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第三部魔導列車追撃編後編デ ラ プレア マルバナ フィナ

「さて、始めるかの。」


光そのものへと近付くそれへ、邯鄲の熱量を与える。


「暗く冷たい光の海に

いざや廻れよ彼方まで─♪」


歌うように、夢を見る子どものように。


第三部魔導列車追撃編 


─数刻前─


後編 デ ラ プレア マルバナ フィナ


挿絵(By みてみん)


がたがた、ごとん。


「それでは皆さん、こちらにお着替えください。」


エルアートヌに向かう、連結したウサギに引かれる食堂車の中、カイミは一同に簡素ながらも高級感のある、白地に左側、細い黒の縦線がシャツにスラックススタイルのパンツ、スカーフを渡す。


「あーこれ、膳のヒトが着る服だー!」

「ふむ、かつて食卓の資格が生まれる前のものだね。アウタナくんにエプリシアくん、それとぼくにはその資格は無いのだけれど。」

「はい、資格をお持ちのおふたりはこちらの赤いスカーフを。御三方は白いスカーフをお着けになってくっださい。それとあなたは…。」

「私は黄色でお願いします〜。」


わたくし達はお着替えを始めて。


きゅっ。

1人では衣服を着れないフラウに、いつものように着せてあげて、スカーフを結んであげて、できあがり。


「ふふ、とっても似合ってますわよフラウ。」

「ご主人様の装いも素敵です♡」

「むー!アウタナさんだけズールーいー!」

「こらモモくん、ぼくが先に並んでいるんだよ。」

「お嬢様は〜やく〜。」

「あなた達…。シアは1人でお着替えしていますのよ?」


エプリシアの方を見ると、紫色のゲル状の生き物が、少しずつ体を変化させていました。


「やはり私こそが…最も知的で美しい生き物…。」

「なんか負けた気がするー。」

「ぼく達も早く着替えようか。」

「前の2人が抜けましたので、私の番ですね〜!」

「もう、仕方ありませんわね。」


そうこうしていると、カイミ様はキッチンから何かを運ばれて来ました。


「次に、ランサーのホルスターの代わりにこちらを。」

「こちらは、包丁入れですわね。」

「わー、かっこいいー!お店でも使いたーい!」


わたくし達が腰に包丁入れを挿していると。


「それでは、もう一度お伝え致します。」


カイミ様はわたくし達にもう一度頭を下げて。


「現在ではエルアートヌは、長らく交流の途絶えていた他都市、特にラプリマと魔導列車を使用しての交流と交易を再開させようとしています。」

「うんうん、それでわたし達はお料理交流ってことで行くんだよね。」

「はい、皆さんにはただの膳資格者としてお入りいただき、母シィミーィヤを死に至らしめ、クルルガンナ解放戦の最中、クルルガンナ全域へ食化騎士とその技術を拡散させた容疑でのアルカルブの捕縛と、並行して第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機の中に格納されているマルバノキを解放していただきたいのです。」

「パラさんのように、最初から殴り込みはしませんのね。」

「それは相手が小集団の場合だね我が君。目標となる彼女アルカルブ・ヒラカワラは数十年の間都市責任者として、どういった形であれ、都市運営上での死傷者を出さずに職責を果たしてきた人物だ。小悪党のように扱っては彼女にも、エルアートヌの歴史と住人達にも失礼だよ。」

「そうでしたわね。わたくしの浅慮さを恥いるばかりですわ。」

「あの…。」


振り向くと、胸とお腹に包帯のようなものを巻いて、真っ白な長袖を着たフラウとエプリシアがいました。口元にはマスクのようなものをしています。


「フラウ、何ですのその…それ。」

「愛弟子であるマルバノキを助けに行くのですし、勇ましいアレンジをエプリシアにお願いしました。このアウタナ・セリフラウは。」

「はい、ルルメンタ ブリンダを開いた騎士隊アズマが、この手の衣装でしたので最適かと。」

「ふふ、ぼく達は表向き友好的に自体を進めたいからね、その衣装は少し不向きだと思うよ。」

「お嬢様脱がせるのはお待ちください〜。せっかくですし記念スケッチを〜。」

「カイミさんカイミさん、すごい断線しちゃってごめんなさい。」

「モモさんそれは脱線ですわよ。」

「ご主人様、少しお腹が空いて参りました…♡このアウタナ・セリフラウは♡」

「もう、仕方ないですわね。わたくしのドリルから何本か食べていいですわよ。」

「んん〜!リラちゃんのドリルおいしー!」

「それでは私も失礼します。おお、これが勇者と星姫のハーフ。ワサビ女様、ワサビいただけますか?」

「私は、私はヒトの身なのでお嬢様のドリルを食べられないのが残念です〜。」

「ぼくも一度食べようとしたけどアクが強すぎたね。」


ばんっ!

石焼板を叩いてカイミ様が声を上げます。


「私は!私はラプリマに着いて!ホテルの部屋の放送でダンサンカ ブーケの活躍を知って!あなた達なら父を助け出して母を止められる!そう思って女神やラプリマ議会に申請して、今あなた達とこうしてエルアートヌに向かっているというのに!どうしてあなた達はそんな真剣さがないのですか!」


