜り、羽ばたく者達はこの国だけでなく、この星にあって隠された道、その最先端を切り拓く鍵となりうる。本人だけでなく家族、祖先、子孫も全てを賭けての受験なのだ、当然周りの受験生は半狂乱で泣き喚く私のことなど、見もしない。
この死にゆく小鳥と同じ、ただの物質。
「いやああ、死んじゃう!」
手の中の小さな命は、降り始めた雪と共に、少しずつ熱を奪われ、冷えてゆく。
その時。
「はい、捕まえました〜。」
両手に乗せたスズメの上へ、声と共にマフラーが包むように乗せられ、石灰のポケットカイロが添えられる。
「これで今、私たちにできることは終わりました〜、あとはこの子の体力しだいですね〜。」
「あ、え…?」
事態がうまく飲み込めなかった私に、彼女が微笑みかける。
「それより〜、あなたも受験生ですよね〜。」
「あ!」
早めに、およそ3時間は見積もって家を出たけど、どれくらい経っていたのだろう。
「んー、これで全部でしょうか〜。」
慌てて落とした鞄から飛び出た筆記具と受験票入れを拾ってくれた彼女は、また微笑む。
「とりあえず〜、積もるお話は道すがらにでも〜。」
これが私と、宮門居 姫子との出会い。
─────
「まだ足りない説明がありますよ〜。マフラーに包んでかばんにしまってたヤナギ君が、ちゅんちゅん囀り出して、慌てて結実子さんが「これは私のおならです!」って試験官さんに説明して、会場が笑いの渦に包まれたり〜。」
「もっと他に言うことあるでしょ!ユキの名前のこととか!」
─────
「まさか、あなたも受かったなんてね。」
「当然です〜、私は舞さんに会いに行かないといけませんので〜。」
白と薄紅の桜の下、肩を落として泣く者、家族と抱き合い喜びを分かち合う者、光と陰のの入り混じる中、私達は再会した。
ち、ちゅん。
ユキがポケットから顔を覗かせて、宮門居に挨拶をする。
「あら〜、ヤナギ君も連れて来てたんですね〜。」
「ユキの事?変な名前付けないで。」
「ええ〜、ヤナギには、どんな雨や風の吹いても折れない、受け流すしなやかさがあるんですよ〜、それよりユキの方が安直ではありませんか〜?」
「はぁ!?雪の降る日に出会ったからユキ、これ以上いい名前があるわけないじゃない!」
「ですが〜、この子の命を救ったのは私なのですから〜、私が名付け親でもよいのでは〜?」
「そもそも私が見つけなければユキは死んでたのよ!あなただって私が泣いてなければ通り過ぎてたでしょ!」
「「えー、こほん。そちらのおふたり。」」
壇上の男性から声をかけられる。
「ですが良い結果は得られました〜、適切な保温と温熱を行えば、瀕死の生物でも命を繋げられます〜。」
「そんな事誰でも知ってる事じゃない!おばあちゃんの知恵袋レベルよ!私のやりたい研究は、この子の意識を保ったまま別の容器に移し替える事だから!」
学長の言葉を無視して、私達は会話を続ける。
「「お願いです。宮門居様、幸拓様…。」」
学長の声は私達の前になおも食い下がる。
「そうですね〜。私はただ、このまなびやの施設建設技術を使いたくて入学しただけですので〜。」
「私もよ、出資したんだから予定通り早く発電機と実験棟を増設しなさい。」
調子を崩し、脂汗を浮かべてくず折れる学長を横目に、私達は未改修の実験棟へ向かった。
─────
「物事には手順があり、それは個人の慣習だったものが発展したか、それを社会の中で生まれたいち集団が規律を、または安全、一定の基準を守るために洗練させたもの、さまざまではあるけれど、それらは守られてはじめて、その手順を作り上げた集団、組織、引いてはその国家、文明と先人達の歩み全てに敬意を払うことになる、それは理解してる。本当はただの学生として礼儀正しく生きなければならないこともわかっている。けど私には時間が無かった。ユキはただのスズメだから、寿命はたぶん、あと10年も生きられなかった。」
