第三部魔導列車追撃編 中編 降り頻る雨の中で
近衛兵すらも誘引した偽のフェロモンで、コロニーの中には、脈動を続ける蛹と、産卵管を伸ばした女王だけが残った
騎士隊ヒラカワラのマルバノキ・ヒラカワラは女王へ向き直り、もう一度ランサーのホルスターに手をかける。
「だかラ、待テと言っていル!太陽系第三惑星人!」
第三部魔導列車追撃編 中編 降り頻る雨の中で
何か聞こえた気がするが、ここには私以外のヒトはいないはずだ。太陽系第三惑星人未踏踏査区域に、我ら騎士隊ヒラカワラ以外のヒトがいるなど。
ランサーホルスターのフタを開き、中の黒槍に手をかける。
恐らくこの声は、過度の心理的、肉体的な重圧から逃れるために生み出した妄想だろう。
「だーかーラ!何故無視をすルー!」
少し訛ってはいるが、年若い少女の声だ。
被りを振る。
「ふっ。」
自重気味に笑う。私には愛しいパートナーのアルカルブがいる。女性の声を思い浮かべるなら、彼女のものであるべきだろうに。
ランサーの原型、圧延と鍛造が行われた、2人の愛と命の結晶を取り出す。
「おーまーえーハー!」
金髪で、少し褐色肌の少女に抱きつかれる。
「話を聞ケー!」
─────
砲撃の、少し後。
「「隊長、ラプリマよりの早馬です。それと、クルルガンナ星人の使者もいます。」」
「「何だと!?」」
「「順を追って説明します。まず、我々ヒラカワラがこの区域のコロニーを探査している間、勇者ゲンザンとクルルガンナ星人、当代星姫アルマコリエンデの間で行われた15度目の非公式会合の中で、両惑星文明の発展と互恵の関係を築くため、人材、技術の交流が行われる事になりました。」」
「「では何故、今戦場となっているここへ使者が来る。」」
「「我々は現在、この攻撃性の極めて高い、強大な龍のコロニーを殲滅して、女王をマルバノキが確保しています。私達が作戦を決行すると決めた頃、クルルガンナの技術で、このコロニーと女王を有効活用するという事が女神の立ち合いのもと、クルルガンナ使節団とラプリマの議会との間で行われました。」」
「「わかった。使者はどちらへ?」」
「「そ、その…。」」
「「何だ?」」
「「隊長、いえ、」」
「「早く言え。」」
「「アルお姉ちゃん、怒らないで聞いてね。」」
「「だから、使者はどこで何をしている!」」
「「コロニーの、女王の部屋の中で、マルバノキに抱きついています。」」
「「なんだと!!!???」」
─────
カニィヤからの通信を聞きながら、ウサギを通常の巡航速度で走らせてめぼしい素材を回収する。今夜はご馳走だな。それにしてもまさか、クルルガンナ星人といい関係を築けるなんてな。そもそも勇者は星姫に一目惚れだったか。
しばらく走らせると、「なんだと!?」とアル姉が怒鳴る声が聞こえて、鼓膜が破れそうになる。直後。
ガガキィィ!
オレのウサギに隊長のウサギが取り付いてきた。危うくバランスを崩して機体が倒れそうになる。
「アル姉!急に!」
どうしたんだよ、と声をかけようと振り向いたところ。
「マルバノキの所まで行け。」
「ででもオレには回収業務が。」
「行け。」
龍の群れから逃げる時よりも、限界の限界まで速度を上げた。
─────
「やっト話ヲ聞く気ニなったナ!」
「まだ信じきれないが。」
金髪と、浅い褐色の肌を持つその、年齢は我々より一回り幼いだろうその少女は、得意げに指先で小さな立方体の箱を回転させる。
「「何を言うておるのじゃマルバノキ、目の前に証拠があろうが。」」
「「あなた達が見事、このコロニーを占拠出来たことを喜ばしく思います。このアウタナ・セリフラウは。」
少女の指先にある箱は、コロニー内の壁に映像を映し出し、即時の通話を可能にする。
「こんなにも早く、先生にお会いできるとは。」
「意思ヲ口ニ出さなけれバ伝達出来ないトは。遅れタ文明種だナ。」
背中にまた、抱きつかれる。
「「それにしても、お主、シィミーィヤじゃったかの?婚姻前のおなごが軽々しく男に抱きつくなど、しかもお主、それの妻はの─。」」
ガパァン!