左手をすっと挙げて。


「よろしいですか?」

「何?」

「まず、緊迫感のなさであなたのお気持ちを傷付けてしまい、申し訳ありません。」

「それがわかっているなら!」

「ですが。」

「何なのよ!」

「わたくしのドリルを食べることで、この方達のぜネロジオが強化されています。」

「何を言って…。」

「わたしはヒトじゃないんだー。木とヒトが混ざってるの。」

「え。」

「元々は女神の拡声器です。このアウタナ・セリフラウは。」

「どういう…。」

「失礼致しました。こちらの方々が異常なのです。」

「メイド…あなたよく見たら髪先に目玉が!?」


どろり。

エプリシアは右胸から腕を元の軟体生物の姿に戻す。


「そうです。私もヒトではありません。」

「うう、ん。」


ばたり。


「やはり、刺激が強すぎましたか。」

「放送ではそういう部分は、騎士の方以外のご視聴時にはモザイクをかけていますので〜。」

「どうしますの!?カイミ様が失神されましたわ!」

「落ち着いて我が君、まずは深呼吸を。」

「ひっひっ、ふー。」

「うーん、カイミさん的にはいろいろ計画があったんだよねー。」

「そうだね。そこは都市責任者であるお母様のように、しっかりと計画されて行動されているようだね。」

「ふふ、憎んでいても血は争えませんのね。」

「わたしは争ったよー!あばずれ撃ち殺したし!」

「モモくん、そういう意味での争うじゃないよ。」

「お嬢様がそういった事を言われるとしみじみしますね〜。」

「このボンクラども、そろそろエルアートヌに着きますよ。」

「どうしよどうしよ、カイミさん起きないよー!」

「どうやら、相当気が張り詰めていたようだね。」

「あっ!」

「どうしましたのフラウ?」

「太陽系第三惑星には、こういう時に行政者の執行機関が行う様式があるのを目にした事があります。このアウタナ・セリフラウは。」

「あ!そうですね!それでは皆さん少し目を閉じてくださ〜い!バンヴォル、レスパン ミ ポリ─。」


   ─────


「はい!ありがとうございましたー!また当店「イノカミフェスタ」をごひいきにー!」


路面に設置した複数のテーブルのひとつをお使いのお客さまがお帰りになられたので、台拭きを持ってそのテーブルへ。お食事の際に跳ねたソースなどが、まだ夏の気配が残る秋口の熱気で乾いてこびりついている。

こういう時は、腰に下げた霧吹きでしゅ、しゅっと水分を与えて。

がしっ。

片手でテーブルの端っこをしっかりと握って、台拭きを持った手で、テーブルの綺麗な方から、円を描くように汚れを拭き取ってゆく。


「んんっ!」


乾いてこびりついた部分が中心に来るように描いた台拭きの円を、手をすぼめて大まかにソースを掴み取り、台拭きを汚れを中心に畳み、残ったものを同じように拭き取る。


「ここから。」


見かけはきれいになったテーブルを、替えの乾いた台拭きでもう一度円を描くように拭き取る。


「よし!綺麗じゃあ!」


最後にテーブルと椅子の位置を合わせてできあがり。カウンターに戻って台拭きを洗い吊り下げて食器を洗う。スタンドにお皿を立てて作業手順おわり!


「んんー、アルタ カンパより日差しは弱いけどいー気分やあ。」


カウンターに肘をついて、アマザの従業員達、今も現世に縛り付けている亡霊のみんなからの手紙を見る。

この暑さなのもあって盛況とのこと。私の漬け込んだはちみつ梅干しも人気のようで嬉しい。


「そろそろお昼も終わりやけ、私もお店休憩にして食べよ。」


今日はフェイにスターも学校がお昼までじゃけえ、一緒に作っといちゃろう。

移動式リーチインその下、お野菜入れからキュウリを3本取り、軽く水洗い。


「暗く冷たい冷蔵庫の〜♪」


鼻歌を歌い、水ふきんで軽く拭いたまな板に並べ、とんとんとん、と輪切りにしてボウルに入れ、塩昆布を細めの千切りに、小さじ一杯のごま油を垂らして細切れの鷹の爪をふりかける。


「塩昆布と鷹の爪踊る〜♪」


軽く揉みながら具材を和えて、キュウリに油が馴染んだらフタをしてリーチインへ。


「おう、お客さまけ?すま…すみませんが立て看板の通り、お昼休憩じゃけぇ。」

「いやいや、私達はエルアートヌから来た者でして。」


   ─────


「おいダリ坊、オーダー追加。7.8番テーブルに昼デラックスのA、Cをそれぞれ5人前と、女の子がいるなら持って来て欲しいとよ。」

「えー!そんなに食べるのー!?」


よっつの寸胴鍋でそれぞれの麺を茹で、さらにやっつのフライパンでそれぞれのソースを作る。

太い麺、細い麺、穀類、麦素材のオーソドックスな麺からにんじん、ほうれん草を練り込んだお子様向けにも好評の色付き麺、製麺前の生地を寝かせる際に通常のものより水分を多めにした麺。それぞれ鍋に入れたタイミングと茹で時間が変わる、それを肌感覚のみでコントロールする。

フライパンは基本的に、ひとつのソースにつきひとつを使う。作業の合間に軽く流水での洗浄を行うとは言え、加熱調理を行う、一秒一瞬が惜しい鉄火場での本格的ではない洗い物では、食材の匂いなどは落としている余裕はない。よって、お客さまが大量に見込まれる昼食時や夕食時のかきいれどき、ピークタイムでは、ひとつのお料理にひとつのフライパンで対応する。ダリアの受け持ちはこの8枚。いつもの肩まで伸びた髪は毛先をまとめ、おでこから伝う汗の飛ばないように、「レジーナ」の店名ロゴが入ったハンチングキャップを被る。オーダーを受けた順に左から右へ吊り下げられたメモを横目で一瞬見て、先のオーダーのフライパンを3枚仕上げにかかる。ソース、具材と絡めた麺を木製のパスタレードルで巻き取り、同じく先が丸い木製のパスタフォークでお皿に優しく、美しく、そして何より手早く乗せる。溶かしたチーズを回しかけ、バジルをちぎって添える。同じ手順で角切りトマトをミートソースのパスタに添える。それをそれぞれ5皿。すべてのソースが冷えて固まる前に。お客さまのお腹と背中がくっついちゃう前に。