「はい〜、私も、舞さんが教えてくれた日付まで、15年ほどしかありませんでしたので〜。」
─────
宮門居と幸拓、ふたつの血族が持つ資産を投入された実験棟は、10万人程度の小規模な都市なら維持できるほどの電力を産む発電機と変電、浄水設備、加圧と減圧、加熱と冷却を行う実験設備またそれらを運用、保守に当たる技師達と共に改修と運用が行われた。彼らとその家族のために、ただの田舎町だったその大学周辺も整備した。人が生活するためには住居、衣類、食料が必要となる。
田舎町のため過疎化していたそこは、企業城下町のていで再開発するのは容易かった。
「やっぱりヤナギ君がいいですよ〜。」
「は?ユキしか認めない。」
お互いがお互いの目的のために仮説を立て、実験を行い、得られた成果を元に新たな仮説を立ててさらに実験をする。いわゆる研究を行い、寝ることも、食べることすら忘れていた私達は、健康診断で栄養失調からの貧血を通告されて、仕方なく食事を摂ることにした。
「こう言う時は、お話でも致しましょう〜。2人しかいませんので〜。」
「私にはユキがいるわよ。」
私達ふたりの目的は違ったけど、熱そのものを扱う大まかな分類としては同じものだった。その過程で発生した副産物、得られた数値などの情報は大学とそれぞれの血族の事業へ還元されて、それは私達の扱う実験器具、サーバーマシンへにも使われた。
「ヤナギ君は南天の実が好きですね〜。」
「そう、いくつか実験棟の東側に植えたの。ユキにはいいものを食べさせてあげたいし。」
まだいくらか、芯の硬い、真っ赤な南天の実をユキはついばむ。
私の手で植えた木から生った実を。
「そうでした、ヤナギ君の名前なんですけど、私たちふたりの案を取って、ユキヤナギにしませんか〜?」
「何よそれ、今までの中で一番安直じゃない?」
フォークでパスタの麺を数本巻き取る。
「でも、いいわ。わかった。」
巻き取ったパスタを、南天の実を飲み込むユキのように、一口で食べる。
─────
「このあと数年で宮門居は、研究室を出た。私はまだ、熱そのものに意識を乗せる概念を形にすることは出来ていなかった。まあ、常識的に考えて普通は無理よね?太陽系第三惑星人はあなたのでたらめのおかげで別だけど。地球人としては不可能、そうでしょう?意識、無意識が脳の神経系で発生して、熱が生まれるものなのだから。コンセントに電源ケーブルを差し込んで機器のスイッチを入れると、電流と機器の間に抵抗が生まれて熱くなるのと同じ。熱くなってからスイッチが入るなんてことは、少なとも私が地球にいた頃は生まれてもいない、もしくは必要のない技術だった。」
「うん、…うむ。そうじゃの。」
「それから10年、機能不全を起こした臓器を代替に置き換えて、ユキの頭部、その眼球だけははなんとか動いていた。ええ、宮門居、あなたも良く知る、そこの蓮坂さんがあなたと…トモさんに遺した運命の日。」
─────
「酷い暴風だ!実験棟中庭の庭園、根こそぎ折れたました!」
「どうしましょう幸拓研究員、幸いこの棟には発電機がありますが、近隣の病院に停電が起きています!」
「どうするも無いでしょ、変電設備からのバイパスを行う手順を進めて。備蓄食料と燃料を各避難所に配布。」
宮門居、あの子は確か、遠方よりの来訪者、その1人目が現れて数年内に、被害の大きい台風が来るって言ってたわよね。そのために備えをするようメモを残していってくれたけど。
「まさか、本当に来るなんてね。」
ちょうど去年は、観測初の恒星間天体、私達地球人がその存在を初めて知った飛来物、太陽の力により引き込まれた彗星などではない、本物の、遠方からの来訪者。
「宮門居の研究内容に、天体観測なんて含まれていないわよね。」
被害からの復興には日数を要するけれど、私達の送った物資は被災者の援けにはなったようだ。
「ありがとうございます、幸拓様。これらの教訓を糧に、私たちも備えを行うようにします。」