コロニーの外殻を突き破り、大質量の物体、ウサギの脚部がめり込む。
「ワ!何!?なニ!?」
シィミーィヤが、胸の中に飛び込んで震える。
とっ。
軽くつま先で降り立った彼女の形相は、とても言い表すことが出来なかった。
「ふぅん、若い女に抱きつかれて、抱きしめ返すの?」
我が妻、生涯の伴侶。
「うわきもの。」
アルカルブ・ヒラカワラ。
「これは別に浮気ではないよ。彼女が驚いたので安心させただけだ。」
「なニ!?私とハ遊びだっタのカ!?」
「ほら。浮気。」
「違う!そもそもシィミーィヤとは今会ったばかりだ。何と言うものでもないだろう。」
「私ハ一目惚れしたゾ!胸ガ高鳴っテいル!」
「触らせるのをやめろ、私にはアルカルブが。」
「そんな小娘のより、私の胸の方が好きでしょう?」
「そんナ血が出るほド掴むのカ。愛しイ相手ノ手はこウ、優しク手ヲ添えルものだト、私のぜネロジオにあル。」
「これ以上私のマルに触るな!このあばずれ!」
「年季ノ入っタ夜鳴き鳥ガ五月蝿イ。私ト暮らそウ。」
「もう我慢ならない!ミ テナス サンダリガン─!!!」
収集が付かなくなった3人を見て女神は、使節団との協議の席に戻った。
─────
初代星姫アルマコリエンデは、ものの数年で、その惑星の自身と同一の種族すべてを、妹と同じ存在に変えた。つまり、性別に関係なく、年齢に関係なく、ほんの数秒の一方的な交合により、自分の遺伝子を潜り込ませて変質させた。
本来起こり得ようのないそれ、太陽系第三惑星では巷にありふれる陳腐な言葉と化した「奇跡」としか表現出来ない絵空事により、思考すら統御する種族となったクルルガンナ星人は、一を全に、全を一にする思考伝達法を持ち、また初代星姫アルマコリエンデの本能のまま行動する獣性を封じるため、常に己を律する精神構造を持つように、肉体的にも改造を行った。
「妹さんが悲惨な殺され方をしたっつっても、めちゃくちゃだな。そんで、どうしてお前さんはそんなに欲望を全開にしてるんだ?」
食堂車で行われた、ささやかな歓迎会のテーブルで、アルカルブと左右にマルバノキを引っ張るシィミーィヤにセンザキは聞いた。
「うン、いクらクルルガンナ星人ガ初代星姫の行動ヲ、欲に塗レた不埒なモの、抑えるべキものとシても、それはそれとしテ、アルマコリエンデは確カに私達ノ姉となル。私はタまたま、初代星姫の形質ガ色濃く発現したカら、欲望を持ってしまウ。」
「だからって!どうして私のマルなのだー!」
「恋ニ理由なんテあルかー!」
「もう、好きにしてくれ。」
3人を見ながら、ヨサルは酒を飲む。
「欲望を抑えるってんなら、他の文明を滅ぼしたいって気持ちも無いんじゃねえか?」
「それハ少シ違ウ。私達ハ、マず他惑星文明ノ種族ヲ、なるべク平穏ナ方法で「アルマコリエンデ化」しようとすル。」
「何だよそれ。身体と思考を作り変えるのか?受け入れられるかそんなもん。」
「当然受け入れられタためしハ無イ。」
「それで、虐殺するってのか。」
「そウ。私達にモ、攻撃的な形質ヲ持つ個体ハ時たマ発生すル。その個体ハ。」
シィミーィヤは、食堂車の窓の外を指差す。
稲光のような、煌めきと共に現れ空を埋め尽くす、複数の黒い影。
ズウ、ン…と反陽転エンジンの唸り声が響く。
「対惑星文明兵器、ナラシンハ。他にヴリトラ、クシャーナなどモあるガ、あれラのコアへト転用されル。名誉な事ダ。それラ個体は、発達シた獣性ヲ、他の星の文明人ヲ殺す事デ、発散出来ル。」
「勇者ってすごいね…ホットドッグひとつでそんなヒト達と仲良くなれたなんて。」