「何でもエルアートヌからの交流で、腹が減ってるって団体さんだ。オジンは嫌いらしい。」

「えー!ドンはしぶーいオジンなのにー!見る目ないー!」

「喋る前に手を動かせユーナ・ステラ!」

「もー上がってまーすよーだ!おーいレジーナー!そろそろわたし提供行くからキッチン入ってー!」

「洗う皿がどんどん増えてんだよー!」


   ─────


技術交流、交易を目的として、クルルガンナ解放戦から数十年交流の途絶えていたエルアートヌからラプリマに、大量のヒトが流入した。

そのラプリマ、流入者が放射状に集まって来ているラプリマ議事堂。

その中で、元、騎士隊サイクロンの隊長であったヨシオカ・ヤポニカナが口を開く。


「この周りには、およそ6千から8千といったところでしょうか。」

「「女神、こちらハウンド1。ラプリマ中央時計台に現着した。予定通り初等生、中等生の監督に務める。」」

「「んむ、お主も最近鈍っておったじゃろ。少々の運動ならしてもいぞ。」

「「了解、追加でボーナスくださいよ。」」

「女神、計測によればエルアートヌの民はエルベラノなどの他都市ではなく、全てラプリマに集まっています。」

「んむ、どうせ目的はワガハイの首じゃろ。」

「そういえば、勇者は今日は休みでしたな。」

「うむうむ、トモちゃんからは絶対に起こすなと言われておる。」

「正確な数値出ました。24万きっちり、ウサギ同数です。」

「舐められたものだ。クルルガンナですら初戦で300万の動員と対惑星文明兵器三百と言うのに。」

「他都市との交流を絶ってまで準備していたにしては、用意している駒が少ない。」

「今日までの仮想敵、つまりラプリマが当時のクルルガンナ未満と言うことでしょう。」

「そもそも、紛い物を揃えた所で現行の騎士を制圧できるなど。」

「お主ら、エルアートヌはタダで民間と騎士候補生への非常訓練をしてくれるんじゃぞ!もっと有り難がらんか!」

「アルカルブとは同期ですが、彼女が聞けば泣いて悔しがりますよ。」

「ユイと言いアルカルブといい、ヨシオカ同期のおなごは血の気の多いものばかりじゃの!」

「ユイは、ユイはそんな軽薄な女性では…うっ。」

「「医療班、ヨシオカが倒れた。過労だから適当に寝かせておけ。」」

「では、久しぶりに我々も運動するとしますかな。」

「女神はそのままおかけになって、おせんべいでも噛みながらご覧いただければよろしいですぞ。」


クルルガンナ解放戦の生き残り達は、ランサーホルスターに手を添える。


「逸るな逸るな、まずはヒヨッコどもの訓練じゃぞ!」


   ─────


「ンー!今日モ良イ天気ダナ!」

「なラ大きナ声ヲ上げるナ、読書ノ邪魔ダ。」


「レジーナ」の屋根の上、アセデリラとのビーチバレーで肩関節ごと変形していた腕をぐるぐると回し、カトラスは伸びをする。


「デ、調子モ戻ッタ。あレラは食っテモいいのカ?」

「いけませんよ〜。今日は初等生と中等生向けの訓練ですので、私達は監督役です〜。」


陽光を浴びて青黒く輝く、金のラインが入ったウサギを磨きながらヒペリカムは答える。


「病み上がリダ。遊びタイ!」

「面白イ会話なラ聞こえタ。我らクルルガンナ星人ほしひとノ戦力ガ時代遅れノ産物ト言ウ。都市中央の議事堂へ行ケ。血の気ノ多イ騎士ガ揃っテいル。」

「面白イ、ヒヨッコどモめ。揉んデやロウ。」


意気揚々と氷の通路を中空に作り、カトラスは歩いてゆく。


「あなたはいいんですか〜?」

「我ハ今、こノ連続殺人ノ謎解きニ忙しイ。名探偵ノ推理中ニ話しかけるナ。」


再び読書に戻ったアルマを見て肩をすくめたヒペリカムへ、通信が入る。


「「よぉハウンド2、アユーガだ。エルアートヌに行けなくてワスレナが不貞寝したから身体の主導権を奪った。これが終わったら、アタイと踊らないかいお嬢ちゃん?」」


軽く腕を組み、立てた左手でほっぺたを摘む。


「「わかりました教官。勝ちますのでパフェ奢ってくださいね〜。」」


   ─────


今日も朝が来て、学園へ行き、授業を受けて、実技で身体を動かして、お昼ご飯をを食べて、あれ、今日って授業はお昼までだっけ。私は身体能力はそこそこだけど、ぜネロジオにポデアを乗せるのがうまいから、騎士科へ進めるらしいけど、気分が乗らない。このまま誰かとエンゲージをして、赤ちゃんを女神から授かって、お母さんとして生きて、死ぬのも、気分が乗らない。「何をするにも情熱のないやつ」それが、周りの生徒たちの意見だった。私は思うままに生きて、生徒という義務を果たしているだけなのに。「おはよ!今日もいちにちがんばろうね!」ただ、初等生に上がる前のコルの時に知り合ったこの子だけは、ずっと私に話しかけてくれた。「気分が乗らない。」そう返事をしても、毎朝あいさつをしてくれた。そのうち、普通のおしゃべりもするようになった。今日はかわいく前髪セットできたよ。むむ、あなたのもしてあげるね。そう言われても私は、気分が乗らないと返事をしていた。彼女は身体能力がけっこう低めで、かと言ってポデアの扱いも下手で。「そんなこと言わないでよー!」けど、いつも私にくっついてきて、お話してくれた。もしエンゲージをするなら、この子としたい。ふわふわと、そう思うようになっていた。

授業が終わって、その同級生とふたり、校門を出て。

今日は見慣れない服装のヒトが多い。友達に聞いてみる。


「エルアートヌって都市から来てるんだってー。」


そう、わざわざ遠い所からラプリマまで来るの。お疲れ様。私は絶対に、気分が乗らない。こんな青い空も、消えてしまえばいいい。

目の前のヒト達が、エルアートヌから来たヒト達が、少し膨らんでいる。

理由はわからない。

友達は気付いていない、肩を掴んで引き寄せる。


「えっ何っ?」


目の前のヒト達の身体が、縦に、ななめに、手前と奥に裂けて、友達の立っていた場所に、盛り上がった腕を、手そのものが爪となったそれを、深々と突き立てる。


「アビャビヤー!肉ゥ!」

「喰わせろォ!」

「ゲッゲッカ!」


もう、顔から声が出ていない。顔が、顔じゃない。彼らは縦に避けた胸、横に広がったお腹、手前と奥に伸びた頭から声を出している。


「いや!いやあああ!」

「コルソ、歌え!」


頭を抱え叫ぶ友達に、授業の時の教官のように指示をする。


「いやあ!こわい!歌えない!」


友達の腰を抱いて、跳ねる。

ザシャア!