私は名誉には興味が無かったので、支援の指示を出したのは学長の判断と言うことに
そして。
「幸拓 結実子さんですね。あなたと繋がりのあった宮門居 姫子さんに関してですが。」
「ええ、私も聞きに行こうと思っていたの。」
2018年のあの台風の日、あなたは友人の、…トモさんと一緒に、やまの中腹にある神社で自殺をした。
─────
「そんな大それたことではありませんよ〜。旅立っただけです〜。」
「それを地球人は自殺って言うのよ。あなた、旅の中でちょっとズレたんじゃない?」
─────
「「宮門居財閥のご令嬢、友人と神社で自殺!」」
「「報われぬ禁断の恋に苦しんだのか!?」」
「「かつての友人が使用していた車椅子も破片が!」」
「「彼女らを送り届けたタクシー運転手のインタビューを!」」
曲がりなりにも国の動脈の一本を担っていた宮門居の当主が自殺したんだもの、半年はメディアや新聞はあなたについて報道もしたし、私の実験棟にも記者が殺到したわ。
でも彼らはあなたの研究の成果物についても憶測を並べたけど、その原動力を聞いたことがあるのは私だけだった。
「「舞さんに会いに行かないと行けませんので〜。」」
かつて、他にも来ていたかも知れない遠方よりの来訪者。その存在が来ることをを知っていたあなた。そしてその後の台風も。
私は友人のお墓参りと言うことで宮門居へのご挨拶もして、あなたの子ども時代の部屋も見せてもらったわ。あなた、結構いいプラネタリウムもの部屋も持ってたのね。
当然そこにも警察の捜査は入っていたし、私はそもそも自殺の理由を探す気はなかった。
あなたの研究していたものは、意識を保ったままの熱量の保管。あの冬の日にユキを覆ったマフラーも、考えてみれば同じよね。私がおばあちゃんの知恵袋って呼んだあなたの発言は、もっと深い、命よりも意識に向けられたものだった。
「はい、姫子さんが見て過ごしていたものを、私も見たいんです。」
あなたのプラネタリウムの部屋、その中央に寝転んで、締め切った部屋でプラネタリウムの電源をつける。過剰に効かせた冷房、メイドさんが何度も注意した冷房も付けてもらって、投影機が動き出して、そしてありふれたガイド音声が始まる。
「「私たち人類の見上げる夜空には─。」」
ここに来るまでに、舞さんが何者なのか、いつまで生きて、どこに住んでいて、何をしていて、なぜあなたより先に死んで、そしてどうやって死んだのか、そう、宮門居の行動は全て、あなたに繋がっている。
─────
「蓮坂さん。」
声をかけた相手は、私を面白そうに見下ろしている。
仁王立ちで。
椅子の上から。
─────
蓮坂舞、ただのどこにでもいたような子どもだった、ある年齢で両親と同じ病に倒れるまでは。宮門居と私が試験会場への道で出会う2年前、台風の日に両親から受け継ごうとしていた工場兼住宅が全焼して、表向きは介助者となっている親戚の男性と共に死亡している。宮門居はトモさんと一緒にあなたの身体的介護を毎日続けていた。これはメイドさんの日記にも細かく記載されているわ。
それよりも。
「「それでは、プラネタリウムの星空散歩はおしまいです。みなさんまた次の夜にお会いしましょう。」」
プラネタリウムの上映が終わり、宮門居が毎日見ていたものの感慨に浸っていると、メイドさんが入って来た。
「ここまで来られたなら、お嬢様が本当に望まれていたことが、おわかりですね。」
恐らく、警察などはプラネタリウムを上映することも無かっただろう。
答える。
「舞さんに、会わないといけません。」
ことあるごとに宮門居の言っていた口癖。
そして、メイドさんはカセットテープとプレーヤーの一式、そしてコンパクトディスクを手渡してくれた。
─────
「あのメイドに預けるとは、手の込んだ保管方法じゃのう。」
「私は本当は、彼女のようなメイドになりたかったんです〜。」