「って言うか、そもそも何でそんな物騒なモンが飛んでんだ!?ラプリマの方角じゃねぇか!」
アルカルブがセンザキへ、丸めた書類を投げる。
「その勇者が、星姫と婚姻を結ぶんだ。我々もまた、その結婚式へ招待されている。」
騎士隊ヒラカワラと客人を乗せた車両は、黒い影と同様ラプリマへ向かう。
─────
「ディスガス─。」
「─ニン。」
口付けを交わす。
両惑星文明の楽隊が、高らかに祝福の音色を奏でる。
いくたびにも及ぶ戦闘のあと、髪に触れ、手を握り、いつしかお互いの瞳を好意的に見つめ合うようになったふたりは、今ここに結ばれた。
「マル!私モお前ト結ばれタい!祝福されテちゅーヲ交わしたイ!」
「私のマルバノキだ!」
「痛イ!痛イ!祝福、祝福しロ!」
シィミーィヤのこめかみに拳骨を当ててはさみ、グリグリとねじるアルカルブを見ながらセンザキは言う。
「まさか、本当にゲンザンが他の星のお姫様と結婚しちまうなんてなぁ。」
「星の海を渡る種族なんだろう?太陽系第三惑星人で良かったのか?」
「もう、ヨサル。」
ぐりぐり、とされながらシィミーィヤは声を出す。
「確かニ、我々の中にモ太陽系第三惑星人ヲ、かつテ滅ぼシて来タ文明群の中でモ、特に矮小ダと評スるモのは多くいル。お前達の言葉で言えバ─。」
シィミーィヤは、適当な建物の、土つくりのレンガを指差す。
「星姫ハ、そのレンガの染みへ恋をしテ、往来で腰を振ルようナあばずれだト。」
「えらく舐められたモンだな。まああんなものを空に浮かべるような奴らだからな。」
「ミーヤは、どう思うの?2人の結婚を。」
カニィヤの質問に、シィミーィヤは躊躇なく答える。
「もちロん大賛成タ!恋っテ素敵!マル愛してル!」
「貴様は2度と喋れなくしてやる!」
「あいだダダ!!!」
─────
およそ6の月が流れた。
かつての大型生物のコロニーに、資材が搬送されてゆく。
「「よーし、貨車のコンテナにフックをかけた!」」
「「付近の作業員は退避しろ、一気に行くぞ!」」
「「安全手順を遵守しろよ!」」
それらを眺めながら、この区画の長となったアルカルブは、都市化プロジェクトの責任者、工事の総監督らと会話をしていた。
「つまり、供与された技術には裏があると?」
「いえ、そこまでは。ただ、彼らの持つ生体、改変工学とでも呼ぶべきでしょうか。それらには、純粋な畏敬の念を抱くだけです。」
「私達が彼らクルルガンナの知識を、どこまで再現出来るのか?それを試されている感じはあります。」
「恐らく、彼らにも星姫の決断に賛成でない者もいるのでしょう。そう言った感触が、これらの開示された理論からも受けるのです。」
ひとりの技師は、さまざまな計算式の写しに、太陽系第三惑星人の公用語と一度は目にしたことのある記号などを用いて、ひとつの計算式に対して数十枚の走り書きの注釈が書き込まれている。
「さすが、単一の連続した文明が数百万年続いているだけはあります。彼らが空に浮かぶ雲のようなものであれば、私達はその辺りに散らばる、これらの切屑のようなものです。」
「この、1行に対して数十枚のメモがあるが、理解できたのか?」
「いえ、最初の一区切りまでです。エルベラノの生化学部門などと協働して解析、理論の再現に取り掛かってはいるのですが。我々に出来るのは、見よう見まねで模倣することだけです。」
「大人が小さな子どもの前で複雑な手品をすると、それを見て喜ぶでしょう?あとで自分でも出来ないか、試してみるかも知れません。当然それを見守る大人は、ただ笑って見守るだけです。規模は違いますが、それと同じ事を今、私達がされているのです。」