腹部の裂けた個体から、何らかの液体が飛び出して、私達のいた場所にかかり、ラプリマの石床を、溶かす。いつも私達が歩いてきた石つくりの道を。


「ゲッゲッ、よく避けれたなァ!」

「ギャギャ!活きがイイ!踊り食い!」

「やだあああ!」


続いて、同じ消化液が来る。同じように避ける。

遊ばれている。

わざと、避けやすいように、獲物として。その証拠に、他の2体は動いていない。


「よく聞いて。」


その消化液を避けながら、友達の耳元で優しく囁く。


「私達があいつらを殺すには、ランサーしかない。」

「でも、でも、食化体でも、殺したら邯鄲に!」

「構わない。あなたを守れるなら。」


私は、跳ね飛んだタイミングで、髪を一本引き抜く。


「ほら、私が守ってあげるから。」

「でも、あなたが光になっちゃうのも嫌だよ。」


消化液の量が増えた。飛び散ったそれが私の制服にかかり、ルリローの編み込まれた制服が反応して明るく輝く。頬に着いたそれが、少し焼く。


「あ、あ…。骨、が。」

「気にしないで、あなたがこうならなくて良かった。」

「私、私。」

「さあ、私のために歌って。ディスガス─。」

「─ニン。」


彼女の引き抜いた髪と、私のそれが口付けと共に混ざり、溶け合い、焼かれて引き延ばされ、黒い槍になる。

ふぁ、ん。

軽く振る。反応させなくても、空気を裂いた音がする。


「この子に手出しはさせない。」


バチィ!シィィィィ!

励起したランサーが、模倣太陽よりも明るく輝き、周囲の光を奪って、世界を青白く染め上げる。


「あなたの翼を─♪」


後ろから、大好きなあの子の歌が聞こえてくる。

ランサーを持つ左手左肩、左腰左膝に左足首を引き軽く両膝を曲げて、右手の人差し指と中指を揃えて他は握り込み、その腕を食化体に向ける。


「参る。」


半眼で視界に収めた三体は、別個に、左右へ、上へ飛んだ。


「ランサーやっと抜いたア!」

「ゲッゲッゲゲ!」

「ウマウマウマニク!」


下がれない、彼女のためにも、私のためにも。はじめに落ちて来る、胸の縦割れに構えて。


「そこの、ちょっと腰落とせ。」


声の通りにすると、


チャリィィ。


静かな、擦れる音。光の螺旋。


「アビャッ!?」


胸の縦割れが、天体の引力のまま、自由落下。


「ビャアッ!熱い!熱い!溶けるゥゥ!!!」


光の軌跡は、ランサーのはずだ、しかしそれが直撃したはずの食化体は、光へて変わっていない。

なおももがき続けるその個体の頭を踏みつけ、螺旋を描いた青の騎士は、私に告げる。


「説明しなくても、視えたみたいですね。まあ見せてあげたんですが。後は好きにしてください。」


その青い騎士は、特徴的なサイドテールを翻して視界から消えた。肩の腕章には、かわいい犬のエンブレムが付いていた。


「オレ達を教本代わりにしたのかア!?」


激昂した残り2体が、形状を変化させながらお互いに喰らい付き、中途半端に溶け合った醜い姿へ変わる。


「ユカ、もっと歌って、私のために。」

「うん、大好きなあなたの眼差し─♪」


やっとわかった。戦うって。


「楽しい!」


思わず口に出る。今までこんなに激しく声を出したことは無かった。

槌のような形状の、質量のある振り下ろした腕が来る。

大振りに避けるのではなく、重心を移動させながらの歩行だけで躱わす。風圧が焼けた頬を、横髪を裂こうとする。

この一瞬で、死んでいたかも知れない。

けれど、私は死んでいない。ただの一度も、この肉の塊は私に攻撃を当てられていない!

次の打撃を同じように躱わす。更に伸ばした腕から骨肉が突き出る。これも視えている。

躱しながら、あの騎士のようにランサーを白熱させ。


ぱしっ。


直撃の瞬間だけ発動を止めたランサーは、対象を光に変えること無く、直前まで加熱していた大気だけを当てる。


「ゲアキャアアアア!!!」


突き出た骨針から伝わる熱は、腕肉を通じて肩、肺、喉を焼く。

絶命させること無く、焼き続ける。


「クミ、ほっぺほっぺ!」


ユカに抱きつかれて、劫火に焼かれ続ける2体を見下ろす。


「この近くにこういうのまだいるよね?探して。」

「うん、クミどうしたの?」

「ユカの歌で戦うの、気分が乗ってきた。狩りに行く。」

「わぁ…うん!」


同様に、騎士候補生ですら無かったもの達も、エンゲージを結び、ぜネロジオとポデアの扱い方を学んでゆく。

   ─────


「それではご注文をお受けしますね!イノカミフェスタ大人気メニューの白玉めんたいこかき氷がおすすめですよ〜!」

「ニ、ニク。」

「お肉系のお料理ですね、ではこちらの─。」

「若い女の、ニクウゥゥ!」


エルアートヌからの団体様テーブルにオーダーを受けに行くと、彼らは首と肩が裂けて噛み付いてきた。左足を軸に、右脚で蹴り倒す。


「このガキぃイ!!」


他の個体も同様に変形しこちらに組みつこうとしたのを、ランサーへ変化させた右腕の五指を完全励起させ、脅す。

バチバチバチ!