─────
実験棟に直帰した私は、当然そのCDを再生、中のファイルを確認したわ。中にあったのは青背景に白黒で描かれた丸の羅列、画像が数枚。もちろんこれらの画像が何なのかわからない。だからカセットテープをプレーヤーにセットして、再生ボタンを押した。
「みなさまこんばんは〜、宮門居 姫子の星空旅行へようこそ〜。」
それは高校生くらいの子どもには普通の拙いスピーチで、いくら宮門居のお姫様と言っても、雑音混じりの辿々しい言葉遣いには笑みがこぼれた。
「「そして、私達のいる太陽系は、この大質量のブラックホール、いて座Aスターを中心として天の川銀河を漂っています〜。」」
奇妙な点がある。確かにアナウンスの内容は、先人たちと私達の観測と仮説の結果による事実と同じ内容だ。しかし、この黒背景にオレンジの輪は、この予想図は、去年作成されて、世間一般には未公開のものだ。こんな高校生が15年以上前にその事実を知り、録音して話せる訳がない。
「「そして私は、ここに辿り着きます。何をしてでも。どんな犠牲を払ってでも ─。」」
─────
「舞さんに、会わないといけませんので〜。」
「これ聞いて、私は気絶しかけたのよ!」
─────
意識が飛びそうなほどの、衝撃。
だんっ。
両肘を机に叩きつけ、意識を保とうとする。
「落ち着いて、落ち着いて幸拓 結実子。」
カセットプレーヤーの一時停止ボタンを押し、机の左手側のメモ帳を引き寄せ、鉛筆を手に取る。実験に使うマイク型のボイスレコーダーのスイッチを入れる。事実を整理して書き出す。
「まず、蓮坂舞が台風の日に焼死する。」
宮門居の机に飾ってあった3人の女子中学生の写真を思い出す。春に撮影したであろう、儚く美しい桜が背景に写っていたのを覚えている。
「その2年後、宮門居 姫子が大学を受験して、私幸拓 結実子と出会い、多額の出資により大学に専用の実験棟、研究室を設立する。」
彼女の研究は、熱の保管。書き添える。
「3年後宮門居 姫子は研究室を後進に預け、除籍。」
当然だろう、本気でいて座Aスターへ向かおうとしていたのなら、学籍など不必要だ。
「その後、2018年まで消息不明。」
これも、理解出来るものではないが、その理由はわかる。
「彼女、宮門居 姫子はその台風が─。」
「激しい暴風をもたらすとを知っていた。」
声のする物陰へ振り返る。
「誰!」
ボイスレコーダーのスイッチを切る。
「研究成果を盗みに来た、ちんけな企業スパイじゃなさそうね。」
そもそも、そういうものの対策にこの実験棟があるのだ。部外者は立ち入れないはず。
「そのようなものと、同じように扱わないでください。」
暗がりから歩み出た女性は、かなりの年配に見えた。
「私は、姫子さんの友人、トモの母親です。」
彼女は、トモさんと宮門居、そしてもう1人が写っている写真をかばんのお財布から取り出した。
「その真ん中の、背の低いのが。」
「はい、彼女が蓮坂舞さんです。」
私が宮門居の持つプラネタリウムに辿り着いたように、彼女もまた、宮門居の家にお参りに来ていた。
「それで、私はあなたの後を追いかけてここまで着いてきました。」
「それなら、もっと早く声をかけてくれれば。」
「その、膝が痛くて声をかけられませんでした。」
「そうでしたか、ここ、坂ですから。お茶、淹れますね。」
────
「ちょっと待ってよ!何で2000年ぶりに聞いたお母さんの声でこんな悲しい気持ちにならないといけないのよ!」
「トモちゃんが先に死ぬからじゃろ。ほれ、続きを。」
─────
トモさんのお母様は、娘の死には心の区切りが付いていたものの、宮門居の家に居た私を見て、話かけようとしてくれたそう。
「トモも、姫子さんと同じように、この台風が危険であること、早めに避難所へ、防災用ラジオを、ジョンを連れて行くように行っていました。」
─────