アルカルブは、腕組みをし、質問をする。
「供与された知識のうち、完全に理解出来たのは一区切りと言ったな?」
「はい、本当に、本当にただの一区切りです。」
「ならばなぜ、お前達は「裏がある」という感触を受けた?この知識を提供する、最終的な承認のハンコを押した者がそういった感情を抱いていたとして、これらの技術を記した者はお前達のような技術者であるはずだ、そして記述される理論に悪意が内在する余地はないはずだ。」
彼らは互いに視線を交わし、1人が歩み出る。
「彼らが書き記したこれらの理論を、私達が理解出来なくとも。」
その技師は、注釈ではなく本文の手書きの写しの一枚を手に取り、アルカルブへ掲げる。
「この記号の羅列を、その並びを見ただけである程度の、筆記者の真意を測れるのです。」
「まるで、語学の、文学理論の講義のようだな。」
「ええ、おおよそはその理解で合っています。」
技師はその写しを置く。
「彼らクルルガンナ星人は、ぜネロジオ、つまり遺伝子のようなものに、個体の意識や知識経験に止まらず、個人の人格までも受け継ぎ、さらにそれを数値化しての調整と改変を行う技術を有していますね?」
「ああ、概ねそれが太陽系第三惑星人の理解だ。」
「作業の工程に関わる必要性がありますので、端的に申します。」
「どうぞ。」
「彼らは主に、形式知によって生きています。」
「さすがに端的すぎる。」
「つまり、彼らは我々と同じヒトの姿をしていますが、そこに主体はありません。彼らは現在、いえ最初の数万年以降は、ただ知識と理論のみによって文明を保存してきた、言わばただの本です。感情を削ぎ落とし、本能を否定した結果、彼らはただ、他惑星文明を殲滅するためだけのシステムとなったのです。」
「それが記述したこれには。」
「はい、この理論には、忠実に再現したところで、決定的な場面で我々太陽系第三惑星人に、破滅をもたらすような仕掛けが見えます。」
「わかった。」
一度、空を仰ぐ。
マルバノキに近付いたあの女も、裏の顔があるのだろうか。
「星姫や、その他の一部の者も、この理論を記述した者と同じく、真意を隠して行動していると思うか?」
「私は、先ほどまでの会話にはついていけませんでしたが。」
ラプリマから送られてきた、かつての養育施設での顔馴染みであり、騎士にはならず、養育施設での運営を行う責任者となった友、クスノキが手を挙げる。
「結婚式での星姫には、親の愛を知らない、心を閉ざした子どもが、初めて安心できる誰かの腕の中で見せる、不器用な笑顔がありました。クルルガンナ星人が、その、本のような生き方をしているのなら、星姫やアルの言う誰かのような立場のあるヒトは、それこそ愛も、怒りや悲しみすらも知らないで生きてきたのでしょう。私は、彼女たちの笑顔を信じます。」
そうだ。シィミーィヤも、もともとは星姫の伴った最初の使節団の一員であり、このコロニーと女王活用技術の技師なのだ。それがあのような顔でマルバノキに抱き着いて、裏切りを画策するなど。
「わかった。」
彼女に微笑み、技師達に向き直る。
「星姫の好意に感謝はしよう。ただ、彼らの技術自体は完全に信用しない。いいな?」
─────
それから、もう 72の月が流れた。
大型生物のコロニーを、供与されたクルルガンナ星人の技術を解析、模倣し都市として完成させ、原型のように拡張なども行えるように。