「ううっ!」

「ワリゃあどこのどなたに向こて楯突いとんのかわかっちょんのかあ!」

「い、いえ…。」

「ほな早よ頭下げぇやボケナスゥ!いてまうど!」


   ─────


養育施設から子どもと、それを庇うように出てきたエサを取り囲む。


「ゲェアゲェア!」

「お願いです。私の命を捧げますので、どうか、どうか幼い子ども達は!」


代表に見える、肉付きのいい女が歩み出る。


「ギャギャ!生肉が何を言っても聞こえねー!」

「どうせテメーら仲良く肉団子だァ!」

「エビャビャビャ!」


指差す。一番脂の乗ってうまそうな大人の女を。


「まずはテメーからだ。」

「ヨダレが出そうな脂身だァ!」

「ぢゃぢゃ!ニーク!ニーク!」


仲間達が腹や胸を開き、喰らい付く。


ばしゅう!

血飛沫が上がる。


「ひゃ、ひゃひゃひゃ。ほへひょひゃひゃァ〜!」

「ひよひよ、ひふひゃよおお!」


仲間達が倒れ込む。よく見なくとも、牙や歯肉が粉砕している。


「私は、悲しいです。」


その女は、空を見上げて涙をこぼす。


「あのアルカルブ、私の先生クスノキの親友が送ってきた精鋭が、この程度とは。」


辺りを見回す。

施設のガキ共が、手を繋いで周りを囲んでいる。


「さあみなさん、お歌を歌ってあげましょう。らら、らー。」

「ひとみのおくのー♪」


全身が締め付けられる!


「ぐわあああ!」

   ─────


「はーい!こちら「レジーナ」とくせいのスペシャルデラックス大盛りセット10人前でーす!ご提供はこのわたし、看板娘のダリア・アジョアズレスでーす!」


制服の上からフリフリのエプロンをはためかせ、毎晩レジーナやアセデリラ達と研究しているかわいい笑顔とポーズでお皿をテーブルに乗せる。せっかくエルアートヌからお越しのお客さまに、最高にかわいいわたしを見て思い出にしてもらう。そうして。


タスッ。

濃い赤茶に焼き入れがされ、毎晩掃除の後ワックスがけを行って、店内の梁から吊るすオレンジのランタン照明で絶妙な色合いの、自慢の床に、爪が立てられる。

傷が、付けられた。


「グェッグェッ!」

「よく避けたナァ!」

「ギャガギャバ!もう死ぬけどよぉ!」


見てわかる。食化体だ。自意識を保っていて、それが七体。

他のお客さまは雰囲気に気付かれて、テーブルに着いたままわたしを、こいつらを見ている。


「お客さま、店内では─。」


ビシャア!

腹部の割れた個体が、わたしへ何かの液体を吐きつける。

タタタタタタタタタタ!

全てを、交互に拳を連続で突き出し、霧散させる。

そう。

そのつもり。

わかってたけど。

左手を突き上げる。


「なら一曲、踊ってあげる。」


パチィ!

指を鳴らす。

騒ぎに気付いたガスが、指の音に合わせて腰の弦楽器を弾き始める。


「舐めやがってえ!」


食化体の一体が、幾重にも分かれた鋸状の腕を振り下ろす。

たたっ。たっ。

曲のテンポに合わせて小刻みのステップで避け、それぞれの鋸に、拳を当てる。


「何だァ、そのパンチはぁ!」

「ゲェアゲ!ガキの身体で適うわきゃねーだろ!」


食化体のヤジが、心地いい。

もっと笑え、わたしを嘲笑しろ。

その声が、その逆風が、わたしの心を研ぎ澄ます。

いつものお客さま達は、心配そうにわたしを見ている。


「がんばれ。」


軽快な曲と、相手の腕の轟音と、わたしのステップの合間に、小さなお客さまの、小さな声が聞こえる。


「がんばれ!」


次第に、他のお客さまもわたしを応援してくれる。

よし。


「そろそろ終わりダァ!」


振りかぶったその腕へ。

トタタタタタタ。

背後へ、横へ回り込み、側面から、上から、下から拳を重ねる。


「なんだぁ!また、さっきの─。っ…!」


ヤジを飛ばしていた個体は言葉に詰まる、気付いたみたい。


「ギェバアアア!!!」


お客さま達は、まだ見えてないかな?

食化体の腕の筋繊維、靭帯、骨格全ての繋がりを、殴り割ったことに。

じゃあ、わかりやすいように。

曲の区切りが近い。速度を増す旋律に合わせて。

タンッ。

キュルア!

パカァ!

軽く飛び上がっての、回し蹴りで蹴り倒す。


「わ。」

「わああー!」

「いいぞー!」

「きゃーダリアさーん!」


声援に合わせてかわいく回って、びしっとポーズを決める。

さらに声援と拍手。


「えへへー!カッコいいでしょー!」

「うん!わたしも騎士になるー!」


最初に応援してくれたお友達と、ぎゅっとおててを握手して。


「準勇者ー!」


その言葉に、残った食化体は反応する。


「準勇者、だと!?」

「死んだはず!」

「こんなガキが!?」


もう、どこに顔があるかわからないくらい変形しちゃってるけど、驚いてるのはよくわかります!ふふふ!