「待つのじゃ!ジョンまだ生きておったのか!?」
「そうよ、ジョンはあなたより長生き。」
わなわなと震える蓮坂さんを見て続ける。
「横やりが増えたから手短かに言うけど、台風の日にふたり、山の中腹で爆薬と共に消し飛んだトモさんと宮門居は、台風が強い事を知っていた。その理由は不明だって事でその時は別れたけど、私には検討がついていた。」
窓の外で誰かが掻き鳴らす、簡単な弦楽器の音色の方を指差す。
「それはともかく、ゴールデン・レコードのあの曲よね。あれ。」
冷や汗をかき始めた蓮坂さんは、視線を逸らす。
「あれはフェルカ プリンテンパじゃし…。」
─────
ぷぅうぅ〜うぅ。
あの曲がなんであれ、私は「遠方からの来訪者」が来た後にあの台風が来る事を宮門居から伝えられていた。そして、彼女はその台風の日に、トモさんと一緒に爆散した。
「つまり共通の友人である蓮坂舞が何らかの理由で、極端に強い台風の日に爆散または焼死すれば、いて座Aスターに辿り着くという確信を持っていた。」
再びスイッチを入れたボイスレコーダーに向かい、口を開く。
「A.D2022、大陸の中央から北東を席巻する連邦国家が、かつての構成国で人民を保護する名目のため、第三者から見れば、侵略を開始した。」
電撃的な首都への侵攻で一方的な殺戮になると予想されたそれは、装備の更新はあるものの、旧時代的な戦術、後方資源、人的資源を疎かにする、勝利ありきの軽率な戦略により泥沼化し、更に今年の冬は、国内インフラへの大規模な長距離攻撃が予告されている。
「祖国に栄光を!」
反撃を行う側のスローガンを録音、幸拓 結実子はもうひとつのニュースを読み上げる。
「第3の恒星間天体、3I/ATLAS、12月19日に地球へ最接近の見通し。」
凡その理性的な研究者、観測者達はそれが水素を噴出しながら恒星の間を旅する、あてのない旅人であると判断する。
名だたる研究者、観測者達の中には、それが地球人以外の知性体が送り込んだ斥候、観測機であると高らかに吹聴する。
「かつて、地球人はひとつのミスを犯した。」
この膨張を続ける宇宙にあるひとつの岩石惑星、青い地球に人間が発生し、文明を発展させたように、どこかで誰かがいるのだと。その誰かもまた、争いは経験したものの、理性的、知性的な解決を行い、愛と平和を信条とするのだと。
最近では、とある国で発行された小説にて提示された概念、深い森の中で他者に対して声をかけるのは自殺行為であると、他者の存在を知覚した瞬間、気とられずに殺害するしかないと、そう語られるようになったが、まだその頃は、地球人は長い歴史に於ける他害に疲れていたのだろう。
地球人は、ひとつの衛星に人類全ての情報をゴールデンレコードという形で乗せて、星の外へ、恒星系の外へ送り出した。
誰がいるのかわからないけど、その誰かと仲良くなれたらいいな。
そう願って。
「私の見立てでは、恒星間天体はこの衛星に載せられたゴールデンレコードを探知した別惑星の知性体が、文明調査のため送り込んだものと仮定し、蓮坂舞は、それ以前に別の知性体がコンタクトを取り、いて座Aスターへの道を伝えたものと仮定する。」
ここからは仮定のさらに仮定だが。
「恒星間天体を送り出した者たちは最低でも1、数から見て3、それらを静観、または副次的なデータ収集する者も含めて、10の16乗とする。」
思わず自嘲的に口元が歪む、これでは子どものたわごとではないか。しかし、それでも口は止まらない。
「地球人の、これら恒星間天体がエイリアンクラフトでは無いと主張する者達の意見は、人工的ではない、いわゆるデザインされた物質、機械類が現段階で検出されていない事に尽きる。」
人類同士の化かし合いでもわかることを、どうして専門の研究者達は気付けないのか。
「自然的な、自然を模したものに人間の認識、知覚が騙される事は、人間自身が証明している。」