太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人の蜜月が続くにつれ、都市は女神の命名規則により、ラプリマからエルベラノ、そしてこのエルアートヌ、エルヴィエルナと名を付けられた。その他にも、さまざまな騎士隊により、数百、数千の都市が興った。アルカルブはエルアートヌの都市代表として精力的に発展と躍進に向けて尽力し、夫マルバノキはダクトロとして、多忙ではあったが娘も授かり、更にアルカルブは精力的に職務に励んでいた。
「…っ、っ。」
激務を終え、疲労したアルカルブが帰宅して仮眠を取ると、何か押し殺した声と物音に気づいて目が覚めた。騎士としてはとうに現役を退いていたものの、その天性の才覚は疲労して気絶してもなお、鋭敏であった。
「もっト、もっト。」
立ち上がり、音の方へ近付くと、そう聞こえた。
「声を出すな、起こしてしまう。」
軋む音のする中、今度ははっきりとそう聞こえた。
「だっテ、私モ赤ちゃン欲しイ!」
その言葉の意味は、都市運営をする上で、よく知っていた。
混血。
いかに遺伝子を自由に改変し、ただのいち個人を空を覆う巨大な兵器の制御装置へ変換する技術を持っていたとはいえ、クルルガンナ星人は太陽系第三惑星人との間に子をもうけることは、恐らくほぼ不可能であり、エルアートヌが作られ、そこに両惑星人の夫婦が増えてからの出生率の低下は、アルカルブの悩みの種のひとつでもあったからだ。
彼ら、子に恵まれない夫婦を助けたかった。
都市の長として、ひとりの母親として。
ただ。
ただそれが。
愛する夫と、転がり込んできた女のものでさえなければ。
「すぅ、すぅ。おかあ、さん。」
娘の寝言が聞こえる。
日々を仕事に費やし、帰宅してシャワーを浴びて仮眠を取れば、また仕事に向かう。娘は喋れるようになった時、まずあの女を母と呼び、懐いていた。
私は、この子と母親らしい会話をした事が無い。
乳を与えたことも、おむつを替えたことも、食事の際に口元についた食べ残しをぬぐったことも。
無い。
力が抜け、膝をつく。
私は、母親と名乗ったことすら、無い。
「あア、愛してル。マル。」
2人の睦み合う声が聞こえる。
「あ、あ…。」
そこにいるのは、私ではいけなかったのか。
「う、う…。」
何を、どこから間違えたのか。
「い、や…。」
エルアートヌの都市責任者に選ばれたことが。
騎士隊の隊長になってしまったことが。
騎士隊に入ったことが。
騎士になったことが。
「えあ、あ…。」
養育施設で、初めて出会ったマルバノキに、その場で恋をしてしまったことが。
「何か聞こえるね。」
「カイミが起きたのかナ?」
「見に行くよ。」
マルバノキがベッドから立ち上がる気配がする。
「君か、もう帰って来ていたのかい?」
「ああ、だがもう仮眠は済んだ。愛しているよ。」
そう告げて、後にする。
私はこの都市エルアートヌの責任者である。そこに私情は必要無い。
雨は、ここ2週間降っている。この涙も、洗い流してくれるだろう
─────
それから更に、12の月が流れ、シィミーィヤが懐妊した。
血の繋がりはないものの、それでもシィミーィヤはカイミを、実の娘として愛している。
伝え聞く所によると、勇者と星姫も子を授かったという。
さらにエルアートヌを含めた数百万の都市においても、太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人の夫婦の間に、母胎に子が発生した。
陳腐な言い方をすれば奇跡だが。
アルカルブには、それが意味する本当の理由に見当が付いていた。
─────
「「ったく、こちとらもうロートルだぞ、何で全騎士、騎士資格者臨戦待機なんだよ。」」