「それじゃあ。」


左手の指をぱちっと鳴らして、そのまま人差し指の指先をわたしの方に手首ごとくいくい、と曲げて。


「何人でもいいよ。どっからでもかかってきなさい!」

「うおー!カッコいいー!」

「おねーちゃんやっつけてー!」


客席が騒がしく、演奏まで聞こえる。無人のキッチンからカウンターへ顔を出すと、ダリアが舞っていた。


「はぁ、相手は何だよ。…ザコじゃねぇか。」

「んなこたいい。歌えレジーナ。」

「聞かせてやれ聞かせてやれ。」


演奏を続けるドンとガスに促され、喉を整える。


「んん、ん、ん─遥か昔の語らいに、そなたも耳を傾けよ。その者纏うは紅き血よ、数多の命を奪いては、数多の命守りしは─その名はダリア・アジョアズレス♪」


   ─────


「議事堂を囲む食化個体、七割の無力化が完了しています。」

「んむ、ロートルとはいえ、お主らの相手には物足りなかったかの?」

「勘弁してください。おかげで本日の経済活動はおおよそが止まり、非戦闘員も観戦しています。」

「ほっほ、さてお主がアルカルブなら、次の一手はどう打つかの?」

「そうですね、伏兵など─。」


パキィィ。

女神とヨシオカが会話をしていた、議事堂2階の談話室の窓が凍り付き、ヒビが入る。

窓まで伸びた氷の柱を伝い、歌うようなカトラスの、初代星姫アルマコリエンデの美しい声が響いて来る。


「解放戦の生き残りと聞いたが、他愛のない。女神、精鋭を寄越せ。我は遊び足りない。」

「しょーがないやつじゃのー!ちょっと待っとれー!」


氷へ投げやりな返事をし、ガブリエルハウンドに連絡を取ろうとした女神へ、手を挙げる。


「それでは、私が。」

「おうおう、ついに出るかの!騎士隊サイクロン!」


廊下へ消えたヨシオカを笑顔で見送りながら、女神はひとつの事実に気付いた。


「あやつ、残りの事務処理を全てワガハイに投げおった!」


   ─────


エルアートヌよりの使者、技術交流を目的としたひとびと、観光目的の旅行者、その実態の食化騎士隊がラプリマ内で行動を開始してすぐ。


「こんにちはー。ご機嫌ようー。ご依頼いただいたラプリマの出張料理店でーす。」


リーナの用意した、青と黒を基調とした衣装のモモさんがにこやかに、車両基地の稼動門をノックします。


「「我々は、出張など依頼していない。」」


その返事のあと、

ガツゥン!

自律行動を取るシクローナが門を蹴り上げて、モモさんと一緒に叫ぶ。


「ラプリマだよー!」

「「よ開けんかい!」」


ガィン!ガィン!

繰り返しの蹴り上げで、次第に門がべこべこになって行きます。


「あの、エウトリマ?」

「うん、何だい?」

「彼らの誇りを傷付けないように、なるべく穏便に進めるのではありませんでしたっけ?」

「それはそうだね。ただ。」

「こうなっていますので〜。」


リーナが、ラプリマの様子を中継するカメラの映像を映し出します。

街の至る所で食化騎士隊の悲鳴と、明滅するようなランサーの光、カネクトゥスの輪が展開していました。


「ここまでされて、黙っているわけにいかないからね。」

「どう見ても、ここまでしているのはわたくし達の方ではありませんの?」

「食化騎士の方々が先に行動なさいましたので〜。」

「ふむ、カネクトゥスは正常に機能していますね。実戦での使用に問題が無くて安心しています。このアウタナ・セリフラウは。」

「ああ、あんなに沢山の悲鳴が、じゅるり。」


わたくし達が映像を見ている後ろで、ランサーの青白い輝きがありました。


「モモさん、何もランサーまで…。」

「「しもた!ラプリマ侵攻は撒き餌や…。」」


わたくしが振り向くと、ランサーで首を切断された、血を噴き出すモモさんの身体がありました。


   ─────


汚染されたエルベラノを奪還するため、マルバノキを使用すると聞いた時は驚いたが、彼に随行させた騎士隊の報告によれば、現在女神直属の騎士隊のひとつ、ダンサンカ ブーケのモモ・クルルテラはヒトではなく、クルルガンナ星人ほしひとの対惑星文明兵器を太陽系第三惑星人風にアレンジしたもの、それがエルベラノ居住者を全て喰らい産み出したもの、だそうだ。

つまり、ヒトではない。

つまり、女神の邯鄲が発動する条件、ヒトがヒトを殺害する、を満たさない。

そして、その個体が所有する、天下無敵のぜネロジオは。

ぶす、ぶす。

切断された、桃色の髪をした頭部に複数の口吻が突き刺さる。

じゅぶ、じゅぶ。

消化液を送り込んでいるのであろう。次第に頭部を覆う表皮の下に浮腫が発生する。


「貴様の好きに喰えばいいが、ぜネロジオは溶かすなよ。」


高温と蒸気で満たされた育房の中、その幼体は笑うように目を細めた。下等な龍如きが。


   ─────


「おげ、え。」


当然のように嘔吐したリーナを抱き止める。

ぴゅー。

血液の量が減少して、がくがく、と震えて失禁したモモさんの身体は落ち着き始めます。


「ご主人様。」

「我が君。」


その姿が視界に入らないよう、フラウがわたくしを抱きしめて、後ろからエウトリマが肩を抱いてくださいます。


「うふふっ。」


思わず笑みがこぼれてしまいます。


「アセデリラ!気をしっかりしろ!」


ぱち、ぱちん。

エウトリマがすごい剣幕で、わたくしの頬を平手打ちに。


「ふふ、痛いですわ。」

「うぷ、お嬢様…。」

「ご主人様…?」

「君は、正気で笑っているのか…?」

「もしかしたら、いつかのように取り乱して、泣き叫んだ方が良かったのかも知れませんわね。モモさんも迫真の演技ですけれど、身体を洗ってお着替えをしなければなりませんわね。」