例を挙げる必要もないが、この場合は例を挙げなければ確たる根拠が無いと看做されてしまう。
「次に例を数点挙げる。まずは人間の目を欺くこと、例として騙し絵があり、明暗差による色の錯覚、先入観による錯視もある。また、人間は視覚情報を眼球と視神経、脳で処理するが、紫外線や赤外線を直接視認する事は出来ない。現在地球人の科学技術で観測出来るあの恒星間天体の姿が自然発生的なものとする点には私も同意する。」
そう、だから。騙される。
「世界各国の軍隊には、相手の視認を避ける、撹乱するために迷彩塗装という考え方がある。空を行く航空機なら雲に溶け込むグレー、海ならばまたグレー、陸土では都市部ならグレーと青の都市迷彩、砂上ならばサンドイエロー、森林なら土の色と緑。歩兵も同様である。」
つまり、恒星間天体とは。
「科学技術の幼い私達にはもっともらしい自然物に見える、天然素材だけで構成された、光学的な情報収集用の、潜水艦で言えば、ソノブイのようなものであると説明できる。」
そう、偽装の必要も無いのかも知れないが。
「我が国の大学でも量子コンピュータを開発した。また、気体のヘリウム3は超流体と呼ばれる状態で規則的な電波を流せばごく定量のエネルギーだけで動作する時間結晶となり、コンピュータ化したそれに情報を保管する技術を開発、実用化している。3I/ATLASは彗星として解釈されているが、もし、地球人より発展した惑星文明が宇宙に溢れているのなら。」
少し言い過ぎたかな?
「その内の一つでも、興味本位でゴールデンレコードを解析し、地球人の文明発展の度合いを計測するのに、水素だけで組み上げた量子コンピュータ、または地球人がまだ発見していない高度の観測機器を使い、ただの彗星として偽装し3I/ATLASを送り込んだのなら。地球からは絶え間なく電波が発せられているのだから、観測できる情報には事欠かないだろう。」
─────
「ふむふむ、ワガハイが多星の知性体に命球を教えられたとの。」
「大学を主席入学したって言ってる割に、高卒の私より頭が硬いんじゃない?」
「まあまあ、当たらずとも遠からずではありませんか〜?」
─────
ぷぅぅ〜うぅ〜。
「以上より、3I\ATLASがエイリアンクラフトと仮定して、蓮坂舞、宮門居 姫子とトモさんの事例により、このエイリアンクラフトが地球に最接近する前後に、自然災害または人為的な災害により。」
まるで、夢想家だ。
「大規模な熱量の移動が発生すると予測される。現在地球上では先に録音した北方国家と元、その構成国との侵略/防衛戦争が1299日経過し、現在は侵略国の持つ資源プラント、国内インフラ施設が多数破壊される状況であり、その指導者は西側国家、本邦を含む、に向けた熱量産出兵器の使用を躊躇しなかった。」
もう数日で12月19日。
ぷぅうぅ〜うぅ。
サイレンは止まない。
「3I/ATLASに量子コンピュータ、もしくは地球人類の識る概念には無い観測機器が搭載されていたとして、彼ら、送り込んだ知性体の持つ中継、受信設備は天の川銀河のほぼ中心にある、と予測される。これは当該恒星間天体の軌道により確認された。」
ユキの意識維持ユニットを白衣下のシャツ胸ポケットに入れる。
「チチチ、チュン。」
意識維持ユニットに内蔵したスピーカーから、ユキの声が聞こえる。
「怖くないよ。予測の通りなら、ユキに新しい身体、作ってあげるから。」
蓮坂舞はともかく、宮門居 姫子は熱と意識を保管して、いて座Aスターへと飛んだ。
ぷぅうぅ〜うぅ。
西側国家の都市群へ放たれた、熱量産出兵器を搭載した弾道弾に対するアラートが鳴り響く。
「他惑星知性体が地球人に無断で観測機を送ったのだから、それが母星と通信するための設備を地球人が無断で使う事に、私が良心の呵責を感じる必要はない。私は宮門居 姫子のいる場所で、ユキと過ごす。」
胸に手を添える。
ぷぅうぅ〜うぅ。
─────
ガシィん!