「「私はヨサルとまた、こうしてお話できて懐かしいよ。ヒラカワラにいた時以来だね。」」
「「はいはいそうですねオレも久しぶりにシリンに立てて嬉しいよ!だけどもう93日だぞ!アル姉は何考えてんだよ!」」
「「うーん、非常時の訓練かな?あ、ナラシンハが来るよ。入港予定に無い船だけど─。」
キュアアアアアア、ア。
カニィヤの拡張された視界に現れたナラシンハは、その下部ユニットから光の波をそ本体へ送信した。
「「何やってんだ?アレ。」」
「「わからない、けどアルお姉ちゃんが怒った時とおな─ザ、ザー─。」」
「「どうした?カニィヤ?カニィ─。ザー─。」」
クルルガンナ星人は、当代の星姫アルマコリエンデが、太陽系第三惑星人の、滅す価値すらなかった遺伝子を受け入れ、ぜネロジオを汚損した、と合議にて、混血の子と、太陽系第三惑星人と交わった全ての個体、及び太陽系第三惑星人を命球から廃棄する事を決定した。
「これより、太陽系第三惑星人は、拡張した領土と人口の九割九分九厘を喪う。
ほんの少し残ったひとびと、騎士、女神、勇者と準勇者、そして再現が行われていたぜネロジオとポデアの技術、UltraSuperGigantic、ヒトの魂を光崩壊させて生み出した兵器により押し返して勝利しますが、皆さんは既にご存知でしょう。その戦いはここでは割愛します。」
─────
「「攻生命体障壁、次準備急げ!各員、凌げ!」」
「「ラプリマへの、女神への回線がパンクしてます!」」
「「くそ、第五都市区画の四騎士隊ほぼ壊滅!都市長!」」
エルアートヌの都市計画時に、クルルガンナ星人から供与された技術をそのまま使用していれば、この場も既に焼かれていただろうな。他人事のような感想を抱き、混乱する通信部の席から立ち、アルカルブはサマタを展開するマルバノキの隣に立つ。
「まだ保ちそうか?」
「ああ。だが、まだシィミーィヤとカイミが退避できた連絡が無い。」
「まだそんな事を気にしているのか?私情を捨てて、ひとびとのために唄うのがダクトロだろう?」
「こんな状況で冗談を言うな。」
「たった今、私の所へ通知が届いた。見ろ。」
アルカルブの指先の立方体が映像を映し出す。
「「ごめ、んネ、ま─ル─。」」
「ミーヤ!」
「そんなに大声を出すな。」
「「おかあさん!おかあさん!」」
「「都市長、彼女は死亡しましたが、カイミ様は保護できました。」」
「よし、追加の騎士隊を送る。無事に連れ帰れ。」
「「了解。」」
その言葉を最後に、アルカルブは映像を終了させる。
「なぜだ。」
「何故とは何だ?」
「なぜ、この状況で予備の騎士隊を動かせる。」
「知っているだろう?月のふたつ巡る前、巨大生物群の移動を検知した。各騎士隊に臨戦待機を出していたのだ。それらを動かしたに過ぎない。カイミか?お前と私のかわいい子どもじゃないか?生かしたいと思う気持ちは当然だろう?」
「ならば。」
「うん?」
「ならばなぜ、お前は笑っている。アルカルブ・ヒラカワラ。」
「ふふ、だって♪」
アルカルブは、指揮所の中央に立ちサマタを展開するマルバノキに、恋する少女のように、背中へ抱きついた。
「だって、やっとだいすきなマルバノキを独り占めできたんだもん♡大好きだよ、マル♡」
振り向こうとしたマルバノキに、多重のサマタがかけられる。
「これ、は!アルカルブ!!!」
「そう大声を出すな、愛しい我が夫。よくやったサマタ隊、ダクトロマルバノキを第壱類秋都市主要声歌指揮者保存機へ格納しろ。」
「ミーヤを、見殺しにさせたのか。」
「シィミーィヤはクルルガンナ星人だ。その兵器ナラシンハに、センザキもヨサルもカニィヤも殺されている。生かす必要があるのか?」