「ああ、ああ、天下無敵のぜネロジオ。クルルガンナ。ぺちゃ、ぺちゃ。」


モモさんの身体と撒き散らした全ての体液に、身体を元の軟体に戻したエプリシアがまとわりついています。


「さあ、皆さん。モモさんをよくご覧ください。」


手のひらを向けた先、エプリシアの粘性のヒダをぽよぽよ、と叩き、首の無い身体が上体を起こします。


「「これ、は…。」」

「「どない、なっとんねん。」」


ウサギの姿とはいえ、お父様とシクローナの驚愕する声が聞こえます。他のウサギも喋ることが出来れば、同じように驚いた声を出しているのでしょう。


「ルルメンタ ブリンダでの、サヌレビアでの戦いの時、エプリシアはモモさんの身体を執拗に狙いました。」

「うう、甘い、甘い。ぴちゃぴちゃ。」

「今もですけれど、龍であれ、ヒトであれ、モモさんの持つぜネロジオは喉から手が出るほど欲しがりますわ。」


その言葉の通りに、エプリシアの口部から手のような平たい舌が、モモさんの体から体液を舐め取っています。


「そこでレジーナお義母様が、ランサーのイェキでバラバラに焼き刻まれたモモさんの身体を作り込むわたくしに、こう助言なさいましたの。」


首の無いモモさんの身体は、片足で器用にくるくるまわり、「えっへん!」とでも言いたげに、足を広げ両手を腰に据えて、胸を逸らします。


「ぜネロジオの集中する頭部及び脊椎、臓器及び体液が奪われても、意思を保って動けるように。」


モモさんの身体は、車両基地の天井、斜め上を指差します。


「また、ブランカ スタランダでの戦いから、ナラシンハの構成に着想を得まして、分割された部位をお互いに認識と行動も出来ますの。」

「お嬢、様…。それ、は。」

「そうでしたわ!リーナはこういうの苦手でしたわね!」


モモさんの身体が指先を木製の平たい、ヒトの顔ほどの四角い板にして根本から千切り。それを受け取って「l ヮ l」とペンで簡単な似顔絵を描いて。

たすっ。

首のある位置に突き刺します。


「これでばっちりですわ!」

「おげ、おごおおおおっ!」


リーナは、さらに激しく嘔吐しましたの。こんなにかわいくて、キスも出来ますのに。


   ─────


監視の報告によれば、この兵器の残りの部位は自律行動を行うらしい。驚くことも無い。相手はあのクルルガンナ星姫と太陽系第三惑星人初代勇者の娘だ。無自覚とはいえ、戦闘のみならず、生命工学に於いても既に我々の次元よりも上だろう。


「さらばだ。愛しいあなた。」


肩に触れる。たくましい筋肉に触れる。

愛しい唇へ口付けをする。

最期まであの女の影を追っていた瞳は閉じて。

ちゅ、う。

軽く口先を付けて、深く吸う。

もう一度、初めて交わしたときのような、恥ずかしさのある口付けを。


「大好きだよ、マル。」


首元へ刺した注射針から、必要分な体液の抽出が完了した。針を引き抜く。

センザキの作ってくれたお守りを、あなたは一度も身に付けた事が無かったけど、私はずっと、ずっと2人の分を一緒に持ってたよ。素直じゃないんだから。

彼と私の髪を一本ずつ引き抜き、二本の黒鉄の槍、鎖にする。

それをお守りに通して、あなたの首へかけてあげる。私の首にもかける。


「ディスガス、ニン。」


あなたのくれた愛は、私が持って行くから。


第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機に格納されたあなたは、毒を持ち込んでいた。

あなたを守るための保存機の中に、アンカラで包んだ毒を。


「必ず、目覚めさせてあげるから。」


センザキと、カニィヤと、ヨサルと、あなたと私が笑っていた、あの場所で。


「「これより、エルアートヌ都市長、私アルカルブ・ヒラカワラは育房を解放し脱出する。これは明確な女神への、太陽系第三惑星人全てへの反逆となる。今回の責任は全て私にあり、君たち、そしてクルルガンナ全域への賠償、当面の生活に必要な資産は全て、エルアートヌ下部第釤から第釟ユニットに保管してある。諸君らは一切の抵抗をせず、ラプリマ騎士へ投降しろ。」」


この放送は、ラプリマにいる食化騎士隊にも、ラプリマ騎士、女神にも、ダンサンカ ブーケにも繋がっている。悪いようにはされないだろう。


「「マルバノキと私の子供たちよ、どうか健やかであれ。」」


がクォン!ガココココ!

クルルガンナの技術供与を受けて完成したエルアートヌは、元々は飛行型の巨大生物のコロニーであり、その全ては女王を中心とする群れが、新たな仔を産み育むための保育器である。

捕獲した女王の産む新たな仔は、クルルガンナ星人ほしひとの、シィミーィヤのもたらした技術により当時のまま保存され、都市電力源となっていた。

それらの一部を、解き放つ。

すたっ。

飛び降りた先、ウサギのシリンにぜネロジオを繋ぐ。


「君達には、いつも迷惑をかけるな。」

「「コネージョ、ソルタンド。」」


カメラを激しく回転させて、ウサギ達は反応する。

主機に火が付く。

ドゥル、ドゥル…ド、ド、ド、ド。


「それでは、向かうとしよう。」


敷かれたレールの上を、連結したヒラカワラのウサギが、彼女の声に続き、進み始める。


「「私達の、家族の元へ。」」


   ─────


ぶうう、ん。

凄まじい振動と、羽音と共に、エルアートヌ内部へ突入したわたくし達に。


「ここからは、進ませない。」


食化体が、普通の騎士が、ひとびとが、立ち塞がります。


「なぜですの!彼女は、捕縛されて然るべきですわ!」


彼らは武器も持たず、襲って来るそぶりも見せず。


「君達のその身体も、彼女が行ったものだろう!?」


ただ、両腕を広げて、立ちます。


「私達は食化体ではありますが、騎士ではありません。」

「何を。」

「クルルガンナの技術でも、この都市の、このコロニーの持つ本当の毒を、浄化できなかったのです。」

「クルルガンナ解放戦により都市交流の断絶した後、私達入植者の一部の者の子のぜネロジオに、不可逆の変異が起こり始めました。外科的にも、内科的、供与され解析が始まったクルルガンナの技術でも、対処が出来ないほどの。」