質量体同士が衝突する轟音が、リルローにより残減され、部屋に響く。
「それで、私のメイドは幸拓氏より先に命球に来たのか。」
「わたくし達の、ではありませんの?」
窓の向こうで光の明滅が起きる。
ばしゅう。
続けて光の明滅した地点へ別の方向から複数の光の帯が流れ込む。
「はい、私はアルセロラ様とエンゲージ致しましたので、もうお嬢様のメイドでは無いんです〜。」
青い情報体は、椅子から立ち上がるそぶりを見せ、ショートカットの金髪へ平手を差し出す。
「「アセデリラ、次の星食いが来るよ。助けて。」」
七色の声が空間に響く。
「「仕方ありませんわね。ナナ、今出ますわ。ゲンザン、主機暖め。」」
部屋を出た姉を見送り、青い情報体を抱きしめていた、抱きしめるような身体の動きをしていたショートカットの金髪と元は銀髪のメイドの姿をしていた青い情報体へ、銀髪の少女が声をかける。
「妹デリラよ、お熱いのは姫子に次の情報を入力してからじゃ。」
「女神、私にはアルセロラと言う立派な名前がある。」
むすっとした顔の金髪に手を振り、銀髪の少女は視線と顎の動きで促し、幸拓 結実子は記録再生装置の、カセットプレーヤーを模したそれのスイッチを押す。
─────
まだ空が高くなる前の季節
「それじゃあ、メリージェーン隊、出発します!」
「んむ、ラプリマに余裕ができ次第増援を送るが、くれぐれも無理をせんようにの。」
「はいはい、それ以上私のパキラに馴れ馴れしくしないで。」
アスターイスヴァティージスララテアはパキラのウサギのシリンに飛び乗り、パキラと呼んだ少女に抱き付く。
抱き付かれたパキラは両腕でアスターを抱きしめ、ウサギへ指示を出す。
「行こう!アイクルミエェタ!」
─────
それよりもふたつ、星月の巡る前。
嘆きの灰が覆い隠す湖エルヴィエルナ、その外縁に設けられたひとつの研究所。
「君たちは花であり、色を持たないノーカラーズである。」
かつてエルベラノにて、第9クルルガンナ研究室と呼ばれた研究所の長幸拓 結実子は、封を開けた生育房に眠る少女達へ、そう声をかける。
第四部 命球、石炭期の終わりに 前編 J.B.G/第五部 アストロブレム攻防戦04 了
あとがき
というわけで、第四部前編J.B.G./第五部エピソード04をお届けします
リーナ(宮門居 姫子)はどうして青い情報体になっちゃったのか、そして七色の声を響かせるナナとは、星食いとは!
今までお伝えしています通り、第五部はエピソードを分割してお届けしています
第四部が終わる頃には謎が明かされます!
お楽しみに!
ところでですね
描いた挿し絵を投稿して本文中に表示させるための、みてみん、というサイトになぜかログインできません
幸拓 結実子さんとユキヤナギくんのキャラデザ自体は数年前に仕上がってますので、ログイン出来たら追加しますね!
それではまた!