「アァルカルブゥ!!!」
「そう大声をあげるな。この格納機は、中にいるものの歌の力を増幅する。おかげでエルアートヌの残った部分は守られる。お前がどうあろうと、ずっとお前はそこで命が保たれる。私の愛しい、愛しいマルバノキ。どうか健やかに。」
格納が終わり、増幅されたマルバノキのサマタがエルアートヌを包む。
「「よし、サマタが展開した。食化騎士隊、出番だ。食化ウサギ格納庫封印解除、解放はじめ。薄汚いクルルガンナ星人にルダン、カ、ファロを見せてやれ。」」
「「ゲヒャヒャヒャ!」」
「「都市長、生き残りはどうするんですかい?」」
「「動けば腹が減るだろう?生き残りはどうせ助けられん。食って良し。」」
─────
女性は、右耳上のコネクタを外し、煌めく箱から投影された映像が消える。
「こうして、エルアートヌはクルルガンナ解放戦を生き残った都市の中で唯一、勇者、準勇者に女神直属騎士隊も戦闘に参加せず、女神の庇護を受けなかったため、独立性を保っています。私のこの穴も、その中で作られた技術です。」
「うっ。アユー、ガっ。」
「リーナ、大丈夫ですの?背中をさすって差し上げますわ。」
「ああ、マルバノキ…。とても歯痒いです。このアウタナ・セリフラウは。」
「アルカルブさん、浮気されはじめた時は応援してたけど…最後すごかったねー。」
「はい、ですが全て、私の中にあるぜネロジオと、エルアートヌ自体の記録を繋ぎ合わせたものです。」
「食化?騎士とルダン、カ、ファロってなに?」
「それは、かつてのワイルドハントが、ワスレナ教官の中のアユーガのオリジナルが、邯鄲の柱になった理由ですわ。」
「我が君、それは─。」
「ずっと、秘密にしておくつもりでしたけど。」
「ご主人様…。」
「うう、えっぷ。アユーガ…。うぷっ。」
「リーナくんにも、アユーガとの繋がりがあるんだね。先のアルカルブの発言を聞くに、エルアートヌは食化騎士というものの制御が可能のようだけど。」
「はい、全ての食化騎士はエルアートヌのものです。試験用のものを簡単に再現する技術が、意図的にクルルガンナ全域へ拡散された記録があります。」
「当然ですけど、これから対応することになる食化騎士は、初期ワイルドハントの戦ったものよりも、強化されている事になりますわね。」
「はあっ、はーっ。えふっ。」
「それよりそれより!あなたのお名前もう一度教えて?これからどこに着くの?何しに行くの?」
場の雰囲気を変えようとしたモモが、食堂車のテーブルに、わざとらしく手を着いて尋ねる。
「はい、女神とラプリマ議会に申請し、あなたがたダンサンカ ブーケエウトリマ班の公式出動が認可された目的は、エルアートヌ第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機に収容されたマルバノキ・ヒラカワラの解放。及びエルアートヌ都市長アルカルブ・ヒラカワラの捕縛。そして私は─。」
女性は、頭を下げる。
「私の名前は、カイミ・ヒラカワラです。」
第三部魔導列車追撃編 中編 降り頻る雨の中で 了
あとがき
ごめんなさい、後編はまだ書ききれていません
アルカルブだいすきすぎて…推敲したり書き足すたびにめちゃくちゃ泣いちゃうんです
スーパー悪い女モードもすき…もちろん泣いて顔をぐしゃぐしゃにしてるところもすき
タイトル絵はもちろんアルカルブです
第三部の主人公は彼女ですよ!ええ!
それでは後編でお会いしましょう!おおとろべふこ
9/10にはお届けできるようがんばります