「私達はその中で、獣性を抑える事に成功した個体です。」

「普段は、標準的な姿形のヒトとの摩擦を避けるため、別個の区画で過ごしています。」

「あなたに、我が子が食化体として産まれ、獣性の抑制が出来なかった時の絶望が、わかりますか?」

「シィミーィヤ様の胎子にもその兆候が認められましたが、真実を伝える前に解放戦が起きました。」

「また、これらの症例は未発症の夫婦がエルアートヌ外で子を成した場合でも、発生を認めました。」


何も言い返せなかったわたくし達の後ろから、声がかかりました。


「それが、本当の、エルアートヌが女神の加護を、受けなかった理由。」


カイミさんの声が。


「シィミーィヤを、見殺しにしたのも。」


「食化体を、エルアートヌの外に放った理由、も。」


「そうです。彼らをただの獣として、悲しみを産むとしても、それでも自由に生きて欲しかった。」

「ええ、獣性を抑制できない、かと言って鎖に繋いでおくことも出来ない。彼らも生きている、ただのヒトなのですから。そして、時々発生する不幸な事故から都市長は、食化体がヒトを害しても邯鄲の判定を受けない、逆に命が損なわれた時はヒトとして扱われる、太陽系第三惑星ではなく、恐らくは女神も感知し得ない、命球固有種としての扱いになっていると仮定し、特に抑制の効かない個体を外の世界へ放ったのです。」

「シィミーィヤ様は、マルバノキ様との数年の間、お子を授かれませんでした。その待ち望まれたお子が食化体として産まれる事実には、耐えられないでしょう。」

「みなさんも騎士であるからには如存知の通り、イ食対応にて食化体は食卓資格騎士より再生が行われ、捕縛された食化騎士は女神の手によりただのヒトに戻された上で、然るべき罰を受けます。」

「つまり、ラプリマへ送られた食化騎士隊は、女神に。」

「はい、抑制の難しい個体ちょうど24万。ラプリマの優秀な騎士であれば、全員を生かしたまま捕縛していただけ、さらにラプリマなら女神による治療と罰が期待出来ますので。」

「症例の発生原因の特定、根絶を行っていただくための予算、資材も揃えております。」


カイミさんが、もう一歩、前に出る。


「それじゃあ、母は!アルカルブ・ヒラカワラはどこへ!」


1人の食化体が、異形の腕をまっすぐ右へ。


「クルルガンナ解放戦の後、汚染の無い土地を探そうと、魔導列車のレールを延長し続けた計画があります。当時の騎士隊はそのみっつが全滅したため、計画を中断しましたが、アルカルブ様はその先で、女神の邯鄲の力の及ばない場所で、騎士隊ヒラカワラのウサギすべてと、自害なされるおつもりです。」

「女神の邯鄲は、自害を行えば発動します。女神の手の届かない所で、ヒラカワラの元へ。」

「そんな!父は、マルバノキはどうするの!」

「既に、第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機の中で自害なされました。」


ぶぅぅ。

「らー!」

バグゥン。


羽音と共にフラウがルリローを展開して、エルアートヌ住人達を花びらで包み、わたくし達は、都市外壁を食い破った龍を切り裂きます。


「なぜ!彼女とウサギたちをヒラカワラの、家族の元へ行かせてやらないのだ!」

「アルカルブ様は、長い間苦しまれ続けた!愛する夫と、娘のあなたにも真実を話せないまま!」

「もう、休ませてあげてもいいでしょ!」


彼らは、ルリローの中で必死に声を上げ始めます。

わたくしは、花びらの牢獄の周りに、緑雷を走らせて。


「アルカルブを、カイミさんと同じ食卓に着かせて、親子の会話をしてもらうためですわ。」

「ごめんね、わたし達みんな、お母さんもういないから。」

「そうだね、もしそれでも、都市長が死を選ぶのなら、それは彼女の選択だ。けど、お別れの言葉は欲しかったと、幼い頃のぼくは覚えている。」

「そう、お互い生きて話が出来るのなら、その場所を提供させていただくのが、ラプリマ出張料理店の務めですわ。」


皆さんが静まり返った所に、すすり泣く声がします。


「ああ、あ。おかあさん、お父さん、お母さん。」


育ての母と、両親に置いていかれそうになっている、ひとりで泣く子どもの声が。


「ドリル様。」


わたくしの意図を察したエプリシアが小さな姿になったので、肩に乗せます。


「エウトリマ、モモさんとフラウ、エルアートヌ騎士隊の指揮、カイミさんとエルアートヌ民の保護、龍の完全駆除をお願いしますわ。」

「了解。」

「お嬢様〜!」

「ええ、リーナ。ゲンザンに極限加速装置v3を。」


     第三部魔導列車追撃編 後編 デ ラ プレア マルバナ フィナ / 最善の結末 了


     第三部魔導列車追撃編 後編 最終節


     「Acceldahlia」 加速する不安定 /アストロブレム攻防戦03  へ続く

何が最善の結末だよ!

ばか!ばか!アルカルブ!


みなさまごきげんよう、おおとろべふこです

第三部は、おおすじは3年くらい前かな?にはできてたんですけど、

今回きちんと作品にするにあたって、プロット書いてる時からずっと泣いてました

推敲で読み直すたびにも泣きます!進みません!

ばか!アルカルブ!大好き!


というわけで、次回最終節にて、主人公のアセデリラ・アルマコリエンデが大活躍します。

たぶん25年9月20日までにはお届けできます

こうごきたい!

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